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スパークリング・スプリング

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スパークリング・スプリング
スパークリング・スプリング スパークリング・スプリング

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第4章


「……太いな」
「……太いのぅ」
「……太いでスノー」
 街角のミラーに映り込んだ自分の肉体を眺めながら、ブレイズ・ブラス(ぶれいず・ぶらす)たちは呟いた。
 ブレイズの太り具合は従来の3倍程度で、他の人間に比べてまだマシな方とは言えるが、それでも充分な太り具合だった。
 ちなみに、冬の精霊ウィンター・ウィンターの体重は約7倍。
 ツァンダ付近の山 カメリア(つぁんだふきんのやま・かめりあ)の体重は現在16倍である。デブである。

 そして、ここにさらにもう一人、充分な太り具合を発揮している者がいた。

 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)である。

「ふぅ……ツァンダも久しぶりだな、何しろずっとイルミンスールにいたからなぁ」
 彼はここ一月ほど、地元を離れ交際相手のいるイルミンスールに逗留していた。その蜜月にも一区切りついた今、ツァンダに用事があるという兄、佐々木 八雲(ささき・やくも)と合流すべくツァンダの町を訪れたのである。
「ここ一ヶ月は楽しかったけど運動不足だなぁ。それに、ずっと手料理ばっかり食べていたから体重が増えた気がするよ」
 どうやら交際相手の手料理を食べたり、自らも料理をしたりと精一杯いちゃこらしてきたご様子の弥十郎、これが噂の幸せ太りというやつかぁ、とちょっとだけ重くなった自分の胴回りを撫で付けた。

 ちなみに、今の彼の体重は532kgある。

 明らかに幸せ太りの範疇を超えているが、幸せ気分に浸りきっている彼はそのことに気付かない。

 もちろん、直接の原因はツァンダの街を訪れて早々に食べたヨーグルトである。
 と、そこに待ち合わせの八雲がやって来た。

「ん……?」
「やぁ兄さん」

 八雲は待ち合わせの場所をキョロキョロと見渡した。
「久しぶりだねぇ」
 弥十郎は快活に八雲に話し掛けるが、反応はない。まるで誰かを探しているようにその辺を見渡したり、時計で時間を確認したりしている。
 この時、八雲は思っていた。

 おかしい。
 待ち合わせの場所に来たのに、弟がいない。
 時間も場所も間違っていないはずだ。
 弟が理由もなく待ち合わせに遅刻するとも考えにくい。
 どれ、ちょっと携帯で電話でもかけてみようか。

「どうしたんだい兄さん?」


 ところで、弟そっくりの声で喋るこの樽はなんだろう。


「……」
 八雲が事態を理解するのにたっぷりと30秒はかかった。
「どうしたんだい兄さん、具合でも悪いのかい?」
 もはや具合がどうこうという問題ではない、と八雲は思ったが、とりあえず事実を確認することにした。

「……まさかとは思うが、弥十郎か」
「え、そうだよ兄さん。どうしたんだい?」
「……いったい何が」
「いやぁ、手料理がおいしくてね」
「はぁ?」
「つい食べすぎちゃって」
「手料理、でか」
 弥十郎の交際相手はいったい何を食べさせているのだろう。そして、まさかとは思うが相手の方も今こういう体型なのだろうか。
 様々な疑問が八雲の脳内を駆け巡るが、当の弥十郎は未だに事態を把握しきれていない。
「そうそう、手料理でさ。ちょっと太ったかなぁ」

「……ちょっと」
「え?」


「で、すむ問題かーっ!!!」


 長い前フリだった。
 色々な何かに耐え切れなくなった八雲の叫びが街角に響き渡るが、その傍らでは同様の叫び声を上げている人物がいる。

 風森 巽(かぜもり・たつみ)である。


「ブレイズ、何だその身体はっ!?」


「あ、先輩!!」
 ブレイズは叫んだ。正義のヒーローを目指すブレイズにとって、ヒーロー活動をしている者はみな先輩である。
 特に巽――仮面ツァンダーソークー1は最も尊敬すべき先輩の一人だ。
 今日も街の異常事態を察知して最初から変身してのご登場である。

「体調管理がなってないぞ、ブレイズ!!」
「いや先輩、これはヨーグルトとスプリングの」
「言い訳無用!! ヒーローたるもの、いつでもベストなポテンシャルを発揮できなければならないのだ!!
 そんなことではイザという時、守るべきものを守ることもできまい!!
 さぁ、お前の体重を数えろ!!」

 チーン。
「225kgっす、先輩!!」

「太りすぎ、だーーーっ!!!」

 激昂する巽に、カメリアとウィンターが割って入った。
「そ、そうではないのでスノー、これにはワケがあるのでスノー」
「そ、そうじゃ巽。実は――」
 しかし、実は春の嵐でテンションがうなぎ昇りになってしまっている巽を止めることはできない。

「ええいやかましい! いったい何だ揃いも揃って!!
 ウィンターなんかまるで雪だるマーそのもののような体型になって!!
 カメリアもか!! アレか、世界一の屋久杉でも追い抜くつもりか!?」

 すっかり興奮する巽であるが、その傍らでブレイズに接近する者がいた。
 アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)である。
「あ、やはりブレイズでしたか!!」
「え!?」
 巽から視線を逸らして振り返ったブレイズは驚いた。
 何しろ今のアンドロマリウスは当人比5倍デブの325kg。今のブレイズも人のことは言えないにしても、充分に驚くに値するであろう。

「……アンか、太ったな」
「……お互い様です」
 見つめ合うデブ二人。その様子を見たアンドロマリウスのパートナー、スウェル・アルト(すうぇる・あると)は呟いた。

「そうなの。アンちゃんが、急に太っちゃって。原因を、探していたのだけれど」
 だがしかし、ブレイズはそのスウェルの呟きを聞き逃さない。
「いや、あんたも相当太ってるぜ」
「……おお。どうりで身体が重いと」
 気付くとスウェルも太っていた。
「そうなのです、私達二人に共通していることといえば、やはりあのヨーグルトくらいしか考えられません」
 アンドロマリウスが視線を送った先には、スウェルのパートナー、ヴィオラ・コード(びおら・こーど)がいる。
「ああ、ヨーグルト? さっき俺が買ってきた『ぽんぽこ印のラクーンヨーグルト』か!?」
 その意見に賛同したスウェルは、ヨーグルトを食べたときの事を詳細に思い出そうとしていた。何かの手がかりになるかもしれない。

「……」
「……どうだ?」
「……」
「……何か思い出せるか?」
「……」
 沈黙の後、スウェルはヴィオラの問いに答えた。


「……おいしかった」


 ダメだこりゃ。


「く、くそう!! ずるいぞスウェルとアンの二人して同じ体型だなんて! お揃いか、お揃いなのか!?
 お、俺もヨーグルトを食べれば同じ体型になれるのかっ!?」
 まったく進展しない事態に、はげしく迷走を始めるヴィオラ。何しろスウェルに絶賛片思い中の彼のこと、スウェルとアンドロマリウスの間だけに出来た共通項がうらやましいのだ。
 それがたとえ、デブであったとしても。

 そして、一人ショックを受けるヴィオラの背後には、更にショッキングな声を上げる者がいた。
 鳴神 裁(なるかみ・さい)である。
「なんか街中太った人だらけかと思ったら、お前もか! ブレイズー!!」
 魔鎧として装着されているドール・ゴールド(どーる・ごーるど)も呆れ顔だ。
「いやぁ……これはまた皆さん肥えましたねぇ。いったい何を食べたらこんなに太れるのでしょうか〜?」

「いよぉ、裁……いやこれはな、単に太ったワケじゃなくてよ」
 と、とりあえず裁に事情を説明しようとするブレイズだが、ふとした違和感に言葉を止めた。
「……? どしたの?」
「……やれやれ、またお前か。九十九だったな」
 にやりと笑う裁。その笑顔はイタズラがバレて何かを誤魔化す子供のようにも、予想通りの結果が出て喜ぶ少女のようにも見える。

「……ふふ〜ん、やっぱりブレイズには『ボク』が分かるんだね♪」

 上機嫌に笑う裁。その正体は裁に憑依している奈落人、物部 九十九(もののべ・つくも)だったのだ。
 九十九は普段から裁に憑依しては裁のフリをして知人友人をからかったり、軽くイタズラをして遊んでいたりしている。憑依しても外見的にあまり変化がないため、ぱっと見では分からないのだ。だが、もとより裁と親交があるブレイズに憑依状態を見破られて以来、ブレイズには少なからずの好意を抱いているようだ。

「ふっふーん♪ ボクと裁のことを見分けられるヒトは貴重だからね〜♪」

 だが、その好意を押してもブレイズの現状を黙認するワケにはいかない。

「そんなぷくぷく太った身体ではヒーローにはなれない!! ブレイズ、ボクと特訓だよ!!」
 と、九十九が裁の荷物の中から取り出した物は――

「さぁ、この新作蒼汁(アジュール)を飲むんだ☆」

 安心と安定のスライムジュース、蒼汁だった。

「いやいやいや、特訓と蒼汁にはこの際あまり関係がないのではっ!? 痩せるんですか、コレ飲んで痩せられるんですかっ?」
 というドールの些細な突っ込みも届かない。九十九が憑依した裁はじりじりと蒼くグネグネと蠢くジュース状の何かを片手にブレイズに迫る。
 ちなみに、九十九が憑依していなくとも裁の行動原理は変わらない。
「ふっふっふ……そうでなければボクたちと一緒にパルクールの特訓に付き合ってもらうよ……もっとも、あっちは更にハードだけどね」
 パルクールとは、強く機能的な身体能力、そして柔軟で強い精神を鍛えるための運動方法の一種である。フリーランニングとも呼ばれるこのトレーニング法は歴史も深いのだが、ここでその全てを語ることはできない。
 しかし、この移動術を身に着けたものは驚異的な移動能力を持ち、特に都市部ではあらゆる物を利用して全ての地形を走破できるであろう。ましてや、身体能力が通常の人間とは比べ物にならないコントラクターならばなおさらだ。

 と、そこに巽が割り込んでくる。

「その話乗った!! 特訓だ、ブレイズ!!」
「せ、先輩っ!?」
 ヒーローには2種類のヒーローがいる。
 特訓によりパワーアップするヒーローと、夏と冬になるとなんとなく感動的な事件と共に勝手にパワーアップするヒーローである。
 どうやら、巽は前者だったようだ。

「ヒーローたるもの身体が資本だっ!!」
「いやしかしっすね先輩、これはダイエットでどうこう」
「ええいっ、まだ言うか!!」
 激昂した巽はその場で空中に空高くジャンプ!!

「いつもの2倍のジャンプ!! そしていつもの3倍の回転!! そこでさっきヨーグルトを食べて加算した体重が11倍!!」
「え?」
「これでいつもの66倍、衝撃3.6トンのイナヅマスピンキックだーーーっ!!」
「せ、先輩も太ってたんじゃないっすかーっ!! スーツで分からなかったっすーっ!!」

 これだけの人数がダイエットのために集まってくると、ヨーグルトで太ってしまった一般人もダイエットのために集まってきた。
 その一般人に混じっていたのが、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)とそのパートナー、扶桑の木付近の橋の精 一条(ふそうのきふきんのはしのせい・いちじょう)である。

「……あのヨーグルト、食べると強くなるんじゃなかったのかよーっ!?」

 今日も今日とて強さと理想のバンチョー目指して邁進中の一条は、健康と身体の強健さを何か勘違いしたらしく、流行の健康食品『ぽんぽこ印のラクーンヨーグルト』を試してみたのであるが。

「いやまぁ、ヨーグルト食うただけで強くなれたら苦労はいらんっちゅーこっちゃな」

 という裕輝の言葉通り、ヨーグルトは腸内の健康を整える以外には特に効果はなかった。
 そして、そのついでにデブった。
 もとよりそんなに体重が重いわけではないが、誰だって突然自分の体重が9倍、約300kgになってしまってはたまらない。

「よ、よし。こうなったら仕方ない。あのダイエット移動術のグループに混じって鍛えなおすぜ!!」
 と、意気込む一条に先駆けてダイエットグループに参加していく者がいた。

 鹿島 ヒロユキ(かじま・ひろゆき)である。

「なんかみんな急激にデブっているようだな……俺は別段デブったわけじゃないけど……」
 ヒロユキはヨーグルトを食べていなかったので、ブレイズや一条、巽のように急激に太ってしまったワケではなかったが、もとより少々太り気味だ、という事実はどうしようもない。
「そうですね、鍛えていないわけではないのでしょうが、いつも何か食べていますからね、ヒロユキさんは」
 一方、パートナーのウィンディ・ベルリッツ(うぃんでぃ・べるりっつ)はあくまで冷静だ。
 事実としてヒロユキの体重と日頃の運動量を計算し、本日のダイエットの運動メニューを弾き出している。
「さあヒロユキさん、せっかくですからみなさんのダイエットに参加して少しシェイプアップしましょうか。ボクはそれに合わせて夕食のメニューを考えておきますから」
 普段ならどちらかというと食い気優先のヒロユキだが、今日は春の嵐の影響もあってやる気満点。
「よっし、これから薄着の季節だしな!! ここはいっちょ痩せておくかっ!!」

 一方のブレイズはというと、裁に憑依した九十九と巽の計画するダイエット移動術に巻き込まれていく。
「よし、ここはひとつ九十九や先輩の言うとおり鍛え直してみるか!! お前も付き合えよ、アン!!」
「もちろんです、ならばどちらが先に痩せるか競争ですよ、ブレイズ!!」
 がっしりとライバルの握手を交わす二人を見て、しっかりと太ったスウェルはぼそりと呟いた。
「根本的な解決に、なっていないような。……事態の解決の方は、いいの?」
 しかし、ブレイズとアンはすっかり盛り上がっているのかその呟きは届かない。
 そこに、ちゃっかりスウェルの横に陣取ったヴィオラが呟いた。
「まあ、いいんじゃないか? アンはとりあえずブレイズと特訓をしていれば。
 俺たちはこの集団について行って、そのついでにヨーグルトを売っていた獣人を探したらいいんじゃないかな?」
「……なるほど」
 とりあえず現状を維持しつつ事態の解決に向かう、というヴィオラの意見にスウェルは賛同した。

 そして、その横顔を眺めたヴィオラは思う。


 ああ、太っていてもスウェルは可愛いな、と。