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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

リアクション

 6.――



     ◆

「それで――」
 その声が主は、ダリルだった。
何とも相手を見下した様な、ただただ興味本位しかない様な、そんな声色ではあるがしかし、彼としてもそれが必要だから尋ねるのだろう。そう言う質問の内容だし、現に彼はとある意志を理解しているからこそ、心底下らなそうにして、尋ねる。
「ウォウル。お前は何処でどうやって、そんな高価な物を手に入れたんだ?」
「ええ? 嫌だなぁ、僕はただ、買っただけですよ」
「買った? お値段は如何程でしたの?」
「それは内緒です」
 一緒になって尋ねる綾瀬もまた、彼女らしく心底面白そうに質問する。彼女もまた、その一貫した意志を知り、理解しているからこそ、ダリル同様の声色なのだ。
「ふん。まあ金額云々は、追々聞くとして。だ。何故それが、全く心当たりのない人間に狙われる」
「知りませんよ。僕が聞きたいくらいです」
「わたくしたちに聞いたところで、わからないから聞いているんですわよ?」
「ははは、まあ、そうでしょうね」
「入手経路は買った、と言っていたが」
「はい。オークションで落札したんですよ」
 さも当然にそう言って。だから彼等は思わず言葉を失った。
「待って待って。中古とかじゃなくて?」
「はい。オークションですよ。今流行ってるじゃないですか」
 ルカルカが思わず大声を上げて尋ねた答えは、やはりいつも通りのにやにや顔で。
「流行ってるとかって以前に、こんな物をオークションで買ったらとんでもない額になるぞ!? 何をやってるんだ! お前は」
「ダリルさん、今日は元気ですねぇ。まあいいや。いえね、僕としては買う気がなかったんですよ。でも『何とか』って言う楽団の人が所持していた本物と聞きまして、ならば買ってみようかと。そんな事を思った次第です」
 へらへらと笑いながら、しかし彼はぼんやりとした表情で天井を仰いだ。
「で。そんな冗談はさておいて。何故これを持っている?」
「いやぁ……ばれました?」
「バレバレだよ!」
 ダリルとルカルカが交互に言うと、彼は苦笑し、肩を落とした。
「いえね、僕の父と交流があった方が居まして。その方に偶然お会いしたんですよ。その時に、『これを持っていてくれ』とね。お願いされてしまったわけです。理由は不明、同機は不明。真意も不在だった訳で。僕としては厄介な事になりそうだなって思ったので、嫌だったんですがね」
「絶対それが楽しそうだから受け取ったなこいつ」
「それはあるね。って言うかそれしかないでしょ」
「ふふふ、確定ですわね」
 小さい声で三人が囁く。
「まあとにかく。そんなわけで手にした。と言うのが動機です。だから預かりものなのでね、盗まれたりしたら大変なんですよ」
「と言うとことは、だ。もしかしたらそれは………」
 口を開き、もしや、と続けようとしたダリルに、ウォウルは一度だけ目配せした。
「僕の家の事は知らないで結構ですし、もしそこに関連性があるとしても、僕個人として、今回はこのハープを持っているのですよ。残念ながら、それは」
 これが恐らく、ウォウルの答えだ。当然ルカルカも、ダリルも、綾瀬も。その意味を充分に分かっている。だからそれ以上の事は言わなかったし、口を閉ざす事にした。
と――。
「うわーん! 敵襲やぁ! 開けてー!」
 扉の外。この部屋の扉の前に立っていたカノコの声が響く。が、扉が開かないのかひたすらに扉をバンバンと叩くだけ。
「おや、何をやって――」
 ウォウルが首を傾げ、扉の方を見やるとそこには。
「此処が気に入りました。今までありがとうカノコさん、お疲れ様(もぐもぐ)」
「嫌やぁ! ちょっとエフさん!? ここ開けて欲しいねんけどぉ! ってぎゃー! きたぁ! 開けたってぇ!」
「それは出来ません。何故ならこの新しいお家が気に入ったからです(もごご)」
「そう言うんはもうちょっと別のタイミング――痛い! 痛い! もうなんなん!? 自分等なんなん!」
 カノコが突然逆切れしているらしかった。が。扉が開く事がないので、本当に向こう側に何が起こってるのかは、中の彼等にとってみればさだかではない。
「ちょ! おかしいやん!? 此処人ん家や! 痛いって言ってん……痛いって言……痛……じゃかしあしいわボケ! 何やねんて聞いて――ああごめんごめんごめんなさい……ちょっと強気に出てみたかってんて。そんな向きにならんでよ? な? ちゃうねんて、ちょっとちゃめっ気ってあるやん!? せやてぇ……もうホンマに、ほん――」
 この、一方通行な会話のみが、今カノコの身に起きている出来事なのだ。
「え、何それ。え、ごめんごめんちょっとほんとそれ無理やわ。いや無理やて。だって、なぁ……? そんなんどーんてやったらめっちゃ人死んでしまうやん? それいけんと思うねんよー」
「あ、あの……エフさん?」
「?? 何ですか(もごご)」
「外では一体何が――」
 ウォウルの問を受け、エフが少しだけ扉を開くと、片目をそこから外に向け、外の様子を確認し、慌ててまた閉める。かなり勢いよく閉める。
「カノコが何やら敵と戦っています(もごもご)」
「はぁ……仕方ない。ならば私が止めて来よう。あの三姉妹とは個人的にも話があるしな」
 ゆっくりと立ち上がった。ダリルが扉に向かって歩いて行くと、エフに話しかけて扉を開けて貰い、外に出る。
無論、その間も声は聞こえているのだ。カノコのみの声。暫くして、二人は漸く部屋の中へと戻ってくる。
「お疲れ様です」
「何をしてらっしゃいましたの? お二人とも」
 綾瀬が気になったのか、二人に尋ねた。
「いや、此処には探し物はないから帰ってくれ。とな。そう言って来た」
「せやねぇ……いやぁ、カノコ達かなりナイスな働きやったな、お兄さん」
「……そうだな。もうあれは話し合いのレベルではなかった様に思うが……」
「え、そんな熾烈な感じだったの?」
「ルカ。世の中にはな、知らなくても良い事がたくさんあるんだぞ?」
「ふぅん……気になるけどな」
「気にしたあかんよ」
 多分、特にダリルはかなり不本意な事をしたらしい。故にその顔は何処か薄暗く、辛そうな表情をしたままだった。
「そう言えばダリル、確か秘策があるって……」
「言うな。ルカ。それは言うな!」
「ちゃうねん。確かに上手だったんよ。せやってん、確かに最初はよかってんけど、相手がどうにも音楽に教養のない子ぉらでな? もう眠ぅなるから次いこか ってなってんて……いや、上手やってんけどね?」
 心の底から、カノコは本心でそうフォローする。が、どうやら音楽に教養がない人間にすれば、胸を打つ音色も歌詞も、意味を理解出来ないのだろう。と、そう結論付けるダリル。