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ジゼルちゃんのお料理教室

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「ウルディカのそのクッキーは、誰にあげるのかしら?」
 テーブルを挟んで向かい側に居るらしいジゼルの声に顔を上げずに、ウルディカは呟くような声で言う。
「女史に……」
「アカリさんにあげるのですか?」
 フレンディスの声は華やいでいた。友人と友人の間に関係が生まれる事を、フレンディスは素直に喜びと受け止めているのだろう。
「エンドロアが作りたいと言うから、手伝ってもいいと此処へきたんだ。ついでだ。
 材料がこれだけあるんだ、多少作り過ぎても構わないだろう。
 女史に渡すのは……大学で介抱してもらった礼なので……ホワイトデーとか関係ない」
 無いったら無い。そんな風に言っているように聞こえるウルディカに、ジゼルは「ふぅん?」と返す。
 そして言った。
それはよかったわ
 と、ジゼルの微笑みに含まれた他意を見抜いて、ベルクが向こうで吹き出している。フレンディスは相変わらず分かっていないようだが、思ったままに。
「ほわいとでーにお菓子作りをするということは……もしやウルディカさんは、アカリさんからばれんたいんでーのプレゼントを頂いたのですか?」
 グサッ。っとそんな音を皆は確かに聞いたのだが、フレンディスだけは気付いていないらしい。
「違うわフレイ。ツェツァが渡したのはアレクとハインツだけよ」
 ジゼル振り返られて、ハインリヒはコーヒーカップをテーブルに戻しそちらへ歩みを進めた。
「ああうん。猫とかお花とか描いてある可愛らしいやつ貰ったね。
 昨日アレクとお返し買いに行ったよ。こーんなでっかい花束の形したキャンディ。中に欲しがってたやつって兄タロウみたいな顔しながら銃仕込んでたけど――アレクのああいうセンスってどうなのかな。まああの娘なら喜ぶんだろうけど」
 スヴェトラーナへの返礼を、普通のプレゼント程度では明らかに負けているサイズを腕を広げて表現しているのを――ちっとも気にしていませんよという体で――横目で見たウルディカは、体力と精神力を削られたようだ。
「否、そんな落ち込まなくても……。
 ヴァレンタインのはユンサルとミリツァと一緒だったんですよ。
 それにアレクはスヴェトラーナの親で、俺はスヴェトラーナにとって――なんて言えばいいのか、……元々はアレクの祖父の――うん、頭に入って無いね」
 ウルディカの様子を観ていたハインリヒは、これ以上言っても意味が無いと口を噤んだ。そのくらいウルディカは目に見えて消沈していたからだ。
 一連のやり取りを観ていたジゼルは、勝利の笑顔で鼻から息をふんすっと吐いている。
 フレンディスの方は、仲良しのジゼルと普通の女の子らしいイベントが出来ている事に脳内に咲き乱れる花でお花畑状態になっていて、ジゼルの行動に後ろ暗いものが有るとはちっとも思わず――というか考えもせず、(ジゼルさん嬉しそうです)と、にこにこし続けていた。
 と。その横では、忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)がジブリールにじっと手元を見つめられていた。
「む、生意気ターバン、僕がジゼルさんにお菓子作りを学んで何が悪いのです。
 料理は科学なのですよ?
 特にお菓子は目分量で作った日には大惨事になる難易度と聴いてますので、ハイテク科学忍犬として挑戦してみたくなったのです。
 ……
 僕はチョコを貰ってないですし。
 いえ、寧ろ手作りを貰った日には僕の生命に関わる……訳もなく、とにかく決してあげたい子がいるとかではないのですよ?」
 語るに落ちる。
 チョコレートクッキーを作りながらの素直過ぎるポチの助の告白に、ジブリールは「別に何も」と首を振る。
 が、ジブリールが背を向けたその直後、キャインッとポチの助が声を上げた。



 焼き上がったクッキーの粗熱をとっている間、ルカルカは彼女が指導した兵士達と雑談を交わしていた。
「ルー少佐は今年はあげる方だったんですか?」
 ユージェン・カラスマ上等兵のふとした質問にルカルカが首を傾げたのに、同階級のスチュアート・パーカーが思いきり振り抜いたげんこつをユージェンの頭頂部に喰らわせる。
 それでユージェンは己の失態に気付き、慌ててペコペコと頭を下げた。
「今のはマズいだろッ!」
「あ、あの! 申し訳ありません! 決してセクハラ的な意味では無く! その!」
「――ううん違うよ。少佐って知ってたのかぁって思っただけ。
 だって今日はジゼルの友達なルカだもん」
 拗ねるような顔でそう言うルカルカに、ユージェンは困ったような顔で笑って、躊躇の間を置いてから口を開く。
「ではその……ルカルカさんに、軽い質問のつもりで。
 俺、父が日本人なんです。日本だとバレンタインデーは女性から男性にプレゼントする日ですよね。でも外国ってそうでもないじゃないですか。
 だからルカルカさんはどうなのかなぁと思ったんです」
「あ、あー! そういうことかぁ」
 ふむふむと頷いて、ルカルカは指を折りつつ質問に答える。
「ルカが今年贈ったのは婚約者と金団長とパートナー全員と部隊の仲間と――」
「はぁ、女性って大変ですねぇ……」
「ジーンお前、それもセクハラだよ」
「だよな……、俺って本当うかつもの……」   
「あはは、ルカは上司の弁当係もしてるから、何時もの事だし気にしてないよ」
「弁当まで? 団長って――」
「ジーン!」
「……うん、黙る。黙ってるよステュー」
「あーあー、そうだよ。お前は一生黙ってたほうがいい」
 スチュアートは呆れ顔でユージェンとの会話を切った。しかし直後に期待を含めた子供っぽい表情になってしまうと、クッキーの表面をつっつきルカルカに振り返る。
「あの、ルー少佐。そろそろ良い頃ですか?」
「あ、うんうん! じゃあ温めてたチョコレートを――」
 ルカルカが言いながらチョコレートペンを湯煎で温めていたボールへ手を伸ばすが――
「熱っつ!」と、彼女は慌てて手を離した。どういう訳だか、湯煎してたいお湯の温度が熱湯に変わっていたのだ。デコレーション用のチョコレートペンはある程度まで柔らかくする予定だったので、これでは溶け過ぎて逆に使えない。
「うわードロドロー。……今度はもう少し固まるまで使えないね」
「そんな事より大丈夫ですか!?」
 慌ててルカルカの手を取って、心配そうに見つめるユージェンに、スチュアートはまたも拳骨を作る。
「ジーン、だからお前!」
 むやみやたらに結婚を控えた女性の手を取るなど――しかもそれが他軍の佐官とあれば尚更――あってはならない事だと、説教を始めるスチュアートに、ユージェンは丸まって頭を抑える。
「ごめん俺って本当――」
「この迂闊者!!」
 必死な二人には申し訳ない気もしたが、ルカルカは笑いを禁じ得なかった。


 
 そこは食堂に続く部屋だった。
 建物自体新しいプラヴダにはこういう空き部屋が幾つも存在しているから、誰も気にしない部屋だった。
 扉を開けて中へ入る人間が居ても、その人間がごく普通の顔に、ごく普通の背丈、ごく普通の体型をした――所謂モブキャラのような男で、そいつが自然と行動したのならば、矢張り気にする人間は居なかったのである。
「報告します、チュバイス少尉。
 カラスマ、パーカー両上等兵への『チョコレートペンぐずぐず作戦』は、失敗です。
 料理はド素人二人では、ぐずぐずチョコレートだろうと分からずに使ってしまうものとの作戦でしたが、同テーブルに指導の為シャンバラ教導団機甲科ルー少佐ががついていた為、ぐずぐずのチョコレートペンを使う前に気付かれてしまいました。
 尚、ルー少佐は美人です。料理上手の上、美人です!!」
 美人に料理教えて貰うとかあいつら死ねば良いのに! 無駄に電気を消した室内のあちこちから、そんな声が上がっている中、報告は続く。
「更に言うと、カラスマとパーカーのボケツッコミで、その美女が逆に和んでいる始末です。
 失敗しても可愛らしく見える……我々は奴等のイケメン力を侮っていたのかもしれません」
「あららぁ〜。
 キミは作戦実行の前にこの言葉を念頭におくべきだったねぇ」
「はい?」
ただしイケメンに限る
 言葉を聞いて、騒いでいた兵士達は一斉に静まり返った。
 フツメンやブサメンと呼ばれる彼等が何をしても「ヤダキモ〜イ」と嫌悪される言動は、全て、イケメンには許されし行為なのである。
「イケメンって奴は、本当にこわいねぇ〜」
「しかしリア獣めはトリモチが毛に張り付いて剥がれず、のたうち回っています。今頃地味にきつい思いをしている事でしょう。
 そのまま禿げ上がれ!!!
 私的感情を交え、偵察と工作のスペシャリストにして重度のアイドルオタク、見た目はモブ兵士ことロベルト・ノヴァク一等軍曹が報告を終了する。
 パイプ椅子のをその体重で歪ませながら、ドミトリー・アンドレーエヴィチ・チュバイスはデブキャラのテンプレートの如くチョコレートバーを頬張っていた唇を歪めた。
「負負負……知っているかぁい? 犬はチョコレートを食べちゃいけないんだよぉ……
 ボクってば優しいんだぁ……負負負負負……」