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水宝玉は深海へ溶ける

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水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

リアクション

 二階へ繋がる階段を駆け上がると、
そこで敵を待ち構えていた組織の隊士達の前で、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)は優美に頭を下げてみせた。
 その大胆不敵な様に隊士達はたじろいて、トリガーに指を掛けたまま、引けないでいる。
「手前、狐樹廊と申します。以後お見知りおきを」
 金の髪に金の瞳、輝くような容姿の彼は、地球の文化が入って此処へ来た事で生まれた若い地祇なのだという。
「先ほどの放送であなた達の目的を聞きました。
 大量破壊兵器を破壊する。
 一見いいことのように見えますが、自分達自身が兵器を手にしている事でそれは胡散臭いだけに成り下がってしまいます。
 今すぐその理念に従って自らの武器を破壊し退くならよし、
そうでないなら空京に火種を撒く者として容赦はしません」
「正論だ。
 だが『名前すら持た無い胡散臭さがうちの売り』らしいからな」
 彼らが敬畏する隊長殿から頂いた有り難いお言葉をそのまま口にした一人に、兵士達の間で笑いが起こった。
「その程度の説得に揺らぐよーじゃやってけねぇよ」
「俺等リュシアンさんの演説で耳が鍛えられてるからな」
 軽口を叩いている兵士らに、狐樹廊はふむと頷いて新たに提案する。
「そうですか。では……こうしましょう」
 『こうする』とは『どうする』事なのか、彼と契約したリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)にはそれが分かっている。
 分かっているからこそ、ため息も出た。
 と。その時。

 さっきまで笑っていたはずの兵士の一人が、いきなり前のめりに倒れ階段から転げ落ちて行く。
「……!?」
 残りの兵士達は泡を食って銃をそこかしこへ向けるが、誰も動いた様子は無い。
 だが『こうする』とは実力行使の事で、これは確かに、『狐樹廊がしたはず』なのだ。
「万が一生き延びたら、考え直すきっかけになるかも知れません」本人がそう言っているのだから。
「ッぁあ!」
 今度は叫び声だ。
 その場に膝をついたその兵士の腕から大量の血が溢れ出し、階段へ染みを作っていく。
「何があった!?」
「分からねぇ! 本当に分からねえんだよ!
 俺自身何言ってるんだか……兎に角突然腕が切れやがったんだ!」
 混乱する兵士らを前に、狐樹廊は口元隠した。
 微笑んでいるのか、そうでないのか。
今一真意の分からない彼だったが、リカインにのみは気づいている事が二つあった。
 一つは狐樹廊が使った攻撃の詳細。
 恐らく文字通りの目にも留まらぬ早さの攻撃であったり、フワラシを利用したかまいたちの攻撃だろう。
 それともう一つ。

「(困ったわね。息の根を止める気満々じゃない)」
 額に指を持って行ったリカインの袖を雅羅が引っ張っていた。
「あのねリカイン……彼らも一応普段は普通の学生、でもあるわ。
 つまり殺したらまずいのよ」
「私に言われてもね。彼に直接言ったらどう? 雅羅くん」
「――正直怖いわあの子。何か言ったらこっちが殺られそうな勢いよ」
 素直過ぎる意見を受けて、リカインは苦笑する。
「それはそうと、私としてはジゼル君が心配だわ。
 まあ……結果的に探索の助けになればいいんだと割り切って、ここは任せて貰えるかな」
 雅羅は前を見た。確かに今なら兵士達が混乱しているお陰で、上へ昇る隙間と廊下へ曲がる角がガラ空きだ。
 どうやら彼らは指揮官不在だと無能揃いのポンコツ部隊らしい。
 なら何故そんな連中を此処に置いておいたのか分からないが。
「こっちの兵力を分散させる気かも。でもその方が都合もいいかもよ」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が頷く小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の意見を背中に、
雅羅は視線を流し彼女の後ろのポチの助を見る。
「ご主人様、まだテレパシーは繋がらないです」
「まどろっこしいでございやがりますねぇ。走った方が効率が上がりそうです!」
 悪態をつくジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)に、雅羅は頷いて前を向いたまま仲間達へ指示を送る。
「それがあっちの望み通りだとしても分散してやりましょう。
 チームは予定通り。私達はそのまま上に上がるから」
「こちらは廊下から回る」林田 樹(はやしだ・いつき)はパートナーの新谷 衛(しんたに・まもる)と予定されていたチームの仲間達へ頷いてみせる。
「じゃあ行くわよ。
 あ。あのねリカイン、これは非公式な作戦よ。だから――」
「善処させる」


 雅羅が顔の横で手を前に振ったのを見て、契約者達は動き出す。
 その中で藤林 エリス(ふじばやし・えりす)とそのパートナーマルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)だけは動き出さずにいた。

 エリスはポケットから愛と夢のコンパクト取り出し、慣れた手つきでプッシュしてそれを開く。
 虹色の光が弾けると、17歳くらいに見えるエリスの容姿がみるみるうちに小さくなり、少女のそれになった。
「何をしてるの?」
「隊長って人を止めに行くのよ。
相手も根っからの悪人じゃなさそうだし、こうやって小さい女の子に変身してれば近付き易いでしょ?
 これで説得するの」
「止めはしないわよ。
 ただ……今迄にも何度か相手にした事はあるけど、
この手の理屈を掲げるテロリストの言い分が『まとも』だった試しはない。
 成功には余り期待しないで、こちらはこちらで動かせて貰うけど。

 いいかな?」
「ええ」
 自信ありげな眼光を向けるエリスにリカインも視線で挨拶して、兵士達へ向き直る。
 すると彼女の髪がにわかに動き出した。
 それはまるで別の生き物が其処に居る様な動きで……というか本当に別の生き物だったのだ。

 シーサイド ムーン(しーさいど・むーん)
 空を漂う黄金の海月型をしたギフトが、リカインの頭に忍んでいたのである。
 立ち上がり歩き出したリカイン――の上のシーサイド ムーンは、
流れ弾をどこにあるかすら分からない目に入った義眼から放った体液で退る。
「何だよあの女……丸腰なのに弾が弾かれたぞ!?」頬迄鳥肌をたてている兵士を前に、リカインは思う。

「(今の私の姿、少々化け物地味てる気がするわね。明らかに相手が萎縮してるし。
 でも恐怖の本番はこれからかもしれないわね)」
「う、うわあああああ死にたくねえええ!!」
 銃剣を構えた兵士が、リカインに向かって突撃してくる。
 シーサイドムーンは触手が伸ばすと、あたかもリカインの髪が伸び、銃剣を自動小銃からもぎ取ったように見えた。
シーサイドムーンは銃剣放り投げると、今度はその兵士の腕を掴んで雷を感電させる。
 ガクガクと揺れて倒れた仲間に、ますます場は混乱し始めた。
「化け物だぁ!!」
 女の様な裏返った声を上げる兵士に向かって、シーサイド ムーンはテレパシーで頭の中へ直接呼びかけるのだ。

『僕たちはいちゃいけないの?』
『いけないの?』『いけないの?』『いけないの』『いけないの?』『いけないの?』『いけないの!?』

 兵器の亡霊を装ったその声は絡み付くように恐ろしく、兵士達はそれからなんとかして逃れようと右往左往逃げ回る。
 狐樹廊の巻き起こした焔は上の階まで届いていく。それは兵士達の目からは地獄絵図に見えていた。