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ハロウィンパーティー OR ハードロケ!?

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ハロウィンパーティー OR ハードロケ!?

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4/ あたためますか?
 
 
〇月□日(ロケ開始より三日目) 
05:00 エリュシオン帝国ジェルジンスク 山中
 
 
 果たして、一体。ここは、どこなのだろうか?
 今が、何時で。朝か昼か夜なのかも、わからない。文字盤が割れてしまった時計を見つめながら、雪洞の中、キロスはため息を吐く。
 ここにいるのは、たったふたり。そして起きているのはキロス、ただひとり。背中に負ぶった少女、アルテミスは、よくもまあこんな状況でそれだけの余裕があるものだと思えるくらい、ぐーすか気持ちよさそうに眠っている。
 キロスも彼女も、その眠りがハデスから渡された発明品のせいだとは知る由もない。
 どうにか起こした、焚き火の前。眠りこけた少女を背に、キロスはどうしたものかと途方に暮れる。
 外は、大雪。ヘタに歩き回れば、却って迷う。ただでさえ今自分たちが山のどのあたりにいるのかも、わかっていないというのに。
 
「……おーい、起きろ」
 
 それに、眠っているこの子を背負ったまま、歩ける雪深さではない。だから、ここで吹雪をやりすごすしかない。
 いくら焚き火があるとはいっても、この寒さだ。ひとりで眠らせていては、凍えてしまう。それに彼女を置いていって、また合流できるとも限らないのだ。アルテミス自身が目を覚ましてくれないかぎりは、こうやって寄り添い続けるよりほかにない。
 彼女を、この雪洞の中でも背負い続けているのはそのせいだ。冷たい地面にそのままだと、寒さで死んでしまいかねないからそこに尽きる。
 よく聞く、「寒さにはひと肌が一番」というやつを実践しているわけだ。
 抱いたり、肌と肌とというやり方でないのは、さすがに裸は──という恥じらいがあったからではない。密着すれば変わらんだろうという、キロスのアバウトさゆえ。
 どこからか舌打ちが聞こえたような気がしたけれど、きっと気のせいだとキロスは思っていた。
「ったく。どうして、こうなるんだ……」
 雪が止んでくれないことには。
 
 まったく。カヌーをさんざん漕がせたうえ、こんなところに自分たちを連れてきた耀助たちを、キロスは恨めしく思った。
 だが、キロスは知らない。更にこれからほぼ一か月ほどの間ぶっ通しで悲惨な目をお見舞いされ続けるということを。
 この時点では、まだ。
 

 
 
同日 麓 ベースキャンプ
12:00 ビストロ大谷地 開店
 
 
 ──いや。確かに、開店は宣言されたはずなのである。
 おおよそもう、一時間ほど前に。ここ、キャンピングカー内部のキッチンと、ダイニングにおいて。
 勢い勇んだ大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が、料理上手のネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)から手伝ってもらうということで皆、納得して。むやみに高らかな彼の宣言とともに、調理が開始されたはずなのだ。
「……えらく、かかってるわねえ」
 なのに、もうかれこれはや一時間。フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)と、さゆみの留守番中のアデリーヌの前にはフォークやナイフが並んでいるだけ。料理なんて、影もかたちもない。ただ、綾耶が淹れてくれたあたたかいココアがもはや冷めきって、置かれているばかりである。
 一緒に待っていたルカルカたちも、再び捜索に戻って行ってしまった。
「あたためなおしましょうか?」
 綾耶が小首を傾げながら、二人の前のカップを指し示す。
「うーん。そうねぇ」
 どうしようかな。冷たくなったココアをひと口すすって、ふたりはそれぞれに考える。
 扉ひとつ隔てたキッチンからは、時折なにやら、揉めるような、言いあいのような声が漏れ聞こえてくる。
 ……少し、耳を澄ませてみよう。
 
 ──『なんでこんなに増えたの!? ありえない!!』とか。
 ──『ツナ茹でるのにワイン全部入れたの!? お湯に適量って言ったでしょ!?』とか。
 ──それに言い返す、『うるせー、ツナなんて缶詰だろ、ふつー! 知らねえって!!』なんて声とか。
 
 なんだか、とっても険悪である。
 果たして彼女をキッチンに行かせて、いいものかどうか?
「あっ」
 考えたそのとき、おもむろにキッチンの向こう側から扉が開く。
 現れたふたり──ネージュも康之もむっとした顔をしていて。特に康之は身に着けたシェフ衣装がソースやらオリーブオイルやらにおもいっくそ、汚れている。
「えー……と? それ、は?」
 だが、それ以上に一同の目を引くもの。
 それは、両者が大皿一杯に抱えるもの。こんもりと、ドーム状に盛り上がったもの。
 びっくりするくらいそれは大量の、ツナクリームパスタ。
「……どうしたの、それ」
 フェイの言葉は、カメラを回している某含め、そこにいる全員の総意であったといっていい。
 どうしてそんなにたくさんつくった。どうしてそんなに、茹でた。
「こいつがバカみたいに増えるパスタを、一袋全部鍋ん中に入れたから」
 ほんとうなら、一束で十分なところを。
 真横を指差す康之。その彼を隣から、ネージュが肘で小突く。
「それでもあんたがもうちょっとソースとっとと作ってたら……もっと早くパスタを火から降ろしてたら。こっちは味付け完璧なんだから」
「なんだとコノ、やる気か」
「あー、ほらほら。ケンカしない」
 眼と眼の間に火花を散らすふたりを諌める某。
 とりあえず、できてしまったものは仕方がない。ためしに一本、パスタをつまんで食べてみる。
 もちゃもちゃと、これパスタかなぁ? と言いたくなるような弾力が歯ごたえとして返ってくる。
 
「えー、と」
 
 お団子とか、餅とか。それに近い触感だ。
 せっかく、味そのものはおいしいのに。とても、この量を『パスタ』として食べられるかというと。
「ただいま、ですー。あ、なんかいい匂いしますー」
 どうしようか、と言いかけたところで、外に通じる扉が開かれる。
 がくがくと全身震わせたさゆみを連れて、フレンディスたちが戻ってきたのだ。
「だ、大丈夫?」
 さゆみは小刻みに首を何度も左右させながら、「無理、無理」と小声で連呼する。
 とりあえず、毛布、毛布。
「おー。景気のいい量、つくったなぁ。おいしそうじゃないか」
「ですよねー。マスター」
「ああ、腹、減ったもんな……ん?」
 何も知らないベルクが、山盛りのパスタを目にして、能天気にそんなことを言う。
 シェフふたりと、帰ってきたばかりの自分たちを除く全員の視線が真顔で、こちらに向けられている。
 フレンディスとポチの助は気付いていないけれど、「やめておけ」といった素振りで皆一様に、首を横に振っている。
 それで、ベルクもなにかを察する。
「と、とりあえずなにかあったかいもの、もらおうか! そっちも凍死しちゃいそうだしなっ!!」
 震え続けるさゆみを示しつつ、むんずとポチの助の頭を掴む。
「ぬあっ!? な、なにするんだよエロ吸血鬼っ!?」
 ひとまず彼は、全てをこの子犬に押し付けることを決めた。
 抗議の声を上げるポチの助と同じ視線に屈み込み、無理やり笑顔をつくって笑いかける。
「お前、腹減ったって言ってたよな? あのパスタ、全部食べていいからな?」
「え、マスター。ですけど」
「俺たち、あんましお腹すいてないし、待てるから。とりあえず飲み物でも欲しいかな」
 そういうことにしておこう。……しておけ。
「はーい」
 綾耶の姿が、キッチンに消える。
 ベルクが某のほうを見ると、片目をつぶって苦く笑っていた。
 

 
 
それより五日前 コンロン
13:00 (ここでも)ビストロフォレスト 開店
 
 
「新鮮な魚、捕まえるまで上がってきちゃダメだから。いいね」
 もはや、ゴール地点近く。合流した涼介がそう言った直後、ぼちゃんと、派手な音がした。
 それは、投げ込まれた音。
 両手足をがっちりと掴まれて、おもいっきり勢いをつけて。川に、河童の恰好をさせられたキロスが投げ込まれた音である。
 一応川に入るのだから、命綱として川岸の木と、胴体とをロープで結びつけてはいる。
「うーん。はじめからこうすれば手っ取り早かったんだなぁ」
「でしょ? ね?」
 死んでしまうわ、と水面から顔を上げたキロスを尻目に、岸辺から耀助が飲み物片手にしみじみと、詩穂と頷きあう。
 見つからないものは見つからないんだから仕方がない。大事なのはその次善策。それを打ってこその企画者というものだろう。そう勝手に納得している。
 うん、これでいいや。これ、写真にとってトリート成立でいいや。
 あまりに適当なことを、思っている。
 
「ところで、レティシアさん。あなたいつからプロデューサーだったの?」
「んお?」
 
 雄大な大自然がキッチン、と言われれば聞こえはいいけれど。
 屋外にふきっ晒しの、ガスコンロひとつの特設野外キッチンで調理に勤しんでいた涼介が、不意に口を開く。
「いつからもなにも、企画のはじめっからですよ?」
「ほおー。そうかそうか」
 荒地を開墾させられ、置き去りにされ。そして今こうして料理をさせられている男は、ねちっこい口調で着ぐるみの相手に、抗議を続ける。
「いやね、別に文句を言うわけじゃあないんだ。ただね、私はね、料理を作るとは聞いていたけれどもー、アレ(キロス)とこんな未開の土地を開墾させられるとはー、知らなかったぞぉー?」
 ましてや、文明もなにもないところでひとりで延々、野菜の世話させられるなんて。食器まで土から掘って、焼き上げさせられるなんて。
 聞いちゃあいない。聞かされてもいない。
「だって言ってないもん」
「だろうね! 聞かされてたらね! 下ごしらえしたパイ生地だとか、生モノだとか! 腐るようなもの持ってこなかったもの! 意味ないもの!」
「え、頼んでないし」
 あなたが勝手にやったことじゃないですか。
 ごもっともと言うべきか、それともにべにもないというべきか、しれっとレティシアは言ってのける。
「なんだとこの」
「ストーップ」
 そのくらいに、しときなさい。
 ミスティの延髄切りじみたドロップキックが、レティシアの着ぐるみの後頭部におみまいされる。
 ぶっ倒れて、ごろごろ転がっていくピヨぐるみ。
 あいつら、こっちは必死だというのになにやってるんだ。川の中から、噛み合わない歯の音をがたがた言わせて、キロスが顔を上げる。
 
「おーい。キロスくん。こっちを向くであります」
「へっ?」
 そこに、呼びかけられる声。
「うお!?」
 振り返ったキロスの視界いっぱいに広がる──向こう岸の崖から川面めがけ転がり落ちてくる、無数の岩、岩、岩。
「危なっ!?」
 これがまた、絶妙にかわせる程度の数を計算されているのがわかる。
 だから避けきって、それから声の主を見上げる。
「な、なにすんだっ!?」
「……うーん。おしい」
「おしいじゃないだろ!?」
 岩を落とした、決定的瞬間を狙った張本人。葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が、スラスターパックで浮いたその態勢のまま、空中で腕組みをしていた。
「あ。気を抜かない方が」
「え」
 その吹雪が、指を指す。振り返る間もなく、キロスの頬をなにかが掠めていく。
「あーくそ、はずしたっ!」
「はずした、じゃないだろっ!?」
 それは、砲撃だ。対岸からの、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)の放つ砲撃。
 間断なく放たれるそれから、キロスは逃げ惑う。
「こら! 当たりなさいよ! せっかく撃ってるんだから!」
「せっかくってなんだよ!? せっかくって!!」
 当たったら、いかんでしょ。
「あーほら、せっかくいい絵になりそうなんだから逃げるなって」
「それもおかしいだろ!?」
 向けられたカメラのファインダーにもつっこむ。
 企画写真集を出すとか、なんとか。その名目でバズーカの砲口みたいな望遠レンズのカメラやら、小型カメラやらを抱えてこの撮影に参加している湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)が、とっても無責任な要求をしてきているから。
 逃げ惑う当事者はともかく。外野の彼はパートナーのロビーナ・ディーレイ(ろびーな・でぃーれい)から次のフィルムを受け取りつつ、呑気に鼻唄なんか歌っている。
「じゃあじゃあじゃあ、この企画。キロスくん撮ってトリック大成功―、ってことでいいね?」
 いつの間に復活したのか、レティシアがオーバーなアクションを交えて、なおさら無責任なことを言っていた。
「いいわけ、あるかあっ!?」
 またひとつ、砲撃と岩とがキロスの鼻先を掠めていった。