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雪山、遭難、殺雪だるま事件

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雪山、遭難、殺雪だるま事件

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第7章 百合園女学院推理研究会


 救助隊の到着は元気を失っていた人々やギャザリングヘクスに参っていた人々を元気づけた。
 当座の食料、水、生活用品が運ばれたのもあるし、とにかく外部から救助が来た――不通ではないという事実が。
「本当にありがとう」
 静香は礼を言い、非契約者から優先的に物資を配給していく。
「これだけあれば安心だね。さ、手伝っておくれ、料理をしよう!」
 ベルは元気のある生徒を集めて、祥子らが持ってきた小麦粉や缶詰で料理を作り始めた。
 元気が出ればまた魔法も使える。気分を明るくするためにと琴理は必死に運んでくれた救助隊に、“ティータイム”でお茶とお菓子を振る待った。
 そして腹が減っては戦ができぬ、ということはお腹が膨れれば戦がどんとこいなわけで……。
 静香や生徒会が、救助隊と共にここまでと別荘へのルートの確認と状況、救出計画を立てている間。
 少し余裕の出てきた人々は、肉体及び頭脳労働をすることにした。


 救助隊に同行していた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、バラバラの雪だるまを見に外に出た。
 小屋のほとんどの生徒は遭難に気が向いているようだし、実際ここに来るまでは遭難こそ一番の心配事だったのだが……。
「美羽、どうしたの?」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が白い息を吐きながら、恋人を追いかけてきた。大商人の無限鞄から、軽トラックに積めるくらいの物資をやっと取り出し終えたのだ。一気には無理なので、あれこれと置いたり、予定の確認も含めて。
 雪に埋もれかけた雪だるまを、連れて来た三匹のパラミタセントバーナードに見つけさせて、美羽は雪を軽く払った。
「バラバラの雪だるま?」
「うん、もし、この攻撃が人に向けられたら、大変だよね……」
 気持ちのいい想像じゃないけど、山小屋の中に犯人がいる。
 誰が、何のためにバラバラにしたのか。
 みんなは無事に帰るつもりでいるけど、中に攻撃的な意思を持つ人物がいるかもしれない。タダのストレスとかが原因で、もし他に害が無かったら、それで安全は確保できるわけだし……。
「そうだよね。僕も犯人を探してみるよ」
 コハクは意を汲んでにこりと笑うと、一番下の大きな雪だるまに近づき、“サイコメトリ”で雪の記憶を読んだ。
 降り、溶けてしまう雪を固めた雪だるま、どれだけ見えるのか、ぼんやりとしていて掴みどころがない。
 時間は夜か、暗闇。急に上からぎゅうっと力がかかり、そのはずみで雪だるまが壊れ、バラバラになる……。力がかかったのはこの一回のようだ。
「誰かが上から叩いたのか、分からないけど……何度も叩いたとかは違うみたいだね」

 雪だるまの謎。これに挑もうとしている者たちは他にもいた。百合園女学院推理研究会、略して推理研の面々である。

「ブリジット、春美! 助けにきたぞ!」
 推理研究会の面々が雪山で遭難した――、その知らせをパートナーから受け取った泉 椿(いずみ・つばき)が救助隊として訪れた時、彼女らは端に寄せてあったコーヒーテーブルとも言えない低い木のテーブルの前で顔をつきあわせて何やら考え込んでいたのである。
「本当に偶然ですね、椿さんまで」
 最初に椿に気付いた橘 舞(たちばな・まい)が手を胸の前で合わせて、嬉しそうに笑った。
「いやー奇遇ですね、ええスキーに来てたんです。こんな所で推理研のメンバに会えるなんて夢にも……」
 霧島 春美(きりしま・はるみ)が愛用の天眼鏡をいじりながら、含み笑いを浮かべる。
「あ、ああ。こっちの方に修行に来てたからな。……えっと、食事食べてるか? うちのパートナーの料理も持ってこれるとよかったんだが、カロリー重視で保存食だ」
 雪山でもいつもの雰囲気を維持している彼女たちに驚きながら、椿は背負った荷物の中からアルファ米やらパンの缶詰やらを取り出した。
 ――百合園の推理研究会と言っても、椿は波羅蜜多実業高等学校の生徒であり、春美もまたイルミンスール魔法学校の生徒だった。学校が離れているから、下校ついでに立ち寄って、というわけでもない(パラ実の校舎はないようなものだが)。
「はぁ修行ですか、いいですね。それにしても椿さん、なんですその眉?」
 春美は天眼鏡をちらりと彼女に向ける。
「吹雪おちついたら私も修行にまぜてもらっていいですか? 得意のバリツでお手伝いしますよー♪ いえ、私は眉はそりませんが」
「もしかしたら、修行じゃなくてファッションですか?」
 春美と舞ののんびりした会話に、お前ら遭難したんじゃなかったのかよ、と椿は呆れた。
「片眉? なんだよそれ? パラ実にはそんな作法ねえぞ」
 椿は、皆がてっきり救助を喜んだと思ったのだが……さっき舞が言った「まで」という言葉にひっかかりを覚える。
「なんか事件起きたのか?」
 と、訊ねれば、お茶を入れてきますねと舞が立ち上がり、
「ええ、ブリジットが、孤立した山小屋で偶然、推理研のメンツが揃うなんて、これは何か事件の前触れに違いないとか言ってましたけど、まさか本当に事件が起きてしまうなんて……」
 テーブルにはそう、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)がいなかった。姿を探すと、白百合会の会長アナスタシアの手を引っ張ってきたところだった。
「まったく、本当にあなたってよく迷うわよね。迷うのは推理ぐらいにしてよ、まったく。あと、私と推理研を差し置いて推理とかしているんじゃないのよ」
「ブリジット、今回迷ったのは別にアナスタシアさんのせいじゃないと思いますけど……桜井先生やボブさんもいましたから」
 舞は暖かなハーブティーを全員の前に配る。何があろうとも、三時のお茶と、必要な道具は欠かさないのだった。
 ブリジットはパートナーの声を無視して、戸惑っているアナスタシアに言い募る。
「とりあえず、まず一つ言っておくわよ、アナスタシア。これは雪だるま殺人事件じゃなくて、殺雪だるま事件よ」
「……確かに人は死んでいませんでしたわね」
「つまり、こうよ!」
 ブリジットは、アナスタシアの手帳の推理メモ――雪だるま殺人事件の部分に赤ペンで二重線を引っ張ると、殺雪だるま事件捜査本部ときゅっきゅと書き直し、誇らしげに壁に張り出した。
「それでは、貴方の推理を聞かせていただけないかしら? 私は雪猫の仕業ではないか、と思っていましたのよ」
 アナスタシアに問われ、ブリジットは挑発するように髪をかき上げた。
「犯人は雪だるまではなく、それを作った桜井静香に含むものがあったのよ」
「まぁ雪だるまに恨み……というのも難しいですわね、作って一日、ですし。そもそも無生物に恨みを抱くことってそうありませんわ。雪だるまが家族を押し潰したとかいうわけじゃありませんもの」
「雪だるまに恨みのある人の犯行……ちょっと犯人像が想像つきません」
 舞が同意するように頷くが、ブリジットは得意げな笑顔で胸を張った。
「静香を弄ってからかって楽しめる人物…そう、もう分かるわね。静香のパートナーであり、私達の目的地の所有者。
 犯人はラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)よ!」
 しーん。
 場が静まり返る。
 アナスタシアが呆れたように首を振ると、突っ込んだ。
「別荘にいるラズィーヤさんには犯行は無理だと思いますわ。それにあの方なら、校長を苦しめるためにもっと堂々と、もっとひどいことをして弄りますもの」
 それ以上誰も突っ込まない。
 パートナーを救うべく、舞がぽんと手を叩くと、さりげなく?話題を変えた。持つべきものは優しいパートナーである。
「そうなると、気になるのはやっぱり雪猫の話ですよね。
 雪猫が実在するなら、人目がつく昼間は雪だるまの中に隠れていて、夜になって人目につかなくなってから、外に出た。それなら雪だるまが崩れていた理由にもなると思いますよ。溶けていたのは、雪猫も生物なら体温があるということかも。
 でも、殺雪だるま事件……雪だるまに殺も……雪だるまはそもそも生きてませんし……あ、いえ、なんでもないですよ」
 ブリジットから鋭い目を向けられ、舞はお代りを淹れてきますね。とまた席を外した。
「えー」
 雪の山荘定番の殺人事件じゃなくてよかったと、事情をやっと呑み込んだ椿は、ほっとしながら、
「その雪だるま怪しいぜ。誰かがわざと壊したんじゃなく、中に誰か入ってたんじゃねえか?」
「誰かって、誰ですの? 凍えて死んでしまいますわ。何のために?」
「人とは限らないだろ? 人間は無理でも……猫とか。そういやこの吹雪、雪猫の仕業だって? 足跡は、この吹雪じゃ残らねえだろうけどな」
 窓の外に目をやった春美は、天眼鏡のワクを指先でなぞりながら、もう一つの可能性を指摘する。
「入ったんじゃなくて、先に不可抗力で入れられていたというのは?
 雪だるまを作る時に寝ていたかした雪猫をまきこんでしまった。雪猫は寝ていたままだったか人に見られるのが嫌だったので人目のない夜中に雪だるまを壊し外へ出た……と、こんなところじゃないでしょうか?」
 彼女たちの推理に、ブリジットは分が悪くなったのか、慌てて言い張った。
「……いやね、冗談よ。私も最初から犯人は雪猫と思っていたわ」
 春美はしかし、ここで座して推理しているだけでは満足せず、立ち上がると一同を促した。
「ま、あれですねちゃんと調べてみましょう。推理研レッツゴーです」
 防寒着をしっかり着込んで外に出ると、美羽とコハクの周囲をパラミタセントバーナードが駆け回っていた。
「私、流石に雪だるまにする前に、雪猫を巻き込んだかどうかくらいは分ると思うのですけれど……、事前でも事後でも、どうして雪猫はこの山小屋に来たのだと思いますの?」
「そうだな……アレじゃねえのか?」
 アナスタシアに問われて、椿は煙突にひっかかったピンクのマフラーを指差す。
「猫って、ヒラヒラするものとか好きだろ? ついじゃれつきたくなって見とれてたとかな」
「ピンクのマフラー……確かに、目立ちますわね」
 もう凍ったためはためいてこそいないが、そのピンク色は煙突に張り付いたままだった。
「足跡のこってんのか?」
 一同が見上げる一方で、雪を天眼鏡で覗いていた春美に椿が訊ねる。
「周囲の足跡、吹雪の後でも後にうまった箇所は柔らかいので、判別できます、大丈夫」
 春美は膝まで雪に埋めながら雪だるまに近付くと、雪を丁寧に払っていった。校長たちが固めた、雪だるまの固い雪、自然に積もったさらさらした雪。積もり方で結構違うものだ。痕跡を消さぬよう、発掘作業のように掘り出していく。
「物が壊れるマイナスの中でも増えるものはあるんです、それが動かぬ証拠ですね」
 春美はウィンクする。
 大きい雪だるま。中くらいの雪だるまが二つ。その三つを慎重に調べて行けば、一つには聞いていたように、溶けたような跡があった。
 溶けたような跡があったのは、中くらいの雪だるまのうちの一つ。そしてもう一つには……、足跡があった。
 これは、上から体重をかけて踏んだ跡だ。
「まさか……!」
 春美たちは顔を見合わせ、山小屋に急いで引き返した。


 その頃、事件の話を聞いた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)も本格的な調査に乗り出していた。
 椿から道すがら、山小屋で何かあったらしい、とは聞いていたが、何と殺雪だるま事件だという。
(なんだ、単に雪だるまが壊れただけじゃないの……)
 呆れたが口には出さない、何故か生徒会長や、推理研究会の面々も含めて、大真面目なのだ。
(まあ、山小屋に閉じ込められたんじゃ、こういう他愛のないことでも考えて寒さや空腹や不安を紛らしたくもなるのかもね)
 待望の温かい食事――缶詰の肉と野菜入りのすいとんを食べ終えて、ゆかりはパートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)と共に聞き込みを始めた。巻き込まれた以上は解決せねばならない。一応、軍人だし。
 アリバイを聞いて回ったところ、容疑者は以下に絞られた。
 前提条件として、雪だるまが作られたのは、遭難初日の夕方頃。壊された雪だるまが発見されたのは、二日目の朝食後。これは生徒会長ほか複数の女子生徒が目撃している。
 また、この吹雪で、好き好んで外に出た人間はいないと思われる。ただし、トイレに行くには一旦外に出なければならない。この場合も原則二人以上で行き、行きと帰りを生徒会になるべく誰か友人に報告するよう、静香は伝えていたという。
 二階の客室はあるが暖房がないので、一階の暖炉側か二階かは、とくに決めずに好きに休んでいる。ただし着替え等の問題があるので、客室は男女別に最低一室は確保されていた。
 この条件の上で。聞き込みでは寒くて寝れないのか、誰かしらが外出する姿を見ており、外に出た容疑者は数人にまで絞られた。

 ・桜井静香……彼が犯人だった場合、自分から作成しておいて、わざわざ壊したということになる。
  雪だるまの存在そのものが欲しくて、用済みになったのか。それとも何か不都合があったのか、気に入らなかったのか?
  外に行った理由は、見回り兼トイレだという。生徒が出て行って遭難していないか、気になったそうだ。
  最後の見回りは午後十一時、この時雪だるまはあったという。報告が正しければそれ以後に壊されたことになる。
 ・フェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)……出ていく静香を見付けて、無理をしないか後を追ったという。ただし、声はかけなかった。静香とほぼ同じ時刻に山小屋に戻る。彼も雪だるまは見ている。
 ・村上琴理……明け方、アナスタシアと一緒にトイレに行こうとした。ランタンが見付からず、“光術”で周囲を照らしたという。トイレと別方向にあるため、雪だるまは見ていない。
 ・守護天使……夜中の二時ごろ、出ていくのを見たという証言があった。彼によるとトイレに行くためであって、この時雪だるまを見に行ったが、まだあったという。

 ゆかりが容疑者の中から犯人を告発したのは、春美たちが山小屋に戻ってきた時だった。
「犯人は、守護天使の……名前なんだったかしら? とりあえず、名無しの守護天使さんです!」
「ええっ!?」
 何十回目かのジジ抜きをしていた守護天使は腰を浮かせた。手札がバラバラと床に散らばり、生駒がちゃっかりと拾い上げる。
「いきなり決めつけるなんてひどいですよ! そう言うからには理由があるんですよね?」
 動揺する守護天使に、マリエッタがスラスラと話し始める。
「アリバイの有無から、容疑者は数人に絞られてるの。
 犯行の理由はあまりにも扱いがモブというかモブ以下というか、名前すら判らんのでは空気も同然の扱いに、いよいよストレスがたまったのよ。
 『オレが求めているのは……オレの鼓動、オレの歓喜、オレの咆哮。オレのオレによる。オレだけの……感動だったはずだ!』とか口走りそうな、そんな鬱屈した感情を爆発させて気が付いたら雪だるまをジェノサイドしたという……」
「それって深夜、中学生が学校のガラスを割ってピンポンダッシュするような」
 勝手に決めつけてジト目を向けるマリエッタに、ゆかりも一緒になって呆れた目を守護天使に向ける。
「一番影の薄いモブキャラだからこそ、一念発起して……なんという」
「そ、そそそ、そんなの証拠になりませんよ!」
「――証拠ならありますよ!」
 片手でランタンを突き出して、堂々と言ったのは春美だ。
「このランタンの燃料が異様に減ってます。ただトイレに行くだけでこんなに減るでしょうか? これは、ランタンが雪に当たったか、足跡を消そうとしたから余計に時間がかかったからよ!」
「それだけで何で僕になるんですか!」
 悲鳴のように叫んだ守護天使は、既に目に涙でも浮かべそうな勢いで気圧されていた。
「おまけに雪だるまに足跡が付いてました。靴の大きさ、男性サイズです。ここには男性は数人しかいませんよね? 靴裏の模様を合わせればはっきりすると思いますよ」

 そうして、真犯人は証拠を突きつけられて、自白を始めた。
「じ、実は……」
 マリエッタの推理は、半分くらい当たっていた。つまり、目立つ――イイカッコしたいがために、雪だるまを殺してしまったのだという。
 目立たない彼は、飛ばされて引っかかってしまった校長のマフラーを自分が取ったら、カッコイイかなーと思ったのだ。
 普段なら光翼で飛んでいくところだが、寒さと吹雪によってそれは適わない。そこに屋根まで届きそうな雪だるまがあったので、足場にしようと登って……失敗して、滑り落ちてしまったのだ。
 壊したのが自分だとバレると株がガタ落ちなので、証拠隠滅のため、灯り用に確保していたランタンなどで溶かそうとしたこと。しかし話を聞くに、失敗していたこと。これは、雪だるまの二、三段目が同じ大きさで、夜中のため誤認したのだろうと思われる。
 そして、雪だるま自体が散らばっていたので、作業に手間取ってランタンの油を消費してしまったこと。
「校長みたいな美少女の役に立ちたくて……」
「校長は……公然の秘密、ですけど。れっきとした男性ですわよ」
 アナスタシアのツッコミに、今度こそ場が静かになる。
 そんな中、春美が爽やかな笑顔を浮かべつつ、片手でポーズを決めた。
「ではみなさんご一緒に、さんはい、Q・E・D♪」

 ――殺雪だるま事件、解決。