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通り雨が歩く時間

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通り雨が歩く時間

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 イルミンスールの街。

 突然の通り雨に
「雨ですよ。早くどこかに避難を」
 レンジア・ヴァイオレット(れんじあ・ばいおれっと)は驚き、一緒にいるオルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)夕夜 御影(ゆうや・みかげ)に避難を促した。
 しかし、
「どうしたですか?」
 オルフェリアは避難の前にどこかを見つめている御影が気になり訊ねた。
「……さっき、黒にゃんこが」
 御影は通りの先を指さしながら自分が見たものを話した。
「この雨の中、黒猫さんがいたですか。風邪を引いてしまうですよ〜」
 オルフェリアは自分の身よりも猫の心配をし始めた。
「そうですね。早く保護をしてあげないといけません。通り雨のようですが、もしかしたら長引くかもしれませんし」
 レンジアは青空を見上げつつ全く止む様子が無い雨に長引くと予想。
「それじゃ、ここで黒猫さんを保護しようの会を発足するのですー♪」
 オルフェリアは突然保護団体を設立し、楽しそうに拍手。
「それじゃ、早速同じ黒猫のよしみ、にゃーが捕まえてあげるんだにゃー♪」
 自分の目撃情報を最初の手掛かりとして御影が真っ先に動いた。同じ黒猫という事でテンションがハイになったのか語尾が猫語に変化していた。
「目撃情報が多かった場所へ順番に向かいましょう」
 レンジアも御影に続いて情報収集を始めた。
「オルフェも頑張るですよ〜」
 オルフェリアも黒猫のために頑張るのだった。
 雨の中、必死に情報収集をしたおかげでとうとう機会は巡って来た。

 御影に目撃された後。
「遺跡の事が分かったし、もう帰っていいだろ。怠いし」
 エース達と別れたヴラキは獣化し、ただの猫のふりをして街から退散しようとしていた。すっかりお疲れの様子だ。
「……帰って休むか。会長の奴、レシピについて何か分かってるといいけどな」
 ヴラキは猫サイズでしか通れぬような道を通り、仲間にも見つからないように急ぐ。
「にゃーっはっはっはー♪」
 突然、テンションの高い御影の声がヴラキの背後から響いて来た。
 情報を追い追ってようやく発見し、御影が『隠形の術』で背後に忍び寄ったのだ。
「……!!」
 まずい奴に遭ったと直感したヴラキは逃げようと急ぐ。
「あぁ〜、逃げるですよ〜」
 後から現れたオルフェリアが慌てた様子で声を上げた。
「ご主人、大丈夫!」
 御影はちろりと振り返った後、『疾風迅雷』で素速く追いかけた。
「なんの為に忍者になったと思うてかー! 背後から忍び寄って遊んで貰う為なんだにゃ! にゃーとあーそーんーでーにゃー♪」
 御影は本音を洩らしながら諦める事無くヴラキを追いかける。
「……ここは私が」
 レンジアが先回りをしてヴラキの前に立ち塞がり、逃げ道を奪う。
「!!」
 レンジアの姿を確認した途端、どこに逃げるか一瞬迷いを見せた。
 その隙を逃さぬ御影が
「パラミタ最強の黒にゃんこのにゃーに勝てると思ったかにゃ?」
 『隠形の術』で背後に忍び寄り見事に捕獲した。
「お見事なのですよ〜」
 オルフェリアは手を叩いて御影を称えた。
「暴れなくて大丈夫ですよ。痛い事も怖い事もしませんから」
 レンジアはまだ逃げようともがくヴラキに微笑んだ。
「早く避難するですよー」
 オルフェリアは急いで付近の店の軒先に避難した。これ以上ヴラキを雨に晒すわけにはいかないので。

 店の軒先。

「洗面器、借りて来たですよ〜。冷めるとぬるく感じちゃうですから45度の熱めのお湯をお願いなのですよ。猫さん、お水が嫌いな子が多いからタオルを濡らして拭いてあげるですよー」
 オルフェリアは、近くの店から借りて来た洗面器をレンジアに渡した。
「任せて下さい。すぐに用意しますね」
 レンジアは『氷術』と『火術』を使って洗面器にお湯の用意を始めた。
 その間、
「にゃーねー御影って言うんだにゃー♪ にゃーと同じ黒猫の君はなんていうのー?」
 御影はオルフェリア達が準備をしている間、ヴラキとお喋りしていた。
「にゃーう(帰るはずが何でこうなるんだよ)」
 ヴラキは面倒臭そうに猫な鳴き声を出して相手をする。体も疲れて逃げ切れないと判断したため猫としてオルフェリア達の相手をしようと決めた。
「風邪を引かないようにちょっと拭くだけだからじっとしてて下さいね」
 温めたタオルを片手に笑顔のレンジアは近付き、ヴラキが退く間も無く拭いてから乾いたタオルで丁寧に水気を吸い取ってやった。
「オルフェ、ミルクを貰って来るですね〜」
 オルフェリアはミルク調達のために近くの店に駆け出した。
「名前がないと凄い不便だにゃー。なんてー名前ー?」
 御影がまたヴラキの相手を始めた。
「にゃー」
 ヴラキは適当に鳴いて対応。
「首輪がありませんから野良かもしれませんよ。もしそうなら名前も無いのかもしれません」
 レンジアは首輪が無い事に気付き、一般的な事を口にした。
「それは寂しいにゃー。でも大丈夫。今日から黒猫君はにゃーとお友達なんだにゃー♪」
 御影は一方的なお友達宣言をするなり、ヴラキの頭をなでなでした。
 その時、ちょうどミルクを手に入れたオルフェリアが戻って来た。
「ミルクを貰って来たですよ。もしよかったらどうぞなのですよ♪」
 持って来た皿をヴラキの前に置いてミルクを注いだ。
「にゃー(少しお腹空いてるしいいか)」
 割と大雑把なヴラキはミルクをぴちゃぴちゃと飲み始めた。ここまで来るとかなりの猫ぶりだ。
「……うわぁ、可愛い……だ、抱きしめちゃ駄目ですか? もふもふしたいです」
 レンジアはミルクを飲むヴラキに思わず、目を輝かせもふもふしたくて堪らなくなる。
「オルフェももふもふしたいですー」
 当然オルフェリアももふもふに名乗りを上げる。
「にゃーう(怠くてつれぇ。こうなるんだったら来るんじゃなかったぜ)」
 内心色々思いながらも適当に猫を演じるヴラキ。
「それじゃ、少しだけ」
 ヴラキの鳴き声をオッケーと捉えたレンジアはそっと抱いてもふもふし始めた。
「温かくてもふもふです」
 レンジアは幸せそうにもふりまくっていた。ヴラキは疲れのためか無抵抗。
「次はオルフェですよ」
 オルフェリアは両手を差し出し、もふもふを求めた。
「あ、はい」
 レンジアはそっとオルフェリアにヴラキを託した。
「あったかなのですよ。このまま一緒に雨宿り〜なのですよ〜♪」
 オルフェリアはヴラキを抱き締めてもふもふした。
「にゃー(もしかしてもうそろそろ雨が上がるんじゃないのか)」
 ヴラキは心無しか投げやりに鳴いて雨降る青空を見上げた。
「こんな素敵な雨の日に可愛い黒猫さんと雨宿りが出来て今日は良い日なのですよ〜♪」
 オルフェリアはヴラキを抱いたまま素敵な雨を楽しんだ。
「そうですね。光だけでなくて鈴の綺麗な音もしますし」
 レンジアは軒先から鈴の音を奏でながら滴る雨を楽しむ。
 そうしてヴラキと雨を楽しんでいたが、オルフェリア達に残念な時がやって来た。
 それは
「ご主人、雨が」
 すっかり雨が上がった青空を指さしながらオルフェリアに知らせる御影。
「上がったなのですよ。見てです。綺麗な虹なのですよ〜」
 ヴラキを抱き抱えたままオルフェリアは軒先から出て虹を発見した。
「こんなに綺麗な虹見た事がありませんよ。本当に今日は良い日ですね」
 レンジアも軒先から出て嬉しそうに虹を眺める。
「黒猫君、虹なんだにゃー」
 御影はヴラキの頭を撫でながらにこにこと話しかける。
「にゃー(あぁ、結局逃げられなかった)」
 ヴラキは溜息のように鳴いてから渾身の力でオルフェリアの腕から何とか抜け出して地面に着地した。
「もしかして行っちゃうですか?」
 オルフェリアは少しだけ寂しさが滲んだ声音で訊ねた。もう少しだけ虹を一緒に楽しみたかったから。
「にゃー」
 ヴラキは一声鳴いてから背を向け、歩き出した。
「気を付けて下さい」
「もう少し遊びたかったけど、元気でにゃー」
 レンジアと御影も惜しみを含みつつもヴラキを見送った。
 オルフェリア達はしばらく虹を楽しんだ後、ゆっくりと歩き始めた。