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◆第1章 お掃除しましょ! ◆

「おや、こんな所にも……」
 まるで落ちた紙屑を見つけたかのような口ぶりでアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は呟く。同時に彼の足元に魔法陣が展開し、鋼鉄の軍勢が姿を現した。
「シャギャッ!?」
 隣の通路から顔を出していたのは、魔導書の影響で発生したモンスターだ。そう危険なものでもないが、掃除に夢中で気付かなければ怪我を負ってしまう可能性も否定できない。
「挟み撃ちにしろ。そのまま巡回して掃討しつつA小隊と合流。あぁ、無闇に武器を振り回して蔵書を傷つけないように」
「…………」
 アルツールの指示に黙って頷くと鋼鉄の軍団は行軍を開始した。それを確認するとアルツールは周囲を見渡す。そろそろ開会式が終わった頃だろうか。入り口の方から声が聞こえ始めていた。
(まったく……アーデルハイト様の思いつきは良いのだが、細部にまでは気が回らなかったようだな。万が一ボランティアの方々が傷を負えば、魔法学校の体面に傷が付くというのに)
 学生も多く立ち入る場所で、よほど注意力が散漫でも無い限り傷を負うということは無いだろうが、それでも万全を期して動くのがアルツールという教師である。
(とりあえず浅層だけ回っておくか……深層はよほど腕に自信があるか常連でもない限り立ち入る人間も居ないだろう)
 天井から落ちてきた粘液状のモンスターを、アルツールの背後からにゅっと伸びた手がつかみ取る。モンスターは一瞬で凍りつき、そっと脇へ退けられた。
「うむ、ご苦労ウェンディゴくん」
 アルツールの言葉に笑みのような表情で頷くと、ウェンディゴはそのまま背後に下がる。最も多くの生徒や一般の人間が使用する区画には、ほとんど彼の召喚獣が展開し終わっていた。
「すこし時間が圧しているな。整理開始前には終わらせなければ」
 アルツールの指示で、召喚獣たちの動きが慌ただしくなる。
 もう本棚の向こうには、ちらほらとボランティアの姿が見え始めていた。

 *  *  *

「こうぐんかいし〜、ぜんぐんとつげき、ですぅ!」
「了解だよ〜〜♪」
 本を運ぶワゴンの上に座り、はたき棒を軍配のように振るエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は指示された通りにワゴンを押して進んでゆく。
「……しかしエリザベートも整理に参加するとは、少し驚きだな」
 隣を進む青年、コード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)の言葉に、小さな魔女は胸を張る。開会式の時より、ずっと年相応の仕草だ。
「私は“こうちょう”なので、あたりまえのことですぅ」
「はは、なるほど。えらいえらい」
「こども扱いするなですぅ、ぶれいもの〜〜!」
 頬を膨らませるエリザベートをなだめつつ、ルカたちは返却されたばかりの本を棚に返して回る。まずは作業用のスペースを広げること、というエリザベートの提案によるものだ。
「ねぇねぇ、エリーはどんな本が好き?」
「もちろん、“まどうしょ”や“れんきんじゅつ”の本が好きですぅ。……あと、絵本も、ちょ〜っと読むです。ルカも本は好きです?」
「うん、ルカはねー、お菓子の本とか、小説を読むよ。……あれ?」
 ルカが言葉を止めたのは、バサバサと音を立てて飛んできたハトが、エリザベートの肩の上に止まったからだ。
「あ、すみませーん! ハトがこっちに来ませんでしたか……って、エリザベート校長!?」
 息を切らして走って来たのは、大きく丸い目が印象的な少年だ。思っても見なかった人物を前にして、風馬 弾(ふうま・だん)は固まってしまったようだ。その後ろから、色の白い少女が進み出て頭を下げた。
「私のペットの鳩さんが迷ってしまったようで……ごめんなさい」
「そんな、頭を下げることじゃないよ。この子は誰にも迷惑かけてないし、誰も怒ってないし!」
 ルカの言葉にノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)は顔を上げ、安堵の笑みを浮かべた。
「よかった……あ、自己紹介が遅れました。私はボランティアとして参加させていただきました、ノエル・ニムラヴスと申します。こちらが……」
「あっ、僕は風馬弾っていいます! 僕、あまり図書館とか来たことがなくて、本の位置とか整理の方法とかも分からなくて……みんなが安全に整理を出来るように、見回りをしています! あ、こっちはミニキメラの“たむたむ”です!」
 そう言って弾は勢いよく頭を下げた。不慣れなことを率直に認め、自分の出来ることを一生懸命にしようとする姿は、見ている者を清々しい気持ちにさせる。
「ルカルカ・ルーだよ。一緒に頑張ろうね!」
「コード・ナインイレブンだ。弾のしていることは、他の仲間が作業に集中することに役立っていると、俺は思う」
 二人の言葉に、弾は照れたように笑った。
「はい、ありがとうございます!」
「きゅ、きゅ〜〜っ」
 その足元でたむたむが声をあげる。自分も仲間に入れて欲しいのだろうか。そう思ってかがんだナインイレブンの目に、本棚の間に落ちていたものが目に入った。
「これ……絵日記だな」
「あ、もしかして……?」
 ルカが横目でチラリとエリザベートの方を窺うと、彼女は小さく頬を膨らませる。
「私はお部屋にちゃ〜〜んとおいてあるですぅ。……でも、失くしたら、きっと悲しいです……」
「確かに、日記は大切な思い出が沢山詰まったものですから……きっと困っていらっしゃるでしょうね」
 何かを思い出したのか、ノエルも表情を曇らせる。少しだけ沈んでしまった空気を察したのか、たむたむがキュイキュイと一生懸命に鳴いた。
「大丈夫! 落し物を集めて持ち主を探してる人たちが居たよ。そこに持って行けば、きっと見つかる! たむたむも、そう思うよね?」
「キュッ、キュッ〜〜」
「そうだね、こんなに沢山の人たちが協力してるんだもん、きっと見つかるよ! たむたむはお手柄だね、あとで美味しいお菓子をあげるよっ」
「おかし、ですぅ……!」
 翼をパタパタと動かして喜ぶミニキメラと、隣で表情を輝かせる魔女。その様子があまりにも可愛くて、ノエルはつい笑ってしまった。
「お菓子なら、確か弾さんも持ってきていましたよね?」
「うん、そうなんだ。整理が終わったら、皆で食べようと思って。ケーキを持ってきたんだよ」
「え、本当!? じゃあ、あとで交換しようよ! えへへ、楽しみだなぁ〜〜♪」
 既に心はおやつタイムに飛んでいるのか、うっとりとした表情のルカに、ナインイレブンが冷静にツッコむ。
「……もしかして、そのために来たのか?」
「え、そ、そそそんなことないよ? ないったら! 弾、ノエル、絶対に違うからね!」
「ふふふ、そういうことにしておきますね、ルカさん」
「僕も楽しみだな! じゃあ、この絵本は僕が落し物班の人に渡しておきますね!」
「ちょっと待ってです…………はい、よろしくですぅ」
エリザベートは小さく何かを唱えたあと、弾に絵本を渡す。持ち主に届くようにおまじないをかけたのかな、とルカは思った。
「他にもお菓子を持ってきている人が居るみたいだから、もし会ったら声をかけておきますね!」
「では、またあとでお会いしましょう」
 蔵書の整理を続けるルカたちと分かれ、弾とノエルは通路を歩きだす。
 2人の仕事も、まだまだ始まったばかりだ。

 *  *  *