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老魔導師がまもるもの

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老魔導師がまもるもの

リアクション

 4/ 魔導師の望みは?

 それは、エッツェルの危惧したとおりであったのかもしれない。
「どうしても、認めてはいただけませんか」
 慎重に言葉を選びながら、夏來 香菜(なつき・かな)が身を乗り出し、言う。
 そこは、教会奥の広々とした応接室。向かい合ったテーブルとソファのセットに、老魔導師が学園の関係者たちと正面から、向き合っている。
「ここには、子どもたちだっています。私たちだって、見てきました。だからこそ、護らなくちゃいけないんだって思うんです」
 杜守 柚(ともり・ゆず)が言い、パートナーの杜守 三月(ともり・みつき)もそれに続く。
「学園がやってくれるなら、管理は任せたほうが安心できるはずです。ひとりで抱え込んでやるよりも、ずっと」
「なにも人の力を借りることに前例がないとか、そういうわけではないんでしょう? そんなにも──信じてもらえませんか」
 老婆は眉根を寄せ、彼女ら、彼らの発言をひとつひとつ、黙って聴いていた。
 その彼女に代わり、旧くから老婆とこの地に眠る封印とを知る禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)が応じる。
「たしかに、他者の協力を受けてこの地を護るというケース、ゼロではない。古より、この地の霊脈を狙う者など、数限りなかったからの。だが……『貿易風』。そういうことではないのだろう? 貴様が気にしているのは。旧い性質持つ種ゆえの、悩ましさであり譲れぬところよな」
 近代化された、科学と魔法の融合組織たる蒼空学園への不信──言いたいことは、わからなくもないけれど。
「それだけじゃないだろう」
 そして、老婆の側に立つのは彼女ひとりではない。佐野 和輝(さの・かずき)が立ち上がり、身振り手振りを交えて問題点、疑問のある点を無数に並べ立てていく。
 いずれもがたしかに、彼の言うとおりにクリアしなければならない問題であるということは事実であり。
 柚も、三月も。香菜たちも、思わず口を噤む。
「だからこそそれを、これから煮詰めていこうとしているのではないですか」
 皆、わかってはいる。わかってはいるのだ。それゆえ、東 朱鷺(あずま・とき)が苦い顔で苦言を呈す。
「問題のクリアが先だろう。ここの持ち主が、お婆さん──スランさんである以上は」
 話は、それからのはず。和輝も譲らず食い下がる。両者の主張が辿るのは、交わらぬ平行線。
「──なあ、婆さん」
 そんな議論をうんざりとした様子で眺めていた柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が、おもむろに口を開く。
「大切なのは未来を守る事だ。意地を張る必要は、この場合無いんじゃないか? 自分の好き嫌いや感情は抜きにして、条件だけを語って欲しい」
 それについて、こちらがイエス・ノーを提示する。
 逆にこちらからも条件を言う。そっちも、イエス・ノーを示す。それでいいではないか。そのくらい、わかりやすくしよう。
「ああ、そうだな」
「うん?」
 そう彼が提案した直後、立ち上がる影がひとつ。
「つまりは、俺が封印を引き継げば万事解決ってわけだな」
 きっと、適当な言葉とタイミングを図っていた。ここだという瞬間を、待っていた。
 そして本人にとって、今がそのときだったのだろう。突然に、親指を立てて自分を指差しながら自身まんまんに、高塚 陽介(たかつか・ようすけ)は宣言する。
 とはいっても、周囲からの反応は薄い。
 一番、なんらかの反応を彼が求めているであろう老魔導師からして──頭を振りつつ、深々と溜め息ひとつ。
 驚いたわけでも、感心したわけでもなく、たったひと言「いたのかい」。それだけ。しんと部屋の中が静まり返る。
「「なんでそうなるんだ」」
 話の前後関係がわかっているのか? 今は老婆の守っている霊脈を、蒼空学園が管理するかどうか。そういう話なわけで。
 さも、そう言いたげな和輝と恭也の呆れ声が、寸分の狂いなくぴったりと重なって、陽介の言葉をにべにもなく打ち払う。
「な、なんだよそのリアクションはっ!? 今まで俺はなぁ、何度もこのばーさんに『俺がやる』っつって頼んでるんだぞ!?」
「知るか、そんなこと」
「まったく。右に同じ」
「いや、何度ってレベルじゃない、もう百回! 百回だ! これで百一回目なんだぞ!? いくらなんでももう認めてくれたっていいだろうが!?」
 これだけ必死に、熱心に頼んでるんだぞ!? なんでダメなんだよ!?
 周囲からの痛々しい視線を向けられて、たまらず陽介は怒鳴り散らす。
 だが、他の面々がそれ以上口を開く前に、

 ──才能、ないからの。

 ぽつりと、魔導師が呟いた。
「なん……だと……?」
 まったくなんの情もなく淡々と呟いて、そして、

 ──あと、空気も読めない。

 さらにとどめとばかりに、もうひと言。
 色んな言葉が直角に突き刺さった胸を押さえて大袈裟に、陽介はその場へと崩れ落ちる。
 それはさすがにほんの少し、見ている者たちもかわいそうになってくるくらい、容赦なくも鮮やかな、的確すぎる言葉の二連弾だった。
「才能が……ない……っ? そうか、そうなのか……っ!? いや、しかし……っ!!」
 それでも、陽介は立ち上がろうとする。
「俺は、それでもっ!! それでも諦めない!! 認めない!!」
「おお、立ち直る……のか?」
 なかなか打たれ強いというべきか、それともたったふたつの言葉で追い込まれるほど繊細というべきなのか──なぜだか、最終ラウンドのボクサーのようによろよろと彼は身を起こしていく。
 台詞だけを見れば、ちょっとしたバトル漫画の主人公が敗戦から復活していく様であるようにも聞こえなくもない。
「まだまだぁっ!! 負けん……俺は負けないぞおぉっ!! 何度だって、諦めるものかっ!!」

 ──うっさい。だまれ、よーすけー。

 どうにか打たれ強さを発揮して立ち上がった陽介に投げつけられたのは、追い打ちというか──それはもはや、死した屍に対する一種のデッドボール。
「なんだとコノッ!?」
 子どもの声で。おもいっきり、舐めきった声音で、彼の背後からそのヤジが突き刺さる。
 彼が、一同が振り返ればそこには黒衣の怪人、エッツェルの脇から覗くように顔を出して、孤児院のちびっ子が意地悪い笑みを浮かべている。更にその後ろに、真人も戻ってきていた。
「うにゃああぁぁぁっ!?」
 そしてエッツェルの連れたやんちゃなちびっ子は、すぐ手近の柱の影にいたアニス・パラス(あにす・ぱらす)のスカートをおもいっきり捲って、翻らせる。
「和輝、和輝いぃー!! スカート、めくられたようっ!!」
「あー。よし、よし」
 けらけら笑う男の子から逃げ出すように駆け寄るアニスを、和輝が抱きとめる。
 ほら、泣くな。こんな使い古された悪戯で。
「『貿易風』の。どうやら案の定、水掛け論になっているようですね」
 それらのやり取りを尻目に、エッツェルが老婆へと語りかける。
 目を細める老婆に、知り合いだったのか、と香菜が大谷地 康之(おおやち・やすゆき)と顔を見合わせる。
 いくら名のあるウィザードとはいえ、一見しただけでは年老いたよぼよぼの女性。それとエッツェルの黒一色の硬質な外見との対比が、ひどくアンバランスに見えたのだ。
 老婆のどこか遠くを見ている目線を認識し、康之の相棒である匿名 某(とくな・なにがし)が我に返るとともに、エッツェルの言葉を引き継ぐ。
「ダメなところを出しあっても、しょうがない。そこのやつの言うとおり、水掛け論が一番無意味なんじゃないか」
 右肘で康之をつつき、交渉の場に彼の意識を呼び戻す。
 康之は──ここではないとはいえ、もとは孤児院出身のパートナーは──某にそうされるとすぐに、こくこくと強く頷いた。
 
 部屋の中にいる誰より、彼には孤児院出という出自ゆえに自負がある。
 
 この孤児院に暮らす子供たちの気持ちは、一番よくわかっているはずだ。彼らや彼女らが笑顔でいられなければ、意味がない。なにより大事なのはそこだと、康之は思っていた。
「そうだぜ、ほんと。学園のことだけ、ばーちゃんの都合だけじゃ話が進まない。きちっと話し合うためにここにいるんだから。でなきゃ子どもたちだって安心して暮らせねえよ」
 不安いっぱいなんて、好きな子どもはいねえよ。大好きな人が不満ばっかなのも、嫌に決まってる。
 老婆の目線が動いて、康之を見つめていた。じっと眺められ、康之は息を呑む。

 ──あんた、ひょっとして孤児かい。

 なぜ、わかったのだろう? 老婆の言葉と勘の鋭さに驚きながらも、けれどそのように気付いてもらえたことが無性に、康之は嬉しかった。