|
|
リアクション
第九章 小暮のHPはとっくに0です
「ぬわあああああああああああ!」
小暮の悲鳴が辺りに響き渡る。直後、大きな音を立てて水柱が上がる。
「どうだー!?」
スライダーの上の方から、リリの声が響いた。
「駄目ー! 突き刺さってないよー!」
下から佳奈子が声を上げる。プールには小暮がぷかりと浮いていた。
「それじゃあもう一回だねぇー!」
返事をするように弥十郎の声が聞こえると、スライダーからララが下りてきて浮かぶ小暮を回収していく。
ぐったりとしたまま抵抗もせず、されるがままララに引っ張られていった小暮。暫くすると、
「ぬぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
再度、上から落下していった。大きな水しぶきを上げ、プールに浮かぶ小暮の姿が現れる。
一方で、スライダー内部では何が起きているのかと言うと……
「柵はこんな感じで壊れていたんだねぇ」
と、弥十郎がスライダーの柵に細工を施す。
「そして勢いがついて落下、というわけであろうな。こんな感じで」
そう言うとリリが小暮の背を蹴り飛ばす。勢いがついた小暮は柵に捕まろうとする。が、細工がしてある柵は小暮の体重を支えきれず、
「はぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
そのままプールへと転落。
「ふむ、今度はどうだ?」
下を確認する弥十郎にララが問うが、彼は首を横に振った。
「……あー、駄目みたいだねぇ……あ、そう言えば扉の方をすっかり忘れていたよぉ」
「ふむ、完璧にその状況を再現しないといかんな。ララ、頼む」
「ああ、わかった」
リリに言われ、ララが下へ小暮を回収しに行く。
既にこの行為、もう二桁に近い回数を行っていた。その度に落下する小暮。そして引き上げられる小暮。
「彼、大丈夫なのかしら……」
下でその様子を心配そうに呟くエレノア。
「大丈夫なわけがない」とその隣で直実は思うが口にはしない。ハードボイルド故に。いや喋れそれくらい。
「さーて、完璧。扉もいい具合に悪くしたよぉ」
扉に細工を施し、弥十郎が言うと扉の反対側にいるリリが確認する。
「ほぉ、確かにこれなら力を籠める必要があるな」
リリが軽く扉を押してみるが、扉はびくともしなかった。
「よし、この状態で確かめてみよう……よっ、とぉ!」
リリが力を籠め、小暮ごと扉を押す。押されて潰れるが最早小暮に抵抗する力など残っていない。
――めき、と扉から軋む音がした。
「ぬ――ぬぉッ!?」
そして、蝶番が壊れ扉が音を立てて外れた。勢い余って小暮ごとリリも飛び出す。
「おっと」
扉の反対側にいた弥十郎は咄嗟に扉は避けた。が、
「え?」
何かに捕まろうとしていたリリの手が、弥十郎の服を捕らえる。このままではまずい、と柵に手を伸ばし掴むが、そこは細工済み。呆気なく壊れた。
「「「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
「と、飛んだぁ!?」
残っていたララが驚き声を上げる。
三人が悲鳴を上げながら空中で一瞬止まるが、すぐに落下。巨大な水柱が上がり、後には小暮とリリと弥十郎が浮かぶ光景が残った。
「うわぁ、大変な事になっちゃったね」
「呑気な事言ってないで早く助けないと!」
佳奈子とエレノアが落ちた3人を引き上げる。『だから言わんこっちゃない』とハードボイルド風な表情で直実も手助けをする。だから喋れお前。
その後下りて来たララも手伝い、何とか救助されリリと弥十郎は佳奈子達とララ、直実が救護へと連れて行った。
「って、彼も連れて行ってよ!」
アゾートが残った小暮を見て叫ぶが、誰も戻ってはこなかった。何故置いて行った。
小暮は白目を剥いて最早ピクリとも動かない。
「は、早く救護を!」
ボニーが小暮に駆け寄ろうとした。その時であった。
「ちょっと待ってもらおうか」
「え?」
声をかけられ足を止めるボニーが振り返る。そこにはサーフパンツ姿の黒崎 天音(くろさき・あまね)とオーバックの薔薇の学舎水着というなんつー格好してるんだと言いたくなるような姿のブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)、そして普通の格好をしているシャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)が立っていた。
「ど、どうしたの? 早く彼を連れて行かないと……」
「それは真犯人を告発してからにしてもらいたいんだ――ねぇ、ボニーさん?」
天音が静かにボニーを見据えて言う。
「――え?」
ボニーは一体何を言われたのか理解できないようにぽかんと口を開けた。
「……え? 彼女が犯人? いや、それはないでしょ……っていうか最初から犯人とかいないんだけど」
「これを見てほしい」
アゾートの言葉などまるで聞いていないかのように、天音が紙を取り出した。
「何これ?」
「この施設の問題点をリストアップした物だ」
アゾートの問いにブルーズが答える。
「こ、こんなに……」
思わずアゾートがリストを見て呟く。用紙いっぱいにずらずらと問題個所が記されていたのだ。
「フードコーナーの椅子が座ってみればギシギシと音を立て今にも壊れそう。床の滑り止めが剥がれている場所が何か所もあったが、これでは滑って転んでちょっと打ちどころが悪かっただけで……となりかねん。他にもプールのシステムも少し調子が悪いようだったので、見せて貰ったのだがな、このまま使い続けると誤作動を起こしかねん。問題は山積みだ」
「夏の間繁盛して忙しかったのだろうけど、メンテナンスができていないようだね」
ブルーズと天音が頷きながら語った。
「ねえ、これ何時の間に調べたの? 所々でキミ達見かけた時は遊んでたみたいだったけど……」
アゾートが二人に問う。描写はされていないが、所々で天音とブルーズが遊んでいる姿が目撃されていたのである。
「ふふふ、捕まえてごら〜ん」とプールサイドをかける天音と、「まてまて〜」と追いかけるセクシーな水着のブルーズ。プールサイド走るな、とか色々言いたい事はあったが完全に二人の世界だったので邪魔をしてはいけない、というより関わってはいけない、と声をかけずに見なかったことにしていたのであった。
「ああ、あれはああやって施設の確認をしていたのさ」
天音が笑みを浮かべながら答える。
「……で、それがどうして彼女が犯人だという事につながるの?」
「確かにうちの施設に問題があるのは確かですが……」
アゾートとボニーが首を傾げる。が、「そこよ」とシャノンが答えた。
「問題個所が多いのに放置していた、という点よ……はっきりと言うわ。ボニーさん、あなたは小暮さんを亡き者にするために、わざとウォータースライダー周りの整備をしないで放っておいたんですよ」
「……わ、私が……小暮さんを?」
ボニーが自分を指さすと、シャノンが頷く。
「だっておかしいじゃないですか。小暮さんがウォータースライダーを使う時に都合よく扉が壊れるなんて。他の利用客も使っていたんでしょう?」
「そ、それはそうですが……」
更にシャノンは続ける。
「そもそもが扉と柵が同時に壊れる、ということが都合がよすぎるんですよ……つまりはこうです。何かしらの動機……太陽が眩しかったとかハンガー投げられたとかで小暮さんに殺意を持ったボニーさんは殺害を決意。小暮さんがウォータースライダーを使う事をなんやかんやで知ったボニーさんは、彼がスライダーを利用するタイミングを見計らってどうにかして扉と柵が壊れるようにした。そして結果、スライダーから転落してジ・エンド――」
「肝心なトリックを豪快に端折り過ぎだよ!」
「大体なんですかその動機は!? 太陽がまぶしいとかハンガー投げられたで殺人ってあるんですか!?」
流石にアゾートとボニーがシャノンに詰め寄る。
「いや、ハンガー投げられてってのも信じられないけどあったりするんだよねー」
その隣でななながぽつりと呟いた。正確にはあれは日ごろ色々とされてて鬱憤がたまり、ハンガー投げられたのが我慢の限界となったという話だったはずだが。
「そもそもどうやって知ったって言うの!? なんやかんやって何さ!? あ、もう何度も『なんやかんやです』ってネタやってるからね!?」
「お、ネタ潰しとは中々やるねー?」
「ネタ潰しとかじゃないでしょ!」
アゾートに畳み掛けられるが、シャノンの表情から余裕は消えない。
「方法はあるわ――予知能力っていう物がね!」
「「はぁ!?」」
驚く声を上げるアゾートとボニーに構わず、シャノンが続ける。
「ここは一般人じゃなくて逸般人の方が多いパラミタ。そんな場所でスパ経営をしているボニーさんが予知能力の一つや二つ、持っていない方がおかしいじゃないですか!」
「その発想の方がおかしいよ!」
「成程、予知能力ね……」
「ふむ、一理あるな」
「無いよ!」
アゾートがシャノン、天音、ブルーズに即座に突っ込む。連続で突っ込んだので軽く息を切らす。
「ふむふむ、予知能力……確かにそれなら犯行も可能だね……」
静かになななが頷くが、顔を上げるとこう叫んだ。
「だがボニーは犯人じゃない!」
「……あれ? 否定するんだ」
なななの言葉にアゾートが少し驚いた様子を見せる。
「な、なななさん……」
感極まった様子でボニーが呟く。
「確かにパラミタの住人は大体が逸般人。NPC登録もされていないのにやたらと頻繁に出てくるボニーに何か特殊能力があるんじゃないか思うのも無理は無い」
「何その理由!?」
「だから、私にそんな能力無いのですが……」
感心して損した、とアゾートとボニーが肩を落とす。
「しかしこのような事件で犯人役となってしまっては今後犯人となるので扱いづらい。今後もネタに詰まったらこのスパ出せばええねや、と考えているアイツがそう簡単にそんな事をするわけがないんだよ!」
「「アイツって誰!?」」
さーて誰だろうねー。
「それで、結局真相は何なんだい?」
「真相はわかっているんでしょ?」
天音とシャノンの言葉になななは頷いた。
「殺人ではない……自殺でもないこの事件の真相は――事故だったんや!」
何故か関西弁でなななが言い放った。
「……うん、みーんな知ってた」
アゾートが生易しい笑顔で言った。
「証言、してくれるねよ、小暮君?」
なななが瀕死の小暮に向かって言った。
「……最初から……そう……言ってた……がはっ」
その言葉を最後に、小暮からガクリと力が抜け、そのままピクリとも動かなくなった。
――デッドリスト入り、現在18名+2名