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蒼空学園の長くて短い一日

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蒼空学園の長くて短い一日
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リアクション

 これは嵐が去った後の話。
 花壇の前に白く輝くメタルボディを錆び付かせたコア・ハーティオンと雷に打たれ黒こげになったドラゴンランダーが倒れていた。
 ビシャーンと雷に打たれて、雨に降られてこうなったのだろう。バカな上、所詮鉄だったのだ。
 言わんこっちゃない。
 
 そして彼らが護った花壇には、某映画で有名なポーズよろしく、花壇に上半身を突き刺し両足だけ外に覗かせた男が突き刺さっていた。
 半分覗いている白衣に、地面に落ちた割れた眼鏡。
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)だった。

 何故こうなってしまったのか。事件は一時間前に遡る。



「フハハハ!我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
 ククク、どうやら我が発明『気象操作装置』の実験は大成功なようだな!
 フハハハ……ハックション!」
 鈿女の予想通り、この天気の所為でバカの――ハデスのテンションメーターは振り切っていた。
 給水塔の上に昇り、白衣をはためかせながら高笑いしている彼は『気象操作装置』が完成したという妄想の下、元気一杯ふんぞり返っている。
 因に、体力へろへろの彼が何故この暴風の中立っていられるのかは、ギャグ補正ということにしておいて下さい。
「兄さんっ!
 そんな所に登ってないで、大人しく降りて来て下さいっ!
 地球で待ってる母さんと行方不明の父さんも泣いてますよ!」
 まるで立て篭る犯人の心に訴えかけるドラマの刑事のような台詞を言いながら、ハデスの妹高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)はツッコミ用のスリッパを片手に、もう片手で制服のプリーツを抑えながら給水塔へと近付いて行く。
 因に今回彼女にギャグ補正は効いていない為、吹き付ける風に抗っているものの、全く先に進めないまま、たまに愛らしいおパンティが覗くのだった。



 同じ頃、
 及川 翠(おいかわ・みどり)のパートナー、
 ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)そしてノルン・タカマガハラ(のるん・たかまがはら)の三人は蒼空学園の校舎を彷徨っていた。
 今日の彼女達――、否、ノルンの目的は球技大会や特別抗議では無い。
 彼女の異母兄姉がこの蒼空学園に所属している、との情報を何処からか聞きつけて来たからだ。
「わたくしのお兄様とお姉さまが、ここにいらっしゃるのですね……
 どんなお方なのでしょうか?」
 緊張と期待に頬を赤らめている彼女はしかし、胸のうちに不安も抱えていた。
 その不安を作り出したのは、彼女が昔見つけてしまったあるノートが原因であった。

『秘密結社・ラグナロク』

 もうその名前自体でお察し頂ける感じのタイトルが書かれたそのノートには、パラミタで活動した彼女の父『高天原出雲』の手によって細かい文字でびっしりと、目も当てられない程痛々しい妄想が書き連ねられていた。
 所謂黒歴史ノートと俗にいわれるそれは、
 『曰く自分には超自然的な力が有り、それを普段の生活では隠しているが、とある組織はそれを感知しその存在を狙ってどーたらこーたらもう説明するのも面倒臭い感じの妄想など』をわざわざノートに残してしまったというアレだ。
 秘密結社なのにノートに残したら秘密でも何でもないじゃないか、とか突っ込んではいけない。そもそもがそもそもなのだから。
 ついでなので内容もバーンとここに抜粋公開してしまおう。

三ヶ月にも及ぶ壮大な研究の結果、やはり光の世界が存在するのは間違いないようである。

 その光の世界とやら、我が悪の秘密結社・ラグナロクによって征服してくれよう!
 そして、光の世界改め闇の世界は我が物となるのだ!

 フハハハハ!
 カイザー・ロキ(高天原 出雲)、暗黒騎士・ダークフェンリル(フェン・タカマガハラ)


 読んで即閉じて、即記憶の彼方へ飛ばしたノルンは思った。
 こんなノートを残す父親とそれについて行った兄。
「高天原家の男は所詮、こんな厨二秒を抱えたロクデナシ」なんだとそう思った。
 だから、蒼空学園に居るという異母兄も期待はしていない。
 姉の方はどうか分からないが。
 少なくとも兄は……やはり……
「でも……もしかしてということもありますわ」
 淡い、淡い期待を胸に、校舎を歩いていると、ミリアが突然足を止めたのだ。
「……あらっ? 今の、何かしら…?」
「……ふぇっ?
 ミリアさんー、どうかしましたかぁー?」
 ぽややんとした口調でそう聞くスノゥに、ミリアは首を傾げたまま答える。
「何か、変な電波みたいの受信しちゃったみたいだけど……」
「も、もしかしてそれは……お兄様!?」
 ノルンは走り出していた。



 もう一つの同じ頃の話。
「あんのマッドサイエンティストめ、また訳の分かんねぇ実験しやがったな!」
 廊下を歩く柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は悪態をついていた。
 彼の後ろをついて歩くのは高天原 那美(たかまがはら・なみ)と名乗る少女だ。

 ある日、行き倒れが居た。
 これで割と心根の優しい所がある恭也は、彼女を拾った。
 恭也の介抱で意識がはっきりしてきた彼女は、恭也に言ったのだ。
「兄上!!」
 誰がやねん。恭也は思いながらも、勢いに負けて事情を聞いてみる事にした。
 すると何となくあらましが分かってきた。

 大体ハデスの所為。

 というあらましが。どうやら彼女は未来人であり、親戚の未来のハデスの実験に巻き込まれて、この世界――つまり過去に飛ばされてしまったようなのだ。
 そうして恭也は、この怪しい少女那美を、ハデスに事実を確認する為に学園を歩いていたのだ。
 今も学園内を物珍しそうに歩いている那美は捲し立てている。
「おー、ここにハデス殿がいるで御座るか!
 会うのは5日ぶりで御座るなー。
 事故で過去に飛ばされ、金子も一切持って無かった故空腹で倒れ、もう駄目だと思っていたで御座るが、まさか再び会う事が出来るとは。
 これも全て兄上のおかげで御座るな!」
 カラッカラの太陽のように明るい笑顔を向けられて、恭也はげんなりした。
 もう兄上兄上と何度呼ばれただろう。勘弁して欲しい。
「あちらでは実の妹ように可愛がって貰ったで御座るが、やはりこちらの兄上も優しいので安心したで御座るよ。
 ハデス殿達とのご対面、楽しみで御座るなー!」
 笑顔を絶やさない那美の横で、恭也は拳を握っていた。
「(ハデスの奴、一体何やらかしやがった!?
 こんな一人称が拙者、語尾に御座るを付けるような奴と一回でも会ったら忘れねぇよ!)

 野郎、とっ捕まえて全部吐かせてやる!」

* * *

「おいハデス!いるんだろ!」
 勢いよく扉を開けて現れた恭也と那美。
「ここに、お兄様が……?」
 と、おずおず入って来たノルンとスノゥとミリア。
 そして給水塔でポーズを決めるハデスと咲耶。
 こうして、登場人物は一堂に会することになったのだ。

「こいつテメェの関係者だろ!? 何で俺を兄呼ばわりしてんだゴラァ!」
「おおっ、お久しぶりで御座るハデス殿! 相変わらずで御座るな!」
 まずほぼ同時に、叫んだのは恭也と那美だ。
「……ハデス?
 お兄様のお名前は確か御雷とおっしゃるのではないんですの……?」
 そもそも何故この天気の中外に、更に給水塔の上に立っているのか。(*バカだからです)
 不安そうにするノルンに、上から声が飛んで来る。
「む?
 どうやら、この俺の天才的な発明品の実験成功を妬んで、妨害に来たものがいるようだな!

 いいだろう、相手をしてやろう!!」
 バッと効果音を纏いながらハデスが腕を前へ突き出し飛び降りると白衣が翻った。
(飛び降りて無事だったのは相変わらずのギャグ補正が効いているからであった)
 すると本当にハデスの後ろにハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)が現れたのだ。

 今回の発明品は、ハデスが妄想でその効果があると信じている『気象操作装置』である。
 ハデスは屋上に設置したこの装置によって、学園一帯の気象をコントロールし、雷雲を呼び出す実験をしていたのだ。
 因に空がこんなに荒れ模様なのは、この発明品とは全く関係無いという事を、ここに追記しておく。

 『気象操作装置』。
 しかしこのロボット、実際は作った本人も分かっていないのだが『機晶操作装置』なのだ。
 謎の毒電波を発することで、相手を混乱に陥れる『ような気がする』、
 主に機晶姫にのみ効果が『ある気がする』電波を放つ、といった効果があったらしく、機晶姫のミリアはその影響をモロに受けていたのであった。

コレヨリ、キショウノ制御ヲオコナイマス

 装置から見えない電波が発せられる。
「何……この音!!」
 そう言って耳を塞いだミリアだったが、彼女以外の人間は影響を受けず、ミリアの言う『音』も感知できない。
「ミリアさんー? 大丈夫ですかぁー?」
「大丈夫よ、きっとあの装置が原因だわ!」
「そうなんですかぁー。
 じゃあ壊しちゃった方がいいんでしょうかー?」
 スノゥがぽややんと言うが早いか、ミリアは駆け出していた。
「はあああッ!!」
 気合い咆哮と共に、ミリアの手から魔法が放つ必殺の術渾爆魔波が放たれた。
 ハデスが慌てて装置へ駆け寄ろうとするが、ミリアはそのハデスに向かって風術を喰らわせる。
 ギャグ補正が効いていた筈のハデスの身体が、空に舞った。

「ぐぎゃ!」
 カエルのように地面に叩き付けられ潰れたハデスが頭を振りながら半身を起こす。
 と、ハデスの前に咲耶が立っていた。
 笑顔だ。
 笑顔なんだが、額に青筋が浮いていた。
「……にーいーさーん?
 この娘たちと兄さんは、一体、どんなご関係ですか?
「知らんな。今初めて会ったぞ」
 事実だったのだが、これが咲那の感情を煽る結果となってしまった。
 姉、鈿女が『暇人』と評価するこのハデスの妹は、簡単に言ってしまうと
 『重度のブラコン』
 という奴だったのだ。
「嘘! 嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘兄さんの嘘つきー!!!!」
 咲耶の怒り任せの力は、普段セーブしている分すら軽く飛び越えて解放される。
 1、斯くしてハデスは再び空を舞い、
 2、スノゥの召還した巨大な鷲フレースヴェルグに一旦命を救われたものの、
 3、勢いがつきすぎたのかバウンドし、
 4、花壇に突き刺さったのだ。
 5、しかし一命は何とか取り留めた。白衣が無ければ危なかった。



 屋上。
 地面に突き刺さったハデスの足を見て、無事(?)を確認した彼らはそれぞれの反応を示した。
 怒ったり、呆れたり、溜め息をついたり。
 もう何が何だか分からないけれどいっぱいいっぱいになった感情を顔に出していたのはノルンで、
「……こ、これが、わたくしのお兄様……なのですか……?
 このような人物がわたくしの兄などと……
 
 決して、認めませんわーっ!
 と、花壇に落ちているハデスに向かって思いきり『高天原出雲の黒歴史ノート』を叩きつけるように落とし、走り去って行ってしまった。
 そんな時も那美は、代わらずにカラッカラの笑顔を見せていた。

「咲耶殿も相変わらずのブラコンっぷり。安心したで御座るよ」とか言いながら。

 恭也はやり場の無い怒りを何処かへ飛ばして、呆れて、溜め息を吐いて、頭を抱えるしか無かった。