シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

悪魔の鏡

リアクション公開中!

悪魔の鏡
悪魔の鏡 悪魔の鏡

リアクション

「拍子抜けだったな……」
 悪の秘密結社オリュンポスの大幹部にして世界制服を目論む天才科学者、ドクター・ハデス(どくたー・はです)は、失望の表情を浮かべていた。
 この空京の町に、不思議な力を持つ鏡を作り出した天才錬金術師がいるという。天才と名乗るからには、後々敵となって立ちはだかってくるやもしれぬ。そうでなくとも、天才であるからには当然のごとく世界制服の一つや二つくらいは成し遂げるつもりであろう。だがそうはさせぬ。この世界は、ドクター・ハデスのものになるのである。ライバルになるかもしれない男を一目見ておこうと、彼はバビッチ・佐野の元を訪れていたのだった。
 だが……。
「関わりあうまでもない。野心なき天才は、じきに滅ぶであろう」
 バビッチ・佐野は確かに錬金術の知識は結構なものだったが、天才としての最も重要な要素が欠けていた。彼は世界制服になど興味はなかったのだ。天才を名乗る資格などない。
「帰りましょうか、兄さん」
 ハデスとともに空京へとやってきていた、パートナーの高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が、少しほっとした表情で言った。また何かやらかすのかと警戒していたのだが、今回は平穏無事に終わるらしい。
「せっかく空京へと来たのですから、ショッピングをしていきたいのですけど」
 もう一人のパートナーのアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)も、事件は起こらないと見て取って安心した様子でハデスを誘う。
「うむ、そうだな。俺には無関係の事件だし、真の天才は忙しいのだ。帰っていつも通りの活動を続けるか」
 そう答えながら町を歩いていたハデスは、一箇所に目を留めた。
「……?」
 自分そっくりの青年がこちらにやってくるではないか。纏っている白衣まで同じなのだが、そいつはハデスとは違いいビシッと決めた優秀な理系大学生に見えた。近所の人たちにも挨拶をしている。にこやかでさわやかな好青年だった。
 一瞬、目が合った。その青年はハデスには興味なさそうにそばを通り過ぎようとする。
 ハデスは、彼の前に立ちはだかった。
「待て……。何だ、お前は? 俺とそっくりの格好をしおって。そのスタイルは、この天才科学者ドクター・ハデスのトレードマークと知っての狼藉か」
「え? 僕ですか? 僕の名前は、高天原御雷。ごく普通の大学生ですよ」
 彼は、答えつつもドクター・ハデスを胡乱げな目で見つめた。
「僕は、忙しいので失礼しますよ」
「高天原御雷、だと……?」
 ハデスはピクリと眉を動かせた。それは、ハデスの本名なのであった。
 なるほど……、と彼はすぐに悟った。どうやら、例の鏡から生み出されたニセモノらしい。性格が反対になり、真面目な好青年になってしまったようだった。毒気の感じない真面目な風貌といかにも堅実な受け答え。こんな“醜態”が世間に知れようものなら、どの面を下げて世界征服をできようか。
「くっ、この俺の偽物とは、生意気な……! 偽物が登場するのは、ヒーローや時代劇の主人公だけで十分! 悪の幹部の俺には、偽物など必要ないわっ!」
 ハデスは、高天原御雷にビシリと指を突きつける。
「野心なき天才は去れ! 悪こそが世界征服への近道なのだ!」
「野心なら僕にだってありますよ。世界人類のためになる研究をすることです。それよりも……」
 高天原御雷は珍獣を見る目つきになった。
「あなた、恥ずかしくないんですか? その年にもなって、ヒーローとか悪の幹部とか世界征服とか言ってて」
 ドクター・ハデスの崇高な野望を御雷は一言で冷たく切り捨てた。
「ぐっ……」
「と、とりあえず、落ち着きましょう。どっちが本物かなんて、17年も妹をやってきてる私が一番よく知ってます!」
 ハデスと御雷のやりとりを見ながら、咲耶は自信満々に断言した。伊達に長年ブラコンをやっていない。二人をじっと見比べていた咲耶は、ビシリと御雷を指差す。
「ふふふ、私の目はごまかせませんよ! 本物の兄さんは、こっちです!」
「なんだ、と……?」
 ハデスは驚愕した。ごまかされすぎではないか。ニセモノにあっさりと騙されてしまった咲耶の目を覚まさせようと強く呼びかける。
「ええい、何を言っているのだ咲耶! この俺の顔を忘れたのか!」
「黙るのです、ニセモノ!」
 キッとハデスを睨み付けながら、咲耶は御雷を守るように立ちはだかった。
「よくも私たちをたばかってくれましたね。ですが、本物の兄さんには危害を加えさせません!」
「本物は、俺だと言っているだろうが。よく見よ咲耶!」
 ハデスは得意顔で、いつもの高名乗りを上げた。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス! ……どうだ、見覚えのある、いつもの俺だろう……?」
「そんな人、知りません」
 咲耶は、そっぽを向いた。
「やっぱり私の兄さんは、冷静で知的でメガネの似合う天才研究者ですもんねっ!」
 呆気にとられるハデスをよそに、咲耶は御雷の胸に飛び込む。
「ま、まさか、ハデス様のニセモノが現れるとは……!」
 アルテミスも、ドッペルゲンガーの登場に戸惑っていたものの、咲耶がを御雷本物と断言したことでようやく混乱が収まったようだった。
「ハデス様の名を語る偽物は、このオリュンポスの騎士アルテミスがお相手します!」
「さすがにアルテミスは理解しているようだな、どちらが本物か。さあ、オリュンポスの騎士よ。この俺を味方せよ!」
 ハデスの呼びかけに、アルテミスは咲耶を見た。
「咲耶お姉ちゃん、どうしますか?」
 アルテミスの問いかけに、咲耶は御雷の胸で幸せそうに微笑みながら、答える。
「やっちゃってください」
「はい、お姉ちゃん!」
 アルテミスは、ハデスに剣を向けた。
「くっ、お、おのれっ! こうなったら力づくだ! やってしまえ、戦闘員たちよ!」
 危うくアイデンティティが崩壊しそうになったハデスは、逆切れして【戦闘員】を呼び出した。このニセモノに世間の厳しさと悪の恐ろしさをその身でもって知らしめてやろう! 
「イー!」
 奇怪な叫び声をあげて、【戦闘員】たちは御雷たちを取り囲む。
 くくく……、と笑みを浮かべるハデス。
 御雷はメガネを押し上げながら言った。
「まったく……。そこの変なお面をかぶっている皆さんも、そんなことしていないで職でも探したらどうですか?」
「……ぐはっ!?」
 世間の厳しさを教えられた【戦闘員】たちは、その一言で血を吐き地面に倒れ伏した。
「何がしたかったのか、今ひとつ理解できませんが、早く社会貢献できるようになればいいですね」
 御雷は、敵意のない声色で言ってハデスに目礼すると立ち去っていく。
「では、失礼します」
「……」
 なんと言う模範生! ハデスはなすすべもなくその場に佇んでいた。
「あ、待ってください兄さん。一緒に行きましょう」
 咲耶とアルテミスも御雷についていってしまう。それまで一緒にいたハデスのことなど忘れてしまったようだった。
「……」
 なんとも言い難い空気があたりを支配する。寝取られ主人公の気分がわかった気がするハデスであった。
 と……。
「おっす、ハデスじゃん。どうしたの、今日は悪い事しないの?」
 そんなハデスを見つけ、肩をぽんと叩いてきた女の子がいた。シャンバラ教導団のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、ドッペルゲンガーを無言で見送るハデスの様子を察したようにニンマリと笑った。
「はっは〜ん。どうやらあんたもニセモノにいっぱい食わされたみたいね。さっき見かけたけど、笑っちゃったわ。……あんな澄んだ目をした無害で綺麗なドクター・ハデスがいるか! 邪悪なオーラを纏ったあんたの方が本物よ」
「……」
 ハデスは、驚いた目でセレンフィリティを見つめた。
 彼女は、これまでのいきさつから宿敵と言っていい存在なのであった。そんな彼女のほうが、目が確かだとは……。
「ニセモノ捕まえるなら、手伝ってもいいわよ。あたしも町に来るなりビッチ呼ばわりされて困ってんのよね」
 セレンフィリティは、くわっと怒りの表情をあらわにする。彼女にそっくりな女がこの町を闊歩し、アホな男を引っ掛けては金を巻き上げたり、銃を突きつけて裸にひんむいて街中を走らせたりその他諸々の悪行の限りを尽くしているらしいのだ。
「清純な私のイメージを傷つるなんて許さないわ!」
「……清純、だと?」
 ハデスは、セレンフィリティの身体を上から下まで眺め回した。下心のこもっていない、科学的分析眼だ。
 普段から羞恥心ゼロのビキニ女がどの口で言ってるんだ? と思ったが黙っておく。
「くくく……。わかった、いいだろう。教えてやろう。世界征服にはドラマがあると言うことを」
 ハデスはセレンフィリティと手を握った。悪の幹部が、新たに出現した共通の敵の前に正義の味方(?)と一時的に手を組み共闘する。なんとも厨二心をくすぐる展開であった。
「さあ、いくわよ! ……ハデス、あんた囮ね。いつもどおりやられてきなさい」
「笑止な。お前が裸になって町を走ってくればいいだろう」
「……」
「……」
 ザッ! と二人は向かい合って武器を構えた。チームは5秒も持たなかった。
「とりあえず、ハデスのニセモノを追いましょう。一番近くにいるんだから」
 パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が首を横に振りながら言った。なんなんだ、この流れは。ろくでもない結末が待ち受けているに決まってる。
「くくく……、起きよ、【戦闘員】たちよ。失意することはない。俺に雇われていると言うことは、立派な労働者だ。オリュンポスは就職先としても安泰だぞ!」
「イー!」
【戦闘員】たちが元気を取り戻した。
「ニセモノ殺ッス!」
 ドッペルゲンガーを探して町を駆けるセレンフィリティたちは、意外なことにあっさりと自分の分身を発見していた。
「ハデス……。あんたやっぱりいいもの持ってるわ」
 セレンフィリティはちらりとハデスに視線をやってにやりと笑った。
 セレンフィリティのニセモノは、街中で大暴れしていた。先ほど立ち去っていったハデスのニセモノ高天原御雷を相手にして。
「兄さんからカツアゲしようなんていい度胸です!」
 咲耶とアルテミスがセレンフィリティ(偽)を相手に応戦している。だが……、彼女らにいつものキレがない。
「ヒャッハー! ゲラゲラゲラ! 脱げ! それがイヤなら死ねやオラ!」
「あんたが死ね!」
 セレンフィリティは飛び掛っていく。
 彼女にそっくりな女は……。より派手な格好をしていた。身に着けているスリングショット水着が細すぎる! 真冬の寒空の下を踊る裸体。……変態だ。
「もうこれ以上好きにはさせないわ!」
 セレンフィリティはニセモノと戦い始めた。
 だが、能力は同じ。しかも自分のやりそうなことはことごとく相手も読めてしまうので全然勝負ならず、二人はすぐに膠着状態になった。お互い、ぎゃあぎゃあわめきながら辺りかまわず攻撃を仕掛ける。
 たちまちにして、高天原御雷も巻き込まれての大乱闘になった。
「くっ……、やめるんだ、君たち……・!」
 御雷はまったく使い物にならなかった。なにしろ真面目で綺麗な好青年なのである。変態女二人がくんずほぐれつする姿に、赤面して硬直しているだけだ。咲耶とアルテミスが守るも、いつもの暗黒パワーが不足していて、自分たちより高濃度の変態に対抗できない。
「ふっ……、助けてやるから一生恩に着るがいい」
 ハデスは、このことあるを予想して密かに作っておいた必殺兵器を作動させる。
 人工衛星とリンクし軌道上から遠隔攻撃を仕掛ける禁断の決戦兵器。宇宙空間に漂うダークマターをエネルギーに変換し邪悪なビームが敵を貫くのだ。正義の味方には到底準備できない大仕掛けであった。このばかばかしい凄さが、ハデスがハデスたる所以である。
「くくく……、天から降り注ぐ悪魔の炎に焼かれて滅ぶがいい、正義のニセモノ! そして変態女どもよ!」
 ハデスは、リモコンを押す。
 次の瞬間、漆黒の光線が地表へと降り注いでいた。圧倒的破壊力を持つビーム兵器が直撃する! 邪悪な黒い光があたりを包み込み、衝撃波を撒き散らしながら弾けた。
 ドオオオオオオオ! と爆発する。
「きゃああああああ!」
 咲耶とアルテミスが悲鳴を上げた。黒い光が晴れたとき、二人の衣装は消し飛んでいた。他の効果は特にない。
「……くくく、やるな……。効果と調整を間違えた……」
 ビームの直撃を受けたハデスは、ぐはっ! と口から血を吐くとゆっくりと倒れていった。暗黒光線で衣装が焼かれ、全裸のままで……。
 まあ、おおむねいつもどおりに。終わったのだ、いろいろな意味で……。
「ああ!? 腐れビッチが! ケツから手を突っ込んで内臓かきまわしたろか!」
「このあたしのファッキンブーツをファッキンマウスから突っ込んでファッキン身悶えながら、ファッキン昇天するといいわ!」
 セレンフィリティとニセモノは、お互いに欠点をなじりあいながらドロドロの殴り合いをしていたが、とうとう女の子にあるまじき罵り声を上げながら、低レベルな掴み合いを繰り広げ始めた。
「ファッキン、君が泣くまで殴るのをやめない!」
 セレンフィリティは、ニセモノとキャットファイトを始めていた。二人とも、ただでさえ身体を覆っている布地が少ないのに、今やどちらもほぼゼロの状態に……。
 ポロリってレベルじゃなかった。
「あ、警察に通報するまでもなく、来たわ……」
 他人のフリをして野次馬していたセレアナは、武装警官たちがすごい勢いでやってくるのを見て、しぶしぶ両手を挙げた。
「ええい、大人しくしろ! この変態どもが!」
 セレンフィリティとハデスたちを取り囲んだ警官隊は、問答無用で本物もニセモノもまとめて鎮圧すべくたこ殴りにする。乱暴な警官たちだが、この判断は間違えていないようだった。
「どこをどう間違えたらこんなことになるのよ……。頭痛いです……」
 憲兵隊のローザが、スタイリッシュ全裸のハデスやセレンフィリティたちをスタイリッシュに連行していった。
「鏡、早く見つかるといいわね……」
 セレアナはポツリと呟く……。
「そうか……。僕はこの世界にいてはいけないらしい……」
 取り残された高天原御雷は、苦笑しながら身を翻す。何もかもが異次元だった。自分とは格が違う……。
 彼は、そのままいずこかへ姿を消し……。そして再び現れることはなかった。