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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

リアクション


【その日、彼は思う】


「美咲ちゃんが……暗殺?」
 ヤスから話を聞いた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は信じられないと目を開いた。隣に座ったベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)も気持ちは同じだ。
(でもヤスさんに嘘をついている様子は……何か理由があるんでしょうか)
 元々2人はアガルタへ遊びに来ていた――美羽は土星くん『で』遊ぶつもりだった――のだが、こんな話を聞いてはいてもたってもいられない。
 もちろん引き受ける、と頷いた美羽にベアトリーチェも賛成だ。だが、確認しておかなければならないことがある。

「あの優しい子がそんな事をするわけがないじゃない!」

 机を叩いたのはヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)だった。彼女は巡屋の姉御として、その話を看過できなかった。戦うことが嫌いなあの少女が暗殺? それが本当だとするならば
「何か、裏があるはずよ」
 言い切ったヨルディアに、ヤスがぴくりと腕を動かした。ベアトリーチェはそれをじっと見てから聞く。

「引き受ける前に、1ついいですか?」
「……なんですか?」

「なぜ美咲さんが、ハーリーさんを暗殺しようとするのですか?」

「そ、れは」
 予想していた問いかけではあったのだろう。ヤスは動揺した様子は見せなかった。だが、全身に無理に力が入っていた。
「本当なら、あっしはとある説明をあなたたちに言わなければいけやせん」
 不思議な言い回しだった。その説明とやらをするのが彼の本意ではなく、誰かに命令されたかのような。
「ですがどうしてもあっしには、もう二度と説明できやせん。そして、あなたたちに話したいことも、言えやせん」
 ただ、とヤスは続ける。

「あの方を殺して一番苦しむのは、お嬢なんです……だからどうか、お嬢を救ってやってください」


* * *


「誰かに操られているかもしれない、か」
 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)はヨルディアから、美咲を止めるのを手伝って欲しいと強く頼まれた。
(暗殺する動機は言えない、か)
 伝え聞いたヤスの様子から、彼にとってぎりぎりのラインがそこだったのだろう。適当な嘘をつかず、ただ言えないと頑なに繰り返すしかできなかった。
 依頼の詳細は言われずとも、そこには誠実さがあった。
(ま、悪くない……何より、ヨルディアからの頼みだ。気合を入れてやってやるさ)
 隣にちらと目をやった宵一は、「うっ」とうめいた。そこには目といわず全身を燃え上がらせているヨルディアがいたからだ。
 ヨルディアの視線の先には、ようやく見つけた美咲の姿がある。

(ヨルディアさんが無茶苦茶怒ってらっしゃる……元から俺に拒否権はないな、こりゃ)

「絶対そんな馬鹿なこと止めてみせる」
「僕もお姉さまのお役に立つでふよ」
「……ありがとう」
 リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)がびしっと手を上げて存在を主張すると、少し表情を和らげたヨルディアが礼を述べた。
「見つけたはいいが、周囲には一般の生徒もいるな。もう少し様子を見るか」
「そうね。巻き込むわけには行かないわ」
 説得をするには周囲にいる男たちとの戦闘は避けられない。

「では、私達はハーリーさんの周囲を襲う人たちの相手を主にしますね」
「関係ない人が傷ついたら、美咲ちゃんも悲しむと思うから」
「そうね。ええ、お願いするわ」
「ああ、分かった。美咲の監視は任せろ」
「気をつけてでふ」
 5人(4人と一匹?)は、一度美咲へと目を送ってから、2手に分かれた。

 ハーリーを狙っている者たちが、どうやら周囲を巻き込もうとしていると言う情報を聞いた美羽は、益々不思議に思う。
「美咲ちゃんがそんなこと命令すると思う?」
「……思いませんけれど、上手く言葉を誘導させることは可能だと思います。先程の様子を見る限り、いつもの美咲さんとは違うようですから」
 優しい笑みが消え、暗い眼をした美咲の心はひどく乱れている。そこに付け入るのは、難しいことでは無いだろう。

「授業はどんなことをしてるんだ?」
「あ、はい。この間は――」

 今ハーリーは一人の生徒と話しをしていた。美羽が少し腰を落とす。今までのことを考えれば、次はこの生徒が危ない。
 ベアトリーチェも周囲を見渡し、視界に何かが入った。
「美羽さん、上です!」
「まかせて」
 創世学園の制服が揺れる。素早く駆け抜け、美羽の小さな身体が飛び上がる。ミニスカートから惜しげもなくさらされた足が、窓から落とされた花瓶に当たり。誰もいないところに落ちた。もしあのまま落ちていたら、生徒の頭を直撃していただろう。
「っとと。2人とも、怪我は無い?」
「いや俺は大丈夫だ」
「私も」
「そ、良かった」
 その結果を見ることなく、ベアトリーチェがその窓へと向かう。ふわり、と軽やかに身を空へと投じた彼女は、逃げさる背中をとらえた。
「逃がしません」
 ベアトリーチェがその言葉を言い終わるか否かに、悲鳴が上がった。ベアトリーチェがふうっと息を吐く。逃げていた男が苦痛に顔をしかめて膝をついていた。どうやらトラップにひっかかったようだ。

「あ、ベアトリーチェの方も上手くいったみたい」
 戻ってきたパートナーを見て微笑む美羽だったが、ハーリーの顔が暗いことに気づいて背中を叩く。
「いづっ」
「あたしたちがいるから、大丈夫! あなたはあなたの仕事をして」
 ハーリーも気づいているのだろう。先程から、自分の周囲が狙われていることに。
「視察に来てるんだから、いろんな人に話を聞くのは当たり前だもん」
「……そうだな。ああ、頼むわ」


* * *


「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
 今まで、秘密喫茶の店長としてコーヒー豆をひきながら雌伏の時を過ごしていたが、
いよいよ、我らの本領を発揮する時が来たようだな!」
 店内のテーブルの上に立ち(あとで綺麗に掃除した)、胸を張るドクター・ハデス(どくたー・はです)。身につけている白衣からは、たしかに言葉通りコーヒー豆のよい香りが漂っている。

「そうですね。ハーリーさんが留守のようですし、契約者もある程度ハリーさんに同行するでしょうし、これはチャンスですね」
 冷静に頷くのはオリュンポスの参謀、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)だ。ハデスが頷く。
 十六凪は少し考え込む。少し手薄になっているとはいえ、それは相手も思っていることだろう。いつも以上に厳重になっている可能性は否めない。
「街の警備状況は……やはり厳しくなっているようですね。指令部からの依頼だけでなく巡屋も動いていると」
 ノートパソコンを開き、何か操作をしていく。そうして警備状況を確認していくと、奇妙なことに気づく。
「これだけの人員を外へ借り出せば、総司令部が手薄になるはずですが」
 ぱっと見分からないようにはしているのだろうが、こうして数値を手に入れてみれば一目瞭然。
(作戦ですかね……誰かを釣ろうとしている? そういえば御主組が動いているという情報がありましたね。御主組を釣るつもりでしょうか)
 考え込んだ十六凪だったが、すぐに微笑を浮かべた。

「これは、アガルタ総司令部を押さえるチャンスですね。
 ハデス君、少々作戦の相談なのですが……」
「む? 総司令部を落とす、か……いいだろう。
 アガルトピア中央区のアガルタ総司令部に襲撃をかけ、アガルタの街を乗っ取るのだ!」
「了解です、ハデス師匠!
 これより、アガルタ総司令部への襲撃をおこないます!」
 ハデスにびしりっと返事をするのは怪人 デスストーカー(かいじん・ですすとーかー)。ハデスから借り受けた戦闘員や特戦隊を引き連れ、前線にたつ。
 正面ではなく、裏に回ったデスストーカーは、作戦通りドアのカギを開けて突入していった。

「無効化した警備員や、無抵抗な者は、建物の外に放り出すだけでいい!
 この建物を占拠することを第一目標とする!」
「目標ナノダー!」
「ぃやっほー! 消毒だー」
「はい!」
 個性溢れる戦闘員たちとデスストーカーは、あっという間に指令部の一階を占拠していった。

「どうやら2階には強敵がいるようですね」
「うむ。しかしこの隙に、このアガルタの電子システムを乗っ取るとしよう!」
「そうですね。2階の戦いも有利になるでしょう」
 全員の目がデスストーカーたちに向いている間に、ハデスと十六凪は正面から堂々と潜入していた。
「先遣隊の情報によるとたしかこの先――ここのようですね」
 たどり着いたコントロールルームは、地下にあるようで、重厚な鉄のドアは無残な姿になっていた。中はすでに綺麗に掃除しているらしく、機械音以外に物音は無い。
「む? ニルヴァーナの技術も使っているのか」
 一部の機械を見たハデスがすぐそれを見て取った。言動はアレだが、ハデスの知識は幅広い。
「ではそちらはお願いします」
「わかった!」

 作業に入ったハデスを横目で見たあと
(ここまでは成功……まあ所詮はハデス君、どうせ作戦は失敗するでしょうが、僕の目的は果たさせてもらいましょう)
 中々に辛らつなことを内心呟き、十六凪はパソコンを開いた。

「(さて、ハリーさんの過去についてのデータをいただくとしましょうか)」


* * *


 俺にはもう救えない。
 たとえ救う方法があったとしても、俺はソレを選ばない。選べない。

 だけど、と最近少し期待もしている。

 お前だったら、救えるんじゃないかって。


* * *


 大きな爆発音に、松本 恵(まつもと・めぐむ)高天原 卑弥呼(たかまがはら・ひみこ)が顔を上げた。
 2人はアガルタの治安が悪化していると聞き、駆けつけた。
「きっと鏖殺寺院の仕業ね。なら、鏖殺寺院に洗脳されてるお兄さんも居るはず!」
「え? う〜ん、鏖殺寺院が居るかどうか分からないけど、この事態はどうにかしないとね」
「アガルタの防衛を手伝いながら、あわよくば兄さんを鏖殺寺院から取り戻すチャンスを狙うわ!」
 え? ハデスって洗脳されていたの? とかを突っ込んでも無駄なことを恵みは知っていたので、何も言わない。
 恵としては純粋に街の住民が心配だった。

「とにかく僕たちの担当はアガルトピア! 街は広大だけど、決して単独行動はしないで、慎重にかつ迅速に!」
「へいっ!」
 借りてきた巡屋の人たちが野太い声で返事をする。

 爆音が響いたのは、そんなときだった。

「今のは――総司令部がっ?」
 
 後ろを振り返れば、裏の方から煙が上がっている。中から悲鳴も聞こえ、恵はすぐさま走り出し、塀を飛び越えながら叫ぶ。
「チェンジ! ブレイズガード!」
 ヒーローコスチュームに一瞬で覆われた恵を見て、巡屋たちが「おおお」っとどこか興奮気味の声を上げた。
「さあいくよ! 人質がいるかもしれないから、慎重にね」
「ええ……?」
 卑弥呼はふと、聞き覚えのある声が耳に入った気がして顔を上げた。
「姉さん? どうかしやした?」
「……いいえ。なんでもないわ」
 恵たちはそのまま侵入し、中の様子を伺うことにした。ハデスたちが正面から侵入したのはその後のことである。
 一階はすでにほとんどが占拠されており、恵たちは一度2階へと上がっていった。

「――あなたたちはっ?」
 そこで女性――秘書のメイアと遭遇した。最初は警戒されたものの、警備の腕章と警備登録の書類にて合致させて信じてもらった。
「すみません。一網打尽にする予定だったのですが、御主なら一階は素通りするはずで」
 2階には警備員がいた。彼らと協力して階段を上がってくる敵を倒しつつ、卑弥呼がぎりっと唇をかんだ。

「そこを鏖殺寺院につかれたのね」
「鏖殺寺院?」
「えっと、とにかく。僕達が囮になるので――」
「すみませんが、お願いします。奪還のための人手はもう外に集まっている手はずになっているので」
 見取り図を指差しながら作戦を確認。恵が敵の前に現れて引きつけている間に、卑弥呼たちが人質の安全を確保。
 深呼吸をひとつして

「そこまで! 天空剣士ブレイズガードとは僕の事だ!」
 格好良く登場した恵に注目が集まっている間に、卑弥呼は人質――といっても、あまり手荒なことはされていないようだ――を守るべく動き、敵の中にその姿を見つけて思わず叫んだ。

「兄さんっ?」
「む?」
「やっぱり兄さん! なんでここに――! 鏖殺寺院に洗脳されてるのね」
「鏖殺寺院だとっ?
 ククク、鏖殺寺院は、我がオリュンポスの世界征服を影から妨害する組織の者達!

 この俺が、そんな奴らと繋がっているわけがないだろう!」
 無駄に胸を張るハデス。しかし卑弥呼は思い込んでいるので、当人の話だろうと聞きはしない。

「ああ、ハデス君。そろそろ逃げましょうか。もうすぐここは完全に包囲されます」
「む、そうか」
「思ったよりも反応が早かったですね。できれば2階も調べたかったのですが、彼らがいてはできないでしょう。まあ問題はありません。逃げ道も確保してあります」
「よしっ! では撤退するぞ。デスストーカーおよび戦闘員たちよ、道を切り開け」
「はい! ハデス師匠」
「待ちなさい、待って、兄さん!」
「くっ! 行かせないよ」

 撤退していくハデスたちを半包囲した恵たちだったが、逃げ道を確保してあると言い切っていただけはある。建物の一角に開けられた穴から逃げられてしまった。
 しかしながら中で捕まっていた人たちにひどい怪我はなく、無事だ。被害が一階で済んだのも大きい。

 アガルタでの治安悪化騒動は、総司令部奪還の報せが広がるとともに収束へと向かっていった。

 
(ハーリー君に関しての情報は外と変わりませんでしたが、面白いものは手に入りましたね――御主組、興味深い組織のようですね)


* * *


【御主組についての報告書】

・特殊な組で、固定の縄張りというものを持たない。それでも成り立っているのは、よそからの貢物である。
・組長が代わる時、後継の儀が行われ、必ず先代は死去する。
・組員の数は少ないが、忠誠心は異様なほどに高く、組長の命ならばなんでもする。彼らを間近で見たものは『彼らは精巧に作られた人形のようだ』と思うらしい。
・組員達に序列はない?
・御主家に関わった者たちは、味方敵関係なく9割が殺されている。残りの1割は自殺。※1
・組長は命令を下すのみで表には出てこない。出てきたとしても影武者。※2
・現組長は女性と言われているが、写真入手はできず。
・先代の巡屋組長とはそりが悪く、対立していた。※3
・情報収集能力が高く、彼らに秘密に出来る話は無いとまで言われるほど。諜報員がかなり優秀。



※1 御主に殺されたある商人の息子が今も生きているという話がある。真偽は不明。
※2 ※1の商人を殺すために先代が出てきたというが、影武者の可能性が高い。
※3 巡屋組長を暗殺したのは彼らでは無いかと言われている。証拠不十分で起訴はされていない。