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進撃の兄タロウ

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進撃の兄タロウ

リアクション

「えぇと……任務内容は承知ですが。
 しかしジゼルさん、アカリさんどうしましょう。私先程ポチと見掛けたのですが、あの可愛いアレックスさん――兄太郎さんを殺めなくてはいけないなんて、何でしょう私ちょっと胸がドキドキ致します」
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が事情説明を飲み込んで早々放った言葉に、スヴェトラーナは顔面に張り付く笑顔でそのままベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)を見る。
 ベルクの方は彼の恋人が『とりあえず殺っとけばいいよね』的な思考をするのが完全に分かっていたようで、スヴェトラーナに頷いてみせると、フレンディスへ警告するだけに留めた。
「フレイ?
 見た目アレでも中身はアレクとギフト。くれぐれも油断すんじゃねぇぞ?」と言う具合である。もう悟りきっているのだろう。代わりに彼女の残念単純思考を止めるのは、今は親友であるジゼルの役目のようだ。
「殺しちゃ駄目よフレイ。だってあにたろうは――アレク名前つけるセンスないわよね――ええと、兄タロウはきっと、色々良く分かっていないのよ。
 だから私達、追いつめない様にして、アレクの所に連れて帰らないと」
 フレンディスが従順にそれを受け入れるのを確認すると、ジゼルはフレンディスの新たな家族であるジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)へ顔を向けた。
「オレ、約束してるから殺さないよ」
 表情の意味を理解して先に出してくれた答えに、ジゼルは安堵の息を吐いている。「こっちは私に任せて」と言う風なジゼルに、スヴェトラーナはグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)そしてウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)へ視線を移した。
 今日は元々体調が優れないグラキエスの薬の為に空京大学へ赴いていたとあって、彼の顔は何時もより更に蒼白だ。そんな人間に助けを求めてしまった事に、スヴェトラーナは自らの失態に項垂れてしまう。
「グラキエスさん、調子が悪いんですよね。此処でロアさんと休んでいて頂いて大丈夫ですから」
 グラキエスを気遣う言葉に、しかし反応したのはウルディカだ。
「女史、それは俺『には』手伝えということか?」
「駄目なんですか?」
「そうじゃない。俺はむしろグラキエスだけではなく女史がそこへ向かうのも反対だ。爆破など冗談じゃない!」
 珍しく語気の荒いウルディカに、会話を続けていたフレンディス達まで沈黙して一斉に視線が注がれたのに、ウルディカは慌てて終わっていた言葉を繋げた。
「いや、女史に何かあったら未来がどうなるか分からない。
 それだけだ。
 何もおかしな事は無い」
「そうね、おかしい事は無いわね。おかしい事は無いし、私達、何も言っていないのに、ウルディカはなんでそんなに必死になっているの?」
 ジゼルの真顔の正論に、堪えきれなくなってロアが吹き出している。ベルクも余りに怪しい……というより分かり易いウルディカに眉を顰めて、理解が追いつくとくつくつと咽を鳴らして笑い始めた。そんな周囲の反応にウルディカはこれ以上ネタにされては堪らないと、端末を手に作戦を皆へ伝える。
「先ず空大の配置図を端末に入力しよう。
 防犯カメラ映像が見れる場所に入れればそれで状況把握をし、進行方向の予測やその先に何があるか等の連絡が取れる。
 その任務はキープセイク、おまえが担当しろ。
 K.O.H.の追跡はティラ女史とパルテノペー女史らに頼めるだろうか。
 遊撃は俺と女史が――」
 スラスラと吐き出していた言葉を止めたのは、ロアとベルクが同時に吹き出した所為だ。


 こんなやり取りを経てウルディカの作戦に則り行動を開始した彼等は、研究室へ進む道で分散し警戒しながら進行を続けていた。
 日常を送る学生等の横で銃や刀の類いを出す訳にも行かず、行動は極めて隠密的である為、通常ならばそれぞれ邪魔にならない位置に立つ筈のスヴェトラーナは今、ウルディカと肩が触れ合いそうな距離を歩いている。それは傍目からはカップルに見えなくも無い状態で――、未来の軍人であったウルディカの調子が狂いかけていた時だ。スヴェトラーナがふと呼びかけてきた。
「ねぇウルディカさん」
「なんだ」と、感情が薄い反応も、スヴェトラーナには全く効かないらしい。男で一つで育ててくれた父親があれなのだ。仕方ないだろう。
「何時になったら名前で呼んでくれるんですか?」
 何時ぞや自分で言った言葉を、スヴェトラーナはまだ覚えていたらしい。
「ジゼルの今のファミリーネームは、本当はミロシェヴィッチなんですよ。どうしましょう、今日はミロシェヴィッチが二人です。もし此処にパーパやミリツァが加わったらどうですか?
 もう名前で呼ぶしか無いですね。スヴェータとか、ツェツァとか」
 言葉に含まれた意味は何となく分かる。親しい人間に名前を呼んで欲しいというのはごく普通の感情だろう。しかし此処で突然名前を呼ぶというのも不自然な気がしてしまうしと、ウルディカが引き結んだままの口をむにゅむにゅと動かしたときだ。
「アレク似のナマモノが」
 ベルクの身も蓋もない表現を聞いて、二人の緩んでいた表情が変わった。
「マスター、ポチも居ます!」
 フレンディスの言葉に、ベルクとジゼルとジブリールの引き締まった表情が逆に歪んだ。ジゼルは何も言えないし、ジブリールとフレンディスは何も言わないが、ベルクは勿論突っ込みの声を上げる。
「お前は何をやってるんだ!!」
「僕はアレクさんの忠犬でもあるのです。
 その僕が兄タロウさんに従わない理由なんてありません!
 エロ吸血鬼に生意気ターバン、ボクが引導を渡しましょう」
 カバーするように仁王立ちしている――イメージをして欲しい、実際は四本足である――ポチの助に、K.O.H.は一瞥をくれると、その場から飛び上がり排気口の中へ消えていった。
「小動物軍隊、ご主人様とジゼルさんたちを巧妙に避けながらあのエロ吸血鬼と生意気ターバンにかかるのです!」
 ポチの助の号令に従って、廊下のそこかしこから大きさ30センチにも満たない動物達が現れた。そのタイミングでフレンディスは自分と同じ身長のジゼルを軽々と抱き上げ飛び上がる。
「フレイ、トリグラフのところに!」
「はい!」
 一足飛びで中空を浮遊する山羊のところへ彼女が行く間に、ベルクは小動物達の行動を分析しようと試みるが、如何せん相手は単純な動物な為、理解したところで余り意味は無かった。
「こんな事やってるだけ時間が無駄だった……」
 ぼやきながら炎瑪瑙がはめ込まれた銀細工のバングルを掲げると、ウルディカの援護を受けている隙に炎を巻き起こす。とは言っても、炎は威嚇目的でしかない。彼等を二十三重と輪になって囲む程数の居る小動物達が、これが単なる目眩ましの類いであると気付いて近付いてくるのも時間の問題と思われた。
(早くしてくれよフレイ、ジゼル!)
 ベルクが振り向いたときである。フレンディスと共にトリグラフの近くの天上から吊られた照明器具の上に立ったジゼルが口を開いた。
「めーめー」
 糞真面目な顔で。
 ベルクは歩いてすらいないのに思いきり滑ってこけたが、ジゼルの声にトリグラフのうち一頭が反応する。
「めー」と。
 ジゼルは眉を顰めた。
「めっ」
「めー?」
 トリグラフ――正直見ただけでは名前も分からない――の一頭が、首を傾げると、ジゼルが両手を胸の前で組み合わせる。 
「め〜」
「めっめっ」
 トリグラフはジゼルのお願いを拒否しているらしい。と、ベルクは一端推理したものの、あの馬鹿げたやり取りを自分が理解したとは思いたく無かったため、敢えて質問をする事にする。
「……今なんつった?」
「うーんとね、ハインツが心配してるからお家に帰りましょうって」
「マジで通じてんのか?」
「うん。ハインツが過労になりそうで心配だから、爆弾を全部爆発させるまで帰らないって言ってるわ。彼昨日の夜、ご飯作ってる途中で倒れたんだって。頭を打ってそれは大変だったみたいなの」
 むしろあの短い音にそれほど長い会話がなされていた事に驚きだ。
「……あれのご主人様もまさか『めー』とか言うんじゃ」
「ハインツはドイツ語で話し掛けてるわね」
「…………」
 言葉も無い。ジゼルだってドイツ語が話せるのだからわざわざ山羊語?と使わなくともドイツ語で話せばいいじゃないか。
 ベルクが一応で雷を行使しトリグラフを足止めしつつも呆れ返っている間に、後ろでは小動物との戦いも続いているようだ。
 まずグラキエスを背に乗せた狼が周囲を取り囲んでいた小動物たちを半分に割ってしまう。スカーは巨大であるからこれは容易だった。
 直後にジブリールが小動物の中へ飛び込み装着したジャマダハルごと腕を横薙ぎに払うと、反対側でスヴェトラーナが鞘に収めたままの刀を同じ様に反対へ払う。
 隊列は乱れ、右の軍団と左の軍団が互いに団子状にぶつかり合うと、ジブリールは懐から手早くしびれ粉を取り出し散布する。
「抵抗されたら相応の対策を取るしかないんだ。
 この調合配分でも結構苦しいし、降服してくれないかな?」
 トリグラフと違い、小動物は正真正銘ただの獣であり言葉が通じるかは怪しいところだったが、こう口から出てしまうのはジブリールの優しさ故だろう。
 実力の差に生存本能が働いたのか、キイキイと鳴き声を上げてとぼとぼ窓の外へ向かって行く小動物を見て、ジブリールがスヴェトラーナと微笑み合う。
「あとはギフトだけか……」
 ウルディカがそう呟いたときだった。彼の声を聞いてそちらを見たトリグラフの中で、トーヴァからキアラへキアラからトリグラフへ又聞きだった『男』の特徴が重なりフローチャートが一気にゴールに達したのだ。
 僕等が大好きなキアラちゃん→
 『茶髪』『背がたかい』『つよそう』『めつきわるい』『イケメン』におねーさまをとられた→
 ので、『茶髪』『背がたかい』『つよそう』『めつきわるい』『イケメン』は爆発しろ→
 めー。
 という具合だ。
 さてこのトリグラフ達、プラヴダの兵士達やハインリヒの恋人ですら見分けがつかない程5頭全てが同じ容姿をしている。その為フレンディスはうっかり見逃していた。
(……? 一匹足りぬような気が…………)
 その事に漸く気付いた彼女が後ろを振り向いた時だ、彼女の視線の先――丁度ウルディカの真上でチカチカッと光りが瞬く一瞬の間に、トリグラフ・ペルーンが毛玉のような二頭身の山羊から大型狙撃銃へ姿を変えたのだ。
 そしてペルーンは「めっ」と小さく息を吐き出し脱力すると、ウルディカ目掛けて『落っこちた』。銃型のギフトだから当然間合いから撃ってくるであろうと思っていた全員の予想から外れ過ぎたこの行動に、ウルディカは対応出来ずに脳天にペルーンを直撃させた。
 アンチマテリアルロングレンジスナイパーライフル、その重量は数十キロを越えるものもザラだ。そしてその平均値を越えるのが、契約者でなければ扱え無いであろうギフト・トリグラフなのだが、この山羊達、近頃更にメタボリックシンドロームの気配があったのである。
 残念なことに彼等のご主人はそれをモノともしない能力を持つ契約者であった為、スヴァローグ、ダジボーク、ヴォロスは自分達が重いと気付かなかった。そもそも抱えられる事の無い冗談進化を遂げたスヴェントヴィトなど知る由もない。
 だがウルディカにとっての悲劇は、ペルーンが昨晩珍しく夜に目を覚ましてしまった事に発端する。
 小腹が空いて何かつまもうとこっそり侵入したキッチンに地続きのリビングで、ペルーンはハインリヒが彼の恋人に、こう言っていたのを聞いてしまったのだ。
「君の作るご飯は美味しいし、僕が忙しい時に子山羊達にそれを振る舞ってくれる事をとても嬉しく思うよ。
 けど君も、君のパートナーも料理の味付けが……なんというか…………雑だ」
 本人は言葉を選んでいるつもりなのかもしれないが、相変わらずストレート過ぎる物言いにペルーンは物陰に隠れた。何時もだったら此処で相手が激昂してしまうのだが、今回の相手は怒るどころかハインリヒの言葉に申し訳無さそうに頷いている。ペルーンが安堵している間に、ハインリヒの言葉は続いた。
「まず、ケチャップとかマヨネーズとかソースとか液体出汁とか醤油とか麺汁とかそういうのに頼るのを、少し考えた方が良い。分量……特に生き物相手には塩分量に気を遣った方が良い……と、思う。僕等人間も、ギフトも、君と違ってそう簡単にパーツを取り替えられる訳じゃないから」
 これもまた何時ものパターンだ。
 ハインリヒが余計な言葉を重ねる所為で相手がハインリヒを引っ叩いて、恋人関係は解消されるのだ。今回の相手は優しく穏やかで子供の扱いにも慣れていた為、トリグラフも気に入っていたのに。がっかりしたペルーンがつまみ食いをしようという目的も忘れてベッドルームに戻ろうとすると、驚くべき言葉が背中に聞こえてきた。
「…………すいません。至らなくて」
 如何にもしょげているという音に振り返れば、肩を落とした恋人を前にハインリヒが珍しく慌てているのが見える。
「Nein nein nein!(*いやいやいや)
 あー……、何と言うべきか。あのね、料理の文句を言ってる訳じゃないんだ。子山羊達を甘やかし過ぎるのが問題なんだよ。君は本当に最高だ。愛してる。心から。
 でも、………………せめてお菓子は一日一つに。夜8時以降は辞めて欲しい。
 でないと僕このままじゃ肩が抜ける

 そんな訳で自分達は今ハインリヒの『肩が抜ける程重い』と晴れて自覚したペルーンは考えて居た。どうやってこの言い難い事実を仲間達に伝えよう。だがこのままこの問題が拗れれば、自分達の主人は、またも余計な事を言って恋人にフラレてしまうかもしれないのだ。
 そんな折にウルディカは丁度いい『材料』だったのである。
 事実を伝えようという目的を持ったペルーンは実に容赦なく高い位置から降下した為、ウルディカはそれ一発で前のめりに倒れてしまった。
 この自体に驚愕するジゼルやフレンディス、グラキエスら。そしてそれを越える程に驚いている仲間の山羊達へ、ペルーンは言った。
「めめめー(*めたぼー)」と。
 登場時のハイテンションがまるで無かったかの様に消沈しながら去って行くトリグラフ達を背中に、うつ伏せで倒れたままのウルディカは廊下で仲間達に囲まれ見下ろされていた。
「ウルディカさーん……大丈夫ですかー…………回復いりますかー?」
 スヴェトラーナの声を頭の上に降らせる茶髪の『茶髪』『背がたかい』『つよそう』『めつきわるい』『イケメン』ウルディカを遠目に、ベルクは現場に駆けつけたロアとまたも堪えきれない笑いで唇をひくひくさせている。
(ウル……お前の犠牲は無駄にしねぇからな)
 頭の中で呟いた言葉の後ろについていたのは、同じ苦労人仲間へ送る容赦のない(笑)の表現記号だった。
 因に、どさくさまぎれに回収されたポチの助は、その後ジゼルと――相変わらず状況が良く分かっていない――フレンディスからお説教を喰らい、ベルクに踏まれたという……。