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あの時の選択をもう一度

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あの時の選択をもう一度
あの時の選択をもう一度 あの時の選択をもう一度

リアクション

 安全な場所。

 万が一の事を考え、周囲にはダリル設計の小型精神結界発生装置やノーンの対呪いのための『結界』と対魔法のための『魔除けのルーン』で安全に治療できる体勢を整えていた。

「これで大丈夫だね、舞花ちゃん!」
 ノーンは救助活動が迅速に行われている事を確認しながら光学モザイクで身を隠している舞花に言った。この間もノーンは『ディテクトエビル』で周囲の警戒は怠らない。
「そうですね。しかし、犯人は何を求めているのでしょうか。もしかしたら“本来と異なる選択の結果をシミュレートする”技術が必要で、実験を無造作に行ったのでしょうか。それともただの気まぐれで」
 舞花は被害者が別世界に囚われている事を知るなり、そこに何があるのかを考え始める。
「実験だったらここに来るかな?」
「来るかもしれませんね。結果確認が必要になるでしょうから。ただ……」
 問いかけるノーンに舞花は変わらぬ返事をしようとしたが、
「来ない可能性が高いんだよね?」
 ノーンが先回りして答えた。
「はい。念のため嘘情報を流して張り込みをして様子を見ようとは思いますが、相手は簡単に振り回されないので」
 舞花はエリザベートに提言した後、すぐに『根回し』で“イルミンスールが何か凄い技術を確立したらしい”と言う偽情報を外部に流していたのだ。犯人が引っかかればいいと。
「空振りの方がいいよ。だってみんなを危ない目に遭わしたくないもん」
「私もそう思います」
 ノーンの正直な言葉に舞花もうなずいた。犯人捕獲も大事だがそれよりも大事なのは被害者を救う事なのだ。それに捕縛出来なくても情報収集組がいる。次のための対策は立てられるはずだ。
「事件が解決したら誰かに聞いてみたいな、どんな別世界に行ったのか」
 ノーンはにこにこと無邪気さを発揮した。大変な時だからこそ明るさが必要だ。暗くなっては救えるものも救えないから。
「そうですね。これが終わったら聞いてみましょう」
「うん! そのために頑張らないとね」
 舞花とノーンは改めて張り込みを続ける事に。
 張り込みの結果は空振りではあったが、無事に被害者救済の手伝いが出来て舞花達はほっと胸を撫で下ろした。舞花は流した嘘情報を否定する情報を流し事を収めるも魔術師の最期とは思えない様子に少し嫌な感じを持っていた。
 ノーンは舞花と一緒に回復した人のお見舞いに飛び回った。

 安全な場所。

 ルカルカは協力者達と一緒に自分が調達した布を地面にばっと二重に広げてその上に運び込まれた患者を次々と寝かし、タオルケットや毛布を掛けるついでに身体をくすぐったり揺すったり頬を軽く叩いたりしていく。
 そして、
「キスミ、大丈夫?」
 ルカルカは双子の所に来ていた。キスミに声をかけてからヒスミに毛布を掛ける。
「あぁ」
 キスミはルカルカに振り向く事無くヒスミの顔を見つめたまま力なく答えた。いつもの元気さがすっかり影を潜めている。
 そこに患者を運び終えたダリルが駆けつけ、ヒスミの状態を確認する。ダリルは医師でもあるのだ。
「……随分進行しているな」
 淡々と確認結果を口にするダリル。
「おい、ヒスミが助からないって言うのかよ!」
 キスミは不安と怒りに満ちた声でダリルに詰め寄った。ダリルは“助からない”とは言っていないのに動転しているキスミにはそこまで考えが及ばないでいた。
「ちょっと、ダリル、深刻な事をサラリと言わないでよ。キスミ、大丈夫だから、ヒスミは絶対に助けるから」
 ルカルカは急いで二人の間に入り、キスミを落ち着かせようと急いで宥める。
「……本当に助けてくれるのか? 声をかけても目を覚まさないし、ただ町に買い物に来ただけなのに、何でヒスミがこんな目に遭うんだよ!!」
 キスミは片割れを失うかもしれない恐怖と理不尽な目に遭った事に沈痛な顔をする。

 そんなキスミに答えたのは
「そんな顔をするなよ」
 シリウスだった。
「そうですわ。わたくし達が必ず助けますわ。キスミさんの気持ち……痛いほどわかりますもの。わたくしもそういう人がいますから……」
 リーブラは柔和な笑みをキスミに向けつつ横目でシリウスを見ていた。姉妹のように共に暮らすシリウスがヒスミと同じような目に遭えば、自分もきっとキスミと同じように心配するはずだから。
「……頼むよ。こいつがいなくなったら」
 キスミは片割れの顔をちらりと見た後、すがるようにシリウス達に言った。
「心配するな」
 シリウスは力強く言うも実は魔法理論や呪いは専門外、自分の魔法も理屈は分からないが使い方は知っているという状態だったりするがそんなキスミを不安にさせるような事は一切言うつもりはないし顔にも出さない。
「……少しでも意識を取り戻して貰うために試したい事があります」
 リーブラは少しでもヒスミが話す事が出来ればと『献身』を使い、ヒスミが受けている進行形と思われる呪いか魔法を自分に受け流そうとする。
 『献身』を使うとリーブラの身体がゆらりと傾く。
「リーブラ!」
 シリウスは慌てて傾くリーブラの身体を受け止めた。
 そして、数度呼びかけた後、
「……大丈夫ですわ」
 リーブラはゆっくりと自分の足で立ち、昏睡状態のヒスミの方に顔を向けた。
「そうか。ヒスミには何も変化が無いな」
 シリウスも確認。リーブラの作戦は失敗したが、得るものはあった。
「わたくしの方へ受け流したはずなのですが」
 リーブラは答える。確かに手応えはあったはずが、今は感じられない。受け流してすぐにヒスミの方に戻ってしまったのだろうか。
「……とりあえず、あいつが厄介な相手だと再確認出来ただけ収穫だ」
 シリウスはリーブラの無事に胸を撫で下ろした。魔術師がかなりの相手だと分かっただけでも収穫である。
「……ヒスミ」
 キスミは何の異変も見せないヒスミを見ている。
「キスミ、お前はヒスミに呼びかけ続けろ。こっちに戻ってこいって。思い出話でも何でもいい。とにかく呼びかけるんだよ! 重病人によく言うだろ。あれと同じ気持ちだ!」
 シリウスは効果があればと『ナーシング』を試し続け、キスミを奮い立たせる。
「……あぁ」
 キスミはぼんやりとうなずく。リーブラが失敗した事がかなりのダメージとなっているようだった。
「ルカも手伝うよ!」
 ルカルカも何とかしようと加わる。
 そこにわたぼちゃんが登場。
「ピキュピッ!(ヒスミお兄ちゃん!)」
 わたぼちゃんはぴょんと跳ねてヒスミのお腹の上に載った。
「ピキュキュ、キュピピィ(わたぼだよ、もふもふのロボットだよ)」
 わたぼちゃんは必死にぴきゅう語で話しかける。
「……お前は」
 キスミはわたぼちゃんの登場に驚いた。
 わたぼちゃんが登場すると次に現れるのは
「双子ちゃん……じゃなくてキスミちゃん、我達も一緒にいていいかな?」
 孝高を連れた薫だ。
「……!!」
 キスミは薫達の登場に固まった。特に孝高を見るなり。これまで何度も悪戯の制裁で怖い熊さんに痛い目に遭わされたのでこういう状況でも怯える事は忘れない。
「何も怖くないのだ。今回ばかりは大変そうだから我達も変なことはしないから一緒にヒスミちゃんを助けよう? ね?」
 薫は穏やかに言う。
「……本当に手伝ってくれるんだよな……どんどん冷たくなっていくし」
 キスミの目に疑いと不安がちらちらと揺れる。なぜなら今まで薫の誘いで巨熊の餌食になった事が何度かあったので。
「ピキュッピ、ピキュピピ!(キスミお兄ちゃん、大丈夫だよ!)」
 わたぼちゃんはくるりとキスミの方に向き直り、ぴょこんと飛び跳ねた。
「……わたぼちゃん、キスミちゃんに大丈夫だよって励ましてるのだ」
 ぴきゅう語が分からないキスミのために薫が通訳してわたぼちゃんの気持ちを伝えた。
「……あぁ、ありがとうな」
 キスミはわたぼちゃんに礼を言っていつの間にか薫達の協力を受け入れていた。こういう状況でなければもふもふしていただろう。妖怪の山の花見キャンプで初めて出会い、本物としか思えないこのもふもふロボットに興味津々中なので。
「……双子の片割れが一大事になるとこうも慌てるんだな」
 静かに成り行きを見ていた孝高はキスミのあまりの慌てように哀れに思い、助けてやろうと決めていた。
「身体が冷たいのだ。もう一枚あったかい毛布をかけてあげるのだ。わたぼちゃん、お願い」
 薫はヒスミの身体が更に冷たくなっている事に気付き、わたぼちゃんにお願いした。
「ピキュ! キュピピ、ピキュウ(分かったのだ! わたげうさぎさんたち、ヒスミお兄ちゃんにくっついてあげて)」
 わたぼちゃんは『サイコキネシス』で毛布をかけ、連れて来たたくさんのわたげうさぎ達にヒスミに寄り添い温めて貰う。
「さっさと、起きろ。これ以上、キスミやみんなに心配させるなよ」
 孝高も全力で呼びかける。
「ヒスミ! 早く起きろよ! お前がいないとつまんねぇんだよ!」
 キスミの必死に呼びかける声には少し涙が混じっていた。
「このままだと大好きな悪戯も出来ないよ。早く帰っておいでよ! 夢札の事覚えてる? あの時のスイーツ天国すごく楽しかったんだよ。また連れてって! ヒスミ起きてスイーツ食べようよ……あ、鞄の中に確か」
 ルカルカは双子から渡された夢札で見た素敵な初夢の事を話した時、鞄の中にチョコバーが入っている事を思い出し、すぐに取り出した。
「ほら、チョコだよ! ヒスミも何か作ったでしょ。迷惑効果はともかく味は評判が良かった幻覚茶」
 ルカルカはチョコバーをヒスミの鼻先に近付けながらヴァイシャリーでの親睦会の事を語った。