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水宝玉は深海へ溶ける

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水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

リアクション

 雅羅率いる契約者達の突入が始まるよりもっと前の事だ。
「何分ギリギリだったからな。走り書きの資料で済まないが――」
 何処からか使われているスキルの影響による視界不良の状態で見えない佐野 和輝(さの・かずき)の影に向かいながら、
アレクは今時珍しい紙の資料をパラパラと捲った。
「uh……nice job.
 読むの時間掛かりそうだけど」
「悪かったな字が汚くて」
「いや、漢字難しい。名前とかアレごちゃごちゃし過ぎだろ」
「へえ……」
 お互いにお互いを興味無さそうな、さして意味のない会話を、
アニス・パラス(あにす・ぱらす)スノー・クライム(すのー・くらいむ)が少し離れて見守っていた。
 和輝を隠すのは、アニスが使っている雪のと吹雪の力の影響だった。
「(お仕事なんだけど……何だろう、あの隊長から、嫌な感じがする)」
 割と第六感が強い方だった。
 妙な気分に胸に手をあてると、ふとアレクと目が合ってアニスは慌てる。
 心配する事はないのだ。見えているはずは無いのだから。
「(ないはず……ないはずだもん)」
 精霊の加護で減り続ける力を沸き上がらせながら吹雪を起こしているアニスだったが、
白い隙間に矢張り目が合った気がする。
「!!!」
 人見知りのアニスを心配したスノーが彼女に付き添わせてくれていた賢狼に、アニスは抱きついた。
 
「組織化してない連中を此処迄よく調べたな」
「それが俺の仕事だよ。

 ……あっちは秘密裏に動いてたみたいだが、動き出せば補足は簡単だ。
 リーダー格と思われる何人かへ的を絞って動向を探っていれば、全体像は大まかに把握出来る」
「うちの馬鹿共にも聞かせたいよ」
「ふん。情報提供という仕事はしたし、こちらも要求した情報を貰ったからな。
 契約は無事に完遂された。
 ……では後はご自由に」
 踵を返した和輝の背中に、アレクは何かを思い出した声をあげた。
「忘れてるかどーか知らんが、一応ここは敵地だからな」
「精々気をつけるよ」
 魔鎧のスノーを纏って、獅子の面を被ると、和輝は隠密行動を開始した。
 彼の身体は今、スノーを纏った効果で女性化している。
 この効果は色々と不都合がある事も多いが、こんな時の『偽装』にはもってこいだった。

 暫く陰に潜みながら進んでいた時だ。

「随分派手な隠密行動ですねぇ」
 後ろからの声に振り返ると、肩に銃口が当たっていた。
 和輝をリュシアンが見おろしている。
「これから突入してくる連中のお仲間でしょうか。それとも……
 いえ、やっぱりここは身体に直接聞いてみましょう」
 この男はトリガーを引くのに何の躊躇も無い。
 和輝はそれを本能で悟って銃身を掴み、横へ捻った。
 発射された銃弾は腹部を霞めるが、魔鎧に身を包んでいるため大した事は無い。
 そのまま後ろのリュシアンの鳩尾に向かって後ろへ肘鉄砲を喰らわせる。
 一瞬止まった横隔膜の動きに身体を動かせないでいたリュシアンに強化された光銃の銃口を向けると、
和輝は一歩ずつ、一歩ずつ後ろへ引いて、タイミングと間合いを見計らいその場から逃げ出した。

 リュシアンは彼を追わずに腹部を手で揉みながら独り言を言っている。
「逃げられちゃいましたか。えーっと、アレクに報告……」
 踵を返して二、三歩あるき出していたリュシアンだが、そこで足を止めて下を向いた。
 薄い唇が歪んでいる。

「あの密偵のボス、一体誰だったんでしょうねぇ」



 時間は戻って仲間がジゼルを見つけた頃、
瀬島 壮太(せじま・そうた)はとある部屋で椅子に『座らせた』女性隊士を見下ろしていた。
 北都らが爆発を行っていたあの混乱の時だ。
 壮太は彼女の背中に音も無く近付くと、足払いをして得物のワイヤークローで彼女の手足を拘束し、
そのまま手頃な??廃ビルの中でもひと際目につかなそうな??部屋へ拉致したのだ。
 目の前に居る女性隊士は壮太と同じ位の年齢だろうか。
『意志が弱そうに見えた隊士』の中から選んで連れて来た。
 女性であったのは単にタイミングが合っただけなのだが、結果はオーライ、
性別が違えば更なる恐怖感を煽る事も出来るだろう。
 実際壮太に見下ろされて、女性隊士は何故か顔を赤くしている。
 そんな感じで壮太は尋問タイムを開始した。

「お前等のアジトってどこにあんの?」
 超絶単刀直入な質問に、隊士は答えない。
「ま、聞いても答えてくれる訳ねぇよな」
 壮太は予め切っていたロープで彼女を縛り直して、ソファに仰向けに寝転がらせた。
 本当なら上半身を剥きたいところだが、流石に躊躇して上着を脱がすだけに止める。
 そして印を結び自らの影を立ち上がらせると、更なる拘束をしようと影に手足を掴ませた。
「ああっん!」
「…………?」
 違和感があったが、壮太はそれを飲み込んで用意していた尋問用のグッツを構えた。
「これが何だか分かるか」
「……鳥の羽……」
「そうだ。それで何をするか分かるか」
「…………分かりません」
「オレは今からお前を尋問する。
 質問はさっき聞いた通り『お前等のアジトが何処にあるのか』だ。
 答えねぇ限り、俺はこれを使う事を辞めねーよ? いいな」
 頷いた彼女の瞳は濡れて輝き、やっぱり何だか違和感を感じたが、壮太は影に鳥の羽を渡す。
「よし。くすぐれ」
 壮太の指示を受けて影はくすぐりを開始した。


 もふもふもふもふもふもふもふもふもふ
「あっ! も……くすぐった……あはっ!」
 隊士の声が部屋に響く中、壮太はソファの縁に座ってナイフの手入れをしている。

 もふもふもふもふもふもふもふ
「やめっ……はひゃ……やめて……!」
 壮太は作業を止めないまま、女性隊士に向かって話し始めた。

「――オレはお前らを悪だの正義だの決めつける気はねぇよ。
 何か理由とか信念とか持ってやってんだろ。そういうの立派だと思うぜ。
 でも今オレら敵対しちゃってんだよなあ」
「あはっ……そんなこと……あっ……分かってるわ!」
「今ジゼルを助けてもまた狙ってくる可能性があるだろ?
 だから教えてくれよ、組織の場所。
 徹底的に潰してえんだよ。
 いい年してくすぐられて失禁とかやだろ? なあ?」
 壮太の蔑むような視線を受けて、女性隊士は彼の言葉を反芻する。

「……しっきん!!」

 純度200パーセントの輝きを見せた彼女の瞳に、壮太今度こそ違和感本当に見逃せなかった。
「(この女……ドMだ。
 ――ヤベぇ。このままじゃ何をしてもご褒美になっちまうぞ!)」
 壮太は立ち上がると影を自分の後ろへ戻す。
「な……なんで、やめるの?」
 ビンゴだった。完全に続けて欲しい目を向けてくる。
「……もーやめた。他のヤツを探すから、お前帰っていいよ」
 ドン引きした壮太の唇はヒクヒクしていて、投げやりに言うのが精一杯だった。
「そ、そんな、お願いします辞めないで下さい!!」
「…………続けて欲しいんだったら先に答えを聞かせて貰おうか」
 後ろを向いて言う壮太の背中を掴んで、女性隊士は叫んだ。

「話すわ!!」
 チョロかった。

 ロープによる拘束を解かれた(彼女は不満そうだったが)隊士は、ソファに座って話し出した。
「全て告白するわ。
 まず……
 私がこの隊に入った理由は私がドMだからよ」
「いや聞いてねーよそんな事」
「性別すら超越した彫刻の様な美しさを持つリュシアン様、
 百合園に生まれしヴァルキリー界のエロスの化身トーヴァ様、
 そして黒髪オッドアイその他諸々中二要素てんこ盛りアレク様!
 隊長クラスは全員ドSよ! まさに私のユートピア!!」
「だからそうじゃねぇって言――」
「そういえば近頃アレク様は普段はお部屋に帰っていらっしゃら無いらしいわ。
 パートナーのリュシアン様ですら家を知らないとの噂よ。
 何時もはホテルとか点々としてらっしゃるみたいなの。何でかしらね。
 そうそう、私達は全員で動く事は少ないのよ。
 だから幹部クラスは大体アレク様のいらっしゃるホテルへ集まって……
 そこから私達に連絡が来る様になってるのよ。
 他の隊士と顔を合わせるのはその時と、訓練の時くらいね。

 あ、でもアジトは一応あるのよ。住所は此処」と言って携帯の地図を見せ「ね。殆ど倉庫だけど。
 ここ表向きはお店よ。出入りが激しいから都合がいいのよ。
 経営なさっているのはスポンサーのアデーレさん」捲し立てた彼女に、壮太は口から声を漏らした。
「……え?」

「スポンサーが居るのよ。『アデーレさん』。
 リュシアン様のお知り合いだと聞いたけど」