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リアクション
 第二章
「いやぁ、うっかり来てしまいましたねぇ」
 刀村 一(とうむら・かず)が浜辺を見渡して背伸びをする。
 パートナーが昼寝をしているのをいいことに、噂になっているこの浜辺へとやってきたのだった。
 炎天下にも関わらずかっちりと着込まれた執事服ときちんと整えられたオールバックは乱れることを知らない。汗一つかいていない涼しい顔で早速浜辺に降り立った。
 さくさくと雪と砂の入り混じる浜辺を歩いていくと、ぽつぽつと氷像の姿が目に入る。
 ぴくりと眉間が動いたかと思うと、近くの氷像に足早に歩み寄りひたりと手を当てる。
「あぁ、なんてことだ……」
 そこには家族連れだったらしく両親と子供の三人が仲良く笑っている姿のまま氷の中で時間を止めていた。
 まだ小さい姿の女の子は、氷の中だというのにも関わらずなんだかとっても危なっかしそうに見えて、今にも転んでしまうのではないかといらぬ心配を刀村に与える。
「守られるべき存在の愛すべきちみっこたちが……あぁ、なんと嘆かわしい!」
 大仰な仕草で頭を抱えて、氷像の前で悶える。
「ちみっこだけでも助けてもらえるように、おじちゃん頑張るからね!」
 燃えてきたー、と近くで聞こえた叫ぶ声に何事かとアニス・パラス(あにす・ぱらす)がひょっこりと氷像の後ろから顔を出した。
 ズキュウウウウウウウン!
 もしも、この衝撃に擬音を付けるとしたらきっとこんな感じだろう。
 トスっと胸に矢にでも打たれたかのような衝撃が刀村を襲った。
 ――おおおおおおおおおおっっっ???!!!
 物陰に隠れてこちらを少し怯えたような目で見上げてくる。
 小さな身長でびくびくとする仕草はまるで小動物のようだ。
 しかもアニスはいわゆるアルビノといわれる種類で、白い髪と赤い瞳が特徴的だ。
 そんな姿を見せられた刀村はテンションが音を立てて上がっていくのを感じていた。
「ささ、そこに座って! お茶の時間にしましょう!」
 どこからともなくティーセットとお菓子を取り出し、刀村はアニスへ声をかける。
「え、えと……」
 しかし極度の人見知りのアニスは足をぷるぷると震わせながら上手く言葉を発することも出来ない。そんな仕草すらも刀村を萌えさせる要素の一つで、ニコニコと笑顔になる刀村とは対照的にアニスの笑顔は引きつっていくのだった。
「あららぁ。何やら面白いことをやっていますねぇ、アニス。ルナも混ぜて欲しいですぅ」
 今にも泣き出しそうなアニスの元に後ろから声をかけるのはルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)。
 手のひらサイズの彼女は賢狼の上にちょこんと乗っていた。
「これはこれは。また可愛いお嬢さんだ。どうでしょう、人数も揃ったことだし、ここでティータイムとしませんか?」
「楽しそうですぅ。ぜひともご一緒しますですぅ」
 刀村が恭しく頭を下げて手を差し出すと、ルナはそっと小さな手を差し出した。
「ふえぇ? ルナ、知らない人と一緒にいたら和輝が怒るよぅ……」
 ニコニコとお茶の準備を始める刀村の横にちょこんと行儀良く座っているルナに、アニスは困惑した様子だ。
「別に取って喰われるわけじゃないですよぅ。それにせっかくの好意なんですから、お茶くらいいただいても何も困ることはないのですぅ」
「そうですよ。自分はただちみっこ――いやいや、君たちみたいな可愛い子にお茶を飲んでほっとして欲しいだけなんだ」
 笑顔を絶やさずにお茶の準備を続ける刀村。
 アニスはじっと作業中の刀村を氷像の影から確認しているが、確かに怪しいそぶりはどこにもない。
 お菓子をあげるから、といってどこかに連れて行こうとするような人には見えないので、ほんの少しだけ緊張がとけた。
 それにルナもこうやってお茶を受けようというのだ。本当に危ないと思ったのなら、ルナはこういうことに進んで首を突っ込んだりはしないはず。
 そう考えて、アニスは氷像の陰からおずおずと恥ずかしそうに出てくるのだった。
「……おいお前、うちのに何してやがる」
 後ろから聞こえてきた聞きなれた声に、アニスはぱっと後ろを振り向いた。
 見慣れた姿のパートナーに先ほどまでの緊張が緩んでうるっと視界が涙で揺れる。
 そんなは中見上げた和輝の姿はいつもよりどこか不機嫌に見える。
「お前……うちのを泣かせて何してたんだおい」
「え? いや、自分は別に」
 怒りの矛先が自分に向いたのを察して、刀村は少し焦りを感じる。
 話せば分かってくれるのだろうが、今この状況で話を聞いてくれるのかどうか分からない。
 しかもアニスはまだ涙がおさまらないようだし、近くにいたルナは刀村の横から忽然と姿を消していた。
「覚悟は、出来てるんだろうなぁ」
 和輝の低い声が響き、あたりに怒りの感情が渦巻いていくのがびしびしと肌を通して伝わってくる。
「こ、これはまずい……」
 笑顔の引きつってきた刀村と怒った和輝を少し上の岩場から見下ろしながら、ルナは冷茶のカップから口を離した。
「あらら、何やらもっと面白いことになってるですねぇ。しかし美味しいお茶ですぅ。後でもう一杯いただくとしましょう」
 もう少ししたら和輝に弁解に行こうと決めて、ルナは一人でティータイムを楽しむのであった。
 
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