シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

仇討ちの仕方、教えます。(後編)

リアクション公開中!

仇討ちの仕方、教えます。(後編)

リアクション


第四幕


 セルマから連絡を受けたリドワルゼ・フェンリス(りどわるぜ・ふぇんりす)は、健吾が後を追ってくるのを確認し、御隠支寺に飛び込むと、境内の隅で印籠を落とした。
 まったくもって、師匠の自分を顎で使うなど、いい度胸である。
「後で覚えていろよ……」
 健吾が追いつくより速く、リドワルゼは姿を消した。
「くそっ、野良犬が!!」
 当のリドワルゼが聞いたら怒って噛みつきそうな言葉で罵り、健吾は印籠を拾った。剣で鍛えた体ゆえに、息もさほど上がっていない。
 腰から印籠を下げ直し、健吾はゆっくりと振り返った。
「出てこい」
 リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)が木の陰から現れた。
「義姉上を攫った連中の一味か?」
「違います」
 笑顔のままだが、声には不快感が混ざる。
「そうか。――そういえば見覚えがある。力を貸してくれている契約者の一人か?」
「そうなりますね」
 ただし今となっては、健吾の敵になるかもしれない。
「それは失礼した」
「勝手に動くなと言われているのではありませんか?」
 匡壱からは、そのように聞いている。案の定、健吾は跋の悪い顔をした。
「分かっている。だが、十内がどこにいるかぐらい、この手で突き止めたい」
「もし見つけたら、どうするつもりです? 斬りかかるのではありませんか?」
「それは――そうだな、見逃すわけにはいかない。すぐにでも仇を討ち、義姉上をお助けする」
「釈明の機会を与えるとご自分で仰ったことをお忘れですか?」
「奴は義姉上を攫ったのだぞ。もはや奴の言うことなど聞く耳持たん! 持てるわけがない!」
 健吾は心底怒っている。これは説得できそうにない。リンゼイはかぶりを振り、それでも笑顔のまま、
「お送りいたします。帰りましょう」
「いらん。子供じゃあるまいし。一人で帰れる!」
「勘違いしないで下さい。あなたがまた一人で動いて、それで千夏さんが危険な目に遭わないかが心配なだけです」
 健吾はむっと押し黙った。それから、
「まさかあの犬、そなたの飼い犬ではあるまいな?」
と尋ねた。リドワルゼのことだろう。いいえ、とリンゼイは否定した。嘘はついていない。
 リドワルゼは狼だし、何より飼っているわけではないのだから。
 仮に嘘だったところで、今の健吾にそれを正直に話すほど、リンゼイも優しくはなかった。


 公演終了後、忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)は例によって例の如く、せっせと写真を売っていた。今回の芝居で取り分け人気だったのが、ラストシーンだ。
 ちなみに耀助からも売ってくれと言われたが、【ソートグラフィー】で念写したそのシーンに、彼の顔は写っていなかった。
「ちょっと待てこの犬! 何だこれ! 何でオレの超絶ハンサムな顔がないんだ!?」
「ふふん。下等生物の分際で文句を言うなど生意気です。この超優秀な看板犬の僕がやってやっているのですから、有りがたく受け取って拝むがよいのです。さあ、どいたどいた! 仕事の邪魔ですよ!」
 ちなみにこの口の悪さも、実はちょっとした人気だったりする。


 麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)は、金の入った篭を裏へ持って行った。本来なら左源太に渡すのだが、先程から姿が見えないのだ。仕方なしに、染之助の部屋に入る。
 染之助はうーん、と腕を組んで机を睨んでいた。
「どうかしたんですか?」
「合同公演のことだそうですわよ」
 代わりに答えたのは、瀬田 沙耶(せた・さや)だ。彼女はすっかり衣装係として一座に馴染んでいた。
「ああ、なるほど。――いいんじゃないですかね?」
「そう思いますか?」
「他の人たちも、賛成派が多いですよ。まあ、相手はちょっと問題のある人たちですけど」
 染之助も、オリュンポス一座の話をあちこちで聞いたらしく、その問題点を心配していた。何しろ彼らは、本気で世界征服を企んでいる連中なのだ。
 今回芝居に乗り出したのは、悪役の地位向上を目指してのことらしいが、目的が果たせたかはともかく、観客動員数は、染之助一座が盛り上がった今でも落ちていない。
「合同公演をする必要性がないでしょう?」
 染之助の疑問も、もっともだった。
「賛成とは言いましたけど、俺は手伝いだし、染之助さんが何を大事にしたいかで決めてもらっていいと思いますよ」
 ただ困ったことに、オリュンポス一座が既にやる気満々で宣伝しているらしかった。小屋主の伝兵衛(でんべえ)からは、契約違反だと文句を言われている。
「わたくしは暮流の成長を見届ける方が面白いので、この小屋の成功を祈っていますわ」
「面白いって……」
「ええ、面白いですわよ? その合同公演でも、暮流の役があればいいんですけれど。前回の公演を考えると暮流は台詞だけはきちんと覚えて、素のままで演技するほうが面白いかもですわね」
「そうですね。彼の出番も考えないと。――小屋としても、どうすれば双方損にならないのかを考える必要がありますから」
「腕によりをかけますわ!」
 沙耶は腕まくりまでして張り切っている。染之助は微笑んだ。


「くしゅんっ!」
「義賊・女茜小僧恋之巻」では耀助の同僚を演じた和泉 暮流(いずみ・くれる)は、小さくくしゃみをした。
「大丈夫?」
 ルカルカ・ルーが、ティッシュを差し出す。暮流の腕に湿疹が現れた。彼は女性アレルギーなのだ。
「だ、だいじょう……くしゅんっ!」
 もう一度くしゃみをした。
「悪い噂じゃない?」
とルカルカは笑い、ダリル・ガイザックは「馬鹿馬鹿しい」と言い切った。「そんなのは、ただの迷信だ」
「ですよね……」
 ルカルカからダリル経由で渡されたティッシュで鼻をかみながら、暮流は思った。
 噂をしているのは、多分紛れもなくあの人だろうと、沙耶の顔を思い浮かべながら。