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リアクション
LOST-4
「はーっそこそこ疲れた」
「そこそこって何よ」
「まだ体力あるって事よ」
海岸で大きく伸びをする雅羅に、理沙は笑って返す。
数分前。
甲板で作業をしていた彼女達の前に源 鉄心が現れた。
そして彼は
「雅羅嬢、船なら自分が見ているので友人達の所へ行ってあげなさい」
と、気の効く一言をくれたのである。
鉄心に機晶技術が有るらしいと知ると、雅羅達は薄情な程さっさと船を下りて彼に全てを任せてしまった。
勿論門外の人間が頑張るよりも、詳しい人間がやった方が効率も正確性も上がるのだからという考えあっての行動だが、
そんな彼女達に嫌な顔一つせずに、鉄心はすぐに作業を始め、
集中しだすと「余り破損は多くくないようだな」等とぶつぶつ呟きながら可能な限り施せる補修や補強に当たっていた。
そんな彼のパートナーのイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)やティー・ティー(てぃー・てぃー)はと言えば、船に昇らずにその周辺で散策していたのだが。
「無人島……狩人になったり、子犬を貰ったりするチャンスですわ!」
イコナは何かの漫画で知ったらしい間違った情報をガッツポーズでティーティーに話している。
「イコナちゃん、不安じゃない?」
「べ、別に島なんて珍しくもありませんし……
食材だって森に入らなくたって砂浜にだって色々落ちてますの」
そう言いながら、イコナは指でずぼずぼと砂に穴を開けて行く。
開けた穴にはじんわりと海水が満ちてきたが、うろうろしているカニを捕まえた所で、腹の足しになるかどうか。
「こんなに小さいとスナック程度でも最低30匹は必要そうですの……」
「なんだか楽しそうね」
小さなカニを掌に載せていたイコナを見つけた雅羅が、後ろから覗き込んで見ると、イコナは自信たっぷりな顔を彼女に向けた。
「だってわたくしは今回は箒を持ってきているので、
いざとなったら飛んで逃げられますもの」
ティーティーもそれに続く。
「あ、私もヴァルキリーだから空飛べますし、体力は自信があるので……
空飛べないのは鉄心だけですね」
「私達もね。
いざとなったら海を泳ごうかしら?」
いたずらっぽく笑う理沙達に、ティーティーは少し思案しているようだ。
「泳ぐのって大変そう……
もしそうなったらレガートさんに乗せてって頼んであげましょうか」
「幾らペガサスでもこれだけの人数を乗せるのは骨が折れそうね」
「もう皆、その前に船が沈没しないよう祈ってよ!」
雅羅の抗議に、少女達が笑いあう。
と、そこへ何処かで聞き覚えのあるような、けれど少しだけ低い声が間を割って入ってきた。
「お嬢様方、あちらでお茶など如何でしょうか?」
執事服を身にまとい、颯爽と現れたのは謎のイケ面執事さんだった。
「瑠兎子、何やってるのよ」
「まあまあ、いいからこっちに来てって!」
謎のイケ面執事さんこと想詠 瑠兎子は、作ったばかりのキャラクターを早速崩壊させてしまうと、雅羅達の肩を抱いて歩き出した。
「わぁ、ちょっとしたピクニックですわね」
「クッキーが沢山ありますわ」
「おいしそうです」
雅羅達は瑠兎子に案内された、レジャーシートの上のティーパーティーに参加する事になった。
薔薇のティーセットと共に、お茶受けの色々な種類のクッキーが並べられている。
「紅茶、魔法瓶に入れて持ってきたの。
さっきみたらまだ温かかったわ」
瑠兎子は言いながら皆にチョコレートがコーティングされたクッキーを配っていた。
と、彼女の後ろからメイド服の少女がそろそろと現れ小さくお辞儀をする。
彼女の手には魔法瓶から移し替えられたばかりの紅茶が入ったポットがあった。
何故か一言も言わないまま、メイドさんは黙々と彼女達にお茶を注いでいく。
「雅羅、あの娘知ってる?
私今日見た覚えないんだけど」
隣で囁く理沙の声に、雅羅は小さくため息をついた。
イコナに紅茶を注ぎ終わると、次は雅羅の番だ。
メイドさんはどうぞと言う代りに小さくお辞儀をしてお茶を注ぐと、理沙の前のカップを手に取っている。
「ありがとう、夢悠」
皆に聞こえるほどはっきりと、しっかりした声で雅羅がそう言うので、
そのメイドさん――つまり実はれっきとした男、想詠 夢悠君――は、動揺の余り手にしていたポットをレジャーシートにぶちまけそうになってしまった。
「なっなっなっ」
「何で分かっちゃったの!?」
夢悠の震える声を遮って瑠兎子が叫んだ。
「あーあ、今回は桃幻水まで使った完璧な女装だったのに」
瑠兎子はそう言いながら夢悠を引っ張ると、背中から彼の身体を抱くように胸を上下させた。
「ほら、胸も完璧本物なのよ?
結構あるでしょ?」
義姉の暴挙に、夢悠はぶるぶると震えて終始俯いているままだ。
「瑠兎子、やりすぎよ。
というか……なんでまたこんな事したのよ」
「アイディンティティ破壊的な罰、よ」
瑠兎子の言う事は雅羅にはさっぱり分からなかったが、義姉弟には義姉弟なりの理由や事情もあるのだろう。
察してやるべきか。
と悩んでいると、瑠兎子はまたしても有無を言わさぬ雰囲気で、義弟のメイド姿をカメラに収めていた。
日が落ちかけてきている海岸に、フラッシュの灯りがぱちぱちと光っている。
「ひ、酷いよ瑠兎姉(るうねぇ)……」
顔を両手で覆っている夢悠の写真をひとしきり撮り終えると、瑠兎子はぴたりとそれを止めて些か呆気に取られている雅羅達へ向き直った。
「あ。そうだ。
写真撮りましょ写真」
「みんなーもうちょっとくっついてー!
あ、チェルシーさんもうちょっとティーティーさんの近くまで、そう、そこがいいわ!」
瑠兎子は大声で海をバックに立っている少女達に言うと、持ち物を積み上げただけのバランスの悪い山の頂上に、カメラを置いてセルフタイマースイッチを探している。
「明日無事に港に着いたら、現像して皆に配るわね!
それまではこの思い出はワタシが大事に守ってるわ」
瑠兎子は見つけたスイッチを入れると、小走りで雅羅達の元へ向かって行った。
その雅羅の隣には、最後の抵抗空しくメイド姿のままの夢悠が並ばされているのだ。
こんな姿でなければ大好きな雅羅と並んで撮った写真はとても良い思いでになるだろうに。
今彼の心には空しさと悔しさがどんよりした雨雲の様に重く浮いていた。
「はぁ……」
溜息をつきまくりの余りに不憫なその少年の横で、雅羅はカメラに向かったまま小さく彼にだけ聞こえる声で話し掛けた。
「ね、夢悠。
私可愛い子も好きよ」
カシャ。
とシャッターを切る音が海岸に響いている。
その時の雅羅がどんな気持ちで言葉を口にしたのかは本人で無いと分からない。
ただ後日現像された写真には、少女達と囲まれて真っ赤になった夢悠が、驚いた表情で雅羅を見ている姿がしっかりと写っていた。
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