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機械仕掛けの歌姫

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機械仕掛けの歌姫

リアクション

 まるで水の底から浮上するような、息苦しさを伴う開放感とともに、煤原大介の意識は覚醒した。
 うつろな視界に飛び込んできたのは、くすんだ灰色の壁と、周辺の状況を監視しているいくつものモニターの明かり。
 ヒラニプラ南西部に拠点を置く鏖殺寺院の支部。そこの監視室に設置された寝床の上で、煤原大介は目を覚ました。

「……また、あの夢か」

 大介は焦げ茶のショートカットを掻き、少々悪い目つきの目尻に涙を溜め大きく欠伸をした。
 そして、寝ぼけた思考を振り払うために身体を伸ばす。

「おおっと、やっと目を覚ましましたか。大介君」

 不意に、大介は隣から声をかけられる。
 声の主は、仕立ての良いスーツに身を包んだ壮年の男性。

「レヴェックさん、どうかしたんですか?」
「どうやら敵襲のようです。モニターを御覧なさい」

 レヴェックは大介の寝室に設置されたモニターを指差した。
 液晶に映っていたのは、この拠点に向かって行軍を行う集団。個人個人が武装をしているところを見る限り、こちらに向かって進んでいる目的が穏やかなものでないことが見て取れる。

「いやはや、ここに多くの罠が張られていて助かった。
 おかげで、相手の行軍はかなり遅れているようです。部隊を展開するのに間に合った。後は大介君だけですよ」
「鎮圧部隊、ですか」
「ええ、恐らくそうでしょうね。近頃、私達が台頭したことによるヒラニプラの対策でしょう。
 大介君、お目覚め早々申し訳ありませんが今すぐ用意をして頂けますか?」

 大介はレヴェックの言葉を聞くやいな、すぐさま起き上がり着替えを始めた。野戦服に袖を通し、抗弾ベストを羽織る。
 それが終わると、ベルトを通し装着するタイプのウェストポーチとホルスターをつけて、ポーチに必要な各種道具を詰め込んだ。

「……レヴェックさん、ひとつ聞きたいことがあるんです」
「なんでしょうか?」

 大介はホルスターに拳銃を差し込み、主武器であるスナイパーライフルの調整を行う手を止めず、レヴェックに問いかけた。

「俺は夢に出てくる彼女をこのパラミタで殺されてしまった。
 そして、その復讐心と無くした記憶を満たすために戦っている。ですよね?」
「ええ、そうですよ。君は殺された彼女の隣で死に掛けているところを私が助けた。
 そして、強化人間となりもう一度このパラミタで生を受けた。記憶を失ってしまったのはその時の怪我による反動でしょう」
「……なら、この行為は間違いではないんですよね」
「もちろん。君は、自分と彼女を裏切ったこのパラミタに復讐をするべきだ。
 それが、二人の為でもあり、しかるべきことでもあると私は思いますよ」

 大介はそこまで聞くと小さく頷き、スナイパーライフルを肩にかけ監視室を後にした。
 入れ違いに、茶髪のポニーテールを揺らしながら妖艶な女性が監視室に入ってくる。

「……おや、スティルさん」
「全く、あんたもあくどいねぇ。
 よくそこまでぺらぺらと嘘を吐けるもんだ」

 スティルの問いかけに、レヴェックは口元を吊り上げて答える。
 その表情を見てスティルも、にやりと意地悪そうに笑う。

「あのような何も知らない少年を騙すことなど些細なものですよ。
 おまけに、記憶が改竄されていて自分が何のために戦っていたかすら忘れている」
「ああ、そうだねぇ。確か……フランとか言ったっけあのパートナーの機晶姫。
 初めは、その声帯を盾にして従えたんだっけ」
「ええ、本来はあの失敗作の声帯を奪うことが目的でしたが。
 ……意外な掘り出し物でしたね。まさか、彼があそこまで強いとは」

 レヴェックは心底楽しそうにくつくつと笑った。

「でもさ、完全に洗脳をしたほうがいいんじゃないかい?
 あいつ、間違いなくあたし達の行為に不信感を抱いているよ」
「……いえ、そうすると自らで思考する能力が衰えてしまいますからね。
 戦場で命令を聞くことは当たり前ですが、柔軟な思考をもっていないと兵士としての能力が欠如してしまう」
「いつか反乱を起こすかもしんないぜ? あいつ」
「大丈夫ですよ。戦いに正当性を求めている時点で、彼は何かに縋らないと戦えないということをあらわしている。
 そんな脆弱な彼がいくら反抗する思考をもっていても、反乱を起こすことはあり得ないんですよ。ま、起こしたとしても彼一人どうってことはない。同じ隊の隊員に殺させましょう」
「ふーん、そんなものなのかねぇ。ま、頭脳労働はあんたに任せるよ。
 あたしはオークを率いて声帯を守りさえすればいいんだろ。その代わり、あたしが殺した奴らの身包みは全部あたしがいただくよ」
「ええ、どうぞ。それはあなたの取り分だ。持ちつ持たれつの関係で行きましょう」

 スティルはくるりと踵を返し、倉庫へと歩いていく。
 そして見えなくなった頃、レヴェックは不満そうに口を開いた。

「……チッ、アバズレが。あなたみたいな能無しが、私に意見するとはおこがましいにも程がある」

 レヴェックはそう吐き捨てると、もう一度モニターへと視線を戻した。
 
「さて気分を入れ替えましょうか。失敗作をこの手で消せるまたとないチャンスなのですから。
 あの時は邪魔をされましたからね――おや?」

 モニターにもう一人、レヴェックの知った顔が映し出される。
 それは絹のように滑らかな純白の髪を揺らしながら歩くエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)

「……これは、これは。あの時の少女ではありませんか」

 レヴェックは思わず舌なめずりをした。
 そして、口元を歪に吊り上げて、嬉しそうに口を開いた。

「もう一度洗脳を施しましょうか。……いや、自らで息の根を止めた方がいいですね。
 自分が作り上げた作品を壊すのも、製作者の務めなのですから」

 そうしてまた、レヴェックはくつくつと笑うのだった。