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学生たちの休日9

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学生たちの休日9
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海京の夏休み

 
 
「よし、見えてきた。海京だぜ」
 ロイヒテン・フェアレーターで降下してきた新風 燕馬(にいかぜ・えんま)が、海岸近くの駐機場目指して減速していった。
「マーカービーコン捕捉。オートで、指定の位置に垂直着陸します」
 サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)が、計器を操作しながら報告した。
 管制システムに導かれて、スフィーダ型のロイヒテン・フェアレーターが着陸する。
 イコンの外に出ると、潮の臭いと波の音が聞こえてきた。
「海かあ。なんで、みんな夏と言えば海なんだ。面倒くさい」
「まあ、暑かったら家の中にいればいいのになんて言う燕馬には、分からないでしょうね」
 水着に着替えて、浜辺に繰り出すのも悪くはないと思いながらサツキ・シャルフリヒターが言った。そして、そこで木刀でスイカを叩き割って、プシューッと真っ赤な果汁が……。
 それにしても、なんで新風燕馬は空京に行きたいと言いだしたのだろうか。この引きこもりが。まさか、天御柱学院に転校するつもりなのだろうか。
 
    ★    ★    ★
 
『――私に用があるというのは君かな。何か指示がほしいと言うのならば、ニルヴァーナ創世学園での夏の創世祭が……』
「うわっ、びっくりした。まだ校長室に行ってもいないのに、いきなり頭の中で声がしやがる」
 天御柱学院の敷地内に入ったとたん、コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)のテレパシーの洗礼を受けて、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が大声をあげた。
『――この程度で、やれやれ。蒼空学園の生徒が、天御柱学院になんの用なのだ』
「ええっと、ちょっと教えてほしいことがあってな」
 その場に立ち止まったまま、大谷地康之がなんとなく上をむいて、見えないコリマ・ユカギールにむかって質問した。端から見たら、独り言を言っている危ない奴であるが、まあ天御柱学院ではそれほど珍しい光景ではない。テレパシー初心者にはよくあることだ。
「うん、やっぱりな」
 通りかかった新風燕馬が、勝手に納得したようにうなずくと、サツキ・シャルフリヒターを連れて案内図の方へと去って行った。
『――アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)か。剣の花嫁が光条兵器を取り出せなくなったからと言って、騒ぐこともあるまい』
「そうはいくかよ。不完全な封印をされたせいで、こうなっちまったかもしれないんだぜ。あんたなら、長生きしてっし、知り合いにおんなじ目に遭った奴もいるんじゃないかなって思ってよお」
『――知らぬな。記憶には残っていない。それは、記録にも残っていないと言うことだ。すなわち、記録するまでもないことだということだろう』
「そんなことはないぜ。本人にとって、俺たちにとって、これは大問題だ!」
 ちょっと冷たいんじゃないのかと、大谷地康之が言い返した。
『――その通り。個人にとっては大問題だ。だが、歴史にとってはさしたる問題ではない。つまり、個人の範疇でなんとかすべき問題なのだろう。その意味が分からなければ、一から勉強をしなおすんだな』
「ええい、わかりにくい言い方すんなよ。やっぱり、ゲルバッキーの方が、剣の花嫁については詳しかったかなあ……」
『――ゲルバッキーに会いに行ったとしても、今以上の意味はないだろうよ』
「ええっ、もう某がパートナーに会いに行ったってえのに……」
 どうすんだよと、大谷地康之がつぶやいた。
 すでに匿名 某(とくな・なにがし)が、吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)の居場所を聞きだすために、パートナーの吉井 真理子(よしい・まりこ)に会いに空京の新幹線で秋葉へとむかったはずだ。
『――まあ、悩め、悩め。それも学生の仕事であるからな』
 そう言うと、コリマ・ユカギールがテレパシーを断った。
「おーい、おーい。もっと、簡単に、答えだけ教えてくれよ。ちぇっ、ケチめ。仕方ない、もう一箇所あたってみるか……」
 そう言うと、大谷地康之は天沼矛の方へとむかった。
 
    ★    ★    ★
 
「ここか」
 強化人間用のメディカルセンター前で、新風燕馬が立ち止まった。
 ここは、学校外の強化人間にも開放されているので、一般人でも訪れることができるエリアだ。
「うん、りっぱな施設だ」
「どうしたんですか。こんな所にやってきて」
 ちょっと顔を顰めながら、サツキ・シャルフリヒターが新風燕馬に訊ねた。あまり病院などという物は好んで行く場所ではない。
「いやあ、ここに来れば俺の宵っ張りも治るかと思ってな……」
 それは無理だろうと、サツキ・シャルフリヒターが肩をすくめた。
「やっぱ、一人じゃなんだな……。今度、また一緒に来てみるか」
「はあっ?」
 何を企んでいるのかと、サツキ・シャルフリヒターが新風燕馬をじっと見た。
 新風燕馬としては、サツキ・シャルフリヒターの不安定な精神が強化人間による物なのかはっきりさせたいのだ。さもないと、毎日が気が気でないサバイバルと化している新風燕馬の方の精神が持たない。いつ後ろからブスリと……。絶対に、包丁はサツキ・シャルフリヒターに持たせられなかった。
「食事当番とか、台所仕事は、これからも俺が一人でするから、ちょっと引っ越し考えておいてくれ」
 そう繰り返す新風燕馬であった。
 
    ★    ★    ★
 
「うーん、どれもしっくりとこないな……」
 天御柱学院の図書室に籠もっていた桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が、読んでいたパンフレットを机の上に放り投げた。
 パンと紙鉄砲のような大きな音が鳴り響き、睨むような視線が集まる。無言で謝ると、桐ヶ谷煉は、再び就職ガイドを手に取ってみた。
 サーッと目次に目を走らせてみるが、どうもピンとくる単語がない。
 今は天御柱学院の生徒であるが、いつまでも層であるわけにはいかない。そろそろ真剣に進路について考えてもいいころだ。
 なのだが、さあ進路だと言っても、やっぱり実感がわかない。このまま大学に進んでもいいし、何かの職についてもいいわけなのだが、得意なことと言えばイコンの操縦ぐらいである。思いっきり潰しがきかない。
「うーん、何か、こう、イコンの戦闘技術を生かせる仕事とかないもんかなあ」
 普通にいったら、傭兵といったところだろうか。だが、それはそれでハードだし、リスクも大きい。
 だいいち、今とあまり変わらないような気もする。
 まあ、今と極端に変わってしまっても困るわけなのだが。
 この矛盾だらけの思考が、迷いの元だ。
 アンズーのようなイコンで土木作業という方向もあるが、地味だし、戦闘スキルとまったく関係ない。
 いっそ、アドベンチャラーになって諸国漫遊も面白そうだが、しょせんはプータローだし根無し草も将来が凄く不安だ。
「何か、いい進路って……」
 もう一度集めた本に目を通していくと、ふと天御柱学院の学部紹介に目が行った。
『パイロットコースには、熟練パイロットが教官として……』
「これだ!」
 思わず叫んでしまって、また周囲の者たちに睨まれる。
 思いっきりイコンの操縦技術を生かせる仕事があったではないか。イコンの指導教官になればいいのだ。
 天御柱学院から旅立つことしか考えていなかったので、天御柱学院の職員は眼中に捉えていなかった。
「さて、それで、どうすれば教官になれるんだ?」
 ありがたいことに、教官コースのパンフレットもこの図書館にはあった。
 イコンであっても、地球上では航空法に準拠した決まりがあるので、同等の飛行経験と知識が要求される。ようは、普段の授業でやっていることを完璧にできればいいわけなのだが、教官となると原理から何から説明できないと役にたたない。同時に、あくまでも高校の教師でもあるので、教員免許も必要となる。まあ、それらは同時に取得はできるだろうが、そのためにはパイロットコースの中でも、教官コースをとらなければならない。
 このへん、実戦でなんとなくできちゃってるからいいなどと言うことがまったく通用しないので、かなり厳しそうだ。まあ、人の上に立つということは、それなりのことが要求されるということでもある。当然、試験などもある。
 パイロットだけであれば、操縦士の資格だけでいいわけだが、イコンはそれだけではすまないところが多い。いわゆる航空士にあたるサブパイロットの技能はまた別のものである。一人乗りのイコンが性能を十二分に発揮できないのは、何もパートナーの存在だけではないということだ。
「目星をつけてはみたものの、かなり大変みたいだな。うーん、操縦技能の本とか借りてって、勉強始めてみるか」
 そう言うと、桐ヶ谷煉は書架巡りを始めた。