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Moving Target

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●テンペスト(3)

「イオタ」
 カーネリアンがイオタを見ている。
 イオタは答えない。
 カーネリアンは一人ではなかった。多数の同行者を連れていた。
「親友かい? 仇敵かい? いいね、ドラマが『在る』だけマシじゃぁないか」
 くっくとラズン・カプリッチオが笑ったが、カーネリアンはこの状況を愉しんでいるようには見えない。
「そのどちらでもない。そもそも、自分は同族と関わるのを好まない」
「……の、割りにこだわってるみたいじゃない? やっぱ気になる? 『姉妹』として?」
 雷霆リナリエッタが耳打ちするように言うが、カーネリアンはこう答えるだけだった。
「違う。気になるとしても、ただの標的(Target)としてにすぎない」
 一方で牛皮消アルコリアも問う。
「ネリちゃんどーしますー? わたしはどーでもいいんですよ。てきになったらすきなきもちがゆらぐとか、すきなあいてだからたおせない……とかいうの。あいてのつごうがあり、そのうえでわたしはうごくだけです」
「つまり、あいつを捕らえればいいわけだよな?」
 シリウス・バイナリスタが確認するように告げると、カーネリアンはうなずいた。
「あの方、酷い怪我をしているようですねぇ。無事保護できるといいのですがぁ」
 佐野ルーシェリアはイオタを気遣う様子も見せた。
 藤崎凛は髪をひとつにまとめ、パンツルックである。
 本日、何かと後手に回ったカーネリアンだが、ここまで来るのにいくらか、自分も手伝えたと思っている。
「一人で行くかい? だとしたら援護はするよ」
 シェリル・アルメストがカーネリアンに言った。
「ラズィーヤ様がその道のプロを監視に雇わず、わざわざ百合園生を引き合わせたこと……君なりに考えて、答えを出したら良いさ」
「ラズィーヤが?」
 ええ、と凜が答える。
「ラズィーヤ様は、色々と考えて下さっていらっしゃいますわ。あなたのことも、きっと……」
「わからん……貴様たちの非効率性が」
「いつか、わかります」
 フラワシを漂わせながら、凜はカーネリアンに言うのだった。

 カーネリアンの出現で、状況のバランスが一変した。
 ――イオタは弱っている……ですがこれだけ敵対者がいるなかで彼女を連れ去るのは至難のわざでしょうね。
 椋はモードレットに目配せした。
 場に混乱を引き起こしてほしい――と依頼したつもりだった。
 しかしモードレットのとった行動は、違った。
 モードレットはカーネリアンに話しかけたのである。
「Κ(カッパ)か。姿を変えていても俺にはわかる」
 テレパシーだ。
 カーネリアンは身を強張らせた。彼女も、モードレットのことを記憶していた。
「生れ変わったお前は今、何をしている? 陶器人形のように甘やかされているか?」
「陶器人形などでは、ない」
「そうか? 貴様は今、自身が生きていると実感しているか?
 俺が見る限り、怒っている時が一番マシに見える」

 モードレットは彼女を挑発した。
「理由を作ってやろう。怒れ。産声を上げろ」
 ――そして行動したとき、ようやく俺も貴様を見極めることができるというものだ。
 カーネリアンはモードレットを見たが、すぐに向き直りイオタに足を踏み出した。
 真司は構えた。
 陣も、切も、桂輔も。
 一触即発。先に動けば敵に利する。
 誰もが、敵陣営の動きを読もうと視線を巡らせた。
 そのときである。
 まったく予期せぬ方向、赤いセダンの影から飛び出したのは浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)だ。
「今回は気持ちよく協力してあげよう。あらかじめ頭も下げたものね、少年」
 ははっ、と声を上げて、地面すれすれを滑空する。クロケルは氷雪比翼を背に展開していた。
 同時に煙幕ファンデーションも爆発させ、咳き込むイオタに手を伸ばした。
「無謀は承知! もらったよ、イオタくん!」
 クロケルこそが椋の切り札。ノーマークゆえ皆、行動が遅れた。
「拉致させてたまるか!」
 だが真司が飛び出していた。煙幕に目をやられるも、肩からクロケルに体当たりする。
 クロケルの死角になるあたり、別の車の影から桐生円が飛び出す。
「『協力させてね』って言ったよね、今日、ボク!」
 ポイントシフトで移動しつつ牽制射撃、椋を遠ざける。
 同じ頃モードレットの魔槍は、
「やはり貴様か」
「……!」
 磁楠の籠手に止められている。
 ギギ……っと籠手がきしんだ。
 磁楠の想像通りだ。凄い力だ。モードレットがもう少し力を入れれば砕ける……。
「させないよ!」
 けれどリーズが、
「ブッ殺すって言ったよな! ええっ!」
 そして陣が、磁楠に加勢したのを知ってモードレットは後退したのである。
「ここまでだ。出せ」
「まあ、健闘はしましたよ……もう一度クランジΚ……いえ、カーネリアン・パークスに逢えましたしね」
 椋はジェットドラゴンを取り出していた。ぽいぽいカプセルから抽出したものだ。
 クロケル、モードレットと共にその背に飛び乗ると急発進させる。
 機械仕掛けの竜は、駐車場の出口から飛び出していった。
「グルルッ!」
 イトリティは牙を剥くが、切の声が彼を制した。
「待て、追わんでいい。ワイらも離脱する!」
 切は飛空艇に飛び乗っている。イオタに瞬時、視線を落として、
「楽しく生きようぜ。お前さんはまだ生きてて、笑えるんだからさ。勿体ないぜ?」
 言い残すと、切は飛空艇にリゼッタを乗せ急発進した。
 このとき、切のタイムコントロールによってリゼッタは十歳ほど若返り、顔を上手に髪で隠して俯いていた。これならイオタに見間違ってもおかしくない。
 彼らは囮だ。万が一、空中で椋が反転し襲ってきたときのための。
 だがその心配は無用であろう。現在、椋らの竜はアニマ・ヴァイスハイトの攻撃をかわしながら空京より遠ざかるルートをとっていたからだ。
「来い!」
 陣はイオタの腕をつかむと、引きずるようにして創世運輸のトラックに押し込んだ。もちろん桂輔が出したものだ。
「よし、すぐここを離れる!」
 桂輔はアクセルを踏み込んだ。タイヤが猛回転してコンクリートを削り、ゴムの焼ける匂いが立ちこめた。
 トラックは爆発的な勢いで駐車場から走り出ている。
「ふーい、なんとかイオタちゃん確保成功?」
 トラックがみるみる遠ざかるのを見てリーラは息をついた……が、
「まだだ!」
 黄金に輝く銃を、真司は立て続けに三度発砲した。
 停車中の青いスポーツカーが火を噴いた。マグナム以上の威力がある銃だ。弾痕というよりは『穴』とはっきり言えるものが開いた。
 その穴の向こうに、暗い金色の目があった。
「逃がさない」
 目の持ち主は呟いて、穴の開いたドアを引きちぎるようにして剥がして車に乗る。キーのささるべきところを殴りつけてエンジンを強引にかけると、アクセルを踏み込んだ。スポーツカーがロケットのように飛び出した。
「おまえはもう『イオタ』の名にふさわしくない……」
 カイサ・マルケッタ・フェルトンヘイム(かいさまるけった・ふぇるとんへいむ)はハンドルを握りながら言った。
「私がもらう。おまえを殺して、『イオタ』になる」
 カイサは左手でハンドルを握ったまま、サターンブレスレットをはめた手でフロントガラスを突き破った。
 風が吹きつけて、カイサの髪がはためいた。
 しかしカイサの追跡は長続きしなかった。
 ゴッ、と音がしてタイヤがパンクしたのだ。
「推して参る……」
 シーマ・スプレイグがとっさに投げた槍が、貫通していた。
 さらにもうひとつの後輪が、真司の銃で撃ち抜かれた。
「……私は諦めない」
 ドアのなくなったスポーツカーから転がり出ると、カイサはいずこかを目指し消えて行った。
 すべてが、クロケルの出現から数えてわずか数十秒の出来事だった。