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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

リアクション

 4.――



     ◇

 ――偽物と本物の定義は、それを偽物であると認識した時から始まる物だ。



     ◆

 とある部屋。その一室に、彼等は居た。
「とりあえず概要は理解したけど、その泥棒さんたちはなんだってそんな、犯罪を犯してまでハープを取りに来るんだろうね」
 独白気味に呟いたのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。顔の下半分が隠れている為に彼の表情は伝わり辛いがしかし、それでも彼の、さも詰まらないと言いたげな口調からして、際立って興味がある訳ではないらしい。
「んー、それこそ、此処で話をしても判らない事なんじゃないの? あたしにはわからないけどね。ってか、これだけ協力者いるし、他にもいるだろうに、なんだってあたしたちまで来なきゃいけないのよ、ウォウル」
「泥棒に入られるのよ? そんな冷たい事良いもんじゃないわ。それに、この前お世話になったんだから、ラナロックの為に、って言ったじゃない」
 腕を組み、椅子に腰かけていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は不満げに呟き、彼女の隣に立っていたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、そんなセレンフィリティの肩に手を置いて、ため息交じりに呟く。
「まあいいじゃないか。そうだろう? ルファン。どうせ何か、面白そうな企みがあるに決まっている。そうだろう? ウォウルとやら」
「面白い事があるか、わしにはわからぬがしかし、困っているのであればそれを捨て置く事はよしと思わんよ。それとて、ウォウルが困っていないとしても、衝突が起こる時点でどちらかが困窮している、とわしは思うんじゃが」
「ふふん、まあ私には関係のない話だな。とりあえずは関係がない話としておこう。無論、興味すらない話であるのだから。だから今日は、ただただ面白そうな見世物小屋に足を運んだ、程度の事なのさ」
 椅子の上に正座をしているルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)と、その隣で足を組んで煙管を手にする長尾 顕景(ながお・あきかげ)は二人が二人でウォウル達を見ながらに、そんな事を言っている。
「まあ、皆さん理由はどうあれ、お集まりいただいてありがたい限りです」
 座っている者、立っている者全員に向けてウォウルはわざとらしく手を広げ、笑う。まるで道化師の様に歪な動きで、ニヤニヤと顔を歪めながらに笑って言った。
「それで? あたしたちは何をすればいいの? 妨害? それとも、泥棒を捕縛、で良いのかな?」
 セレンフィリティの言葉に対し、ウォウルが肩を竦めた。
「捕縛は必要ないですよ。捕縛はしなくて結構です。ただただ、妨害していただければいいんです」
「え、捕まえなくていいの? 何でまた。だって相手は犯罪をするのよ? 幾らあなたがお人好しだからってそれは――」
「お人好し、ではないつもりですがね、セレアナさん。理由はルファンさんの言う通りなんですよ」
 その言葉で、一同がルファンの方へと目を向ける一同。ルファンとしても突然に名指しされた事に若干の戸惑いを覚えたらしく、自身を指差して「わ、わしか!?」と恐る恐るウォウルに尋ねる。
「ええ、貴方ですよ」
「わしが何か、言ったか………わからんのう」
「“相手も困窮する状況”、と。全く以てその通りだと、僕は思っていますよ。そう、今回の泥棒の経緯は知りませんが、犯罪を犯す、と言う手段を何故選んだのかは不明ですが、一つだけ言える事があるとするなれば、それは文字通り、言葉のままに、ズバリ言い得てその通りだ」
「良かったな、ルファン」
「いや……そうなのか? わしには難しい話はさっぱりなのじゃが……」
「昼行燈を決め込むのは止めにしないか、ルファン。君は今、ウォウルと言う存在に褒められた。故に胸を張ればいい」
「いや、こいつに褒められても胸を張れるかは不明だけどね」
「それは全く以て俺も同感ですよ」
 顕景の言葉に対し、セレンフィリティと唯斗が苦笑しながらにそう言う。
「まあなら、兎に角俺たちはその泥棒がこのハープに近付かない様に妨害をすればいい、と、そういう事ですね」
 窓枠の横、壁に凭れ掛かっていた唯斗が腕を組んだままに話を纏める。
「如何にも。出来れば相手から、その事情を聞き出してくれると僕としては、そして相手方としては、助かると思いますが、それは皆さんの力量次第、ですね」
「舐めて貰ったら困るわよ? ふふん、ちゃんと尋問の授業を受けたしね。これでもあたし、尋問の授業の成績はそこそこよかったんだから」
「ちょっとセレン。貴女そんな事言って、私が止めてなかったら尋問対象殺しそうになってたじゃない」
「ちょ! セレアナ!? それは内緒って!」
「ウォウル。どうやら彼女、宛てにならない見たいです」
「武力行使も、まあ仕方がないでしょう。もしも僕が教導団生だとして、その授業を受けたとしたら、もう少し面白い事に成りそうですけどね。ふふふふふふ」
「ウォウル……そなた笑い方が一瞬――」
「セレン……彼が私たちの先輩じゃなくて、良かったわね……」
「……面倒な上にあくどいとか、どこの悪役よ……ったく」
 思わず頭を垂らしながらため息をついたセレンフィリティが、暫くの沈黙の後に顔を上げ、声色を変える。
「兎に角! じゃあ私たちは妨害ね。っていうかさ。それはわかったんだけど、一つ質問」
「何でしょう?」
「ラナロックたちは何処に行ったのよ」
「迎撃をするそうですよ。彼女、あまりおつむが良い方ではないのでね。妨害するよりは体使って泥棒退治に勤しむ方が良いって」
「……確かにそうかも」
「セレアナ、本音が口からもれなく漏れてるからね」
「そうなのか? ラナロック、と言えば、あの御嬢さんじゃな。わしらは其処まで面識がない気がするが……」
「思慮の浅い人間は時に脅威足り得るからね。私は出来ればあまり話したくはないな。まあ、興味がないと言えば嘘になるが」
「この場にいない人間をぼろくそ言いますね、皆さん。ウォウル、後にでラナに謝った方がいいですよ」
「ふふふ、それはどうでしょうね」
 やはり歪な顔で笑ながら唯斗の言葉に返事を返すウォウル。と、唯斗が何かに気付いたのか、窓の外へと目をやった。
「どうやら談笑の時間はそろそろ終わりになるらしいですよ、皆さん」
 彼は何かを見つめながら。ただただ一点wの凝視しながら、言葉だけを部屋の中にいる彼等へと向けた。
「お、遂にお出ましね! 人数は?」
「結構いますね。犯罪に加担する人間って」
「それだけ相手も事情があるのよ。多分ね。そうでしょ? ルファン」
 セレアナがルファンに向けて言うと、彼は頷きながら立ち上がった。
「犯罪を犯さなければならぬ状況、わしらがなんとしても止めようぞ。出来れば武力行使は避けたいところではあるが……のう」
「そうなったら私は逃げるぞ? 戦うのは疲れるからね。以前に何とも詰まらないのだから。それに――」
 含みを持って、顕景がウォウルを見る。
「そうなったら君……いや、何でもないよ」
 何かを知っているかの様に含んだまま、彼女は涼やかな笑みを口元に浮かべ、手にする煙管を一度、口へと運んだ。
「今夜は頼みますよ、皆さん」
 彼が何を言おうとしたのか、恐らくウォウルは理解した。理解して、顕景とは違う卑しい笑みを浮かべて彼は踵を返す。
「……? ウォウル? あんたどこに行くのよ」
「他の部屋の皆さんにも、敵襲の報告を。何、皆さんならばこんな僕が居なくとも、皆様だけで解決できるはずですからね。ふふふ」
「ウォウル、あんたのそれ。本音に聞こえないくせに心から思ってるから達が悪いんだよ」
 唯斗の言葉に笑顔だけを返し、彼はその部屋を後にした。



     ◆
 ラナロック邸敷地内は広く、その庭園はあたかも『公園』と言っても遜色ない程に広かった。警備員等々を抱えていないこの空間に置いて、それは殆ど公園と変わらないわけであり、その空間に侵入者がいたとしても、それは『敷地内でありながらも敷地外』という意味合いを持つ。
「とりあえず暇だなぁ」
 そんな事をぼやきながら、某はベンチに腰かけたままに両足を伸ばす。
「それはおまえだけ。私たちは忙しい。おまえもなにかしたらいい」
 シェリエの隣で策を巡らせているフェイは、しかし全くと言って良い程に表情を持たず、彼に目も向けずに言った。
「いや、だってよ? そこまで良い案がある訳でもないし、そこまでお前みたいに頭が回る訳でもないから……な。もっとこう、シンプルなのだったら頑張れるよ」
 やれやれ、とでも言いたげに、彼はベンチの背もたれに両腕を伸ばして乗せ、ため息ながらに呟いた。
「……そうだ、結いっ子次女。今の状況を聞いておきたい」
「え、ああ。そうね」
 フェイの隣、何やらメモ帳に書いてた図を見て考え事をしていたシェリエが、彼女の一言に反応する。
「とりあえずはパフュームとトレーネ姉さんと連絡を取って、状況を聞いてみた方が良いかな」
「そうですよ。中の状況がわかるなら、出来るだけ情報は集めるべきです。探索と陽動、でしたっけ? 願わくば中の皆さんが奪取出来れば良いですけど、無理な場合は私達が行かなければならないでしょうし」
 フェイとは反対側。ベンチの横、シェリエの隣に立つ司は、顎に手を当てて考えながらシェリエに助言する。
「そうよね。うんうん、ちょっと聞いてみよう」
 手にする通信機の周波数を、今まで目を落としていたメモ帳に書いてある周波数に合わせた彼女は通信ボタンを押した。
余談ではあるが、パフュームとトレーネの持つ通信機。その双方の周波数は違っている。統一してしまうと、もしもその周波数での通信を傍受された時に全てが伝わってしまうから。この助言は今、フェイの横で伸びをしている某の案。
「にしても、シオン君? 何だってこんな事に首を突っ込んだんですか?」
 助言をしていた司が、ふともう一つのベンチに座るシオンとイブの方を向いて、小さな声で尋ねた。
「え? だって、ねぇ。ワタシは誰かが心を痛める姿を見たくないの。事情を聞くまでは面倒だ、なんて思ったのだけれど、でも話を聞いて感動したわ。だからヨ」
「そうですよねぇ! ボクもそう思います! 困っている人を助けられる事の素晴らしさ、ですよねぇ」
「うん。それは良いんです。良いんですけどシオン君。顔がずっと、『何か企んでいる』顔になってますよ?」
「あら心外ね。ワタシはいつも真剣よ。今もいたって真剣よ。そんな失礼な言葉はとっても気分を害するわ」
「そうですよ司さん! シオンさんはちゃんと良心で協力してるんですよぉ!?」
「う、うん……そうですね。良心で、ねぇ」
 と、そこで司が何かに気付く。
「そう言えばイブ君。君はもう平気になったんですね、ドゥング君の事」
「………え?」
 にこにこと話をしていたイブの顔が固まる。
笑顔のままに硬直し、バタバタと地面に着かない足をバタつかせたまま、その体勢のままで一度、本当に『停止ボタン』を押して止まっている映像の様にぴったりと動きを止めて沈黙する。
「ああ、そう言えばそうね。あの二人――ニヤケ眼鏡とトリガーハッピーお姉さんが絡んでいる以上、多分あのこわーいライオンが絡んでるのは当然よね。今気付いたわ」
 何とも楽しそうな顔をして、シオンがイブへと向いて言った。満面の笑顔――。
暫くの沈黙の後、シオンが硬直したままに震え始める。笑顔のまま。バタつかせたが為に、変な状態で停止している足、そのままに。身の毛がよだつ、どころの騒ぎではなく、全身全霊の拒絶反応。
「シオン君……貴女先程シェリエ君たちにしっかりそこら辺を説明してたじゃないですか。今気付いた、とか嘘を言って!」
「あらぁ? そうだったかしら。ワタシわからないわぁ。うふふふふふ」
「怖い!」
 そんなやり取りをしている司とシオンの言葉が、どうやらこの時間差でようやくイブの脳内に伝達されたらしい。突然大声でそんな事を言ったイブが、椅子から飛び降りてつかあの足に向かって抱き着く。
「怖いですぅ! ドゥングさん! はうぅ……! なんで先に言ってくれなかったですかぁ!」
「え、イブ君……その、さっきちゃんとシオン君が説明、してたと……」
「聞いてなかったですよぅ! うわぁぁ……」
 瞳一杯に涙を溜め、司の足にしがみついて泣きじゃくるイブが、其処にはいた。

「あ、パフューム? そっちの状況はどう?」
 その僅か隣で、漸くパフュームと通信できるようになったシェリエが尋ねる。
「結えない末っ子。出来れば短く状況頂戴」
 シェリエが持っていたメモ帳を受け取り、何かを書き取る準備が万端のフェイも、聞こえる様に通信機に話しかける。
「ちょっ………待って………聞き……辛いか……周波数を合わせ……わ」
 ぶつぶつと切れる音声と、何やら奇怪な音が暫く続き、漸くその声が聞こえる様になったのは、それから数秒後。
「よし。これでどう? まだ切れるかな?」
「大丈夫よ。それで、今どこに居るの?」
 パフュームの言葉に返事を返したシェリエ。
「えっと、玄関はトレーネ姉が行くって言ってから、あたしたちは裏口から入ったの。今は階段を上がって二階」
「結えない末っ子。そこに何があるか教えて」
「えっと……ねぇ、あれ何?」
 通信相手ではなく、恐らく自身の隣にいる彼等に向けた言葉だろう。やや声がお得なってから、聞き取れない何かが暫く続く。
「えっと、近くにあるのは西洋の甲冑の置物。それから、鎖で雁字搦めになってる部屋が二つ、かな。これ、ハープの隠し場所だと思う? 今丁度あの鎖の部屋を探索するか話し合ってたところ……なんだけど」
「鎖で施錠された部屋……結いっ子次女、どう思う?」
「うーん、ちょっと危ないかな――」
 考えながらも返事に困っていた時、彼女たちの座っている叢から突然、彼が現れる。
「駄目だ! その扉を開けてはいけない!」
「!?」
「ひゃっ――! って、あなた……」
 フェイとシェリエが思わず驚きのリアクションをとり、後ろを慌てて振り返る。と、其処には先程地面に突っ伏して動かなくなった食人の姿が。叢から上半身だけをだし、二人の二人と某が腰かけているベンチの背もたれに手を掛け、乗り出している。二人にはギリギリ触れない様、器用に手を着いているところが彼らしいと言えばらしい。
「その部屋は開けては駄目なんだ! 君たちが泥棒だけで終わらせたいのであれば、それは駄目だ!」
「ちょ、どういう事?」
 状況を全く把握できないでいたのだろう。パフュームの声が困惑の色を持っている。
「この屋敷はもうな……何処かの軍事施設とでも思った方がいい………いや、違うな。さしずめテロリストのアジト。が正確か」
「それはどういう……」
 シェリエが尋ねると、食人は遠い目で空を仰ぎながら、口を開く。
「それは……聞かないでくれ……あの頃は俺も、青かったって事さ」
「いや、それじゃあ何だかわからん。って言うか近いな。よるな、男」
 持っているメモ帳で、フェイが豪快に食人の顔を引っ叩く。
「痛い痛い! ちょっと待って! 今叢に足が取られて動け――痛いって! 痛い痛い!」
「フェイ、待って」
「……結いっ子次女がそう言うなら待ってやっても良い」
「食人。細かい話を教えて」
「……どの部屋だったかは定かじゃない。って言うか俺の思考が『思い出すな』と告げているから覚えていないのだが……」
「トラウマなのか……一体何があんだ?」
 眉ひとつ動かさずに事態を横目で見ていた某が、そこで漸く眉間に皺を寄せて呟く。
「確か何処かに、彼女の部屋がある。彼女の部屋はかなり危険だぞ。何せ、兵器倉庫だからな……見てはいけないし、開けるのはもっと駄目だ……あの防衛システムは本当に怖かった。射殺されるぞ!」
「……テンションおかしいな、お前」
「違うんだって。違うの! ホント怖いから! いや、嘘だと思うなら君も行ってみると良いよ。って言うか行くべきだ。行ってなおそんな事が言えたら、俺は君に弟子入りするよ」
「……そんなにか」
 苦笑する某と、鬼気迫る表情で声を荒げる食人を横目に、シェリエとフェイがため息をつきながらにパフュームへと声を掛けた。
「じゃあ、それはトレーネ姉さんに頼むとして、あなたたちはひとまず安全そうな場所から探ってみて」
「敵が来たら?」
「交戦。そうじゃなきゃ陽動じゃない」
「あ……ああ、そっか。わかったよ。じゃあ、とりあえず派手に暴れちゃう感じで良いのかな?」
「ええ。怪我をしない程度に、ね」
「オッケー、んじゃ、三階に着いたらこっちから連絡いれるね」
「よろしく」
 最後は軽快な調子で会話を交わすシェリエとパフューム。
「ウォウル君とラナロック君。何を考えてるんでしょうね」
「知らないわ。でもまあ、何かは考えてるでしょ。あのニヤケ眼鏡の事だわ」
 やり取りを見ながら、司とシオンが言葉を交わす。