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雪山、遭難、殺雪だるま事件

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雪山、遭難、殺雪だるま事件

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第6章 4日目、山小屋。


 百合園とのちょっとした縁で参加したレジャー。
 暖かな別荘で素敵な食事を囲んで、晴れ渡った空の下、雪山を風を切って滑る予定でいたのに……何で遭難なんて。
 エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は自分の不運を、一人、魔女らしく呪いかけた。
 レジャーを楽しめないのは言うまでもないが、パートナーたちに会えなくなるようなことがあれば、きっと彼は後悔するだろう。
 パートナーの御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は、出産を控えた妻の身を案じて、ツァンダの自宅で彼女の側にいてあれこれ世話を焼いている。
 傍らにいるのはいつものことなのだが、いつも以上に側を離れない。
 世話の他にも産前産後は設備の整った病院の近くで暮らそう、と差し迫った引っ越しの準備も忙しく、傍から見れば大変そうだが、愛する妻が我が子を産んでくれるのだから、と、エリシアが出発の挨拶をした時も彼自身はとても幸せそうだった。
 それだけでなく、わざわざエリシアたちパートナーの部屋も用意してくれたという。
 遭難したなんて話が、そんな二人に伝わって余計な不安を与えなければいいのだけれど……、と、エリシアは思った。
 しかし、しっかりしようと思っても。
 ぐ〜、きゅるるるる〜。
 無情にもお腹は減り、お腹は鳴る。
「こういう極限状態でこそ人の品性が試されますわ。とは言え、空腹では心の余裕が無くなるのもむべなるかな、ですし……わたくしが食事を提供しましょう」
 お腹が減ると気弱になったり、怒りっぽくなったりする。数少ない食料は昨日のうちに殆ど食べ尽くしてしまった。
 魔女らしく、“ギャザリングヘクス”で呼び出した魔女の大釜でスープ。キッチンの竈に火が無くても、何故かグツグツ煮込まれていて、食べればぽかぽか間違いない。
 見た目は悪いが。いや、匂いも良くはないが……。
「皆さん、お食事をどうぞ召し上がってください」
 暖炉の火は、少ない薪と灰の間から、ちろちろと小さく燃えるばかり。気温がぐんと下がったように感じる。
 側に積まれている僅かばかりの薪は、古くなった家具を切り倒したものだった。
 エリシアがスープと一緒に、非常食の高圧縮フードバー・カロリーフレンドを皆で食べれるように砕いてテーブルに置くと、あちらこちらから手が伸びてあっという間になくなってしまう。
 見た目の悪いスープに、お嬢様方は最初抵抗を示したものの、湯気に誘われて行列ができた。
「……うーんむにゃむにゃ」
 ざわつく室内に、部屋の隅っこに丸まっていた古いカーテンがもぞもぞと動くと、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)の顔が突き出て、ぱちりと目を開けた。
 目をこすりこすり上半身を起こすと、アキラのお腹の上から、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)がぴょんと飛び出して、床に降り立った。
「オハヨウ、アキラ」
「おはよー。あー、食事の配給ー?」
 寝ぼけ眼で立ち上がったが、ぶるりと体が震える。
「まったくいつまで寝てるつもりじゃ」
 彼より早く目を覚ましてルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)のお小言に、アキラはカーテンを一層巻き付けてジタバタした。
「サミーサミーヒマダーハラヘッター」
「……ふむ、ではわし特製のスープを作ってやろう」
 ルシェイメアも“ギャザリングヘクス”で大釜を呼び出した。グツグツ煮立ったお湯の中に、ポイポイと薬草や怪しげな材料を放り込むと、その度にお湯に色が渦を巻き、変色し、混じり合って毒々しい色になった。
「お手製の毒沼スープじゃ」
 エリシアのそれよりも、もっと毒々しい、食べたらそれこそ毒に侵されそうな色と、きつい匂いのそれに――アキラはごくりと唾を飲み込んだ。
 時々食べているので、味はそれほどひどくないことは知っていた。お腹が空きまくっていたアキラには見た目も抵抗なく、むしろご馳走に見えた。
「いただきまーす」「頂きマース」
 アキラとアリスが、がつがつとそれを食べるのを見てルシェイメアは満足し、他の生徒たちにもそれを振るまった。最初は難色を示したそうだったお嬢様方も、空腹には勝てず、アキラたちの姿に押されて口を付けた。
 不味くはない……が、美味しくもない。薬効優れた、野性味の残る健康的な味といったところか。
「アキラ。ちょっと待っておれ」
「何?」
 口を拭って立ち上がろうとしたアキラは、続くルシェイメアの言葉に危うく吹き出しそうになった。
「おいセバスチャン、アキラが裸で抱き合って欲しいそうじゃ」
 彼女は片手で鍋をかき混ぜながら、毒沼スープを丁度食べたところの守護天使を手招きした。
「……ちょ、ちょっと! そんなこと言ってないよ!」
「裸同士で抱き合うんじゃろ? 裸同士で抱き合うんじゃろ? 昨日、『雪山で遭難て言ったらアレだよな、裸で…とぐへぐへぐへへ』とかニヤニヤしておったろう」
 ずい、と真顔で詰め寄るルシェイメア。守護天使は真っ青になり、お嬢様方の一部がキラキラした視線を送ってくる。
「す、すいませんすいません、ごめんなさい!!」
 アキラはざっと飛び退ると、ルシェイメアに盛大にぺこぺこした。
 アキラはルシェイメアから解放されると、アリスと共に、暇つぶしに探検をし始めた。今日までに、もって来た携帯ゲーム機は電池切れ、備え付けの雑誌は隅から隅まで読んでしまい、勿論雪上サーフボードで遊べるような天候ではない。
「何か面白いものないかな〜?」
 アリスの“トレジャーセンス”で光るものを見に行ったが、お嬢様たちの鞄の中の衣装や財布や宝飾品だった。
「泥棒か変態のどっちかに間違われるよな……。退屈だー、雪かきでもするか?」
 登山者ノートをペラペラめくりながら、誰かが書いた本来の山の感想を羨ましがりつつ、アキラは言った。
 そのアキラのセーターの懐からちょこんと顔を出して、アリスがアキラを見上げる。
「ヒマネ」「ヒマダー」「ヒマダネー」「トランプでもするか?」
 アリスはウンと頷くと、手足の生えた三組のトランプ兵が彼女の周りを取りまいた。
 開いている場所は、とぐるりと見回すと、丁度暖炉の前で胡坐をかいた二人がトランプをしていた。
「おーい」
 声を掛けると、びくびくっと震えたのは……さっきのセバスチャン(仮)だった。

「おおっ、これは良い引きですね〜。次は守護天使さんの番ですよ」
 守護天使の相手になっている笠置 生駒(かさぎ・いこま)は、引いたトランプを見てにんまりすると、クラブの8を二枚、場に出した。
 ……生駒は暇だった。食べて寝て、やることがない。じっとしてるとお腹が空くのを感じるし、動き回って体力消耗するのも勿体ない。生駒は普通――時折爆発させる腕についてはこの際置いて――のメカニックであり、サバイバリストではない。
 いや……公園で暮らしていた程度には生活の知恵があるわけで、それで逆に落ち着いているのかもしれないが。雪の蒸留水は公園の水飲み場の水より美味かった。
 しかしもう一時間もババ抜きをやっていると流石に飽きてくる。正の字で勝ち負けを紙に記しながら、
「んー、ちょっと飽きてきましたね。ここらで、次の食事を賭けて真剣勝負はいかがですか?」
 何故か意味もなく秘策があるような顔で、生駒は言った。
「勝った方が二食分、食べられるんですよ。エキサイトできそうでしょう?」
「……わ、わかりました」
 二人は真剣にカードを引き合った。二人だけのババ抜きなど知れており、二人の間には次々にカードが積もっていった……かに見えた。
「なんかのんびりしてていいですよねアルカ以下略さん」
 生駒はそんなことを言いながら、手を伸ばして、カードを摩り替えようとする。そう、一枚が戦況を揺るがす、それが二人ババ抜きだ。
 守護天使は慌てて手の甲でガードした。
「わっ、さりげなくやめてくださいよ!」
「ちっ。アルカ<ピー>アさん鋭いですね」
「そういえば、その呼び名やめてくださいよ」
「だってここにいる全員アルカ<ピー>アさんの名前知らないし〜」
「……それはなぜか邪魔が入るからですよ」
 あと、ここまで来たら名前が知られたらむしろ存在が薄くなって消えてしまう気がする――そんな新たな恐怖に、守護天使は支配されつつあった。
「このまま名前解らないとデータ化できないじゃないですか」
「データ化って何ですかー。種族紹介に出るくらい有名ですよ、多分」


 ――つまり、救助隊が四日目の昼過ぎにやっと山荘に辿り着いた時、山小屋はそんな感じだった。
 羅儀は「動けない方がいたら、俺がお嬢さん方を運んで差し上げよう」と思っていたが、……お嬢さん方は、お嬢さん方でまだ抱きしめあっており。男性同士を焚き付ける魔女に腐女子が目を輝かせており。
 ニキータはそんな山小屋の様子に少々困惑顔であった。
 ルカルカはマイペースにその中に混じると、
「お酒でしょ、甘酒に。これはチョコバー」
 ひとかかえ、分厚いベニヤ板サイズのチョコバーを切り刻んで配っていく。
「チョコレートは正義っ♪」
 一かけら口に放りこんで、おいしー、と言うルカルカに、お前は遭難者じゃないだろとダリルが突っ込む。食べきれないほどあるのだが。
「さ、これから吹雪が止んで来たら別荘に行くわよ、寒くて動けない人はいる? おしくら饅頭で暖めあうのもいいわね」
 セレアナは一人一人、遭難者の体長の確認をし、手当てをしていく。怪我人はいないが、体調不良者やしもやけ・あかぎれ、血行不良……凍傷になりかかっている生徒ならあちこちにいた。