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第二章 敵を知って何思う

「ああ、オッサン。こっちも準備終わったぜ」
 翠門 静玖(みかな・しずひさ)が顔を出したのは、幸村たちが去って間もなくのことだった。
 江戸時代に関する基礎知識を身につけた後は、実際の「時代劇」を見て学ぶ。
 そのために、斐は前もって静玖に指示を出し、主だった時代劇作品を集めさせていたのだ。
「ここの施設使っていいって許可出たんで、そっちにセッティングしておいた。
 なんかプチ上映会みたいな状態になってるけど、まあ気にしないでくれ」
「ご苦労。では、移動しようか」
 その言葉を合図に、一同は移動を開始した。

「上映会」の会場には、すでに二人ほど先客がいた。
 奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)と、パートナーの雲入 弥狐(くもいり・みこ)である。
「時代劇って、あの……みとのごろうこーとかのだよね?」
 一時期時代劇にハマっていたという沙夢に対し、弥狐はわりと大雑把な知識しか持っていない。
 とはいえ、詳しい人間ばかりが集まってああだこうだと言っても片手落ちになりかねないので、そういう意味では彼女の存在は貴重である。

「ふむ。まずは何から見る?」
 尋ねる頼家に、沙夢がこう答える。
「将軍が主人公と言えば、やっぱり第八代将軍・徳川吉宗を主役にした有名シリーズが真っ先に思い浮かぶわね。
 あとは、変わり種としては、第三代将軍・家光、第五代将軍・綱吉も時々主役になっているかしら。
 最後の第十五代将軍・慶喜もよく扱われているけど、時代柄、娯楽色の強い剣戟ものより歴史そのものを扱ったドラマが多い気がするわ」
 あくまで戦国時代の続きで扱われることも多い初代・家康と第二代・秀忠を除けば、時代劇で主役を張っている将軍といえばその辺りであろう。
「まあ、ここは有名どころから行くべきだろうな」
 その斐の言葉に反対するものはなく、まずは吉宗が主役の有名シリーズから、という形になった。

「いくら平時とはいえ、こう将軍がふらふら出歩いていいのか?」
 開口一番、至極もっともな疑問を口にする頼家。
「ま、その辺りはフィクションだからな。実際は違うだろ」
 苦笑する静玖に続いて、沙夢と斐が見解を述べる。
「主人公がお城の中に籠っていたんじゃ、何も起こらない……とまでは言わないけど、こういう勧善懲悪ものの時代劇は、基本的に庶民を描くものだから」
「その一方で、主人公は善人であると同時に、世間的にも『正しい』と認められる立場の方が好まれるからな。奉行や同心、岡っ引きなどの役人が主人公の場合もあれば、将軍やら藩主やらのお偉方が密かに市井に出てくる展開も多い」
 まあ、この辺りは例外も結構存在するのだが……奉行が主人公の有名なシリーズが少なくとも二つはあるし、十手持ちが主役の時代劇シリーズとなるとそれこそ無数にある。
「ごろうこーさまもそうだよねー。副将軍、だっけ?」
「ありゃすでに隠居した後の話だし、実際は副将軍なんて地位はなかったって話だけどな」
 小首をかしげる弥狐と、まぜっかえす静玖。
「まあ、それを言うなら諸国漫遊の旅自体がフィクションだからな。ともあれ、それでは次はそのシリーズを見てみようか」
 斐がそこをうまくまとめ、次の作品の上映に移っていく。





 そうして、五本ほどの作品を見終わった後。
「なるほどな。だいたいの傾向は掴めてきた」
 何度か頷いて、頼家がまた口を開く。
「戦の場にて名乗りを上げる風習は後世に廃れたと聞いているが、劇の中ではまだまだ健在のようだな」
「そうね。必ずしも名乗りとは限らないけど、やっぱり剣戟シーンはクライマックスだし、その前後に決めゼリフの一つは欲しいわよね」
「だねー。このもんどころがー、とか、さくらふぶきがー、とか?」
「『正義の味方が悪人を倒す』という構図だからな。正当な権力を背景にする場合は、やはりその根拠となる自分の身分を相手にも示す必要があるのだろう」
「確かに、悪人を暗殺して回るようなシリーズだと、さすがに名乗りはないよな」
 そんなやり取りを経て、話題はもっと全体的な話へと移っていく。
「あとは……そうだな。演出的には、明らかにそれとわかるのは一部の動きと効果音くらいか」
 その言葉に、沙夢がこう続ける。
「あとは、妖術や剣術の演出などで残像がよく使われる程度かしら。やっぱり、時代劇に大切なのは『雰囲気』だと思うの」
「あー、なんとなくわかるな。なんか独特のそれっぽさってあるよな」
「ふむ。確かにそうかもしれないが、具体的にはどういうことだ?」
 何となく頷く静玖と、わかったようなわからないような、という顔をする頼家。
「具体的には……少しぼやけた、どことなく暗いような、あの雰囲気ね。映像的な話だけじゃなくて、ささやかな幸せというか、むしろ今生きていられること自体が幸せ、というような……」
 そう沙夢が語っていると、不意に部屋のドアが開いた。
「なァるほどねェ。その辺りが、昔の時代劇が強い理由の一つなのかもな」
 笑いながら入ってきたのは、田名部常春その人である。
「それじゃ、最新の機材や技術を使ったところで、かえってうまくいかねェわけだ」
「一度すごく派手なCG演出を使った時代劇も見たことがあるが、その時はその場面だけが完全に浮いていたな」
 常春と斐の言葉を受けて、沙夢はこうまとめた。
「そうね。そして、それは契約者のスキルを使うとしても同じことが言えると思うの。ある程度派手に、でも少し控えめに……やりすぎたら、特撮ヒーローみたいになっちゃうわ」
「あー、でも忍者とかはー?」
「それにしたって普通はせいぜい煙玉とか分身とかそのくらいだろ。それよりもう少しくらい派手なのはあっても、火を吹くガマの出てくる時代劇なんてそうそうあるもんじゃねェ」
 弥狐の疑問に、常春が笑いながら答える。
 そうそうあるものではないが、ないとも言えないのが恐ろしいところだ。

 ともあれ、こんな感じで「時代劇研究」は続き。
 江戸時代及び時代劇に関する知識は、それなりに深まっていったのである。