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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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第一幕


 呼子の音が鳴り響いた。
 屋根の上に、すらりとしたシルエットが浮かび上がる。
 御用だ、御用だ、とその足元で同心や岡っ引きが口々に叫んでいる。
「ふっ」と、シルエットの主が笑みを浮かべた。「この茜小僧を捕えられるものなら、捕えてみるがいい!!」
 その頃、葦原の町には茜小僧と呼ばれる盗賊が暗躍していた。この盗賊は、金のある武士や商人からしか奪わず、盗んだ金も貧乏人にバラまいたことから、義賊として評判が高かった。
 当然、奉行所は躍起になって捕まえようとしていたが、手掛かり一つ掴めないでいた。
「まーったく、お奉行と来たらやかましいことやかましいこと」
 定廻りの同心、仁科 耀助(にしな・ようすけ)もその一人だった。もっとも彼は、手柄を立てようなどとこれっぽっちも思っていない。また、義賊と呼ばれる茜小僧についても、実は好ましく思っていた。
「だからって、放っておくわけいかないでしょ」
 岡っ引きのルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、耀助以上に、茜小僧の捕縛に躍起になっていた。この昼行燈を、一人前の同心として活躍させたいと、彼女は願っていたのだ。
「分かってる、分かってるよ」
 茜小僧の人気が高まる分、奉行所への評価は下がる。その結果、他の捜査の足かせになりかねない。民が信頼してくれなければ、得られる情報も少なくなる。
 だが耀助にとって、目下の最大関心事は、茜小僧などより、一善飯屋の女将、お染の気持ちが自分にあるか否か、という点だった。
「ダメだこりゃ……」
 ルカルカは大きくため息をついた。
*   *   *

 お染は耀助が嫌いではなかった。彼は他の同心と違い、町民にも親切だった。あまり仕事をしているようには見えないが、信頼はされているらしい。
 だがお染にとって何より大事なのは、彼が「町奉行所の同心」であるという事実だった。彼の言葉や行動から情報を引き出そうと彼女は考えていた。だが、思ったより耀助は口が固いらしく、なかなか仕事の話をしなかった。
 それでも、奉行所がまだ茜小僧の手掛かりを掴んでいないらしいことは、分かった。
 実は彼女こそが、茜小僧その人だったのだ。
*   *   *

 そんなある晩、茜小僧は用心棒の反撃に遭い、傷を負ってしまった。そして遂に、耀助に見つかってしまう。耀助は愕然となったが、すぐに反対方向へ走り出し、呼子を鳴らした。
 翌日、お染は耀助の家へ現れた。
「傷は?」
「どうってことありません」
 お染は明るく笑って見せ、そして頭を下げた。
「仁科様、どうかお願いです。後一度、一度だけ見逃してください。そうすれば、あたしはもう捕まっても構いません。打ち首獄門でも甘んじて受けます」
「分からないな、どうしてそこまでして……」
「そのわけも、事が成就した暁には必ずお話しします……」
 だが、この二人の会話を聞いている者があった。ルカルカだ。同心が盗賊を見逃したとなれば、切腹ものである。何とかしなければ――。
*   *   *

 二日後の晩、茜小僧はある金持ちの屋敷から出て来た。背に何か背負っている。
「待ちなさい!」
 茜小僧――お染の前に、ルカルカが立ちはだかる。
「貴女の目的も事情も知らない! でも、耀助をそれに巻き込まないで!!」
 十手を握り締めたルカルカが、お染に殴り掛かる。お染も匕首を抜いた。十手と匕首から、火花が散った。二度、三度――二人は何度もぶつかった。ルカルカの着物が切り裂かれ、同時にお染の手の甲がびしりと叩かれた。匕首が落ちる。
「今だ!」
 ルカルカがお染に縄をかけようとした瞬間、周囲に霧が立ち込め始めた。
「これは!?」
「御免なさい、ルカルカさん。でも、仁科様にご迷惑をおかけするつもりはありません。明日の朝、御隠支(みかくし)寺でお待ちしております……」
*   *   *

 翌朝、ルカルカが耀助と共に寺へ行くと、お染が待っていた。
「あれは、父の描いた物なのです」
 お染の父は、腕のいい贋作師だった。彼が死んだとき、借金の形に方々へ売られたのだ。長じて後、あれが偽物と知ったお染は、あちこちに探りを入れ、持ち主を調べ上げた。
「じゃあ、お前が盗んだのはみんなそれか?」
「ついでにお金も頂きましたけど」
 持ち主のほとんどは、それを贋作と知って手元に置いていた。本物と寸分違わぬそれを、誰かに売りつけるつもりだったのだろう。知らぬ者には置手紙をし、金には手を付けなかった。
「それで、絵はどうしたの?」
「燃やしました。全部。ゆうべのでおしまいです」
 そう言って、お染は両手を差し出した。「――どうぞ」
「何の真似だ?」
「何って――お縄を」
「証拠はどこにもないじゃないか」
「旦那!?」
 ルカルカは目を丸くした。
「証拠はないし、茜小僧ももう二度と現れないだろう。――これはオレの勘だけどな」
「でも――見られて――」
「誰が? オレは知らないよ。あれ? ルカルカ?」
 ルカルカはうっと押し黙った。本音としては、ここで茜小僧を捕まえて、耀助の手柄としたい。だが、今や証拠はなく、証人もルカルカ本人しかいない。
「――分かった。ルカは何も知らない。見てない。それでいい?」
「よしよし」
「でも――それじゃあ」
「それが問題なら、オレがずっと傍で見張るってのは?」
「え?」
「うん、それがいい。お染さんが悪いことをしないよう、オレがずっと見ててやるよ」
「仁科様――」
 耀助は、そっとお染を抱いた。その横で、ルカルカはやれやれというように嘆息する。
 どうやらこの旦那は、出世とは無縁のようだ。だが――、
「ま、幸せそうだから、いっか」
 ほんの少し、焼き餅を焼きながら、ルカルカは呟くのだった。


 幕が下りると、歓声が上がった。舞台の下にいたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、ほっと安堵の息をついた。この「義賊・女茜小僧恋之巻」の演出は彼が行っていたのだ。
 霧のシーンは煙幕ファンデーションを使い、素早く入れ替わるシーンではコピー人形を利用した。ライトの当て方にもこだわった。茜小僧の初登場はかなりミステリアスになったはずだ。苦労はしたが、この歓声を聞くと甲斐はあったと思う。
 どうせならハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)にも見てもらいたいと思い、招待状を送ったが、忙しくて無理だとの返事が来た。残念だった。
「――さて、後四日、頑張るか」
 ダリルは腕まくりをし、ふと気づいて元に戻した。こんなことに張り切っているなんて自分らしくない、と小さく自嘲した。