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リアクション
第2章 雪山遭難のお約束……?
「これもどうぞ。冬山さんが出してくれたんだ」
静香が皆がスープを飲み終えた頃、テーブルの中央に、一かけらずつ割ったチョコを置いていく。
その時、入り口の扉が開いて、黒い手が白い布の隙間からもぞもぞと突き出された。
「……あ、噂をすれば」
冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、出かける時にはなかった白い物体が目の前に突如現れて一瞬戸惑ったものの、すぐその横から体を滑らせて入ってきた。
「……カーテン……?」
「説明しなくてごめんね。それ、今さっき作ったんだ」
訝しげな小夜子の元に、静香が歩み寄ってくる。
倉庫から持って来た、しばらく洗濯していない予備のシーツ。それを重ね合わせて、針と糸でカーテンのように縫って、上端を釘で扉の上に打ち付けてたのだった。
「風避けがあると室温が違うかなと思って。外は寒かったよね、お疲れ様」
小夜子は大丈夫です、と言って、ロシア帽を脱いで、雪の積もった帽子とロングコートの肩を払った。
コートを脱げばその下はポータラカインナーだ。防寒対策は十分で、静香に大丈夫と言ったのは気遣いではなかった。風や雪は移動には厄介だったが、冬山という程の寒さは感じない。
帽子とコート、防寒ブーツを暖炉の前に置きながら、静香に見回りの結果を報告する。
「また大分積もってきました。トイレに行く時は単独の行動を避けた方がいいと思います。離れのトイレに行って遭難した人の話を聞いたことがありますから」
雪と風による視界の悪さと遮音には注意した方がいい、それにもしかしたら雪猫も……?
「トイレか……僕も見回りすることにするよ。冬山さんもスープをどうぞ」
「私は……大丈夫ですから、皆さんを優先してください。水があるなら寒さと体力の消耗さえ気を付ければ救助隊が来るまでは十分持つ筈です」
今も“イナンナの加護”で警戒を怠らない小夜子は、まだ臨戦態勢と言った風だ。
「そんなこと言わないで、皆と一緒に食べようよ。健康を気にするのも僕の仕事だし、もし何かあったら、僕が冬山さんの恋人に怒られちゃうよ」
「……じゃあ、少しだけ……」
と、小夜子は僅かばかりスープを飲もうと奥に行こうとして……暖炉の側に座ってぬくぬくしている二人に目を見開いた。いや、正確には、一人が一方的に抱き付いているのだが。
「……って御姉様? アナスタシアさんに何をしてるんですかっ。暖を取るにしてもそこまでしなくてもいいでしょうっ」
御姉様――崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、じたばたするアナスタシアに引っ付いて抱きしめていたが、くるまった狼の毛皮のフードから顔を覗かせた。
「あら、お帰りなさい。寒くて寒くて」
と、言いながらアナスタシアに絡めている、毛皮の下から伸びた腕は素肌だ。どころか胸元も大きく開いており、セクシーな谷間が覗いていた。冒険には高性能の防具であるアトラクティブアーマーだが、鎧とは呼べないほどの露出度では防寒には役立っていない。
こんな中でそんな服装は命取りになるはずなのだが、その辺はポリシーである。
命とプライド、どっちも取るのが女の生き様、らしい。
「そんな服を着てるから寒いのですわ! おまけにその毛皮は何ですの? レジャーに来たのであって、虎狩に来たのではありませんのよ」
よそ見した隙に逃げようともがくアナスタシアの肩に、亜璃珠はウィッグを絡める。狼の毛皮を被っているので、本当に狼が襲っているように見えた。
「ごめんなさい。どうやら御姉様は寒さのあまり理性が……」
小夜子はつい謝る。御姉様の過剰なスキンシップはいつものことのような気がしたが、アナスタシアがされるのは多分初めてのことだ。
「ふ、冬山さん助けてくださらない?」
涙目のアナスタシアを助けるべく、仕方なく小夜子は割って入ったが、亜璃珠は赤い唇を綻ばせて、
「助けてって、なに決してやましい理由なんかではありませんのよ。考えて御覧なさい、過剰な暖房設備は局所的な雪解けを招き、雪崩が発生する可能性だってあるでしょう?
それにこの吹雪は原生生物によるものなのでしょう、吹雪は外敵を退ける為のもの、その中で無闇に火を使えば、外敵として認識されてもおかしくないわ」
「……そうですわね」
口車に乗せられて納得しかけているアナスタシアを見て、小夜子はあぁ駄目だ、と肩を落とす。
「確かに雪だるまを壊したのが雪猫であれば、すぐ近くにいる可能性がありますから、警戒が必要ですけど」
小夜子は同意してみたが、御姉様が本気なのか冗談なのかわかりにくい。
「だから寧ろ全員に勧めたいと思うぐらい」
同意されて、亜璃珠は一層べったりと背中に顔を押し付ける。
「……そ、そうですわ! 温まるなら私でなくても……」
「前線好きだし、今まで余り機会がなかったけど、実は彼女みたいなヒロイン気質の子って割と好みなの。
肌も白くて柔らかそうだし、そうねえ、ふくらみが足りないのが若干残念ではあるけど、そこは追々ということで……」
白くてすべすべな頬と首筋をなぞり、徐々に下に。
両手を胸に這わされて、アナスタシアは悲鳴をあげた。
「やめてくださらない? そ、それに私は、……へ、平均的ですわよ! 成長期は終わってますし! 皆さんが大きいだけですわっ……」
「はいはい御姉様、寒いなら私に抱き付いてて下さい。……山小屋はプライベートがほぼ無いんですから程々に……」
小夜子に引きはがされたので、亜璃珠は今度は小夜子にしなだれかかった。
「落ち着くまで抱き締めてあげます」
付き合いが長いだけあって良く扱いを心得ている。
介抱されてほっとしたアナスタシアだったが、その足に突如衝撃が走って床に引き倒された。
「アナスタシアお姉様……凍えそうなときは抱き合って温め合うのが定番ッ!」
低空タックルをかまして脚を奪ったのはレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)だった。
「な、何ですのもう!?」
その声に、はっと気付いて床から起き上がったレオーナは口元を拭いながら、呟いた。
「……おっといけないいけない極限状況ならではの種を残さねばという生存本能で、激しく暴走しちゃってたわ……」
レオーナは笑ってごまかすと、いそいそと袋の中から食事を取り出し、無邪気な笑顔で、
「さっき、地面を嗅ぎ回って探してきたんです」
野性味溢れる報告と共に取り出されたのは、これも野性味あふれる木の根、地面から掘り起こしてきた虫の蛹や幼虫だった。
果たして食べれるのかどうか不明だが……何もなくなったら食べるしかないのだろう。
「正直、食べ物さえ見つかって凌げればこんな滅多にないハーレム的空間、救助なんかされなくてもいい……あ、いや、なんでも」
「さっきから聞こえてますわよ」
「あ、これも持ってました。食べますか? ごぼう」
次に取り出したのは、一本の黒くて、アナスタシアが見たこともないほどに長い新鮮なごぼうだった。何故そんなものを彼女が持ち歩いているのか見当も付かなかったのだが、レオーナはこれを武器として所持していた。
黒タイツ着て尻にゴボウを刺す仕事人、と呼ばれたことすらある。
その名を聞いたことはなかったが、何故か嫌な予感がしてアナスタシアが首を振ると、レオーナは寄り添って温め合う亜璃珠と小夜子を示して、、
「耐え忍ぶためには、食料と身を寄せ合っての保温活動。そして生き延びるという意志の維持が必要です! 話をして気を紛らわしましょう」
一見まともな提案によって、素直な乙女たちが身を寄せ合い、円を作る。乙女だらけのクローズド・サークル。
レオーナにとっては天国だ。
「それで、誰から話をしましょう?」
小夜子に訊かれ、言いだしっぺから、とレオーナが話を始めた。
「昔ね、この辺の雪山で遭難した登山隊がいるの。
ただ一人の生き残りが、偶然見つけた無人の山小屋に転がり込んだんだけど……凍死して見捨ててきた他の隊員のことに罪の意識を感じてね……。
そんな眠れぬ夜、小屋の外から足音が……とても人が歩ける吹雪では無いハズなのに……。
徐々に足音が近付き、ドアを開ける音がしたの」
ごくりと誰かが喉を鳴らす。
「そして、そこには、
……、
……………、
………………、
嘘ぴょ〜ん!!」
「きゃああーっ!!」
突如の大声を出したレオーナに、乙女たちが互いにしっかりと抱き付きあって声を上げる。
その横でレオーナはてへぺろ、と舌を出していた。
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