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 翌朝のこと。
 日の出を迎えたアトラスの傷痕のふもとは、湧き出す温泉の影響もあってか霧に包まれていた。
「ドジックさーんっ」
 眠い目を擦る彼の下へ駆けつけたのは、カル・カルカーだった。
「何か出たのか」
「機晶姫です」
「またか」
「え?」
「ああいや、都合3体目って事だ」
 おもむろに伸びをしたドジックから、大きな欠伸が出た。
「お疲れのようですね」
「寝付けなくてな。それより案内してくれ、キャセルも連れて行くぞ」
「こっちですっ」
 カルに導かれたのはキャセルが見つかった場所とは異なり、より火山に近い区画だった。
 掘り出された機晶姫は初老の男性執事と言った風体で、彼女の時と同じく眠っているかのようである。
「状況はどうなっている?」
「外骨格に歪みは生じていないが、内部にダメージを受けているようだ。俺の持つこの拳銃には機晶兵器が内蔵されているのだが、素体に組み込まれている機晶石と呼応する気配がない」
 ドジックの問いに応えたのはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だった。
「壊れていると言うことか?」
「調べてみる価値はあるだろう。預けてもらえないか」
「ふむ、そうだなあ」
 考え込むドジックをよそに、キャセルは初老の男性執事風の機晶姫の下へ膝を付いた。
「確かに。アタイの機晶石ともシンクロしないね。ヅェオールめ、日頃の悪行が祟ったかザマーミロっ」
「ちょっとちょっと、落ち着いてよ。いったいどういう事なの? あなたの知り合い?」
 ケケケッと、不敵な笑みを浮かべてダブル・ピースをキメているキャセルをなだめたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)(愛称:ルカ)だ。
「知り合いも何も、ヅェオール・万能型(づぇおーる・ばんのうがた)は、メイド長のような者よ。すっごいSなの。ドS。(読み:きわみ−)極Sなんだからっ」
 ルカにとって、キャセルの気質をおもんばかると、メイド長であるその老機晶姫の苦労を容易に察することができた。
 老機晶姫の容貌は深いシワが目立っており、如何にも頑なで融通が利かず、近寄りがたい雰囲気がある。
 体高はおよそ165センチ。真っ白な髪はオールバックにまとめられていて、執事らしくブラックのスーツに身を包んでいる。
 キャセルと同様に姓はなく、ヅェオールと呼ばれているに違いない。
「このまま寝かせておいた方が静かでいいんだけどなあ」
 マジマジとキャセルを眺めていたドジックは、決断する。
「わかった、ヅェオールを復活させてくれ。色々と話が聞けそうだ」
「では、遠慮なく。ルカ、トラックに運ぼう」
「うんっ」
 緩衝材と保護格子で守られたヅェオールは、ルカとダリルが乗り付けたトラックの荷室へと運ばれた。



▼△▼△▼△▼


 トラックの荷室は、機晶兵器のメンテナンスを行える救急処置室になっていた。
 移送用の簡易ベッドに寝かされたヅェオールの外骨格はすべてパージされ、様々なセンサーが内部機構へ直結されている。
 ダリルの肩幅を残した他のスペースは、一面が機材で埋め尽くされている状態だった。ディスプレイはすべてが眼前に表示されるHUD式だ。
「メモリー・デバイスに異常を認めず。蓄積されたデータや学習内容に破綻をきたしている部分はなく健常、と。過負荷によって歪められたネットワークも、全く見受けられない。トラウマを抱えてないのは良いことだ。運動系の減耗率は31パーセント。オーバーホールが必要になるのは、随分と先の話だ。年を取っているのは外見だけと言うことだな。毒物や未知の病原体なども検出されず。彼を稼働状態へ戻すためには、機晶石からエネルギーを取り出すための器――クレイドル――を交換しなければならない」
 ヅェオールのクレイドルは損傷を受けた時にエネルギーがバーストし、粉々になっていたのだ。
「この殿方に合ったクレイドルって、どこかで手に入るの?」
 ルカの質問に、ダリルは顔を横に振った。
「むずかしいな」
「ちょちょいのちょーいって、やってみたらダメかなあ?」
「飛行機晶兵の小さなクレイドルをかき集めて、機晶石を保持する。それぞれのクレイドルをつなぎ合わせて、エネルギーを中継させる……か」
 ダリルの表情は、いまいち冴えない様子だ。
「確率はゼロなの?」
「いや。だがお互いに、それ相応のリスクを背負わなければならない。元の出力を100として考えると、待機させてある小型機晶兵6体をすべて充当するとして、クレイドル1枚あたり6〜8が限度。上手くやっても供給できるエネルギーは40前後という線だな。恐らくはもう、激しい動きはできなくなるだろう」
「それでも、メイド長を務められるようになった方が幸せだって、ルカは思うよっ」
「ああ、違いないっ。それなら大義名分が立つな」

 ――数刻の後。
 車イスに腰をかけたヅェオールが、皆の前に姿を現わしたのである。



▼△▼△▼△▼


「どうも、お久しぶりでございます。キャセルさん」
「ヅェオールっ、いっ……生きていたのかっ」
「あなた様も、相変わらずでございますね。ところでキャセルさん。わたくしの片眼鏡をご存じありませんか」
「いえええ、ちょちょっと、見かけませんでしたけど」
「左様でございますか。あれがないと、どうも落ち着かなくて。困りましたなあ。ところであれから、どれほど経ちましたか。確か、かれこれ7年ですか」
「たた確か、そそのぐらいだと思いますがっ……」
「お屋敷の姿は、影も形も残っていませんねえ。今やすべてが、地中に没したまま。この有様でございますか」
「はいその通りです。ヅェオールの仰るとおりです」
 泡を食って動揺を隠しきれないキャセルを落ち着かせた騎沙羅 詩穂は、ドリル・ホールが掘り当てたという片眼鏡をヅェオールに差しだした。
「かたじけないお嬢さん」
「どういたしましてっ」
 ヅェオールと対面したドジックは、これまでの経緯をすべて説明した。
 すると彼は、グレドール家にまつわる話を語りはじめたのである。
「はてさて、どこから話せばよろしいか」
「この場所に建っていた屋敷について、教えて欲しい」
「承知いたしました。ここには奥方さまであるソリオン・グレドール様が営んでおられました、ドラゴンの生態を明かすための研究施設がございました。7年前、アトラスの傷痕に棲むドラゴンの間で奇病が蔓延した時のことです。奥方さまが作り出した治療薬が功を奏して、彼らは助かりました。しかし奥方さまも、その病に冒されてしまったのでございます。旦那さまとお嬢さまをヴァイシャリーへ移された後、奥方さまは自らを治療する薬を開発してお飲みになられました。しかし既に体力の衰えは著しく、治療薬の効果が充分であったかを判断することは難しくなっていたのです。そして最後に、仕えの身であるわたくしたちにソリオンさまは命じました。屋敷の裏手に連なるアトラスの傷痕を爆破し、屋敷諸共、自らを葬って欲しいと、仰せになったのでございます」
「それでお前さんとキャセルも、ここでソリオンと一緒に眠っていた、というワケか」
「その通りでございます」
「なるほどな。これで俺たちの相手にしているモノが、ハッキリとしたワケか」
 彼の頭の中では、明日からの作業方針が固まりつつあった。