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リアクション
「……なんだか騒がしいわね」
多比良 幽那(たひら・ゆうな)は折っていた腰を伸ばして立ち上がった。その手には、植樹しようとしていた苗が握られている。
地面も凍る冬の雪山に植樹とはいささかおかしな気もするが、これは魔法を用いて土地と植物の適正をみているのであって、本格的な植樹ではない。
『おーっと多比良 幽那、ここでよーやく気付いたかあーーーっ』
傍らに立っていたキャロル著 不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)がお手製マイクを握って熱い実況を始める。
『すぐ近くの湖で騒動が起きて1時間近く! てっきり完全無視を決め込んでいるのかと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ! 耳に入ってなかっただけ! 目に入ってなかっただけという! なんという集中っぷり! さすが多比良 幽那! だれより何より植物を愛していると公言してはばからない女だけのことはある! すさまじいコミュ障っぷりを今回も堂々見せつけたあーーっ!!』
「ああ、はいはい」
不思議の国のアリスのこういった突拍子もない習性にはもう慣れたと言う様子で、幽那は適当に頭をぽんぽんしてあいづちを打つと、もっとよく見ようと身を乗り出した。
来るとき通ってきた湖の上に数十のこたつが設置され、それに大勢の人間が入っている。
「こたつ…?」
あんな所に?
「あレ、魔法ノこたつなんだッテ、お祖母ちゃン」
木に上って枝から足をぷらぷらさせていたハンナ・ウルリーケ・ルーデル(はんなうるりーけ・るーでる)が答えた。
ハンナはとっくに騒ぎに気付いていて、幽那が織田 帰蝶(おだ・きちょう)の手伝いで植樹と観察をしている間に、ある程度情報を収集済みだった。
「なんカ、あれに長時間入ってるト、猫になっちゃうらしいヨ。それデ、みんナ、助けるために引っ張り出そうとしてるノ」
言われて、幽那はもう一度湖を見渡した。
たしかに言われてみれば、こたつに入っている地元民たちはネコミミやらネコヒゲ、はてはシッポまで生やしており、その周囲を動き回っているコントラクターたちは彼らを物で釣って出そうとしているように見える。
「お祖母ちゃン、ワタシたちも手伝けに行ク?」
「猫には興味ないわ。あれだけいるんだから、人手は足りてるでしょ。でもこの子たちには私しかいないもの」
ふいっと湖に背を向け、またしゃがみ込む。
「デスヨネー」
きっとそう言うと思ったと、ハンナはからから笑う。
だから知らせなかったのだ。幽那が気付かなければ、それまでのことだ。
『なんとなんとなんとおーっ!! 多比良 幽那、湖に落下の危機迫るこたつ猫救出騒動に背を向けた! これはもしや棄権、放棄ということか!? まさかの戦意喪失! 一体だれがこの展開を予測できていたでしょうっ!?』
不思議の国のアリスの実況がさらに熱を増している。
「あら。わたくししておりましてよ?」
帰蝶が口元に手を添えてコロコロ笑う。
もちろん事情も把握していたが、「動きたくないでござる、働きたくないでござる」のモノグサが芯まで染みついているこのニートメイド、幽那が気付かないならそれでよし、気付いたとしても救助を放棄するならそれもよし、と考えていたのだった。
思ったとおり、幽那は救助活動に走り回るより、ここで研究にいそしむ方を選んだ。
これでひと安心。
「はいですわ、幽那」
次の植樹苗を差し出す。
「ありがとう」
受け取り、先に植えた苗の横に同じように植えると、手をかざしてエバーグリーンを発動させる。
そう。こちらから何かするつもりはない。
でも一抹の不安は感じていた。
だって今植えているのは、またたびの苗だったから。
「やーっと着いた! 連絡があったのはここだね!」
ゆるやかな坂になっている湖へと続く道をのぼり切り、目の前に開けた光景を見て確信すると榊 朝斗(さかき・あさと)は振り返った。
「みんな! ここだよ!! って、あれ? 真司さんは?」
たしか出発したときはすぐ後ろについてたはずだけど? と小首を傾げる朝斗に、答えたのはアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)だった。
「私が見たとき、リーラさんが「いいこと思いついた」と言って突然姿を消されて。待たなくていい、先に行っててかまわないとおっしゃってました」
「あー、なるほど」
「にゃーにゃーにゃー」
納得してうなずいていた朝斗の耳に、ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)の心配そうな声が聞こえてきた。
「さーーーむーーーいーーー」
白い息を吐き出して、七刀 切(しちとう・きり)がガタガタブルブル震えている。
「にゃーにゃー、にゃーにゃー」
ちびあさは彼のボア付きフードの上に乗っていて、心配そうに覗き込みながらぽすぽすボアをたたいていた。
「うーーさびぃ。
なんでよりによって豪雪の山奥なんだよ? 今、冬だぞ? スキー場もないこんなとこ、冬に行く場所じゃねえよ」
自分を抱き締め、背中を丸めて少しでも暖を取ろうとする。
寒い、冷たい、凍りそう。
周囲どこもかしこも雪だらけの中をひたすら歩いてきた。
そしてとうとうたどり着いた先で、目の前にあったかそーなこたつが現れたら、あなたならどうしますか?
「――そりゃー入るよねえ、だれだって」
はー、あったけえ。
「って、何こたつに入ってんですか、切さんっ!?」
がびーーーーーーーーーーん。
「だーって、寒さに震えながら考えたって、まとまるもんもまとまんないしねえ。
なあ、ちびあさ?」
「にゃ〜にゃ〜(そーそー)」
スポっとこたつ布団から顔を出したちびあさが、笑顔でうなずいた。
「にゃあ、にゃあ、にゃっ(こたつを見ると、どうしても入りたくなるんだよね〜)」
「ほんと、こたつって偉大だなー。さっきまで凍えてたのが嘘みたいだ。なーんかもう、こうしてると何もかもどーでもよくなるっつーか、そんな気がしてきたなー」
うつ伏せになったまま、のんべんだらりと組んだ腕に頭を乗せる。
「あー、ごくらくごくらく。ほんと、雪見ながらこたつっていうのは風情あるよねえ。ここにお銚子の1本もあれば雪見酒としゃれこめんだけどなー」
「うーにゃっ!(ミカンならあるよ!)」
「おお、ナイス! こたつにミカンはデフォだよねえ」
ミカンを手に、2人してきゃっきゃとくつろぎ始める。
「ち、ちびあさ……おまえまで…」
愕然となる朝斗の前、ようやく切が一緒にやってきた仲間たちの自分を見るひややかな眼差しに気がついた。
「むう…」
口からぽろりとミカンが落ちた。眉をひそめ、神妙な顔つきになる。
「そうか……ワイが間違ってた。考えが足りんかったよ」
「切さん」
やっと分かってくれたかと思った、次の瞬間。
「ワイだけがあったかくなってもしゃーないよねえ。さあおまえらもカモンカモン」
こたつ布団をめくり上げ、となりをぽんぽんした。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あれっ? どうしたん? みんな。固まっちゃってるみたいだけど。そんなときこそこたつだよ〜ん。
って、あ、そーか! これってもしかしなくても、ワイ期待されちゃってるってことだよね? よーーーーし、待ってろよお〜」
と、こたつにごそごそもぐり込む。完全に外から見えなくなったところで、こたつ布団を両手でわっと。
「こたつを使って一発芸! こたつむりっ!!」
「に゛ゃ゛っ!(二人羽織バージョンだよっ)」
首だけ出して、ニコニコ見上げる。
その頭には、ちびあさをはさむようにしてしっかりクリーム色のネコミミがにょきっと……。
「――も、ほっとこう」
処置なし。二人羽織になってないだろ、とツッコむのはやめて、朝斗はくるっと背を向けた。
「おーい、なんだよー! せっちゃん捨て身の一発ギャグだぞー! おまえらの寒さを笑いでやわらげてあげよーとしたんじゃんっ。なんで無視するんだよー!」
だれもが無視すると思われたそこに、テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)が駆け寄った。
「ぎゃおうぐるるぅ!!(面白い! 面白いよ、切!)」
こたつむりになって顔だけ出している切に向け、興奮気味に手足をばたつかせながら訴える。
恐竜の着ぐるみの口の奥で、キラキラ赤い目が輝いていた。
言葉は理解できないながらも、その興奮度合いから切も彼が褒めているというのが分かる。
「そっ、そーかっ?」
「ぐるっ!(うん!)」
頭ぽんぽん、こたつ布団ぺちぺち。
生えたネコミミを興味深そうに引っ張る。
「あいててててっ」
「ぎゅるう?」
「テラー! あそこあそこ! 見て! 猫がいっぱいいるよっ!!」
ドロテーア・ギャラリンス(どろてーあ・ぎゃらりんす)が雪を蹴立てて後ろを走り抜けた。
正確にはそれも猫化した地元民たちなのだが、シッポも生えて箱座りや丸まっているため、遠目にはまるっきり猫だ。
「がるるぐぁぁおっ!」
テラーが興奮してぴょんぴょん跳ねてあとを追う。
「うん! 一緒に遊ぼう!」
そうして駆けつけた先で、ドロテーアとテラーはタックルするようにこたつ猫地元民に抱きついた。
「やっほー!」
「ぎゃぎゃっ!」
「うわー、やわっこくて抱き心地も気持ちいー! ねっ、テラー」
「ぐげるぅ」
猫化した地元民は、突然の行為に驚いて爪を出したものの、引っ張り出されるわけでもないので我慢することにしたようだった。
最初のうちはおとなしく2人に抱っこされていたが、すぐに飽きて、手足を突っ張るようになる。
「あっ、じゃあさ! 一緒に遊ぼうよ!」
「ぐぁぎゃぎゃぅっ! ぐぁぎゃぎゃぅっ!(あそぼーあそぼー! テラーとあそぼー!)」
そしてなぜかテラーはこたつの周りをぐるぐる回りだしたのだった。
あまりに興奮しすぎてわけが分からなくなったのか、勢いあまってこたつの天板をひっくり返す。
「ぎゅるうっ?」
パーンと飛んでいったそれを気に入ったのか、そばにあったこたつの天板も勢いよくひっくり返し始めた。
「あっ、それいいね! ドロテーアもする!! テラー、どっちが多くできるか競争だよっ!!」
と、それまで抱き締めていた子どもの地元民をほっぽり出して、ドロテーアもこたつの天板をひっくり返し出す。
「ぎゃうっ! ぎゃぎゃっ!(いいよ! 競争だ、よーいドン!)」
2人は笑いながら次々と手当り次第に周囲のこたつの天板やこたつ布団を掴んでめくり上げてはポイポイ放り出していく。
幸運にもそれはこたつの形状を崩すという行為でこたつの呪いを無効化する行為になっていたのだが、全く当人たちに気付いている様子はなかった。
ただし、こたつを崩されただけなので猫化した地元民たちは新たなこたつを求めてもぞもぞ移動し、根本的な解決にはなっていなかったが。
それを見て、朝斗が動いた。
「彼らをこたつに戻らせないようにしないと」
グラビティコントロールを用いてこたつに向かっていた地元民の足元の重力を制御する。
「ポポにゃん?」
踏む足場がなくなって驚いた地元民は、一瞬遅れてじたばた暴れだしたが、すでに空中に浮いている以上どうしようもなかった。
「このまま向こうの林まで移動させることにするよ」
別の場所で、やはり移動させている悠美香たちを見て、彼らが移動させているのと同じ場所へそのまま運ぼうとする。
「ルシェン、アイビスも手伝っ……て?」
2人のいる方を振り返り、朝斗はルシェンの様子がおかしいことに気がついた。
「ルシェン?」
「朝斗。私、あることに気付いてしまったわ」
食い入る眼差しでこたつだらけの氷上を見渡しながら、ぽつりルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)がつぶやく。
「あること?」
「ええ。あのこたつ、入った者は100%ネコミミを生やすのよ」
「あ、うん。そうだね」
「ということはつまり!」カッ、とルシェンの両目が大きく見開かれる。「カチューシャネコミミでごまかしたりしなくても、直に朝斗にネコミミを生やさせることができるということっ!!」
………………え゛?
「る、ルシェン…?」
「その上シッポまで!! お尻に直!! 当然神経だって通ってますでしょう! 握ったらもしかすると脱力して、ヘナヘナになって「にゃあん」と鳴くかもしれません!
そう、横倒しになって、はだけたミニスカートのすそから伸びたシッポやネコミミの先を震わせながら「た、立てないにゃあん…」と!!」
朝斗が涙目でそうなっているシーンを思わず想像して。
その瞬間、プーーーーーッとルシェンの顔から鼻血が飛び散った。
「わーーーーっ! ルシェン! 何を!?」
よろけた彼女をとっさに支えようとした朝斗の手を、ルシェンはすり抜けた。そのまま1歩2歩と前に出る。
「ふ……ふふ…。
これはもう、決まりです…。なんとしてもあの1台を持ち返らなくては…!」
にゃんにゃんこたつ、もらったあーーーーーーっ!!
突然ルシェンが、それまでよろよろだったとは思えない勢いでダッシュした。
当然何を考えているかは朝斗にも丸分かり。
「アイビス! きみの方が近い! ルシェンを止めて!!」
「? えーと。はい」
こちらはまだよく状況がつかめないながらも、とにかく朝斗の言うことだからと言われるままにアイビスも駆け出した。
「ルシェン、止まってください。あのこたつは危険です」
しかしルシェンは聞いちゃいない。
「にゃんにゃんこたつ〜 ♪ ああ、朝斗は何猫になるのかしらん〜 ♪ まあ何猫でもカワイイのは間違いないでしょうけど〜」
うふっ。うふふふっ。
「ルシェン。私たちは彼らを救助にきたのであって、こたつに入るなど本末転倒――」
「入るんじゃないわ。空いてる不要なこたつをもらっていくのよ〜 ♪ 」
「それも駄目です」
アイビスがもう少しでルシェンに追いつきそうになった、そのときだった。
「ふふっ。テラーったらぁ」
「ぎゃぎゃぎゃっ ♪ 」
次のこたつ目掛けて走ってきたテラーとルシェンがバチンっと衝突した。
「ぎゃうっ」
「きゃあっ!」
「ルシェン! ――えっ?」
思わず伸ばした手を倒れまいとしたルシェンにがしっと掴まれて、バランスを崩したアイビスはルシェンもろともこたつに頭から突っ込んでしまう。
結果。
「んん〜、朝斗ぉ。力が抜けて、動けないのぉ〜。ああでも、なんか、この脱力感がとっても気持ちいいのよねえ〜」
コートのボタンをはずして胸元をはだけるお色気ムンムンなルシェンにゃんこと。
「……熱いです…」
ほてったほおで恥ずかしそうにネコミミをピコピコさせているアイビスにゃんこができあがった。
これでも十分朝斗には、頭が一瞬で蒸発してしまうくらいの威力があったのだが。
さらにトドメ。
「ああきつい……でもイイ気持ち。
ねえ、朝斗。あなたも一緒に入って。わたしたちとにゃんにゃんしましょ」
「……にゃん、にゃん」
こたつ布団を持ち上げて、2人の隙間を見せるルシェン。アイビスの上目づかいでの恥じらい猫まねきを見た瞬間、朝斗は盛大に鼻血シャワーを吹いて後ろ向きにぶっ倒れたのだった。
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