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争乱の葦原島(後編)

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争乱の葦原島(後編)
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リアクション

   七

 漁火が夜加洲地方にいることは間違いなかった。配られたプログラムを使えば、もう少し詳しい情報が手に入れられるのだが、生憎、風森 望(かぜもり・のぞみ)ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)葦原島 華町(あしはらとう・はなまち)の三人は、揃って機械に疎い人種だった。
 また、三人が滞在していた町は、地祇である華町の故郷とも言うべき土地だったため、フィンブルヴェトの影響で荒れたそこを離れるわけにもいかず、未だ暴動の対応に追われていた。
 そんな三人の目の前に漁火が現れたのは、全くの偶然と言うべき出来事だった。
 何しろ、写真も手元にない。ただ、避難民――辛うじて残っていたまともな住人――とすれ違った際、ノートの目が一人の女性に釘付けになった。
 あまりに場違いなほど悠然とした態度。白い着物、紫の瞳――、
「――漁火!!」
 咄嗟に「七曜剣」を抜き、【バーストダッシュ】で間合いを詰めた。ひらり、と漁火は地面を蹴って距離を取る。
「漁火殿でござるか!?」
 華町と望の動きも速かった。
「葦原島が夜加洲地方が地祇、葦原島華町でござる! 此度の騒動の原因を排するためにここに見参でござる!!」
 華町は「花散里」を構えた。
「おや、可愛らしい地祇だこと」
 口元に笑みを浮かべ、漁火は華町を見つめた。
 その隙に望は「風銃エアリエル」の引き金を引いた。発射された突風が、漁火を襲う。
 漁火は軽く眉を寄せ、その風の弾丸を避けた。
「随分と弱い……何を企んでるんです?」
「うっ」
 当たってもさしてダメージがない――と思わせることで油断を誘う予定だったが、帰って疑惑を抱かせたようだった。ならばと望は威力を最大にし、漁火を狙った。
 しかし漁火は、足元が着物と草履とは思えぬほどの動きでそれを避けていく。それでも最後の一発は彼女の肩を大きく弾いた。
「くっ……!」
 漁火は剣を杖代わりに、辛うじて倒れるのを堪えた。
 しかし今度は、望の眉が寄る番だった。【※マレフィキウム】を使ったのだが、今一つ、奪えた魔力が少ない気がする。与えたダメージが小さいのだろうか?
 ふ、ふふ、と漁火は笑った。
「なるほど、あたしから魔力を奪う術ですね。残念ですが、この体の本来の持ち主は、あまり魔力を持っていないんですよ。もっとも、皆無じゃないので、これ以上は御免蒙りますが」
「言っておきますが、逃がしませんわよ?」
 剣を突きつけたノートだったが、不意にその表情が強張る。
「望! 華町!!」
 ノートは二人に注意を促した。見れば、あちこちに鍬や鍬、包丁を手にした者たちが立っている。
「囲まれたようですね……」
 自然三人は、死角がなくなるように、互いに背中合わせで立った。
「卑怯な……」
「ああっ、あれは団子屋のご主人!」
 つい先達て、華町がボコボコにしてしまった団子屋も、恨みの籠った目で睨んでいる。
「あの人はお華ちゃんに任せるとして」
「ええっ!?」
「望、【子守歌】で眠らせられる?」
「どうでしょうか。相手がああもカッカしていると、効きづらいかもしれません」
 おや、と声を上げたのは漁火だった。人々の中に、何も得物を持たぬ女性がいた。可愛らしいが、どこか冷たい印象を与える。宮司 美沙と名乗る彼女の正体は、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)である。
「あんたさんでしたか」
「わざとらしく驚かないで下さい。私がつけていたことぐらい、気づいていたんでしょう?」
「ええ、まあね」
と漁火は微笑んだ。「あれを動かしたのは、あんたさんですか?」
「【死の風】と【フールパペット】を使ったんですよ。ちょっと効きすぎましたかね」
「何てこと……!」
 望たちは愕然とした。フィンブルヴェトの影響に加え、精神を掻き乱された人々は、再び争い始めてしまった。気が付けば、あちこちから騒ぎ声が聞こえてくる。
 咎める視線に、玄秀は軽く肩を竦めた。
「彼女とミシャグジに、話をさせてあげるべきだと思いましてね」
と、玄秀は再び漁火に視線を移した。
「貴女の動機は理解しました。ただ、ミシャグジの意見はどうなのでしょう? 上に載っているものをふるい落とし自由になりたいのならそれもまた良しでしょうが、当人には別の考えもあるかもしれません。一度起こして、聞いてみたら如何です。この大地から直接拒否されるなら、葦原側も移住など考えるかもしれませんし」
「そ、そんなことをしたら、この町や葦原の住人はどうなるでござるか!?」
「だから、移住すればいいじゃありませんか」
「簡単に言いますわね……」
 ノートが呆れたように呟いた。漁火は、
「対話ねえ……必要ですかねえ?」
と微笑む。「ただ、起こしてやればいいんです。後はあの子の自由ですよ。行きたいところへ行き、食べたいものを食べ、寝たいときに寝る。もっとも長い間寝てますから、起きている時間も相当長いでしょうが」
「その、食べ物とはまさか」
「人間、魚、動物、植物……生き物全てですよ」
「あなたという人は!!」
 激昂した望が「風銃エアリエル」を構えるや、玄秀の周囲を黒い炎が覆った。
「な――!?」
「町の人々の負の感情……そして、あなたがたの憎しみ……。行きなさい、漁火。あなたの言うことが真実かどうか、僕が見届けましょう」
「一応、礼を言っておきましょうかね」
「不要です」
 漁火の姿が、人々の中に紛れて消えていく。
「待つでござる!」
 華町が追おうとするが、その刹那、玄秀の黒い炎が消滅し、爆発した。魔力の小さな塊が、三人に襲い掛かる。
「お嬢様!」
 一瞬早く、望が叫んだ。ノートは二人を抱えると、【バーストダッシュ】で距離を取った。かなり離れたはずだが、魔力の塊は三人の背に次々と降り注いだ。
「クッ……!!」
 背中を擦りながら痛みを堪えた三人は、愕然とした。人々が、魔力の爆発を受け、倒れている。巻き添えを食ったのだ。
「だ、団子屋のご主人!!」
 華町は己の傷を物ともせず、駆け寄った。ほとんどの人間が怪我をしているが、死人がいないのは幸いだった。
 玄秀は姿を消し、漁火もまた行方が分からなくなった。