校長室
早苗月のエメラルド
リアクション公開中!
All Time High 「すごく……大きいです」 「アッーー!」 「下ネタやめろ」 遠くに飛び上がった鯨の姿を見てボケる縁と瀬山 裕輝に、陣は反射的に緑のスリッパで頭を叩いていた。 彼等の上では、背中から氷の翼を発現させた祥子と、兵士用の人工翼を装着した武尊が空を飛び、鯨を遠距離から打ちぬこうとしていた。 「さぁ……早くでてきなさい……」 「………… きやがった!」 波間に尾がひらめくのとほぼ同時に、二人はスナイパーライフルと対イコン用爆撃弓を引いて弾を発射させる。 弓と弾丸は正確に鯨の元へ向かったが、海に逃げ込んだ鯨のスピードと開き過ぎている距離に、波間に水を飛び散らせただけだった。 「ちっ」 「遠すぎるわ、もう少し近づいて……」 「待て、これ以上は奴がこっちにきてからじゃないとやべぇだろ、歌われたら――」 「……そうね」 同じ頃雅羅の付近では、大吾が皆を守ろうと防御のスキルを最大限まで遣っていた。 「こっちにきて暴れれたら厄介だな」 彼が小さく呟いたのに、雅羅は反応する。 「そうなったら立て直すまでよ!」 雅羅の覚悟を聞いて、自分も同じく覚悟を決めたものがいた。 「オレを海の近くまで運んで欲しい」 という夢悠の無茶な願いを聞き入れたのは刀真だ。 飛行ユニットを付けた状態で、鯨の近くまで夢悠を脇に抱えて飛んで行く。 鯨が気付くか、気付かないかの場所に回り込むと、 夢悠は静かにエンシャントワンドを空へ掲げた。 ワンドの先が海の中に居る鯨の魚影を指すように向けられると、そこへ向かって真っすぐ雷が落ちる。 思ったよりも強い魔力に、刀真と夢悠は反動で海の方へ少し飛ばされた。 ヴァーナーのディヴァルディーニの能力で、夢悠の魔力は増幅されていたのだ。 「逃げるぞ!!」 刀真が船に向かってそのまま走り出した瞬間、鯨が強い衝撃に身をよじらせて海から飛びあがった。 「貰った!!」 船から少し前に出ていた武尊と祥子が再び弾丸を放つ。 正確な攻撃は鯨の喉元を打ちぬいていた。 「やったか!?」 沈黙。 鯨も、船の上の者たちも誰もが動かない。 そこへあの歌が聞こえてきた。 「なんでよ!?」 「歌が聞こえてるのは喉からじゃないってことか!?」 皆が戸惑う中、ジゼルは俯き、そして前を見据えて喉を震わせた。 護るという意思が、歌になって船を包み込む。 その時、鯨と心が通じた気がした。 お前がそいつらを選ぶなら、こちらもやってやろうと。 宣戦布告するように鯨は高速でこちらへ向かってくる。 「撃て撃て撃て撃て!!」 武尊の叫びに、共にいた祥子と遠距離用の武器を構えていたカガチが撃ちまくる。 「……俺は俺の役目を果せば良い」 フォアマストの上からザイルで体を固定していた裕樹の狙撃銃が火を噴き、鯨の肩角を掠めた。 「当たれえええええええ」 後数メートルと言う所で、ルカルカの呪縛の弓の矢尻が鯨の背中を突き刺さった。 その瞬間、ローラーシューズを履いたローザマリアが甲板を走り出し、海へと飛び込んだ。 ローザマリアが履いているローラーシューズは元々壊れた空飛ぶ箒の残骸で作られたもので、飛行能力の他、水中移動が可能だった箒の能力を受け継いでいる。 それに加えてウォータブリージングリングをしている為、水に耐性があるのだ。 「海の覇者――その傲りが命取りよ!」 ローザマリアは、全身全霊の力を込めて七曜拳を水の抵抗を受けないようにストレートに繰り出した。 鯨の左目を打撃の連打が襲う。 ――このまま致命傷を ローザマリアがそう思った時だった。 閉じられていた目が、ギョロリとこちらを向いたのだ。 「ッ!!」 ローザマリアが海から飛び出してくるのと同時に、彼女を追うように鯨が上半身を露にした。 海に取り残されたローザマリアを、切札が投げたロープが助け上げる中、刀真が叫ぶ。 「さっきの体当たりがきたらヤバい。 なるべく船体の近くに惹き付けるんだ!!」 船に近い位置に遂に現れた鯨に向かって、大地の従者達が弾幕のように弓を撃ち続けている。 彼女達の背後から、レキはサイドワインダーを放った。 二本の矢が、左右から裕樹の攻撃で崩れかけていた角を打ちぬくと、崩れるように落ちた。 「これで体当たりの衝撃が軽減されるといいんだけど」 レキが呟いた時、彼女の身体が暗い影で覆われた。 鯨の手が振り下ろされたのだ。 「させるかぁッ!」 直ぐに反応した美羽と真が両腕をクロスさせて受け止めるが、強く圧力圧倒され、腕は内出血で赤く染まって行く。 二人は歯を食いしばっているが、筋肉が切れる音が聞こえてきそうだ。 「耐えてマコちゃん! 下ろされたら終わっちゃう!」 「ああ! でも、潰されそうだッ――」 二人の足が甲板にめりめりと沈んで行く。 「腕、折れそ――」 「お待たせしました!!」 走ってきたのは魔鎧を装着した切札と貴仁、そしてジゼルの周囲を飛んでいた食人だった。 「行くぞ! 押し返す!!」 押しつぶそうとする力を、五人は押し返そうと腕を持ち上げた。 そこへディーバ達の歌声が響いてきた。 さゆみ、七ッ音、ヴァーナー、ルカルカ、リカインの激励の歌だった。 「おおおおおお!!」 ディーバの加護を受けた五人の力で、鯨の手は飛び退く様に退いた。 「あんた達、こっちにくるんだ!!」 ヴァイスがリアトリスが待ち構えている船尾に向かって真と美羽を連れていった。 ボロボロになった二人の腕に、ヴァイスとリアトリスは処置を施していく。 「全く無茶するよ」 「でも助かったよ。 二人が居なかったら船が壊れていたからね」 その頃、態勢が崩れた鯨の残っていた角を、カガチが放った和弓の矢が捕えていた。 「かがっちゃんナイス!」 縁が打ったライフルの弾丸が根元を抉るように追撃し、角はへしおれた。 「こんなもんでやっこさんがヘコたれてくれるとも思えねぇけどな」 「無いよかマシなのよ! これでエコーロケーションの為の器官が狙いやすくなる!」 祥子が上から叫んでいる。 「えこーろけー……?」 カガチと縁が顔を見合わせていると、全身がぐっしょり濡れたままのローザマリアが背後から説明した。 「反響定位の事よ。 自分が発した音が何処かにぶつかって返ってきたものを器官で受信して、周囲との距離を測るの。 あれが本当に鯨と同じならそういう器官が頭部にあるはずよ」 「なるほどね」 「あれほどデカイ相手だと諸刃(もろは)の剣かもね」 「下手に暴れられてもまずい、ってことか」 憂慮は現実になる。 但し祥子の攻撃が器官に当たった訳ではなかった。 角そのものがその器官だったのだ。 聴覚器官でありながら視覚よりも多くの情報を与える器官を失った事で、鯨は暴れ出した。 手が、頭が、混乱の為か目茶苦茶に動かされた。 「駄目、避けきれない!」 鉄心に支えられた雅羅の叫びと共に、振り下ろされた鯨の手が、船のフォアマストを破壊していった。