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スパークリング・スプリング

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スパークリング・スプリング
スパークリング・スプリング スパークリング・スプリング

リアクション




第11章


「ああ……どうしこう、俺ってヤツは……」
 春の嵐のせいで、とんでもなく気持ちが落ち込んでいるのは相田 なぶら(あいだ・なぶら)である。
 日頃は昔からの夢、勇者を目指して前向きに頑張る彼であるが、今日ばかりは精神的乱調を抑え切れない。
 なぶらももう21才、そろそろ勇者を目指してどうこう言っている年齢ではないのではないか、とちょっとだけ思っていたのだ。

 確かに現代日本で口にしたらちょっと退かれるかもしれない。

 そんな現代日本人としての感覚も微妙に捨てきれていないなぶらは、春の嵐の影響をモロに受けてしまい、パートナーであるフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)の前ですっかりうなだれてしまった。

「どうしてこう、俺ってヤツは、ダメなヤツなんだ……こんな歳で勇者とかさぁ……」
 フィオナはそんななぶらを必死に鼓舞しようとする。
「そ、そんなことはありません! なぶらはしっかりと勇者への道を頑張っているではありませんか!!
 それにここはパラミタです、まだ人々の心に勇者は必要なのです!!」
 だが、フィオナの懸命の励ましは、今のなぶらには届かない。
「そうなのかなぁ……仮にそうだとしても……俺がやらなくても、誰かがやってくれるだろ……?
 そうだよ……別に俺じゃなくても……」

 すっかりうなだれてしまったなぶら。
 パラミタに来て数年。コントラクターとしての力を手に入れて、いくつかの修羅場をくぐってきた彼だったが、その本質はあくまで現代日本に生きる若者だ。長く続く戦い、ある意味では非現実的な事件の連続に、知らず知らすの内に心が疲れていたのかもしれない。

「……なぶら……」

 そういえば、前にもこんなことがあったな、となぶらは思った。
 その時は、また別な事件のせいで心が落ち込み、勇者への道をあきらめかけた。
 もう一人のパートナーが熱く励ましてくれたおかげで、その時は立ち直ることができたのだ。
 だが今、そのパートナーはこの場にはいない。いるのはフィオナだけ。


 そっと、フィオナの手が伸びる。


「……フィオナ……?」


 気付くと膝をついていたなぶらの頭は、フィオナの胸に抱き締められていた。
「なぶら……誰しも自分の信じる道を疑ってしまうことはあるものです……。
 疲れた時は休んでもいい……落ち込む時は、落ち込んでいいのです。
 ただ……」
「……ただ……?」
 なぶらは視線を上げた。
 フィオナの瞳には涙が浮かんでいる。
 その涙を見ていると、なぜだか胸が痛んだ。

 その涙は、止めないといけない。

「ただ、決して歩むことはやめてしまわないで……何度立ち止まってもいい……けれど、また必ず歩き出せばいいのです。
 でも、目指した道を外れることだけはしないで……そうすれば、いつか必ずたどり着けます」
「……いつか……それが、果てしなく遠く……でも……?」
「はい、必ず……いつかその日まで……貴方が倒れそうな時は……私が支えます」
「……フィオナ……」

 今まで感じなかった暖かさを感じる。抱き締められているフィオナの鼓動が、わずかな振動となってなぶらに伝わっていく。

「父様の死の真実……私がそれを知った時に、貴方がしてくれたように……。
 今度は、私が支えます。パートナーとして……いいえ、もしこの契約がなかったとしても」
「……フィオナ」

「私は……この先もずっと貴方と共に人生を歩んでいきたい……。互いに支えて、支えられて……。
 それが……私の本当の望みだと……今ならはっきりと言えます。
 だから……今は私に支えさせて下さい……」

「フィオナ…………こんな俺の傍にいてくれるのか……物好きだな……。
 でも、今回だけは甘えさせてもらおうかな……こうしていると……すごく落ち着くんだ……」

 二人は抱き合ったまま、互いに涙を流し、頬を摺り寄せた。
 なぶらの身体に力が戻っていく。春の嵐はまだ吹き荒れている、効果は消えていない。
 だが、それでも。
 なぶらの心は確実に力を取り戻していた。

 互いに信頼で結び合ったパートナーがいること。
 それが、このパラミタでは何よりの力になることを、改めて二人は感じていた。

「ありがとうフィオナ……俺はこんなだから……また迷うこともあるだろうけれど……必ず元気に立ち上がるよ、約束する……」
「なぶら……」


 二人は立ち上がった。
 まだ街の喧騒は収まっていない。
 だが、そろそろ夕刻。二人は感じていた。

 そろそろ、風が止むだろうということを。


                    ☆


「ああっ! いやぁっ!!」
 人気のない廃墟。その一角にスプリングの悲痛な叫び声が響いた。
「ふっふっふ……泣いても叫んでも誰も来ない……せいぜい楽しませてもらおうか」

 しびれ粉でスプリングの身体の自由を奪い、廃墟へと連れ込んだ大佐。ロープでスプリングを縛り、さらに首輪までつけて半脱ぎにして趣味のSMプレイを楽しんでいた。


 絵面だけ見れば、犯罪である。


「ほうらっ!!」
「あうっ!! 痛いぃっ!!」
 ニューラル・ウィップがうなりを上げ、スプリングの衣服を引き裂く。
 慎ましい身体に痛々しい赤い筋を作り、その泣き顔を見るたびに大佐の興奮は高まっていく。


 というか、完全に犯罪であった。


「ふふ……可愛いじゃないか……もっとイイ声で啼いてくれ……」
 大佐はスプリングの頬に舌を這わせ、手にしたビデオカメラで撮影を続けた。
「あうぅ……いやぁ……やめてぇ……」
 大佐の手が破けた衣服ごしにスプリングの身体をまさぐる。遠慮も容赦もなく、ふわふわとした可愛い洋服を引き裂いて――。


「なーんちゃ、って」


「!?」
 一瞬にして、大佐の視界が揺らいだ。
 眼前のスプリングの姿が一瞬にして歪み、ピンク色の花びらで眼前が覆われる。
「ち――罠……幻術……か、しかも……」
 縛り上げていたスプリングの身体がピンクの花びらの塊となって崩れ落ちる。花びらは一瞬にして大佐を包み込んで、猛烈な眠気を誘う。
「……すー」
 一瞬にして眠りに落ちる大佐。

 その様を見届けたスプリングは、また街中へと跳ねていく。

「うん、ちょっと新鮮だったよ。じゃあね」


                    ☆


「東ぃ〜、ノーンの華ぁ〜」
 太ったカメリアが采配を振るう。ノーン・クリスタリアは気合を入れた。
「よーっし、頑張るよー!!」

「西ぃ〜、ウィンターの山ぁ〜」
 続いて前に出るのはウィンター。こちらも気合は充分だ。
「しょ、勝負は勝負でスノー! 負けないでスノー!!」

 『愛と勇気のコンパクト』と『変身』を用いて17歳の姿に変身したノーン、成長したウィンターの姿である17歳の状態での相撲勝負を挑んだのである。
 条件は、ウィンターが負けたら、スプリングに謝ること。
 ノーンが負けたら、ひとつだけウィンターの言うことを聞く。
 この条件において、17歳精霊少女(体重10倍前後)の相撲対決が実現したのだ!!


 まさに誰得。


「もし私が勝ったら、きちんとスプリングちゃんに謝るんだよ、ウィンターちゃんっ!!」
 スプリングに負けず劣らずの真面目少女、ノーンはぐっとウィンターを睨みつける。
「も、もし私が勝ったら……これからの仕事は全部ノーンに手伝ってもらうでスノー!!」
 ウィンターも勝負は勝負とばかりに、真剣なまなざしをノーンに向けた。

「発気よーいっ!!」

 行きがかり上、行司を務めることになったカメリアが、二人の間に采配を上げる。

「のこった!!」

「やぁーっ!!」
「とりゃあーっ!!」

 裂帛の気合を込めてぶつかり合う両者。
 と、その瞬間に、上空から飛来する物体があった。
「ん?」
 勝負の成り行きを見守っていたカメリアが気付いたときには、その物体はすでに間近まで接近していた。
 その物体は叫び声を上げ、ウィンターとノーンの勝負に割り込むように、両者に激突した。

 ちなみにその物体とは、パートナーに殴り飛ばされて星になっていたアガレス・アンドレアルフスである。


「のおおおぉぉぉっ!!?」
「きゃーっ!!」
「な、なんでスノー!?」


 むちむちに太ったアガレスのボディはそれなりの破壊力を持って、ノーンとウィンターを直撃する。
 しかし、ノーンもウィンターも同様に太っているため、その威力をある程度相殺できた。
 まだ勝負は続いている。ノーンは体勢を立て直してウィンターに向かう。
 そしてウィンターもまた、アガレスの直撃から立ち直り、しっかりと脚を踏ん張って耐え――。


 勝負を決したのは、ウィンターがライカ・フィーニスから貰って食べて、その辺に捨てたおいしいバナナの皮だった。


「スノーっ!?」

 自業自得とはこのことであろうか、ウィンターは自分が捨てたバナナの皮を踏んで滑って転んでしまった。

「えええーーーっ!!?」
 肩透かしを食らったノーンの叫び声がこだまする。
「勝負ありっ!!」
 しかし、勝負は勝負。先に土がついたのはウィンターだ。

「ううう……まさか自分が捨てたバナナの皮を踏んづけて負けるとは思わなかったでスノー……」
 ぼやくウィンターの手を、ノーンがしっかりと握る。
「うん……でも、勝負は勝負。約束どおり、ウィンターちゃんはスプリングちゃんにしっかりと謝るんだよ」
「うう……わかったでスノー……でも……そのスプリングはどこ行ったでスノー?」
「それは……」
 ウィンターの問いに答えたのは、カメリアと行動を共にしていた小鳥遊 美羽とコハク・ソーロッドが答える。

「それなら大丈夫……たぶん……これを見て」
 美羽が、携帯で何かを調べていたものを、ウィンターとノーンに見せる。


「これは……」


                    ☆


「うーん、ブレイズさん、どこまで飛んで行ったんだろう?」
 ウィンターとノーンの勝負がついていたその時、ライカ・フィーニスとエクリプス・オブ・シュバルツは再び魔鎧装着の状態で星になったブレイズ・ブラスを探していた。
 夢色幻光蝶を展開して、太ったまま飛んで行ったブレイズを上空から探す。
「確かにこっちの方に飛んできたと思うんだけどなぁ……」
 と、鳴神 裁に憑依した奈落人、物部 九十九は地上からブレイズを探していた。
 さっきまでブレイズを取り合うように抱きついていた二人だったが、その相手がいなくなってはしかたない。

 と、そこに居合わせたのがエース・ラグランツとリリア・オーランソートである。
「あ、すみません、そこの人!」
「……ああ、俺のことかな?」
 上空からゴツい鎧に話かけられて、エースはやや面食らったが、声は確かに女性のものだったので、丁寧に応対する。
 九十九もまた、同時に質問した。
「こっちのほうに、やたらと太った赤い髪の男の人が降ってきませんでしたか?」
「そうそう、200kgくらいの」

 まともに聞くと何を探してるんだ君達は、という話であるが、エースはそれでも冷静に対応した。
「ああ、それならさっき飛んできたよ」
 と、道の端っこに寄せられたブレイズを指差す。
「まったく、いきなり飛んでくるものだから、ぶつかりそうになったじゃない!!」
 と、リリアはおカンムリであるが、特別な被害はなかったようだ。

「あ、良かった!! ブレイズ、大丈夫〜?」
 九十九がブレイズに駆け寄って、意識を確認する。
「ああ……どうにか……九十九とライカか……サンキューな……」
 ブレイズ自身も特に怪我はしていないようで、頭を振って状況を把握しようとしている。

「ねぇ……あれ……スプリングちゃんじゃない……?」
 ブレイズの無事を確認したライカは、ツァンダの街中を跳ねているスプリングを発見した。
「でも、何してるんだろう……行ってみよう!!」

 ライカの先導で、エースとリリア、そしてブレイズと九十九は走り出す。
 何してるんだろう、というライカの疑問ももっともであった。

 なぜならば、当のスプリングはまだ人力車と玉乗り少女に追いかけられていたからである。


                    ☆


「……ふぅ、やっと追いつきましたよ」
 と、人力車をピンク色のパンツ一丁で引いていた男――クド・ストレイフは呟いた。
「わーいっ、やっとあえました!! わたしはミルチェ・ストレイフ!! 15さいっ!!」
 その人力車の上でブリッジをしながらスプリングを追いかけていたミルチェ・ストレイフはスプリングに声を掛けた。

「……なんか謎の人力車が追ってくると思ったら。はじめましてミルチェ……クドはまぁ、相変わらずっていうか」
 と、さすがのスプリングも戸惑いを隠せない。

「キャハハハ!! やっと追いついたネ!!」
 そこに登場したのは、ぽよんぽよんとした大きな玉に乗ってスプリングを追っていたアリス・ドロワーズである。
「ふぅー、どうなることかと思ったが、やっとこさ追いついたなぁ」
 ちなみに、その玉はむちむちに太ったアキラ・セイルーンだった。

「……なんか謎の玉乗りが追いかけてくると思ったら。そういえばあんまり話したことはなかったね、アキラ……アリスも。
 いつも、ウィンターが世話になってるね」

「俺とは初めまして、だね。素敵なお嬢さん」
 エースはスプリングに花を差し出して挨拶をした。女性には花を渡すもの、が彼のポリシーだ。
 夏の花であるトルコキキョウを手渡して、エースは微笑む。
「いつもは春の花が傍らにあることが多いだろうからね」

「……どうも」

 スプリングは無表情にその花を受け取る。
 エースはあくまで紳士的に、スプリングに告げた。
「ねぇ……色々と話は聞いてるよ、スプリング。
 色々と疲れたのかも知れないけれど……少し春の嵐の勢いを弱めてくれるとありがたいな……街の女の子が、困ってるんだ」
「……別に。意識的に吹かせてるわけじゃないし」
 スプリングはそっけなく対応した。そこに、アキラが口を挟む。
「なぁ……ウィンターと喧嘩したんだって?」

 ぴくりと、スプリングが反応した。
「喧嘩っていうかね……いつものことだよ。ただ……もうどうでもよくなっただけ」
 よっこいしょ、と丸くなった身体を起こして、アキラは続けた。
「……本当に?」
「……」
 スプリングは答えない。
「この先、ウィンターの仕事が滞ると、あの時みたいにウィンターの仕事が剥奪される恐れがある……。
 そうなると、存在意義を失ったウィンターは最悪、この世から消滅してしまう可能性がある……そう言ったよな、スプリング」

「……そうだよ。でもさ、自業自得じゃない? あの時は責任上、私もウィンターの助けになるように皆に呼びかけたけど。
 その後も怠けて仕事をしないなら、それはもうあの娘の責任だよ。
 困ったら皆が助けてくれる……そう甘やかされたウィンターがこの先どうなろうと……私の知ったことじゃ」

「待って」

 思いのほか真剣な声が、スプリングの言葉を遮る。
「……待ってくれ、スプリング。おおまかに事情は分かったよ。確かに、そりゃあウィンターの友達として、ウチらが悪いよな。
 でも人はさ、どうしても感情を切り離せない生き物だから、本心でなくってもついその場の勢いで言わなくてもいいことを言ってしまうことってあるよね」
「……」
「本当に……本当にウィンターが消えてしまっても構わないって……思ってるのか?」
「……」
 スプリングは答えない。
「スプリングは……真面目に一人で何でもやろうと抱え込んでしまうタイプみたいだから……あんまり溜め込みすぎると爆発してしまうよ。
 さっきの言葉の続きは……俺に預けてくれないか?
 もし……何かあるならウチらにも遠慮なく言ってくれよ……今度、一緒にメシでも食おうぜ」

「……アキラ」

「だからさ……これからも、ウィンターのこと……」
 見守ってやってくれないか、とアキラは続けたかった。
 しかし。
「アキラ……これからも、ウィンターのこと……よろしく頼むよ」
 先にスプリングに返されてしまった。
「え……」
「さっき言葉の続きは……アキラに預ける……じゃあね」
 その途端、スプリングは一枚の花びらになって消滅した。

「あ……幻だったの……」
 リリアが呟く。
「むー、どうりで実態感がないとおもったよ!! ほんもののうさミミを探さなくっちゃ!!」
 ミルチェは再びクド人力車を繰ってスプリングを探し始めた。


「……スプリング……」


 アキラの呟きが、風に乗って消える。
 少しだけ、風が強くなったように彼は感じた。