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リアクション
2、葦原明倫館にて
先程から可愛い女の子や綺麗な女性ばかりに声を掛けている仁科 耀助(にしな・ようすけ)に呆れながらルカルカ・ルー(るかるか・るー)が耀助の肩を軽く小突いた。
「こら、男女差別ダメって言ったでしょ!」
「いててっ」
ルカルカは予め許可をとって、耀助に同行して聞き込み調査の手伝いをすることになっていた。葦原明倫館の後は薔薇の学舎へ、そして自身が学ぶシャンバラ教導団へ向かう予定だ。
「薔薇学は男の楽園……女人禁制……あああ。陽菜都ちゃんが羨ましいぜ……」
「鉄拳食らった後によく言えるよね、そんなこと……」
右頬が赤く腫れ上がった耀助を見て、ルカルカはため息をついた。
ルカルカが聞き込み調査に出かける4人と合流した時、ちょうど耀助が陽菜都の肩に手を置いているシーンを見てしまったのだ。
『頑張ろうな、陽菜都ちゃん♪』
『えっ……あ! ごめんなさい! ごめんなさい!』
振り向いた陽菜都は悪寒に襲われ、パニックになり、どうしたんだろう? と耀助が思う間もなく鉄拳をお見舞いしてしまった。バキィ! と凄まじい音がしたと思えば耀助が吹き飛んで、あちゃーと思ったルカルカである。
「でもさ、ルカちゃん。ありがとな」
「え?」
心臓が跳ね上がる。耀助がニカッと歯を見せて笑った。
「オレのこと心配して来てくれたんだろ? 那由他放っといてこんなことしていいのか、罪悪感感じてないかなーって。だから、ありがとう」
「……なーんだ、お見通しか」
耀助の洞察力は確かだった。ルカルカは肩を竦めたがすぐに微笑んで拳をグイッと真上に突き出す。
「素敵な舞で皆を元気にできるよう頑張ろうね! ルカもネタ出し手伝うし、気負わずに軽くいこーいこー!」
「そうだな。よっしゃ、行くぜー!」
ノリノリで耀助とルカルカが聞き込みを再開する、そこへ東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)とパートナーであるフィーネ・アスマ(ふぃーね・あすま)が通りかかったのを目撃し、ルカルカが声をかけた。
「あ! やっほー、秋日子、フィーネ!」
「ルカルカちゃんに耀助くん? 久しぶりだね!」
「お久しぶりです。あの時はお世話になりました」
あの時、というのは葦原明倫館が謎の白塗り人間に占拠された時のことだろう。耀助は予め那由他から話を聞いていたらしく、頭をポリポリと掻いた。
「秋日子ちゃん達のお陰で明倫館が元に戻ったらしいな。助けてくれてありがとうって那由他が言ってたぜ」
「どう致しまして。葦原明倫館が元に戻って良かったよ! ね、フィーネさん」
「はい。ところでルカルカさんはどうして葦原明倫館へ?」
「んーとね、実はこういう事情があって……」
一通り説明すると、秋日子はうーんと唸った。
「なるほど。自分たちで考えた物語が実際に舞として舞われたら面白そうだよね。……とはいえ、私そういうネタ出しって少し苦手なんだよね〜。フィーネさんならそういうの得意そうな気がする。というわけで、フィーネさん舞の物語のネタ、一緒に考えてくれない? 私としては、「恋」とか「絆」とかそういうのがテーマの話がいいかなと思ってるんだけど、どうかな?」
「良いですよ。舞の物語ですか……そうですね……。適当なものでも大丈夫ですか?」
「全然オッケー♪」
フィーネと秋日子から提供されたネタをメモすると、秋日子の表情は驚きに変わる。
「え、フィーネさん今の話即興で考えたの!? ああいや、なんか自分のことみたいに語るなーと思って」
耀助は首を傾げつつも、メモをとり終えて2人に頬笑んだ。
「? ありがとな、お陰で助かったぜ」
「お役に立てたなら嬉しいです」
ルカルカも礼を言うと、【メタモルキャンディー】を取り出して一舐め。途端容姿が逆転し、【メタモルブローチ】を付けて黒い執事服に着替える。びっくりしている秋日子とフィーネにウインクすると、耀助ががっくりと肩を落とした。
「この後、ネタ集めに薔薇学へ行くことになっててさ……。ああ、秋日子ちゃんとフィーネちゃんから離れるのがつらい……ルカちゃんも先程の可愛らしい姿はどこへいっちゃったのやら」
「泣き言言わなーい! ありがと、秋日子、フィーネ。さ、ぼっちゃん。参りましょう」
「き、聞き込みって大変なんだね……。頑張ってね、2人とも!」
秋日子の声援を背に受けながら、耀助とルカルカは薔薇の学舎へと赴いた。
3、イルミンスール魔法学校にて
一方、皇 彼方(はなぶさ・かなた)はイルミンスール魔法学校へとやって来て、聞き込みを開始していた。彼方は心中に複雑な思いを抱きながら学生達に声をかける。
(もしまた、葦原明倫館が変な化け物に乗っ取られたら)
耀助と翔、陽菜都は聞き込みについて快く了承したものの、最後まで疑いの目を向け続けた自分。
『この間みたいなことはごめんだぜ』
『善処するわ』
『あのな……善処っつってもどーやって』
『夏雫がもたらした悲劇はもう二度と起きないと断言出来るからよ』
『は?』
『あの悲劇は、私の姉……あなたに金縛りをかけた少女が親玉だった。けれど彼女は舞い人達によって荒らぶる魂を鎮め、天へと召された。その時私聞いたわ。彼女がありがとう、と言ったのを』
『……』
若葉の言葉はどこか抽象的な面があって今一つ納得出来ないが、彼女が大丈夫と断言するなら。起きるか分からない現象を疑うよりも、友人を……“生きている人”を信じてみたい、そう思った。
その時、ふと見知った顔を見つけて彼方が立ち止まる。後ろで束ねられた薄茶の髪、窓から差し込む光を受けてきらきら輝くヴァイオリン。
「五月葉」
「あれ? その声は彼方くん?」
五月葉 終夏(さつきば・おりが)がくるりと振り向き笑顔を向けた。彼方が「よっ」と答え、終夏に近寄って行く。
「久しぶりだな! あの時は世話になったぜ。ありがとな」
「ううん、彼方くんや那由他ちゃん達、みんなが無事で良かったよ! ところで彼方くん、どうしてイルミンに?」
「それには色々と事情があって……」
経緯を説明すると、「おおー!」と声を上げて終夏が笑顔を見せる。
「ネタ出しかぁ、良いよ! んー……そうだなぁ、私は……あ! そうだ、雨の話はどうだろう? 明るい結末の」
「雨の話?」
終夏がだいたいのあらすじを説明し、彼方がメモをとっていく。そこへ日下部 社(くさかべ・やしろ)がやって来た。
「オリバー! 会いに来たでー! って、彼方? どうしてここにおるんや?」
先程と同様の説明をする。なるほど社は頷いた。
「ふむふむ。皆のアイデアを元に今度の舞いの脚本が作られるんか。なら、今オリバーが言ったアイデアも採用されるかもしれんのやな♪ よっしゃ! じゃ、俺がそれを舞ってみせたるわ♪」
「ほんと!? わー、わー。良いな、見たいな! やっしーの舞い姿、楽しみだな!」
終夏の笑顔がヴァイオリンと同様きらきら輝いて見え、社は胸の中でほんのりと温かさを感じた。
(ホンマ、オリバーの笑顔はいつ見ても綺麗やしかわええな)
終夏が提供してくれたネタをメモし終えると、彼方は礼を言って背を向けた。
「本当は俺も舞い人として参加したかったけど中々忙しくて難しかったんだ。日下部がどんな舞い姿を披露してくれるのか、今からとても楽しみだ。期待してるぜ!」
「そこまで期待してくれちゃ応えなあかんな。彼方の分まで舞ったるさかい、おおきにな!」
彼方は片手を上げて答えると、イルミンスール魔法学校を後にした。
4、天御柱学院にて
「何でも、秋の舞いが開催されるそうだ」
「秋の舞い? 舞いって、どんなものなの?」
辻永 翔(つじなが・しょう)と共に天御柱学院を歩きながら、辻永 理知(つじなが・りち)が訊ねる。
「和装して、舞扇とか刀を持って踊るものみたいだ。葦原明倫館で先日、梅雨の宴『夏雫』が開催されたんだ。それの続編っていうか、秋バージョンというか。良く分からないけどとりあえずネタを集めて来て欲しいって言われて」
翔には『夏雫』を見に行く予定はなかったのだが、向かおうとした場所に到着する前に迷子になってしまい、適当に歩いていたら賑わっている葦原明倫館へと着いてしまったという訳だ。丁度舞いが始まるから早くと急かされ、気付いたら観客席にちょこんと座っていた……なんて言えない。
「へえぇ、面白そう! でも翔くん、天御柱学院の他に空京大学にも行くんでしょう? 大変だろうし、私ついて行くよ。良いかな?」
「助かるよ。また迷子……ごほんっ、正直大変だなと思っていたんだ。理知さえ良ければ、喜んで」
翔が口角を上げると、理知は「やった!」と笑顔で翔の腕をとった。
「もちろんネタ出し? 舞のアンケートにも協力するからね!」
「あ、ああ……」
翔は少し頬を赤くして答えた。
「舞の最後はしんみりじゃなくて笑顔で終わりたいよね。翔くんは舞い人として出るの?」
「いや、俺は見るだけだ。さすがに舞うのは」
「そうなの? じゃあ当日は一緒に見たいな」
「ああ、いいぜ」
愛おしく思いながら翔が答えると、再び理知は「やった!」と笑顔で翔の腕をぎゅっと抱き締める。
「だ、だから今は聞き込みだ。天御柱学院はこれくらいでいいだろう。行くぞ、理知」
「う、うん! あっ翔くんそっちは空京大学に行く方向じゃないよ!?」
5、蒼空学園にて
遠山 陽菜都(とおやま・ひなつ)はびくびくと怯えながら蒼空学園の廊下を進む。途中女の子の知り合いが声をかけてくれたお陰でいくらか警戒心は解けたが、いくら自分の学校だからとはいえ怖いものは怖いのだ。先程も声をかけてくれた男子生徒がいたのに陽菜都は「ごめんなさい! ごめんなさい!」と鉄拳をぶちかまして逃げて来てしまった。
(けれど、若葉さんにお願いされちゃったし……)
きゅ、と拳を握り締める。
(まだ男性の相手は怖いけれど……激励してくれたみんなの為にも、頑張らなきゃ!)
蒼空学園の後は女性のみが立ち入ることを許される、百合園女学院へ向かうことになっている。若葉が考慮してくれて本当に良かった、そう思いながら陽菜都は自らを励ましながら聞き込みを続行した。