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封印された機晶姫と暴走する機晶石

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封印された機晶姫と暴走する機晶石

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■第一幕:石女神

 熱気が部屋を満たしていた。
 ゴポゴポと水が泡立つ音が響いている。
 彼女、セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)の視界は白一色であった。
 水蒸気のせいで視界が悪い。
 ふと、煙が一方向へと流れた。そちらに視線を送ると赤色の大きな腕が彼女を掴もうと伸びてくる。だがその動きは遅い。
 トンッ、と一歩後ろへ跳躍し腕を避ける。
「さて腕試しといきましょうか」
 言い、さらに何かしらの言葉を呟くと正面を見据えた。
 瞬間、視界が晴れた。ゴォウッ! という音とともに吹雪が巻き起こる。
 雪と風がセシルの周囲を乱舞する。彼女の視線の先、石女神の姿があった。
 赤褐色の身体が特徴的で、吹雪がその身体の一部に触れるたびにジュウジュウと気化する音が聞こえてくる。高温なのだろう。
「まだまだこんなもんじゃないわよ、っと」
 吹雪はさらに勢いを増していく。
 湖面は凍りつき、部屋は雪景色へと変貌していく。
 だがそれでも石女神の動きは止まらない。雪を蒸発させながら一本の大きな腕がセシルへと迫る。さっきよりも動きが早くなっていた。だが避けられないほどではない。
「これならどう?」
 セシルは空振りした腕目掛けて蹴りによる鋭い一撃を放つ。
 風を切る音が聞こえ、衝撃が足に伝わった。そして当たった箇所から炎が生まれる。次いでパキンッ、という何かが割れる音が耳に届いた。
「思っていたよりもろいわ」
 視線の先、赤色の腕に亀裂が入っているのが見えた。
「おまけでもう一発よ!」
 続けざま打撃による追撃を行った。
 ゴンッ、という音が聞こえてきそうなくらいに重い拳だ。さらにダメ出しとばかりに先ほどと同じように吹雪を起こす。温度が変化したのだろう。石女神の赤褐色の肌は瓦礫同様、灰色へと変化していく。
「クアルウウウウウアアアアアッ!!」
 石女神が叫んだ。
 甲高い声だ。振動が空気を伝わり、石女神自身の腕の亀裂を深くする。
 表面がピキパキと音を立てて剥がれ落ちていった。
 次の瞬間である。先ほどまでとは別人のような動きで腕がセシルに伸びてきた。その速さはセシルと同等だ。
「やっ!」
 気合を入れると同時、彼女は後方に飛んだ。セシルの周囲が闇に包まれ、さらにどこからか無数の茨が生まれ、近くの石柱へとその蔦を伸ばした。
 石女神の腕はセシルの周囲に生まれた闇に埋もれるように勢いを落とす。
 彼女は待っていたとばかりに茨を自在に動かし、柱から柱へと移動した。
 その様相はすでに空中戦であった。
「新しい参加者? まあ私には関係ないわね」
 セシルが通路へつながる扉に視線を向けた。
 幾人かが駆け足で入ってくる姿が見える。
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)だ。少し遅れてアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)の計5人が石女神の部屋へと足を踏み入れた。
 シリウスたちは石女神とセシルが戦っている姿を見て呆然とした。
 その間に葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)らが先行していたシリウスたちに追いつく。

                                   ■

 目の前で繰り広げられる戦闘を見てサビクが言った。
「なかなかキツいものが出てきたね」
「あれ……石女神だろ? まさかあれが異常の原因だったのかっ!?」
 シリウスはどうなんだよ、という視線を隣に立っているアルツールに向けた。
 彼は一度目を瞑ると口を開く。
「遺跡の壁画、街の伝承、それらを踏まえればあれは封印された鬼だろうな。パラミタ古代種族についての文献は少ない上に、あんなものを封印してしまう術式だ。どんな作用が起きても不思議ではない」
 彼の見据える先、石女神が湖中に沈んでいた己の失われた腕を引き上げ、それを武器のように振り回す。そこには自我というものは見受けられない。
(かつてこの町の人々は自分たちと仲の良かった鬼を殺す事が出来ず、封印という形を選んだと見た。もしかすると、いつか彼女を元に戻せる日が来る事を願っていたの事かも知れない……)
 アルツールは自問自答する。助けることはできるのか、と。
 そんな彼の考えを見通したのだろう。シグルズが彼の肩を叩いて言った。
「攻撃は僕が受ける。なぁに、倒せなくとも攻撃をしのぐだけなら、いくらでも手はあるさ。どうせ駄目で元々、やれるだけやってみるのも一興だろう」
「私は助手よ。あなたの手伝いをするわ」
 エヴァは苦笑すると言った。
 相棒たちの言葉にアルツールは深く頷く。
「危険度を考えれば、この場で始末するのが上策。だがあんな絵を見てしまっては、古代の者の想いも無碍にはできんよ。可能性はほぼ0だとは思うが、な」
 無理だとその口は言っているのに石女神を見据える瞳に諦めはない。
「こんなのの相手は普通イコン使うもんだと思うけど、アルツールたちがやるってんならオレたちも手伝うぜっ! な?」
「軽く言ってくれるよね……」
 シリウスの言葉にサビクは笑みを浮かべる。
(けど……シリウス、キミのお陰でボクも強くなれた。そろそろ見せようじゃないか、この『身に秘めた畏れられし力』の一端を、ね)
 彼女は身体の調子を確かめるように身体を動かした。
 その動きは軽い、調子は良いようだ。
「では自分たちは作戦が失敗した時に備えるでありますっ!」
 葛城は言うとイングラハムに手招きした。
 何用だ、と訝しむ彼の肩? らしき場所をコルセアが掴む。
「少しジッとしてなさい」
「……なんだコレは?」
 葛城の手によって取りつけられた爆弾のようなものを見て彼は疑問を口にした。その物体は一部が明滅を繰り返していて不審なことこの上ない。
「良い物であります」
「そうか。で、我は何をすればいい?」
「アー君の作戦が失敗した時に石女神に近づいてくれればいいであります」
「アー君……」
 絶句しているアルツールを気にすることなくイングラハムは二つ返事で答えた。
「了解した」

                                   ■

 彼女たちが動いてから状況はすさまじい勢いで動き始めた。
 セシルが己に向かう腕を炎をともなう拳で打ち払うと、その勢いを利用して石女神がシリウスたちに襲い掛かる。彼女は手にした剣でそれを防ぐが――
「重過ぎんだろっ!?」
 その場に踏みとどまることなく吹き飛ばされた。
 自分から後ろに跳躍する暇もなかった。壁にぶつかる、そう思ったとき間にサビクが割り込んだ。彼女はシリウスの腰に腕を回して抱き留める。
「悪ぃ、ちょっと油断した」
「良いよ。ボクは相棒でしょ」
 へへ、と嬉しそうにシリウスは笑った。
 そこへ石女神が手にした腕を投げ飛ばす。
「ふんっ!」
 飛んできた腕をシグルズが手にした大剣で横へ打ち払う。
 軌道がずれ、近くの瓦礫に深く突き刺さった。
「さすがに重くてきついな。君は僕より腕が立つのだろう? 後衛の守りは僕たちに任せて行ってくれ」
「行ってきます」
 サビクは告げると、タンッと地面を蹴り、勢いそのままに石女神の下へ向かった。
 それに合わせて後方から葛城とコルセアが銃器を手に威嚇射撃を行ってくれる。
 どうやら撹乱目的の攻撃のようで、石女神の意識は二人の方へ向けられた。
「遅いでありますよっ!」
 葛城は伸びてくる腕を掻い潜り、瓦礫の隙間に身を潜み、撃つ撃つ撃つ。
 コルセアは柱を壁にして葛城の動きに合わせて引金を引く。
 息の合った攻撃であった。
 サビクは石女神の肩口に近づくと口を開き、左右に剣を構えた。
「たとえキミがイコン並に強かったとしても――」
 刹那、風を斬る勢いで剣が振るわれる。
 ヒュヒュヒュンッ! と風を斬り、キキキッ、パキン! と石女神の肩を割いていく。時折、捕まえようと伸びてくる腕を避け、躱しざまに腕へも斬りつけるその姿は剣舞のようでもあった。
「なかなかの腕前ね、あの子」
 セシルは呟くと石女神の腹部へ回り込み、吹雪を生み出した。
 湖面が凍りついていく。それに合わせて石女神の動きが弱まった。
 腰を沈め、深く重い突きを入れる。ドンッ! という音が聞こえてきそうなほどにその動きには力があった。事実あったのだろう。石女神の腹部、その表面が剥がれ落ちていく。そして中から桃色とも赤色ともとれる何かが見えた。
「せえいっ!」
 セビクが引き戻された石女神の腕に深々と剣を突き刺した。
 バキン、と表面が割れる。同時にグリュッという感触が剣を介してサビクに伝わった。まるで肉に包丁を刺したときのような、そんな感触だ。
 肥大化していない部分、石女神の上半身がビクンと脈動するように動いた。
「今が頃合いか、支援を頼む」
「任せて」
 石女神に近づくアルツールにエヴァが応えた。
 彼女は手にした本を抱えながら指先を石女神へと向ける。
「サンダーブラスト――」
 言葉が発せられると同時、パリッという軽い音が聞こえたと思ったその瞬間、雷撃が石女神に降り注ぐ。轟音が部屋に木霊した。効果があったのだろう、石女神の動きが止まる。
「これが効けばいいが……」
 アルツールが石女神の腕を駆けあがり、本体であろう石女神の上半身に近づくとエリシュオンの乳香を用いた異常改善を試みる。だが反応はない。
「エヴァ!」
 彼の声に応えて、今度は彼女が石女神に清浄化を試みた。
 それでも結果は変わらない。
(やはり無理だったか――)
 アルツールが苦渋の表情を浮かべる。
 彼の視線は無表情の鬼に注がれていた。
 顔から腕、胸へと視線は移動する。そこでアルツールは違和感を覚えた。
(石女神はニルヴァーナの兵器に取り込まれたパラミタの鬼だと思っていたが……なにかが違うような――)
 目の前にいる鬼はニルヴァーナにいるインテグラルの類とは違って見える。
 どちらかといえば機械的というべきか、機晶姫のそれに近い印象だ。
 考えがそこまで進んだとき、手術痕らしき箇所が視界に入った。
「まさかこの子は――」
「下がるでありますっ!!」
 彼の思考は葛城の声に中断させられた。
 アルツールのいた部分が赤く染まっていく。
 その場から逃げるように彼は石女神から離れた。入れ替わるようにイングラハムが石女神の元へと飛び込む。どうやら葛城が指示したようだ。気のせいか取り付けられた爆弾のようなものの明滅が強くなっているように見える。
 イングラハムが石女神の腕に飛び乗ったその時、彼を中心に爆発が起こった。
 爆風がセシルを襲う、がその間に闇が生まれ衝撃を吸収した。
「無茶をするわ……」
 呟く彼女の視界の端、葛城とコルセアが銃を構えたまま口を開くのが見えた。
「いつもの事であります!!」
「戦いは非常なのよね……」
 視界が晴れる。
 そこには全身に亀裂が入った石女神の姿があった。
「作戦は失敗ね。あれ、破壊するわよ」
 コルセアがそう告げたとき、通路から高笑いが聞こえてくる。
 皆がそちらに視線を送ると白衣姿の男が一人の機晶姫を引き連れて現れた。
「フハハハ! その行為を阻止させてもらおう!!」
 笑みを浮かべ、彼は続けて言った。
「石女神の力を手にするのは、我らオリュンポスだ!」