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悪魔の鏡

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悪魔の鏡
悪魔の鏡 悪魔の鏡

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「今日は、なんだか人通りが多い気がする」
 空京の広場で待ち合わせをしていたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、騒がしい街並みを眺めながら少々不安になっていた。
空気が慌しくギスギスしている気がするのだ。せっかく、大好きな小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とのデートなのに、いいムードがぶち壊しになるのではないかと思った。
 小耳に挟んだ噂では、ニセモノが出現して町中を惑わせているらしい。全く、困ったことだ。でも……。
 コハクは一人微笑む。美羽に限ってニセモノなんてやってくるわけないよね。だとしても、すぐにわかるし……。
 そんなことを考えていると、程なく美羽がやってくる。
「お待たせっ! ちょっと遅れてごめんね。コハクのことを考えていたら、道に迷っちゃった……」
 美羽はエヘッと照れ笑いした。
 可愛すぎる……。コハクは顔を赤くする。デートをよほど楽しみにしていたのか、美羽のめかし込み様はハンパではなかった。清楚で可憐な身だしなみに無垢な笑顔。いつもの学校での彼女より当社比二割り増しくらいに魅力的だ。
「あそこの木陰からね、しばらくコハクのことを見つめていたの。何だか今日はドキドキして……。なんかもう、好きすぎて顔あわせづらかったの……」
 美羽は、そんなことを言いながら頬を染めてはにかんだ。モジモジしながら上目遣いでコハクを見つめる姿がとても似合っている。
「さあ、行きましょ」
 美羽は腕を組んでコハクを誘う。幸せそうな笑顔のままで身体を密着させてきた。柔らかい肌から彼女の体温がコハクの腕に伝わってくる。
 コハクはどぎまぎしながら、連れられるまましばらく歩いた。今日の彼女はとびっきりの可愛さで緊張して頭が上手く回らない。
「ちょ、ちょっと美羽……、くっつきすぎだよ。みんなこっちを見てるし……」
「いいじゃない。私、もっとコハクのこと感じていたいな……」
 立ち止まって見つめ返してくる美羽の瞳は優しく潤んでいた。何やら躊躇していたが、我慢できなそうに囁いてくる。
「ねえ……、コハク。もっと近づいて、いい……?」
「え、いやあの……」 
 戸惑うコハクに美羽は目を閉じ顔を近づけてくる。こんな公衆のど真ん中で!
 あれ……? と彼は思った。
 いつもの美羽と違う。いや、姿かたちは全く同じ、と言うか当社比以下略なのだが、仕草がわずかにぎこちない。利き腕も反対だった。いつもの美羽なら、反対側から腕を組んでくるはず……。
「……」
 コハクは恐る恐る美羽を見る。好きで観察しているからこそわかる違い。すぐに心当たりにたどり着く。なんてこった……。
「ニセモノ?」
「どっちだっていいじゃない。私がコハクのこと大好きなのは変わらないんだもん。遠くからコハクの事を見ていたら、あっという間に好きになっちゃったわ。だから来たの」
 美羽は、あっさりと答えた。
 普通は、性格や習性は本物とは違うのだが、この彼女は中身まで良く似ているようだ。
「気にしないで楽しみましょ。私だって美羽なのよ」
「い、いやあの……」
 可愛い仕草で擦り寄ってくる美羽に、コハクは困惑しながらも抵抗しがたい衝動に流されそうになっていた。
 確かに彼女の言うとおりだ。ニセモノだって美羽と同じなんだし、ちょっとくらいは……。
「なにやってんのよ、あんたはぁぁぁぁぁぁぁ!」
 突如、美羽が凄いい勢いで駆け寄ってきて、とび蹴りを食らわせていた。
「きゃああああっっ!」
 と悲鳴を上げる美羽
「ちょっと目を離した隙に、コハクにすき放題やってくれるじゃないの! コハクは私だけのものなのよ!」
 ガシガシガシガシガシ! 美羽は問答無用でドッペルゲンガーに蹴りの連打を叩き込む。
「あああああ……」
 酷すぎる。コハクが唖然としている間に、美羽はニセモノが倒れて動かなくなるまで攻撃を加え続けた。美羽は片付け終わったニセモノに視線をくれながら、パンパンと手をはたいていたが、チラリとコハクに視線を移す。
「もしかして、ニセモノもちょっといいかも……とか思わなかった?」
「そ、そんな事ないよ。危なくニセモノにたぶらかされるところだったよ」
 コハクが慌てて言うと、美羽は機嫌を取り直した様子でニッコリと笑う。
「ちょっと遅れてごめんね。私もコハクのニセモノを見つけて蹴っていたところだったから」
 明るい口調で彼女は言う。いつもと同じ闊達な様子でコハクの腕を自然と取って誘った。
「さあ、行きましょう。デートの前に、鏡を使ってこんなくだらないことをした奴らを見つけ出さなきゃ」
 元気な彼女を見て、コハクはクスリと微笑んだ。
 ああ、やっぱり本物のほうがいいな……。当社比以下略は前言撤回、ニセモノにご注意ください……。
 二人は仲良く歩き始める。と……。
「ちょっと待ちな」
 背後から呼び止められて、美羽は振り返る。
「……何?」
「あんた、姉妹喧嘩だか何だか知らないが、倒れた相手を放って行ってしまうなんて、ちょっと酷いんじゃねえのか?」
 ドッペルゲンガーを倒した美羽に咎めるような口調で話しかけてきたのは、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)だ。
 シリウスとリーブラは、警察署を出た後聞き込みを続けていた。『魔法携帯【SIRIUSγ】』で目撃情報をマッピングしていけば大体の場所はわかるはず……。
 そんな道すがら、シリウスは美羽が自分そっくりの少女を蹴りまくっているのを目撃して追いかけてきたのだ。相手は美羽にそっくりだったので、姉妹で喧嘩をしているのだとでも思ったらしい。男の取り合いか……? いずれにしろ、倒れて動かなくなった少女を道端に捨てて行ってしまうとはどういう了見だ? とビシリと指を突きつけてくる。
「違うわよ。アレはニセモノなんだもの。いずれそのうち消滅するから、ああしておいて大丈夫」
 謂れのない言いがかりに、美羽はちょっと呆気に取られて答えた。ドッペルゲンガーの噂を聞いていないのだろうか、この人は……?
 シリウスは、わかっている、皆まで言うな……、一人頷く。
「はっはっは。ニセモノがそんな簡単に現れるわけがないだろう。……ああ、そうか。喧嘩の後だから顔をあわせづらいんだな。大丈夫、あの少女を介抱したら俺が何とか仲を取り持って置いてあげるから」
「いやあの……。ほんとにニセモノなんだけど? あなた鏡の事件のこと聞いていないの?」
「鏡の事件って何だ? 私は、今日は遊びに来ただけだ」
「本当に聞いていないようね」
 美羽とコハクは苦笑しながら顔を見合わせた。悪魔の鏡とドッペルゲンガーの話を聞いていないようなので、説明しておいた。
「……そういえば、あちらこちらで喧嘩があったような気もするし、倒れていたり連行されていった人たちもいたな。あれ、全部この騒動のせいか……?」
 二人から詳細を聞いたシリウスは、衝撃が走った。何だかおかしいと思っていたのだが、またそういう話だったのか。彼女は、以前にも似た事件に巻き込まれたことがあるのだが、今回もなのか? ということは、彼女が目撃したティセラらしき女性は……?
「……ところで、こんな顔を見かけなかったか?」
 シリウスは気を取り直して、リーブラを指差す。一人でも多くの目撃情報が欲しかったのだが。
「目の前にいるじゃない?」
 何をおかしなことを言っているんだろう、と美羽は首をひねる。
「ではごきげんよう」
 幸せに包まれている美羽とコハクのカップルにはそれ以上の言葉は要らなかった。二人仲良く雑踏の中へと去っていく。
「お姉さまの、ニセモノがいるかもしれないですって……?」
 話を聞いたリーブラはゆらりと光条兵器【対星剣・オルタナティヴ7】を用意していた。
「見つけ次第殺しましょう。シリウス、話を聞く必要などありませんわ」
「待てリーブラ。皆が見ているから。ここではやめよう、な……?」
 シリウスは苦笑しながらリーブラを抑える。
「わたくしの姿を…お姉さまを貶めるために利用するなんて……、絶対に許しませんわ……!」
「わかった。わかったから落ち着こうな。一緒に探すから」
「ええ、とにかく場所を探してくださいませ! 始末は全てわたくしの手でつけます」
 リーブラは一旦光条兵器【対星剣・オルタナティヴ7】をしまうが怒りで落ち着かない様子。シリウスは怒りに震えるリーブラをつれてもと来た道を戻る。先ほどの道端に倒れていた少女もニセモノとはいえ、生きている間は病院くらいに運んでおいてやるか……。そのうち誰かが回収に来るだろう……。
「……」
 放置されていた美羽のニセモノの傍には、いつの間にか女性が一人付き添っていた。リーブラにそっくりの姿は……。
「大変なのですわ。この人道端で寝ていたから助け起こしたのですけど」
「いや、最初に見つけたのオレだから」
 シリウスはそう答えてから、その女性に視線をやる。
「突っ込むべきところはそこじゃなくて、だな。お前、誰だ……?」
「わたくしの顔を忘れられては困るのですけれども」
 ティセラが微笑みかえしてくる。リーブラと並んでみると、本当にそっくりだ。
「姉さん……? 姉さんなのか? 今日は仕事のはずでは……?」
「あら、いやですわ、シリウス。わたくしはティセラに決まっているではないですか。今日お休みですのよ。街を歩いていたらかわいそうな女の子がいたので介抱していたのですが、おかしかったのでしょうか?」
 優雅な仕草は、シリウスが知っているティセラそのものだ。いやだがしかし……。クローンまでいてややこしいことになっている上に、ドッペルゲンガーの話まで聞かされて、シリウスは猜疑心に囚われていた。というか、こんなに簡単に見つかってよかったのか……?
「……リーブラの天気予報です。本日の空京はところによって血の雨が降るでしょう……!」
 リーブラは光条兵器【対星剣・オルタナティヴ7】で切りかかっていく。向かい合った途端にニセモノだと確信したらしい。
「……や、やめてくださいませ! 何をしているのですか?」
「お黙りなさい、ニセモノ! 四も五も撫で切りにして晒し首で十分です!」
「……うっ!」
 攻撃が本気だと知ると、ティセラは逃げ惑いつつも、どこからともなく風船を取り出して膨らませた。
 二人の目の前でパン! と割ってみせる。
「……あら?」
「さっきもやっていたが、何だそれ?」
 怒るよりも不思議に思ってシリウスは聞いた。ティセラはドヤ顔で答える。
「フェイントですわ! 驚くだろうと思いまして!」
 彼女は、シリウスとリーブラが呆気にとられている間に、道端を通りかかったネコを抱き上げた。目の前に突き出し、言う。
「どうして信じてくれないのですか!? 斬るならこの可愛い猫ちゃんごと斬って見なさいませ! どうです、出来ないでしょう!」
「……」
 シリウスは、無言で近づいていくとティセラの手からひょいと猫だけをつまみあげる。
「あ、あれ……?」
 必殺技をあっさりと破られてしまったティセラは、冷や汗をかきながら後ずさった。
「こ、こうなったら封印していたあの技を出すしかないようですわ!」
 彼女は、五円玉を取り出すと糸で結び始める。きっと目の前で振って、催眠術! とでも言うつもりだろう。
「……糸が上手く結べませんわ」
「……」
 ズバァ! リーブラまでもが無言でドッペルゲンガーを斬り捨てていた。
「うう……、一度でいいからあんまんを食べてみたかった……ですわ……」
 よくわからないことを言いながらティセラは倒れた。
「一件落着、ですわね」
 ようやくホッとするリーブラだが、それはシリウスも同じだった。
「リーブラがベースでよかった……。このヘボっぷりは、姉さんではあり得ないから……」