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機械仕掛けの歌姫

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機械仕掛けの歌姫

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 第三章 序奏、それぞれの思い


「……っと、まぁこんなところでいいかな」

 朝野 未沙(あさの・みさ)がフランの調整を行う手を止める。
 ある程度のメンテナンスと声帯パーツが届いたらすぐに取り付けて歌えるように、先に出来ることは全てを済ましたのだった。

『お手数をおかけして申し訳ありません』
「いいよ、いいよ。機晶姫の修理はあたしの仕事なんだからさ」

 フランのスケッチブックに書かれた言葉に、未沙はあっけらかんとした笑みで答えた。

「でも、歌は歌えなくてもせめて声くらい出せるようにしてあげたいんだけど。
 何か代用パーツを作れないかな。んー……」
「……お姉ちゃん」

 未沙の服の裾を引っ張り、朝野 未羅(あさの・みら)が未沙を呼ぶ。

「ん? どしたの、未羅ちゃん」
「お姉ちゃん、これ」

 未羅が両手で差し出したのはメモリープロジェクター。
 機晶姫がメモリーに蓄積した映像・音声データを空中に投影・再生する代物だ。

「……あ、そうか。メモリープロジェクター」
「うん。私のメモリープロジェクター、フランさんに貸してあげるの」
「ありがとね、未羅ちゃん。そうと決まれば早速使えるように取り付けようか。手伝ってくれる?」
「うん!」

 二人のやり取りを見ながら、フランはどこか寂しそうに微笑んだ。
 それは、その二人の姿をいつしかの自分と大介のことを投影したからだった。

 ――――――――――

 メモリープロジェクターの取り付けも終わり、フランが昔の記憶を空中に再生した。
 それは、一ヶ月前のシャンバラ教導団の校舎の二階の教室。外ではぱらぱらとたんぽぽの綿毛のような雪が降っていた日。
 そのフランの記憶を映し終わったころ、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がフランに質問した。

「この、思い描いた理想〜っていうのが、フランさんと大介さんの思い出の詩なのかな?」
『……はい、恐らく。一番、大介が耳にしていた曲ですから』

 フランはメモリープロジェクターでちぐはぐに再生された声で答え、スケッチブックに思い出の詩の歌詞を書く。
 それを写しながら、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は少し疑問に思ったことをフランに質問した。

「この新しく創るって言ってた詩はもう出来てるの?」
『……いえ、それはまだ。この映っている記録は一ヶ月前のもので。
 この後すぐ、鏖殺寺院に襲われて私は声帯を奪われましたから』

 その言葉を聞いた朱里は、申し訳なさそうな顔をする。

「……ごめんなさい。軽率だったわね」
『いいえ、気にしないで下さい。新しく創れと大介は言いましたけど。
 ……まだ何も、どうやって創ればいいかさえ分からない状態ですから』

 フランはどこか寂しげに目を伏せた。
 と、同時にすかさず大岡 永谷(おおおか・とと)が声をかけた。

「そ、そうだ。フランはさ、声を取り戻したらどんな詩が歌いたいんだ?」
『……声を取り戻したら、ですか?』

 永谷はなるべくフランがポジティブでいられるよう気を配る。

「そう。大介に聞かせるとしたらどんな詩がいい?」
『……出来れば、新しく創るって言っていた詩がいいですね。
 思い出の詩は、少しだけ悲しすぎますから。いま詩を自作できれば一番なんですけど……』

 フランの言葉を聞いて、朱里は自身の経験を生かしてアドバイスをした。

「二人の思い出を元に、作ればいいんじゃないかな?」
『……思い出、ですか?』
「ええ、フランと大介さんの過ごした日々の思い出をメロディに乗せて歌えばいいと思うわよ」

 それはもう詩だから、と朱里は言い優しく微笑んだ。
 その言葉に力づけられるように、フランは小さく首を縦に振る。

「もし、手伝いが必要だったら言ってね。
 その詩も、きっと大介さんにとっての思い出の詩になるはずだから」
『……はい。ありがとうございます』

 フランはお礼をいうと、朱里は目を細めて笑みを零す。
 そして、持っていた紙に筆を走らせフランと大介の思い出の詩をメモする作業へと戻った。
 フランはそんな朱里から視線を外し、スケッチブックに大介との思い出を書き出していく。

 それは、大介に聞かせたい詩を作り出すために。

 ――――――――――

 新しい詩を創っているフランは、まず第一に何を重要視したらいいか迷っていた。
 その歌詞の題材は自分と大介の思い出。
 しかし、余りにも多すぎる思い出の中から何に重点を当てて創ればいいか分からなく、難航中のとき。
 フランの元に、思い出の詩をメモし終えた装飾用魔鎧 セリカ(そうしょくようまがい・せりか)が近寄った。

「……どうしたんですか……フランさん」

 セリカは途切れ途切れになりながら、フランに問いかける。
 それに気づいたフランは自身が迷っているということをセリカに伝えた。

「それなら……絆を……題材に……した歌が……いいと思います」
『絆、ですか……?』
「……はい……二人の絆なら……きっと……また繋がります……から」
『……分かりました、ありがとうございます。セリカさん』

 少し離れたところで、相田 なぶら(あいだ・なぶら)が戦場を見渡しながら呟いた。

「強化人間に改造され記憶を弄られてしまったパートナーの為に歌いたいだなんて、いい話じゃないか。
 ……義を見てせざるは勇なきなり、ここで彼女の協力しなかったら勇者だなんて一生名乗れないよね。ねぇ、美空?」

 勇者を夢見る青年は、パートナーの相田 美空(あいだ・みく)に顔を向ける。

「……美空?」

 先ほどまで傍にいた美空はそこにはおらず、なぶらは周辺を見回し美空を探す。
 なぶらが美空の姿を見つけたとき、彼女はフランに歩み寄っていた。

「……フランさん。少し、いいですか……?」

 美空の問いかけに、フランは何ですか? といった風に首を少しだけ傾けた。

「……記憶も無く……体も以前の物とは違う……それでも貴女は彼をパートナーだと言う。
 記憶を失っても彼は彼なのでしょうか……?」
『……それは、その、』

 思わず言葉に詰まるフランを見て、美空は小さく謝った。

「……すみません、おかしなことを聞いてしまって。ただ、少しだけ気になってしまいまして……」

 そうして、美空は踵を返して沈痛な面持ちのフランの元を離れていく。
 残されたフランは青空を見上げて、ひとり思った。

(……記憶も無く、体も以前の物とは違う。それでも私は大介をパートナーだと言ってしまう。
 それは、私の独りよがり? 記憶を失っても、大介は大介なの? 私の傍にいてくれた大介と同じなの……?)

 フランの思いを答えてくれる人は誰もいない。
 声を失った機晶姫は、上空を向いたまま瞳を閉じた。