シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

第3次スーパーマスターNPC大戦!

リアクション公開中!

第3次スーパーマスターNPC大戦!

リアクション



刻印 ―進撃の代償―


 作戦の要である破名の負傷。負傷者一名を庇いながらの戦闘行為は分が悪く、結局奇襲班は一時撤退を余儀なくされた。
 木を隠すには森、とスタート地点に戻り闘技場で戦う契約者達と再び合流した彼等の顔色に、第二試合を終えたばかりのアレクは結果が色よいもので無かったのだと察知する。
「誰か死んだか?」
 思いきりの良過ぎる皮肉に沈黙で返されて、アレクは片眉を上げ目を凝らす。団子状になっていた契約者たちの輪が開くと、膝をついたルカルカが此方を見上げて如何にも不安そうな声を上げた。
「あ、あのね。手当させてくれないの」
 彼女の前で破名が壁に寄りかかり少々荒く呼吸を繰り返している。彼の肩から溢れる血の上に鈍色の光りが覗いていた。
 傷を負った際貫通したものをその場で全てを引き抜く訳にもいかず、取り敢えずで折った部分から先は全て破名の身体に残されている。安全圏内に辿り着き、治療に入ろうと提案したが拒否されてしまったのだ。
 しかし肩に穂が貫通したままというのはかなり痛々しいもので、子供達がショックを受けないよう、皆自ら進んで壁を作り子供達の視線から破名の姿を隠してくれていたのだ。
「すみません」
「いや、俺が悪い」
 落ち着かない様子で謝罪した真の言葉を、破名は即座に否定する。冷静を欠いていたのだから自分が悪いのだと本気で思っていた。「悪いのは自分だから」と念を押すように伝え、そのままセレンフィリティを見た。
「すまない。振り出しに戻ってしまった」
「まぁ、怪我したしね」別にいいけど。というような軽い調子で彼女は言う。失敗は失敗、この場で大事なのはそれを悔やむより切り替える事だ。
「……同じ道は使えないな」
「そうよねぇ。裏でこそこそしてるって気付かれてるでしょうし」
「新しいルートを探すにも」
「あ、それならセレアナにお願いしよう!」
「え?」
「ルート選択は任せた!」
「ちょっと待って!」
 突然話を振られて驚くセレアナに、できるでしょできるでしょとセレンフィリティは無邪気にせっついてくる。こうなってしまってはセレアナは頷くしかない。
「仕方ないわね」とため息混じりに言って破名を見ると、二人に何か策が有ると信じた破名が頷いた。
「宜しく頼む」
 痛む肩を庇う様に手を添えて、もう一度自分も作戦を練ろうとした瞬間――。
「――ッ」
 鈍い痛みに目を見開いて、破名は衝撃を与えてきた軍靴の持ち主を睨み上げる。傷口を蹴り上げるなんて信じられない行為だ。
「そのまま行くつもりか?」
「特に支障は無ッ――」
 口答えの間に二度目の蹴りが肩に響く。強い痛みは頭まで駆け抜け、一瞬視界が真っ白になった。
「ちょっとアレクさん!」
 止めようとする真を制したアレクは、破名の――わざわざ負傷している左腕を掴み上げると、豊美ちゃんについてきてくれるよう呼びかけて、まるで犯罪者でも連行する様に破名を乱暴に扱いながら大股で歩き出してしまった。
 遂に見えた保護者――破名の妙に余裕の無さそうな様子、それに自分達には何時も優しいアレクお兄ちゃんが冷徹な空気を漂わせている事に、感受性の高い子供達は落ち着きの無い様子で視線をあちらこちらへ漂わせて始める。その様子を目にとめてネージュと加夜は以心伝心頷き合った。
「皆、クロフォードさんの事は豊美ちゃんたちに任せて!」
「でも……」
「絶対大丈夫だよ! だってお姉ちゃんたちは魔法少女だから」
 子供達に向かってウィンクしてみせたネージュに、不思議そうな顔をする子供達。続いて加夜が膝を折り微笑みを子供達へ見せた。
「そうですよ。どんな怪我だってキラキラ光る魔法で一瞬で治してくれるんです。
 それから空を飛んだり、お菓子を出したり……」
「ホントに!?」
「そんな事出来たら、素敵ですよね」
 悪戯っぽく舌を出して見せた加夜に、子供達は強張っていた顔を綻ばせ始めるのだった。



 契約者達が控えている場所から離れた薄暗いその場所で、アレクは掴んでいた腕ごと破名を床へ放り投げた。
「子供達が――」
 傷をおして立ち上がろうとする彼を、アレクを追ってきた豊美ちゃんが優しく諭す様に抑える。
「子供たちの事は、ネージュさんや加夜さんが見てくれています。私も、約束を違えるつもりはありません。
 だからクロフォードさん、今はあなたの治療をさせてください」
「…………」
 険しい表情ながら、破名は起こそうとしていた身体から力を抜き、壁に背を預ける。
「『傷は直ぐに水で洗って、大人に見せる様に』、それから『病院や治療は怖いものじゃないから、安心して先生方に任せなさい』。何時だか『誰か』が子供に言いきかせていたな」
 破名の弱い部分――孤児院の子供達の保護者としての立場をついた意地の悪い皮肉に、豊美ちゃんは苦笑して優しく付け足す。
「クロフォードさんはちゃんと、子供たちの事を気にかけていますね。子供たちもクロフォードさんの事を心から信頼しているようでした」
 豊美ちゃんの言葉に破名の表情が軟化したのを見受けると、アレクは小馬鹿にした様に鼻を鳴らして本題へと移る。此処へ連れてきた目的は傷の治療だ。
「脱げ」
「断る!」
 阿吽の呼吸に近いスピードでの会話の直後、ナイフポーチから取り出したコンバットナイフの刃先を突きつけられて破名は渋々シャツのボタンを解き始めた。――服を切られるなんて冗談じゃない。
「『良い子だ』クロフォード。見本となるべき人物は素直でなくちゃな」
 卑怯な、と吐き捨てた声は小さい。アレクを睨み据えて破名は自ら引き抜こうと槍頭へ指を添わせた。
「止めとけ傷が広がる。いい加減諦めて大人しくしろよ。俺は軍人だぞ、その手の傷はよく『みて』いる」
「クロフォードさん、お願いします」
「……これは『緊急事態』だ。本意ではない」
 遂に自分に言い聞かせるように諦めを口にした破名に、アレクと豊美ちゃんは治療を始めようと膝を折る。
 まずアレクが破名の傷を片手で抑えると、楔の様な刃先を有無を言わさぬ様子でグイと引き抜いてしまった。蓋が抜けた場所から血が溢れ出してゆく。そこを抑えながらアレクが何故か肩を震わせ始めたのに、破名は朦朧としている意識の中で気がついた。
「……ヒヒ、ヒヒヒ……さっきさ、ああ言ったけど実は俺、衛生兵とかやった事無いし」
「は!?」
「看たんじゃなくて、ヒヒ、見てただけ。あと、俺な、回復魔法、苦手……ヒヒ、ごめん、フ、ハハハハハ」
「お前っ!」
「痛いだろ? ここ、こうするともっと痛いぞ?」
「ッッ!!」
 傷口を抉られても尚悲鳴を押し殺して長い髪の間に脂汗を滴らせている破名の哀れなくらいのやせ我慢に、アレクは笑い過ぎて目元に浮かんだ涙を抑えながら豊美ちゃんを振り返った。
「コレくらいやれば深く反省するだろ」
 その言葉に、止めに入ろうとしていた豊美ちゃんはアレクの真意を理解する。いくら子供たちの為とはいえ、こういう無茶は良くないという意味であると。
「……そう、ですね」
 少しだけ歯切れの悪い返事は、ともすれば自分も破名のように、誰かの為に無茶をする可能性を否定出来ない故。そしてアレクの言葉を、自分に向けられたように受け止めて咀嚼したが故。
「楽にしていてくださいね」
 そんな内面の思いを秘めて、豊美ちゃんが破名の治療を始める。魔力を集めた掌で傷口を挟むように、触れるか触れないかの距離であてがう。『ヒノ』を介した方がより効果的に、短時間で治療を行えるのだが、そこは豊美ちゃんなりの拘りがあった。
「人の手には、不思議な力があると思いませんか?」
「……そう、だな。そういうのも、あるかもしれない」
 空いた右の掌を見つめて、破名がそっと、呟く。傷口から伝わる温もりは破名の傷を癒やし、心をほぐしていった。
「……はい、終わりましたー」
 最後に少女の笑みを浮かべて、豊美ちゃんが破名から手を離す。その時に豊美ちゃんは破名の腕に、刻印と思しき古代文字が刻まれているのを確認する。
「生体補助装置タイプ002
 サポートプログラム
 破名・クロフォード」
 豊美ちゃんが心に読んだ文字を、頭上からアレクが音して読み上げる。
 矢張りこういうものを隠していた。何時だか偶然目にした破名の首の焼き印の記憶と結びつけて、アレクは『色々な可能性』を考え鋭い視線を宙へ向ける。今この場で追求しないのだけが、彼の優しさのようなものなのだろうが、豊美ちゃんですらそれを知らないのだ。
「……クロフォードさん」
「――喋るなよ。泣きそうになる」
 先程まで全身を駆け抜けていた痛みを息と共に吐き出して、破名は諦めのような、懇願のような言葉を口にするのだった。



 白衣を着直して破名が歩み行く先はセレアナ達の元だ。
「怪我治してもらったんだ」
「さっぱりした顔してるぜ」
 エース、イアラに軽く笑われて、足手まといになったと謝罪する破名の表情は確かに軽く「契約者とは便利なものだ」と二人に返した。
 精神集中しているセレアナの横で「おかえり」とセレンフィリティが軽く手を挙げる。
「随分と雰囲気がある」
「そうそう。秘めたる可能性って奴? 今敵の襲撃の予想してもらってるわ」
「それは頼もしい」
「けど、もうちょっと待っててね」
 唇に人差し指を立ててセレンフィリティはウィンクする。
「あー、よかった。怪我治してもらったんだ。もう治療拒否したときはどうしようかと思ったよ」
 白衣は血染めになってしまったが元通りになったと子供達に知らせるように左腕を振ってみせる破名にルカルカは胸を撫で下ろした。
 返すように頷き、真の方を見て胸の高さに持ち上げた左手をぐっと握った。そして握った拳で真の肩を軽く叩く。
「もう少しだけその耳を貸してくれ。今度は成功させる」
 少しだけ歩いて、振り返った。
「もう一度、手を貸して欲しい」
 視界全てに全員を入れて、破名は再度協力を請うた。
 それに応えるようにセレアナが青い瞳を開ける。
「勿論よ。行きましょう、ルートが割れたわ」