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水宝玉は深海へ溶ける

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水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

リアクション

『回避してダメージ0よりも直撃してダメージ1!』が目標の男蔵部 食人(くらべ・はみと)は、
その身に魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)を纏いながらその目標を字のまま表すが如く、堂々と戦場を走っていた。
 彼が丁度曲がり角に差し掛かったときだ。

「おっと」
 暗くなった視界と同時に目の前で男にしては高めの――つまり少年の声が発せられた。
 これはあの放送の声だ、と食人は確信する。
 薄暗い照明の中、丁度同じ位の身長だった顔を真っ直ぐ見ると、少年は敵同士だというのに小さく「失礼」と口にした。
「君、副隊長の……」
 食人が言い淀んでいると、リュシアンは頷く代わりにただ微笑んだ。
 艶っぽいとしか表現出来ないその微笑みは、女性とも男性とも付かない成長期の人間のみの持つ中性的なもので、
白過ぎる顔も相まって何処か病的に――ぞっとする程美しかった。
 芸術品のような顔に、目に射抜かれて、食人は魔鎧の中に鳥肌を隠しながら必死に言葉を紡ぐ。

「あの、さ……さっきの放送の事だけど……少し、話を聞いてくれないか?」
「……そうですね。
 一人だけ聞いておいて、貴方の言葉を無視するのは不公平ですから、構いませんよ。
 それにさっきは僕のパートナーが随分な無礼をしたみたいですから、少し平和的に……」
 心にも無い事を言いながら両腕を胸の上で組み、完全に脱力している様子のリュシアンに、
食人は軽く深呼吸して話し始めた。

「俺はこれまでジゼルさんに関わって何回も生死の境を彷徨った。
 中にはジゼルさん自身の手で殺されかけた事もあった。
 彼女の生まれながらに持ち合わせた『兵器』は俺みたいなのに対して非常に危険な事も承知の上でだ。
 だけど俺は何も後悔はしていない。
 彼女は他人を思いやる心を持っているのを知っているからだ。
 俺は、ジゼル・パルテノペーという優しい友達と出逢えた事を誇りに思っている」
 食人の言葉に、目の前の少年は意外なものを見た様な顔でこちらを見ている。
 食人が口を結んだまま相手を待っていると、リュシアンは小さく呟いた。
「大切なんですね」
「ああ、大事な友達だ」
「好い事です。分かりますよ、僕にも大切にしたいものがありますから。
 でもね……たまに思うんです。誰かに奪われる位ならいっそ壊してしまいたいって」
「は?」
「だから僕にとってあの女の存在は『不都合』なんです」
 言葉??話しの途中だった。何時、リュシアンの腕が動いたのか分からない。
何時、銃がホルスターから消えたのかも分からない。

 ただ食人の肩が撃抜かれていた。

「そしてその女を守ろうとする貴方達もまた、『不都合』な存在なんです」
 次の狙いは頭に向いていた。シャインヴェイダーの咆哮の衝撃に一度は距離をものの、
リュシアンが手にしている9ミリ拳銃の装填数は多くて15発程。
換言すれば恐らくだがこれから10以上の弾がこちらを狙ってくる事になる。
「ダーリン!」「ああ!」
 シャインヴェイダーの声が響く。その力のお陰で、今撃たれたばかりの回復してきている。
 食人は叫んだ。

「――お前達が彼女を光りの届かぬ深海に引き摺り込もうというのなら、

 俺が、シャインヴェイダーが、彼女を蒼空の下へ連れ戻す!」

 食人は望んだ。「(『倒す』ためじゃなく、『護る』ための力を!)」
 強固な精神力でその身を守りながら、食人は躊躇もせずに正面へ槍で突っ込んで行く。
 相手の身体へ辿り着く瞬間、手にしていた槍が太陽の光りのように強い輝きで瞬き、
食人の敵は後ろに器用に縦に回転しながら飛び退いていた。
 地面に足が付くのと同時に、そして受け身の姿勢を取るより早く、
リュシアンは左手でグリップの下方を支え右の指でトリガーを引く。
 数にして三発。
 頭、腕、足を正確に狙った弾は瞬間的に肥大化した魔力で形成された盾が弾いてくれた。
跳弾を避ける為後ろに走り出したリュシアンに向かって、食人は叫んだ。
「不都合って……何でそんなに彼女を憎んでるんだ!?」
「さあ、人間的には何の興味もありませんけど。
 一つ上げるとすればあの容姿――でしょうか」
「容姿?」
 リュシアンの言葉に、食人は戦いの途中だと言うのに無意識の内にジゼルの姿を頭に思い浮かべていた。
 声と姿で人を惑わす為に作為的に『作られた』セイレーンであるジゼルの容姿は当たり前に完璧に整っている。
 シルクのように滑らかに波打つ金の髪。藍緑色の瞳は涙に濡れたように輝いて、
それなのに珊瑚色の唇はいつも楽しそうに微笑みを浮かべている。
 触れれば折れそうな細い肩と、反して妙に女性らしく柔らかな肌。
 そういえば彼女と同じく蒼空学園に通う食人だったので、彼女の制服姿も何度か目にしていた。
 常にアクアマリンの欠片をチョーカーにし首から下げているジゼルには、学園指定のブラウスは少々息苦しいらしく、
何時もボタンを三つも開けてしまっている所為で胸元が無防備だ。
 あのネクタイが無ければ本当に、色んな意味でギリギリなのに、耀助のナンパメモによるとあの辺りは未だ成長中だという。

「(……あのまま成長したら一体どうなってしまうんだッ!!)」
「ダーリンどうしたの!?」
 飛び退いたリュシアンへ間合いを詰めるはずが、
相手の真横を風のように駆け抜けて行く自らの装着者に、シャインヴェイダーは困惑の声で食人を呼びかける。
 食人の意識は完全に向こう側へ行っていた。

 そういえば食人はあの胸にホールドされた事があった。その時感じた感覚。甘い香り。
 それはふんわりしたそれはマシュマロよりも柔らかで――
「(それでいて真っ白で……ってあれ、俺何でこんな思い出せるんだ?
 あ。
 そういえば水泳教室で飛び込み台から落ちて溺れかけた彼女を助けようとして

 ……そしてずれた水着の所為で……)」
 あの時のジゼルの姿――紅潮した頬、不安に震える唇からは吐息が漏れ、
浮き輪に必死にしがみ付いた所為だろうか、セパレートの水着が隠していたその胸元は――
 
「あれは、まさしく兵器!!!」
「はい?」「ダーリン!!」

「あ、やべ」

 完全完璧混じりっけ無しに、素だった。
 命のやり取りを忘れていた食人の鼻から、命の源の赤い液体がドクドクと溢れて行く。
「ダーリン!? ダーリンどうしたの!? ダーリーーーーーン!!」
 出血は止まらない。シャインヴェイダーの声は食人に届いているのだろうか。
 食人は靄の掛かった視界の中で振り返ると、リュシアンの銃口がこちらを向いていのに気づいた。

 だがその頭同様、それは最早医者にすら手の施しようが無かったのだ。