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2/ エリュシオンにて
 

〇月×日(ハロウィンパーティ当日より一週間前)
12:00 エリュシオン帝国ジェルジンスク
 

 雪が、降っていた。
 否。強い風に舞い上がり、吹きつけていた。
 地表はもちろん、それは上空を飛行していればなおさらのこと。
 
 双眼鏡を覗き、白一色の大地を見下ろしながら、そろそろ一旦、麓に引き返す頃合いかな、と、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はひとり思う。
 落ちちゃったら、洒落にならないし。これ以上、行方不明増やすわけにもいかないし。
「こりゃあ……なかなか見つからないわね」
 背中の、二枚の翼を操り、ルカルカはひとりごちた。その間にも、両目は双眼鏡から離さない。
 
『どうだ、そっちは。いたか?』
「んー、見えないねー。今のところは、だけど」
 
 入ってきた通信に──その向こう側にいるパートナー、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)から放たれた声に、応じる。
 彼女たちは、トリックなり、トリートなりをおみまいするべき相手、ビッグフットの姿を探し、追い求めている。
 この、広い雪の山々で。……いや、正確には追い求めていたはず『だった』というべきか。
「おっ?」
『いたのか?』
「いーや。トナカイさんみっけ、一枚いただきー♪」
 それが一見して必死なものと見えるかどうかは別として。
 少なくとも、今探しているのは、別のもの。
「身体も冷えてきたし、風も強いし、一旦戻りまーす。地上捜索班、交代のコたち、準備おねがいしまーす」
 彼女らが探し求めているのは、今はビッグフットではなく。
「ほーんと。ふたりとも、どこ行っちゃったんだろう?」
 ふたりの、遭難者の姿であった。
 

 
 カメラが録画状態となっていることを示す、紅いランプが灯っている。
 このロケにおいて撮影役を一手に任されている匿名 某(とくな・なにがし)は、その光が正常であることを確認し、レンズの向こうに立つ青年を、画面枠の内側に収め、発言を促すジェスチャーをする。
 雪山らしい、厚手の服装に身を包んだ、ゴム長靴の耀助が頷いて、言葉を発しはじめる。
 一応、カメラの前だからか、丁寧な口調で。
「はい、えー……とですね、我々。エリュシオンにやってきて一晩が経ったわけなんですけども。ちょっと、大変なことになってます」
 
 ──大変なこと?
 
「えー、ビッグフットを捜しに来てるんですが。その、キロスのやつがどうやら、遭難しやがりました」
 女の子と、ふたり。行方、わかりません。
 言って、耀助はちらと画面外を見遣る。
 キロスとともに姿を消した少女、アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)のパートナー、ドクター・ハデス(どくたー・はです)がこの寒さだというのに白衣を着ただけのいつも通りの着の身着のまま、眉間に皺を寄せ、腕を組んでいる。
 心配しているのだろうな、と耀助は思う。
 が。その実は──違っていて。
 
「?」
 
 不思議そうな耀助を差し置いて、ハデスが、顔を右の掌で包み込むように押さえる。
 防寒用のダウンジャケットを着て外に出てきた、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)がその様子に気付き、きょとんと首を傾げる。
 ハデスは、心配しているのではない。苦悩しているというのも、違う。
「えーとですね。さすがにあいつ、ここに来るまで、キャンピングカー麓で借りてからの二時間くらいですか大体? それだけしか寝てませんのでこのままではマズいかな、ということで。ビッグフット探すついでに捜索しようかな、と思います」
 あくまで、ついでなのかよ。
 キロス本人が聞いていればそうつっこみを入れていたであろう耀助の発言へと背を向けて、ハデスはそう、こみ上げてくる『大成功』の三文字と、笑みとを殺しきれずにいたのである。
「だいぶんね、あいつもバスの長距離移動にやられてたようなので。こちらとしても手を打っていかないと」
 そう、バス。しかも深夜から早朝にかけて人を護送……もとい輸送する夜行バス。他の参加者たちはともかくとして、コンロンでのロケが押したキロスについては、それによる移動を余儀なくされたのだ。
 
 狭い車内、リクライニングするとはいってもたかが知れている、三列シート。そりゃあ、寝れやしないさ。寝れるわけがない。
 キャンピングカーの前にどうにかたどりついたときには、それはもうぼさぼさの髪で、随分ひどい顔を彼はしていた。
 そんな彼が、思考回路も曖昧なまま探索に出て、迷わないはずがないのである。きっと、それだけでもう耀助は訴えるところに訴えられたらキロスに負ける。
 
 だが、それ以上に彼と、彼とともに消息を絶ったアルテミスを一行のもとから連れ去ったのは偏に、ハデスの仕業。
 もっと厳密には、ハデスの生み出した、探知機という触れ込みの一見なんでもない発明品──ハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)による、誘導がその原因となっていたのだから。
 その、嘘八百の誘導にまんまと一杯喰わされて、ふたりはどこか皆の目の届かぬところに行ってしまった。それこそ、ハデスの狙いであり。
 それはもう、笑いが込み上げるのも無理はない。可笑しくって、仕方なかろう。
 
「ただいまー。うー、やっぱり寒いよー、空は。あったかくしてったほうがいいかも」
 
 やがて、どこか緊張感に乏しい声とともに、空から影が舞い降りてくる。翼をはためかせ、ルカルカが一旦ベースキャンプであるこのキャンピングカーのもとに、戻ってきたのだ。
「おう、お疲れ」
「ビッグフットさんもいないし、もっと範囲広げたほうがいいかも。キロスなんて影も形も」
 カルキノスが迎え入れ、スタッフのひとりとして同行する結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が、バスタオルを彼女へと差し出す。
 全身に被った雪を払いつつ、濡れた髪をわしゃわしゃと、ルカルカは拭き取っていく。
「それじゃあ、今度は私たちですね」
 ここで一旦、ルカルカは交代。代わりに、フレンディスが雪の上で軽く、身体をほぐしはじめる。
「ポチも、匂いしっかり追ってくださいね」
「はい! 『二人で』頑張りましょう!」
 彼女に言われ、元気よく返事をする忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)。そして、
「……おい、俺もいるだろうが」
 明確に、ポチからハブられて突っ込みを入れる、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)
「マスター、がんばってビッグフットさん、見つけましょうね!」
「そっちかよ!? キロスはいいのかよ!?」
 更に、つっこみの上乗せ。ベルクの言葉はいちいち、的確だった。
 そんな彼ら、彼女らのやりとりの後方に待機している、真っ白なキャンピングカーのドアが開く。
 
「さ! 行きましょうか!!」
 
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)。勢い勇んで雪原に一歩を踏み出した彼女の身体は、しかしながら強いその言葉とは対照的に、かたかたとその寒さに小刻みに、震えていた。
「……さゆみ。勇ましいこと言ってるわりにおもいっきり震えてますわよ?」
 なにしろ、彼女の恰好は薄着というレベルの代物ではない、レースの縁取りの着いたきわどい水着。
 凍えもする。似たような──というかまるっきり同じ格好を着せられたアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が細く細くなるまでに閉じた扉から顔だけを出して、ダウンジャケットも脱がずに冷静につっこみもする。
 全身鳥肌。唇はほのかに蒼い。だって、寒いんだもの。だって、雪山なんだもの。
「さあ!」
「……さあ、じゃあなくって」
 外に出る気など皆無のアデリーヌは、呆れ顔でため息を吐いた。
 ほんとに、もう。
 せっかくハロウィンパーティ当選のチャンスだったのに。どうしてこの子はこう、くじ運の悪いほうを引き当てちゃったのだろう。
 ひとまず、キャンピングカーのキッチンでなにか、あったかいものでも飲みたかった。
「頑張るわよー! 見つけるわよー、ビッグフット!!」
「……風邪、引くわよ」
 コスプレイヤーの悲しい性か、某の向けたカメラに反応し、がくがく震えながらもポーズをとって胸を張るさゆみ。
 被った魔女の帽子が、彼女のやせ我慢を象徴するかのように、ぽとりと地面に落ちた。
 

 
「……うわー、寒そう」
 皿の上の料理は、ほんの少し。つまむ程度。お腹が張ったりしちゃっちゃあいけない。
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)にだって、そのくらいの自制の気持はあるのだ。
 猫のお化けを意識した、猫耳や、手袋や。その着ている服の、露出度が露出度だけに。なかなか大胆にお臍が出ていて、ただでさえちょっと恥ずかしいのだから。……自分で着ておいて、なんだけども。
 ルシアとの談笑。エヴァルトと彼女の皿が空になったのを見て、自分の残りを差し出してやる。
 香菜は相変わらず、祥子にじゃれつかれている。
 うん、楽しい。……楽しい、けど。
 
「あれ、どうかした?」
 祥子が、周囲を見回すセルファの様子に気付いてか、こちらに声を向けた。──別に、大したことじゃないんだけどね。
「ちょっと、ね」
 相変わらず、人ごみとか苦手なんだから──真人のやつ。