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早苗月のエメラルド

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早苗月のエメラルド
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Make Me Wanna Die


「歌が、やんだ?」
「どういう事だよ!!」
「ジゼルはどうしたの!?」
 祥子はジゼルの居たはずのマストへ振り返る。
 ジゼルはそこに居なかった。
 シュラウドから下へと降りて行っている。
「無事、みたいだが……」
 武尊と顔を見合わせていると、下から声が聞こえてくる。
「手を止めるな! 今手を止めたらあいつがまた歌い出す!
 だから今はあの娘を信じろ!!」
 カガチの声に、皆が戦いへ戻って行った。

「ジゼルちゃん、ジゼルちゃん!」
 上から降ってくる柚の声を耳に入れず、ジゼルは海へ向かおうと降りて行く。
「歌わなきゃ……終わりにしなきゃ……」
 何かに駆られたように降りて行くジゼルの背に、鯨の手が迫っていた。
「ジゼルさんッ!!」
 鯨と彼女の間に割って入ったのは和深だった。
 全身にまともに攻撃を喰らった和深は、箒を手放して落ちて行く。
「和深!!!」
 ジゼルはロープを掴んでいた手を離した。
 その姿はセイレーンの姿に戻っている。
 ジゼルは和深に向かって飛ぶと、彼を掴んで甲板へ降りた。
 冷たい木の床に横たえた和深の身体から、熱い血が溢れ出していく。
「ごめんなさい……今、皆を護るから、もう少しだから……」
 ジゼルは翼をはためかせて船縁を越えようとしていた。
「行かせません!!」

 ジゼルの前に両手を広げた火村 加夜が立っていた。
「……行かせて、行かなくちゃいけないの」
「駄目です!!」
「加夜ァ!!」
「話は全部雅羅ちゃん達から聞きました。
 貴女の身体の事も、
 それから……あの歌の事も……」
 言葉を飲み込んだジゼルに、加夜は突きつける様に言う。
「犠牲になる気なんですね? 私達を助けるために」

 ジゼルは一つの歌を持っていた。
 幼い日にそれは自壊の為の歌だと聞かされた。
 教わった旋律に心を込めて歌えば、全ての力が逆流し、内部から崩壊するという自らの死を呼ぶ歌。
 何でそんな恐ろしい歌があるのかと思っていたが、今にして思えば”兵器”が敵の手に渡った時の隠蔽として……と容易に想像出来る。
 初めて聞いた日からあんなに怖がっていた歌を、彼女は今歌おうとしていたのだ。

「あなたが私たちの元から離れてあの歌を歌う気なのだったら、
 私はここを絶対に退かない!!」
「お願いよ加夜……
 私は……どうせ死んじゃうなら、皆を守って死にたいの!!」
 加夜が何かを言う前に、ジゼルの頬が叩かれていた。
「雅羅ちゃん……」
「ごめん、我慢できなかった」

 三人とも何も言う事が出来ないまま、沈黙が訪れる。
 その時、ワイヤーを外そうともがいていた鯨の腹部が露になり、ジゼルの目に”あれ”見えた。
 盛り上がり、浮き上がり、苦しそうに蠢くセイレーンの顔。
 ――私も、ああなるの?
 違うのは分かっている。
 力を逆流させ、自らと共に鯨を海へ還す。
 怖くない、苦しむ間もなく終わってくれるはず。
 ――分かってる、分かってる、分かってる、分かってる! でも!!
 震え出したジゼルの背中を、柚がそっと抱きしめた。

「…………死にたく無いよ。
 死にたく無い! 死にたく無いよ! 海に還るのは嫌!!
 一人は嫌! 皆ともっと一緒に居たいの!!」
 泣きだしたジゼルの肩に、加夜が寄り添った。
「ジゼルちゃん……大丈夫、大丈夫ですよ」
 ジゼルの髪を撫でる柚。
 温かさを感じていたジゼルの耳にふと、ディーバ達の声が聞こえてきた。
 幸せを、喜びを、怒りを、祈りを歌う声。
 生きたいという意思を伝える歌。
「あなたは大切な友達。一人になんてしません。
 私達が守るから、一緒に帰って、ただいまを言いましょう」
 柚がそう言って微笑む。
「でも――」
 言い掛けた時、彼女達の横へ空に居た武尊が吹き飛ばされてきた。
 血だらけの姿だが、それでも尚立ち上がろうとしている。
「武尊! もういいから、行かないで」
 止めようとするジゼルの頭に手を置いて、武尊は鯨を見据えている。
「たまには良いトコ見せないとな!!
 パンツだけの人って思われたくねーし」
 駆けだした武尊を見送りながら、ジゼルは疑問を口にした。
「どうしてあんなになってまで」
「……彼だけじゃないわ」
「皆がジゼルちゃんの事を信じてるんです。だから……」
 加夜と柚の声に、ジゼルは初めて甲板の上を見た。
 皆がぼろぼろになりながら、それでも戦い続けている。
 鯨の攻撃を受けながらもフレンディスは怯まずに叫んでいた。
「私はジゼルさんに出逢えた事で、雅羅さんや他の皆様とも親しくなれました。
 故にジゼルさんや皆様のお命、貴女様にお渡しする訳には参りませぬ!」
「……フレンディス……」

 ――そうか。
  受け入れなかったのは私だ。
  皆を守る気持ちばかり押し付けて、皆がこんなにも私を大切にしてくれる気持ちを無視してたんだ。

 ガツンと音がして、ジゼルが前を見ると、武器の刃を甲板に突き刺して自分の身体を支えながら雫澄が立っていた。
 雫澄はジゼルに向かって手を伸ばす。
「歌おうジゼルさん、一緒に!」
 ジゼルは涙を拭った。真っ直ぐ見つめてくる眼差しを、受け止める為に。
 伸ばされた手を掴むと、ジゼルの身体が足から陽の光を受けた海ような目映い色に包まれてゆく。
 セイレーンの翼を、人の足を持った少女の姿。
 それがジゼルの選んだ道を示していた。

『君は確かに周囲と少し違うかもしれないが、だからこそ君にしか出来ない事がきっとある』

 朝、食人に言われたこの言葉の本当の答えを、今ジゼルは見つけていた。

 ――私にしか出来ない事。

「ジゼルさん、歌って下さい。
 私たちを導く……希望の歌を!!」
「戦うわ。
 私、最後迄絶対に諦めたりしない!!」
 姫星の言葉に、皆の”希望”に答える為に、ジゼルは胸に両手を当てて目を閉じた。

 ――皆を守る為に。皆と戦う為に、一緒に帰る為に。

「私の歌を、皆にあげる!!」