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●Epilogue 2

 翌日の午後のことだ。
 ソノダ女史と直接話がしたい、そうアイビス・エメラルドが言い出したので、榊朝斗は「どうして?」と訊かずにはおれなかった。
「それは……なんとなく……だけど」
「なんとなく、って、なにさ?」
「うん。あの何となく……あの人に懐かしさを感じるの」
「懐かしさ? デジャ・ヴってやつか?」
「そうかも。なんだか、ずっと昔に会ったことがあるかのような……」
 ずっと昔、そう、アイビスがまだ、ほんの子どもだったころ。
 まだ、ただの人間だったころに。

 携帯端末がうすぼんやりした光を放っている。
 ニュースサイトを眺めながら、エース・ラグランツは浮かない顔をしていた。
 ここは彼の自宅だ。窓からは爽やかな風が吹き込んでいる。寄せては返す波のように、黄緑色のカーテンがふんわりと揺れていた。
「どうしたんです、エース?」
 エオリア・リュケイオンが気づいて声をかけた。
「いや……結局、あの会合って意味があったんだろうか、と思ってね」
「大いにあったと思いますが?」
 どうだろうね、とエースは薔薇の花を胸に挿し直して言った。
「ソノダ女史は説得できた。彼女はもう、パラミタの制度の支持者だ。
 けどね、会合に出てわかった通り、ソノダ女史はそもそも、ゴリゴリのアンチパラミタ主義者じゃなかった。『女性の権利の侵害』だのなんのという過激な発言を直接本人がすることはなかったし、同様の主張があっても、もっと穏便な表現を使った。ああいう極端な発言は、彼女を担いでいた女性団体がわめいていただけだったのさ」
 溜息が出てしまう。
 風が強まったのか、カーテンがゆらゆら揺れている。
 しばし沈黙ののち、ふたたびエースは口を開いた。
「……ただ、ソノダ女史には圧倒的なカリスマがある。つまり、同じ発言でも『ソノダが言った』としたほうが宣伝効果が高いから、いつの間にかソノダ女史が過激な発言の主みたいに言われていただけかもしれない」
「うん、それは僕もそう感じました」
「それを念頭に置いて、ほら、この記事を見てごらん」
 エースが示したのは、ある新聞社のサイト上の評論だった。記者による分析である。
「『ソノダ女史は命を救われ、その結果パラミタ支持にまわるも、これがラディカルなフェミニストの不興を買っている。今後、彼女の指導力や影響力の低下は避けられないだろう』……って、酷いこと書いてますね」
「一面、真実さ。酷いと切って捨てていいものではないと思うよ」
「そもそも、ソノダ女史がパラミタ支持になったのは、命を救われたからではないでしょう。我々の言葉に共感したからだと思います」
「世間はそうは思ってくれないんだよ。
 ……俺の推理はうがちすぎかもしれないけど、ある仮説を立てたんだ」 
 エースは言った。
「女性団体の内部に、ソノダ女史を敵視する勢力があるとしたらどうだろう。はっきりと彼女を『邪魔だ、疎ましい』と考えている一派があるとしたら……」
「つまりこういうことですか? ブラッディ・ディバイン残党に仕事を依頼したのは、外的ではなく内患、つまり女性団体内の敵対派閥だと」
「うん。今回のパラミタ来訪で女史が説得されパラミタ支持に回ったとしたら、『転向だ』と非難して影響力を奪う……と。この場合、彼女の暗殺は必ずしも成功しなくてもいいよね? ただ、力を見せつけることで、暗に『我らの派閥に逆らうとこういうことになる』と示せるわけだし。考えてみればあの日、最後に敵はひと暴れしたけど、女史の暗殺にはそう執着していないように見えた」
「そういえば……そうですね」
「で、逆に、女史が説得されずパラミタ支持に回らないようなら、確実に暗殺し、ソノダ女史を永遠の偶像にしてしまえばいい。本人は死んでいるから実質的な支配を奪うことにもなるだろうから」
「なるほど、そっちなら、ソノダ女史は『永遠のカリスマ』としていつまでも団体の広告塔に使えるし、悪い話じゃないでしょう」
 まあ、あくまで大胆すぎる仮説なんだけどさ、とエースは笑った。
 エオリアもあわせて笑ったが、あまり愉快な気持ちではなかった。笑ったふりにすぎなかった。
 なぜならエオリアは思いだしたからだ。
 首謀者とみなされるイーシャが去り際、「作戦は成功だよ」と言ったということを。



 ――「Moving Target」 了
 
 

担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 ご参加ありがとうございました。マスターの桂木京介です。

 今回は、これまで誰もあまり気にしてこなかった制度への疑問、というテーマを盛り込みつつ、アクション展開も用意するという二段構えのシナリオとなりました。

 それにしても、予想外のことがたくさんありました。
 イオタがああなるとは、シナリオガイドを出した時点ではまったく考えていませんでした。これはプレイヤー様たちのアクションの勝利です。
 それに、ソノダ女史への説得も、実体験にもとづく力強いものが多数で胸を打たれました。お恥ずかしながら、アクションを呼んでいて二、三度、ホロっとしてしまったことをここに告白いたします。
 でも、いつも言っていることですが、予想外だからいいのです。楽しいのです。こんな予想外がしばしば待ち受けているから、私はマスターをやめられないのかなあ……、なんておこがましくも思っております。

 さて次回ですが、うってかわって夏のビーチでバカンスなんていうお話を考えております。
 近いうちにガイドを公開しますので、よければガイドだけでも読んであげてください。

 それでは、またお会いできるそのときまで。


―履歴―
 2013年7月13日:初稿
 2013年7月29日:改訂第二稿