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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

リアクション


【その日、彼女は叫んだ】


「――分かった。ああ、引き続き頼む。こちらも順調だ。ではな」
 ハーリーは、秘書からの定期連絡を聞き、息を吐き出した。
(順調……か)
 おそらく嘘だ、とハーリーは思っている。自分が今ここにいて、街に何も起こらないなんてありえない。だからこそ、今まで街を離れなかったのだ。ハーリーが街に居る限り、ちょっかいは出してきても、ハーリーに危害が及ぶほどのことはしない、と。

(……やはり少し時期尚早だったか)

 後悔しかけ、ハーリーは首を横に振る。任せたのだから、自分は自分の出来ることをしなければ。

(アガルタでも何かあったのか。……ったく、ハーリーの奴は何でこうトラブルに巻き込まれまくるのかねぇ……俺も人の事は言えんけど)
 そんなハーリーの様子を影から見ていた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が呆れ、自身をも振り返って深いため息をこぼした。
 唯斗は今、ヤスからの依頼を受けてここにいる。ハーリーの護衛だ。

(ま、今回は俺だけじゃなくてせっちゃんもいるからな。
 俺達相手に暗殺とか出来ると思うなよ?)
 ハーリーの後方で花壇に水をあげている生徒たちを見つめながら、唯斗が隣に声をかける。唯斗は知っているのだ。先程、別の生徒がそこに水をあげていたことを。
 そして密かに張り巡らしていた不可視の封斬糸が、他にも敵が居ることを唯斗に教えていた。

「せっちゃん」
 口調は軽く。しかし目はどこまでも真剣。そんな唯斗の隣には小さな影があった。
「わかっておる」
 せっちゃんこと辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が、行動を開始した。

 なぜ刹那がここにいるのか。話は唯斗がヤスの依頼を受けた日に遡る。その日、刹那は別の依頼を受けてアガルタに来ていた。
(治安を調べて来い、か。
 支局を出すためなのは本当じゃろうが、エヴァーロングの治安についても気にしておったし、よほどあの親子が心配らしいの)
 しかし顔を赤くしながらも、言い訳をしなかったのを考えるに、少しは進歩したのだろう。
「あれ、せっちゃん?」
「む、おぬしは……紫月、か」
 街を調べている際に偶然唯斗と出会い、そこでヤスの依頼について聞かされたのだ。
(総責任者が街を離れるとあっては、街も多少なりと荒れよう。正確な治安情報は得られまい)
 少し悩んだ後、刹那は受けることにした。ハーリーを守るのは街には必要で、街を守ることは依頼人の頼みもかなえるだろう、と。

 ホースで水を与えていた女生徒が、その先をハーリーへと向けた。水でハーリーの視界が塞がれる、と同時に周囲に居た数名の生徒が音を立てずに駆け出した。その足元に刹那が暗器を投げる。

「うわっなんだぁ?」

 ハーリーの驚く声が水のカーテンの向こうで響く中、刹那は行動をとめない。どこからともなく現れた蟲が、そのカーテンと生徒のふりをしていた暗殺者との間に入り込む。
「ちっ」
 暗殺者が後ろに大きく跳び、そのまま撤退を始めた。

「せっちゃんなーいす。さすが!」
 ハーリーから見えない位置まで逃げてきた暗殺者たちの前に現れた唯斗がにやりと笑う。だが暗殺者達の方が数が多い。唯斗がいない方角へと逃げ出そうとした暗殺者は、弾丸に貫かれた。

「……命中。風ガ強クナリマシタ。計算に修正ヲ入レマス」

 離れた位置で周囲に溶け込んでいるイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)の射撃だ。イブは静かな表情のまま状況を分析していく。

「ハーリー様ハ ゴ無事デス。敵残リ3。内1名はマスター刹那ノ麻痺ガ効イテイル模様。……唯斗様ニ トドメハ オ任セシマス」
『サポート助かるよーっと。おっけー、こっちは任された。ハーリーの方は頼むね』
「カシコマリマシタ」
 唯斗一人で対処できると判断したイブは、再びハーリーの護衛に戻った。ハーリーは服こそ濡れたものの、特に怪我は無い。水遣りをしていた女はというと、刹那の毒虫と暗器により抵抗できないほどに弱っていた。

 そして

 ミシミシと唯斗の手の中で音がした。
「ぐぁっあ」
 頭を掴まれた暗殺者。その手から徐々に力が抜けていく。まるで唯斗に体中のエネルギーを吸い取られていっているようだ。

「ん? もうすっからかん? じゃ、後は縛ってポイしましょうか。邪魔だしね!」
 
 軽口を叩きながら、着実に仕事をこなしていく唯斗。刹那がそんな彼の横に戻ってくる。

「おかえりー……あ、あとで飯食いに行かね?」
「そうじゃな。全てが終わればの。……そんなことより、気づいておるか?」

 不意に低くなった刹那の声に、唯斗の目も鋭くなった。彼も可笑しさに気づいていた。

 先程の暗殺者達は、ハーリーに向かって行ったのではなかった。周囲に居た護衛者たちを狙っていた。
 ただそれだけならば納得できなくも無いのだが……2人の言葉の先を、イブが引き継いだ。

『……周囲ノ生徒モ狙ワレテイタヨウニ 見エマシタ』


* * *


「……まだ捕まらないのですか」
「申し訳ありません。なにぶん、護衛者が手強く」
 美咲は珍しく、イライラした様子だった。男が淡々と返事をすれば、余計に苛立ったようだ。
「まったく。どうしてあんな男の護衛なんか……ヤスたちは、なんで分かってくれないの」
 ヤスが美咲を止めようとしていることを、美咲は知っていた。でも、おかしいじゃないか、と彼女は思う。自分に『真実』を教えたのはヤスなのに。

 ……どうして、恨まずにいられるのか。どうして――そんな悲しい顔で自分を見つめるのか――ちりりっと何かが脳裏を掠めた。
 あれ、今のは。

「それで、どうされますか?」
「え?」
「諦められますか? 続けられますか? しかしこのままただ続けたとしても、難しいかと」

 諦める、という言葉に美咲はぎゅっと唇をかんだ。先程感じた違和感は、どこかへ吹き飛んだ。

「諦めません。どんな手を使っても……ハーリーを殺すんです。そのためなら、私はなんだってします!」


* * *


「そ、そんな――ワタシはどうしたらよいのデス!」

 絶望に浸ってorzしているのは冷 蔵子(ひやの・くらこ)。珍しく姿を表に現していた。いつもなら冷蔵庫に引きこもっているのだが何があったというのだろう。

「聖地が壊れるなんて! どうすれば!」

 なるほど。どうやら冷蔵庫が壊れたらしい(聖地=冷蔵庫のことだ)。蔵子はしばらくどうしたものか、と悩んでいたが
「これはもう、働いて見返りにお母様に直してもらうしかないデス!」
 名案だ、と蔵子は大急ぎでお母様――マネキ・ング(まねき・んぐ)の元へと向かった。
「あの、おかあ」
「ふむ。ハーリーとやら、どうやら相当に他から恨みを買っているのだな。巡屋の小娘や御主の行き遅れ然り」
「行き遅れ……えーっと、まあそういうわけで、巡屋のヤスって人が依頼を出してるって話だ。本当かはしらんがな」
 買い物から帰ったセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)が、街で聞いた話をマネキに話しているようだった。
 聞いた話というのが、どうもハーリーが命を狙われている、という噂話。詳しく調べれば真偽はすぐに判明するだろう。
「調べてみるか」
 珍しく真面目な顔をしたマネキがその真偽を調べ、本当である事を知ったのはわずか1時間後のこと。
(能力はあるんだよな……中身がアレなだけで)
 セリスは複雑な心地になりながらマネキの話を聞く。
「フフフ……我に断りもなく小商人の命を狙うとはいい度胸ではないか……経済的(物資などへの嫌がらせ)にも物理的にも奴らに我の恐ろしさを思い知らせてくれるわ! みておれ! 行くぞ」
「お母様の悩む姿は見たくないデスよ。ワタシも手伝うデス」
「む。悪の組織が、アガルタの総責任者を狙っているだと!? どうやら、ここは私の出番ではないかっ! 博士! 私も手伝おう」
 話を横で聞いていたマスク・ザ・ニンジャ(ますくざ・にんじゃ)までもが参戦するようで……もちろんセリスに拒否権はない。

 という経緯を思い出したセリスは、深いため息をついた。
(まぁ、マネキがわざわざ作らなくていい敵を意味の分からない理由で増やし続けてるのはいつもの事だが……
 とりあえず、いつも通りに俺は素性バレないように全身鎧をしてるから問題ないが)

「あぁ、大変な事なのに何か慣れてきたな……歪んだ日常だ」
「何をブツブツ言っておる? もっと徹底的にだ! 奴らをこてんぱんにするのだ!」
「はいデス、お母様! さあかかってくるデス!
 ワタシもお母様の役に立ってみせるデスよ!」
 言葉通り無駄に徹底的に敵をなぎ払っていく2人。
 
 その時、ビリビリっと繊維が破れるような音がした。セリスは嫌な予感を感じて振り向く。

「むむむっ。どうやら悪の構成員たちは、要人の周囲も狙っているらしい。
 他を巻き込むこの所業……コレは、断じて許せぬ!!
 悪の構成員たちは私が1人残らず成敗してくれる!」
 裂けていたのはニンジャの衣服だった。鍛えられた上半身が露にされ、その拳が威力を増した。
 ああ、振り向かない方がよかった、とセリスが遠い目をする。……いやまて。そもそも――。

「止めは、必殺の【タカマガハラバスター】だ!」
「お母様を悩ませるのはあなたたちデスかー!」
「フフフ……我を恐れるがいい! そして思い知れ!
 『小商人』から身ぐるみ剥いで、すべてを奪うのは、我にのみ与えられた『特権』だ!」

 どこを見ても同じなのでは?





 あれ、おかしいな。全員味方なのに四面楚歌という言葉が浮かんでしまった。

「……いや、深く考えるな。考えたら、負けだ」
 セリスは何度も何度も自身に言い聞かせたという。

 その背後ではハーリーに近づこうとしたならず者たちの断末魔の叫び声が響いていた。


* * *


 舞台は再びアガルタへ戻る。

「……あたしに相手して欲しかったら、もうちょっと男を磨いてきなさい」
「い、ぐぉっ!」
 パンパンっと手を叩いて男を解放したセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は首をかしげた。振り返るとセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がどこかへ連絡をしていた。
「まったく、前から元気な街だったけど、今日はやたらとからまれるわね」
 2人はアガルタに遊びに来ていたのだが、先程から男たちに何度も絡まれていた。……まあ2人とも刺激的な格好をしているので、今までも絡まれたことはある。だが、今回は数が多い。
 街の空気も、どこか冷たい。

「ええ……そういうこと……分かったわ」
 電話を切ったセレアナが息を吐いた。
「どうって?」
 セレアナが声を抑え、周囲に聞こえないように今聞いた情報を伝える。つまり。ハーリーが街を離れてから治安が悪化している、と。
「急に、ねぇ」
 セレンフィリティが一瞬。本当に一瞬真面目な顔をしたが、すぐにいつもの調子に戻った。

「じゃ、あたしたちは噴水に行きましょうか」
「え?」
「ここはあたしが一肌脱ごうじゃないのってことよ」
 それ以上何を脱ぐというのか……いえ、なんでもありません。

「プールと迷ったんだけど、やっぱり噴水じゃない?」
 何がやっぱりなのかは分らないが、今さら彼女の気が変わるとは思えず、セレアナは何も言わずに従う。
 代わりに、再びどこかへ連絡をとっていた。
「私たちは噴水へ向かうわ。そちらは任せて」
 どうやら今回警備に回っているほかの仲間のようだ。

「よお姉ちゃんたち、暇ならどうだ? 俺たちと」
 さっそくかけられた下品な声に、喜々としたのはセレンフィリティだ。
「悪いけど、お断りするわ」
「んなこといわずによ」
 じろじろと身体を見られる。気持ち悪さを感じつつ、
(まあこんな格好していれば仕方ないのだけど)
 セレアナは少し納得してしまう。でも彼女の場合は自身の意思ではないのだ。
 対して恋人はというと、ふふんっと白い肌を見せ付けるように足を持ち上げた。その脚線美に男たちの目が集中する。

「……女を誘う時に、ナイフを握り締めながらなんてマナーがなってないわ、よ!」
「いっ!」
 そのまま放たれた蹴りが男の手に当たり、小さなナイフを地面に落とした。セレンフィリティが妖艶に笑う。
「くっそが! おい、やっちまえ!」
「……はぁ。なんてお決まりの台詞を」
「ほんとよねぇ。どーせならもっと面白いこと言ってくれたらいいのに」
 ふざけた口調で言いながら、セレンフィリティが首を傾ける。顔の横を通りすぎる腕を掴んだ彼女は、そのまま身体をひねって巨体を投げる。
「はっ?」
 セレアナはというと、その光景に驚いている別の男に軽く触れた。とたんに男の顔に皺が増えた。筋肉が衰える。弱った腰を軽く蹴りつければ、大げさな声を上げて男がうめいた。
「てごたえないわねー」
「ぐぎゃっ」
 セレンフィリティがつまらなさそうにブーツで男の背を踏みつけた。

「……水着姿の美女に見とれてばかりいるから、あっさり負けるのよ?」

「くそっ。噴水は警備が薄いって聞いたのによ」
「へぇ? それは残念だったわね」

 噴水で暴れまわっていた男たちをあらかた倒した後、いつも噴水へ散歩に来る老人が一息吐いてからセレアナに話しかけた。
「助かりましたわい。ですが……なぜそんな寒そうな格好をなさっておるので? もしや物取りに?」
 心から心配している老人に、セレアナはどう返したものかと悩んでから、セレンフィリティの方を示した。

「彼女に聞いてください」

 それはもう、力の無い声だったという。