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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

リアクション


【その日、彼らは呟いた】


「ふぅ。なんとかなったか」
「おつかれー」
 視察を無事に終えたハーリーが息を吐き出す。襲撃の回数は、途中で数えるのをやめてほどだ。
「お前らもありがとな。おかげで、大きな怪我させずにすんだ」
「まだお礼を言うのは早いわよ」
「そうですね。まだ終わってませんから」
「まあそうなんだが……な」

 ハーリーはもう一度長い長い息を吐き出し、膝を地面につけた。その手は心臓の辺りを握り締め、額には汗が浮かんでいた。

「ハーリーっ? これは――」


* * *


「依頼は了解しました。それが望みだというのなら受けましょう。しかし……いや、雇われの身で詮索は不要ですね。では」
 高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は、御主悪世と名乗った女をちらと見てから、部屋を出た。部屋の外で待っていた式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)がすぐ隣に寄ってくる。
「どうでしたか?」
「依頼は依頼だからな。引き受ける。標的はハーリー・マハーリー。アガルタのトップだ」
 広目天王がかすかに目を細めた。そうして彼がもう一度同じ質問をしたのは、御主の屋敷から大分離れてからだ。
「どうでしたか?」
「――あれは影武者だな。本人じゃない……だが隣にいた巡屋のは本人だろう。話に聞いていた人物とは程遠い表情だったが」
 できれば美咲の所有物を得て、サイコメトリをかけてみたいが。
「難しいかもしれません。常に御主組の誰かが傍にいるようです」
「ならいい。あくまでも仕事優先だ」
「かしこまりました」

 そうして依頼を受けた玄秀たちは、じっと機会をうかがっていた。
「予想以上に護衛が多いな」
「確実にしとめるには、やはりティアン殿は連れてくるべきでしたな」
 ティアン。ティアン・メイ(てぃあん・めい)。本来なら貴重な前衛戦力だが、こんな事に駆出すと精神に負担がかかるので玄秀が外している。
 広目天王はもちろん、そのことを知った上で口にしたのだろう。
「うるさい。奴には向かない仕事だ」
「ほう。以前であればそのような事は斟酌しなかったと記憶しておりますが、何かお考えを翻すような出来事でもございましたか」
「差し出がましいぞ、広目天王。主の判断に口を挟むなど」
「はっ失礼いたしました」
 ふぅっと玄秀は息を吐き出し、

「物理で行くとはじかれる。遠隔呪法でいくぞ」
 幸い、今回の相手は顔も名前も知れている。呪詛をかけるのは簡単だ。問題は、呪詛をかけてすぐに相手が死ぬわけじゃないこと。
「狙うは気が緩む最終日、か。もちろん、機会があればいつでも行うぞ」
「はっ」
 低頭した広目天王の姿が消える。持ち場に戻ったのだ。

 部下達に状況を調べさせながら待ち続け、そうして現れた機会が、今だった。

 倒れこんだハーリーのとどめをさすため、広目天王が矢を放った。


* * *


 周囲から一般の生徒達がいなくなり、美咲へと近づこうとしたヨルディアがハッとした。
「――う」
「どうした?」

「違う! あれはあの子じゃない!」

 見つめている先にいるのは美咲――じゃない、別の誰か。宵一が見ても分からないが、いや。
「ちぃっ」
 美咲じゃない誰かが、突如襲い掛かってきたのだ。短剣を杖で受け止め、すぐさま新世界への扉を顕現させる。相手は訪れた暗闇と眩しい光に目を瞑った。
 その隙に後ろを振り返ると、ハーリーがうずくまっていた。そしてそんな彼に近づく、見覚えのない影。ローブがめくれ、その下から姿を現したのは、美咲。
「こっちは任せろ! お前は美咲のところへ行け! 止めたいのだろう?」
「……わかったわ」
「お姉さまは任せてくださいでふ」
 走っていったヨルディアとリイムを見送りながら、宵一はフレースヴェルグとフェニックスを召喚。2体に攻撃を命じた。

「少し手順が狂ったが、元々相手は俺がする予定だったからな。ま、問題ないか」
 宵一はふっと笑う。
 全身から沸き起こっているように見えるのは、魔力だ。それが杖を通して一箇所に集まっていく。

「――神の審判」

 その言葉で、集められていた魔力が解き放たれた。


「どきなさい!」
 行く手を阻む敵に、ヨルディアの身体から火花が飛び散り、襲撃者の肌を焼いた。だが解放された魔力は敵だけで押し留まらず、味方にも飛んでいく。
 のを、リイムが女神の手でシールドを張って守る。リイムはヨルディアのフォロー役らしい。
(どこで入れ替わったのかしら。途中までは……いいえ。今はそんな事よりも)
 ヨルディアは走りながら意識を集中させた。美咲が操られているのなら、心を落ち着かせれば――。
「殺す!」
 しかし美咲に変化は見られない。ハーリーは迫る刃を朦朧とした眼で見つめ、周囲の護衛たちが立ちはだかる。
 美咲の刃がハーリーに届くことは無い。だが、もはや彼女の眼にそんな状況は見えていないようだった。
 そして美咲の後ろから飛来する矢が、彼女の横を通りすぎ、鋼鉄の軍勢がそれをはじく。
 甲高い音に、美咲の目に一瞬光が宿るも、ハーリーの姿を見れば戻ってしまう。
(一体何があなたをそんなに追い詰めてるの?)
 ヨルディアの声は、まだ彼女には届かない。

「ウェンディゴ!」
 ヘルが召喚したウェンディゴが、美咲の刃物をはじく。だがもう、美咲は武器にはこだわらないようで。皆に守られるハーリーを睨む。その小さな口から出るのは、言葉にならない憎しみ。
「いつもの様子とは随分違うじゃないか。まるで親の仇、だな」
 呼雪が、周囲に気を配りながら話しかければ、憎悪溢れる目が彼に向いた。美咲は何も否定しなかった。

「美咲ちゃん、こんな酷いこと、もうやめて!」
「どうして……どうしてみんなそいつの味方をするの。そいつは、私のお父さんとお母さんを殺したのに!」
 美羽がその足で襲撃者を追い払いながら頼むと、美咲が叫んだ。どうして分かってくれないのだと、駄々をこねる子どものように。ヘルが不思議そうに美咲を見る。

「ふぅ〜ん、でも美咲ちゃんの両親って、君が憎しみに塗れて手を汚すのを望むような人達だったワケ?」

「っ! 違う。お父さんは、優しい人で――あいつは、そんなお父さんを――なんで」
 ヘルの言葉に怒りを見せるが、よほど混乱しているのか。言葉も思考も同じところを回っているようだった。呼雪はじっとその様子を見つめる。
 美咲のことはひとまず呼雪に任せたヘルは、意識を集中して周囲の敵へトリニティブラストを放つ。とはいえ、敵味方が入り混じっているので威力は控えめだ。
 
「(この様子じゃ誰かに吹き込まれてるんだろうが)
 ハーリーには直接聞いたのか?」
「聞く必要はないでしょ。だって、その男以外にいないもの」
「……なぜ?」
「お父さんとの会談の日時。知っていたのはお父さんたちを除けば、あいつだけ! それに、ヤスだってあいつがそうだって、憎いって言ってたのに」

「こっの……いい加減にしなさい!」
 駆け抜けてきたヨルディアが、髪を振り乱したまま、手を振り上げ、下ろす。ぱちん。戦場には不似合いな音が響く。
「なんで、なんでヨルディア姉さんまで……悪世姉さんは分かってくれたのに!」
 美咲はショックを受けたように頬を押さえた。
「そうじゃない。周りを見て。あなたは何も思わないの?」
「周り?」
 美咲が首をかしげたとき、爆音が響く。直前で気づいたヨルディアはその身で美咲を庇う。
 建物の一部に爆弾がつけられていたらしい。
 破片がヨルディアの背に当たり、血が流れるのを。周囲から聞こえる苦痛に耐える声を。美咲は初めて知ったかのように呆然と見、聞いていた。

(乱戦になったか……ならば)
 爆破したのは広目天王だった。敵味方の動きが止まっている。静かに弓矢を構えた。

(さっき矢が飛んできたのに……弓を持っている人いないね……ってことは)
 一方で襲い掛かる敵たちを観察していたヘルが、神威の矢を放つ。

 2つの矢は、同時に放たれた。1つはハーリーの足に。1つは広目天王の腕に。

「くっ!」
「ちぃッ! 戻れ! 広目天王!」
 玄秀が素早く撤退指示を出す。これ以上深追いしても意味は無い。やるべきことはやった。

「呼雪!」
 ヘルが振り向く前に、呼雪は歌い始めていた。周囲に現れる幻の存在が、ハーリーの身体に触れ、その身を癒していく。苦悶に満ちた顔が、少し楽そうになる。
 いやハーリーだけではない。周囲にいる傷ついた人々をも。

「ヨルディア、姉さん……ちが、私、そんなつもりじゃ」
 美咲は周囲を見る。敵味方、双方傷ついていた。すべて、自分の願いが発端で。
(私は、ハーリーが憎くて……でも他の誰かを傷つけるつもりは)

「なんでもするって、そうじゃなくて、わたし、ちが」

 大人しくなり、地面にへたり込んだ美咲を、ハーリーは治療を受けながら見ていた。耳からは呼雪が紡ぐ優しい物語が聞こえてくる。幸せに過ごす登場人物たちが、自分の傷を癒していくのを他人事のように眺める。
 物語はハッピーエンド。誰もが幸せになる。

「はっ、そう、なれば……いいんだけどな」
「ん、何か言ったか?」
「……いや、何」


「子育てってのは難しいなと痛感した、だけ、」


 ハーリーはそう笑って、目を閉じた。怪我は治ったが、呼吸がひどく乱れている。汗もひどい。呼雪がヘルを呼んだ。
「んっと、毒? ――じゃない。呪いだね。なら」

 ヘルがそって手をかざすと、ハーリーの顔が少し穏やかになった。


* * *


 巡屋美咲は、治安当局にてしばらく身柄を拘束されることになった。
 大々的にニュースとして流されることはなかったが、その報せを受けて、街ではさまざまな憶測が飛び交った。
 だが街の修繕や日々の生活に追われ、さらには入院していたハーリーの復職――しかし完全復活したわけでは無いらしい――や、アガルタ独自の治安維持部隊の設置宣言などがあり、次第にその話は人々の記憶から追いやられていった。
 また別の話になるが、ハデスの店は唐突に閉鎖された。総司令部の襲撃者として顔を見られたのだから仕方ない。――どこかでまた密かに店を出しているという噂はあるが、真偽は不明だ。

 ニルヴァーナ学園とは、騒動を起こしてしまったものの、周囲のフォローもあり、関係は良好だ。

 ハーリーが呟く。

「――もうすぐ全ての答えが出る、か」



* * *


 別の場所で、その女性は今回の顛末を聞いた。失敗したはずだというのに、その顔はどこか楽しげだ。

「あと少し、かしら」