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ジゼルちゃんのお料理教室

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ジゼルちゃんのお料理教室
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リアクション

「わああああ」
 本当に人形のように大きな瞳は、尊敬や驚嘆や色んなものが混ざった輝きできらきらを超えぴかぴかしている。
「マコトのクッキーが、いちばんきれいだな!」
 真が焼き上げたクッキーは、ステンドグラスクッキーと呼ばれるもので、クッキー生地の中に穴を開け、そこにアメを入れた模様の綺麗なクッキーだ。
 見た目の華やかさもさることながら、作る工程も楽しいとこれを選んだが、手際の良い彼に掛かればそれらは直ぐに終わり、余った生地で何か出来ないものかと考えた末に選んだのが、もう一枚の皿にのるキャラクターのアイスボックスクッキーだったのだ。
 モデルにしたのは、先日撮影したK.O.H.の写真だ。
「これおれか? おれなのかマコト!? おれかわいいね! ちょうかわいいね!」
 すっかりした興奮で自分の容姿を自賛している兄タロウに、真はくすくす笑いを漏らす。すると兄タロウはハッと思い出して、もじもじしながら真を見上げた。
(あ! あとかわいくしなきゃいけないんだった!)
 兄タロウは計算高く、小首も傾げてみた。これはにんぎょちゃんがするポーズで、兄タロウが一番可愛らしいと思っているものだ。
「マコト、おれもクッキーほしいです! ください!」
 残念な事に兄タロウは頭が足りなかったため、言葉自体は直球だった。だが元々これは真の親友へネタ用にする分と、兄タロウ達にあげようと作っていたものだ。兄タロウのお願いに、真はにこっと笑って返す。
「はい、どうぞ」
 幾つかの袋に分けて包装したものを渡すや否や、兄タロウは「ありがとう!」と大喜びで、その場でブルーの袋の中に突っ込んで行った。
 真の視界からは、ブルーの袋から黒くて丸っこい尻尾がふりふりしているのだけが見える。
「マコト! おれおいしいね!」
「語弊があるような、合ってるような……。でも喜んで貰えて良かった」
 後ろ頭をかきながら、真は兄タロウ――の入った袋から、視線を隣のテーブルに移した。

「あああっ!」
 大声を上げたのは真のパートナーの彼方 蒼(かなた・そう)だ。
 蒼は今、ちょっとした行き違いからガールフレンドとギクシャクした関係になってしまっている。その所為で彼女を見掛ければ目を合わせる前に逃げられてしまう日々が続き、バレンタインデーのプレゼントも貰えなかった。
 だが今回蒼の方からプレゼントを渡す事で会話のきっかけになればと、彼は思っているらしい。
 そんな理由があるのなら出来るだけは蒼にやらせるべきだと、真も見守る方向でいたのだが、あの叫び声は尋常じゃない。そちらへ足を向けてみれば、蒼が欠けた大きなハートのクッキーを手にしゅんと肩を落としていた。
「うぅ……にーちゃん、失敗しちゃったぁ……」
 他に焼き上がった小さめのクッキーの隣には蒼が書いた立体クッキーの設計図が置いて有る。
(この一つだけ大きいハートのクッキーをメインにする予定だったのか。まずったな。今から作り直す時間は――)
 真が時計を見上げていると、此方も蒼の声を聞きつけてジゼルが顔を出す。
「ちょっと見せてくれる?」
 早速クッキーと設計図を交互ににらめっこして、ジゼルは「うん」と頷いた。
「この絵とは少し違っちゃうかもしれないけどね、いい方法があるの」
 やってみましょうと蒼の肩を叩いて励まして、ジゼルは蒼が割ってしまったクッキーと、一回り小さいハートのクッキーを指差した。
「この欠けた部分をね、こっちに差し込むの」
 蒼が言われた通りにしてみれば、彼が望んでいたのとは少し違うが二つのクッキーが組み上がった立体が完成した。
「蒼が準備してたのは箱だから、開いた時に真ん中にあるときっと素敵に見えると思うわ」
「わー!
 にーちゃん、ねーちゃん、みてて! 箱の中にはこれいれるんだぁい!」
 食紅でお絵描きしたマシュマロをクッキーの横にぽいぽいと投げ込む蒼に、ジゼルは何かを思いついたようだ。
「じゃあ折角だしもう一手間!」
 そう言ってジゼルが蒼に教えたのは、残ったクッキーとマシュマロを使ったお菓子だ。
 小さいクッキーにマシュマロを乗せ電子レンジで加熱すると、マシュマロがやんわりとけた状態になって戻ってくる。
「この上に、もう一枚クッキーを重ねてみて」
「ふたするみたいに?」
「うん」
 言われるままに溶けたマシュマロの上にクッキーを重ねれば、出来上がったのはクッキーサンドだった。マシュマロは既に食紅で色がつけてあったから、茶色い箱の中身が一気にカラフルな印象になる。
 それらを先に入れていたお絵描きマシュマロの間に配置すると、あの子にプレゼントする為のクッキーが遂に完成した。
 苦労の末の作品を感慨深そうに見ながらも、じゅるりと涎を啜ってしまう蒼の反応に、真とジゼルは顔を見合わせて微笑んでいる。
「うふふ、いいわねこういうの!」
 と、お料理メモ――ただしこれは禁忌の書だ――をヒラヒラさせているのは、お料理メモ 『四季の旬・仁の味』(おりょうりめも・しきのしゅんじんのみ)だ。勉強になりそうだとパートナーの真についてきたのはいいものの、真に制作の側に回るのを断られてしまった為、仕方なく開始からはぶらぶらと皆の作品作りを見て回っている。
 四季は料理の知識は完璧であるのに、何故か彼女自身が作ると微妙な味になってしまう為、真の采配は正しいものと言えた。
「気になる子に手作りのホワイトデーのお菓子をプレゼントなんて、とってもいいわ。
 この男とは大違いね!
 お返しをさくっと買って済まそうなんて信じられない話よ」
「炎で襲って拉致るとか……そっちのほうが信じられねぇな」
 セットなんて普段からしている訳でもないが、四季の炎の所為で何時もより乱れた髪を手櫛でおさえ原田 左之助(はらだ・さのすけ)は眉を顰めている。
 彼は勿論お菓子作りなどに熱中した事は無い。だから良い経験だと割り切ってはみたものの、お菓子作りの繊細な力加減が分からず、苛ついていたらしい。
 今も折角型抜きした生地が、焼き上がってみると歪だったり部分的に小さな欠けがあったりと、左之助をがっかりさせてくれていたところだ。
「ジゼル嬢ちゃん、どうすればいいんだ……?」
 もうお手上げだと言う左之助の顔に、ジゼルは元居たテーブルから材料を手に戻ってきた。
 焦げ茶にピンクに緑に黄色にと、とりどりの色のペンが並べられる。
「なんだこれ?」
「チョコレートよ。これをこう――」
 言いながらジゼルは、一つクッキーを手に取って形が歪になってしまっている上にチョコレートを絞り出した。
「するでしょ? それからね……」
 今度はアラザン(*菓子のトッピングに使う丸い飾り)を溶けかけているチョコレートの上に乗せる。
「おお、なんつーか……誤摩化せたな」
「うん、アラザンの他にもこのお花の形のコンフェッティ――お砂糖の飾りを乗せても素敵よ」
「成る程、このチョコレートは糊代わりになるってことかい。
 ありがとな。一丁やってみるわ」
 そうして熱中する事暫く、見栄えもいいデコレーションクッキーが完成する。
「四季さんよ」
 今そこにいるからこの人の分は此れでいいだろう、とクッキーの乗った皿を渡されて、四季は笑顔のままそれをテーブルに戻した。
「駄目よこんなんじゃ。プレゼントならせめて包装してね」
「は?」
 眉を顰める左之助に、ジゼルは慌ててテーブルの上の皿を引っ掴み、空いた手で彼の腕を組み引っ張って行った。行き先は美羽が兵士達にクッキーの型抜きを指導していたテーブルだ。
「――無いよね」
「うん、無いですよ原田さん。こんなの流石の僕でも分かる」
 美羽に続いてテーブルの端でコーヒーを飲んでいたハインリヒが首を振る。自分で『流石の』と言ったのは、女性の地雷を踏み抜く事にかけては天賦の才能が有る事を、自覚している節があるからだろう。
「そこに美羽ちゃんと買ってきたラッピング用品ありますよ」
 片手でどうぞご自由にと促すハインリヒから視線を落として、左之助は筒状の紙、箱、リボン、シールなどを見下ろした。
 ハートにドットに赤にピンクに水色に、左之助には余りに見慣れないものの洪水だ。
「……駄目だ、頭痛くなってきた」
「諦めないで!!」
 背中を向ける左之助を引き止めていると、ハインリヒが包装紙の一枚を摘んで張り付いたような笑顔で口を開く。
「女の人ってさ、形拘るよね。
 一所懸命考えて、苦労して料理して、綺麗にデコレーションしたんだからいいと思わない?
 時間も頭も金もそこまでで十二分に使われたと思わない? それを外身までリボンだのステッカーだの花だのなんだの当日じゃなきゃ嫌だの私より料理上手でむかつくだの糞面倒臭ぇじゃあどうしろっていうんだよ全部聞いてやるから企画書寄越せって――」
「ハインツ!」
「おっと失礼。
 原田さん、幸い此処には女の子が一杯居るんだし、彼女達の意見を聞きながら作るのが一番良いと思いますよ」
「そうそう、私達に任せてよ!」
 苦笑混じりに隣での作業を終わらせて、美羽が左之助にラッピング指導を始める。


 包装紙を広げたテーブルとコーヒーカップを共存させるのは余り良い事では無い。窓際の席に移動したハインリヒの隣に、ジゼルが一旦休憩と腰を下ろした。
「もう、ハインツは直ぐにああいう事言うんだから」
「Suesse、女の子は皆君みたいにお砂糖と素敵なもので出来てる訳じゃないんだよ。
 スパイスの塊みたいな奴も居るし、僕が会ってきたのはそういうのばっかりで――もう、散々な目に……」
 ハインリヒは自分をモテない。と評するが、申し分無い身分と容姿に恵まれておいて『モテない』は有り得ない。
 あれを聞くたびジゼルは(ハインツは日本語間違ってるのよ)と思っていた。正しくはモテない訳ではなく、すぐ振られる。
 過去にハインリヒから聞いた、彼と彼女達の――ジゼルからすればどっちもどっちだと思う――戦のエピソードに思いを馳せていると、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が隣に座った。
「あれ、ベルクは何も作らないの?」
「フレイが居る前で作ってもな……」
「……そう言われればそうね」
「ジブリールも手伝い要らないみたいだし」
 ベルクの黒い双眸の先では、ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)がフレンディスに渡す為のクッキーを完成させ、既に包装作業に移っているところだった。
「器用よねぇ、ジブリールって……」
 ジゼルから手渡されたコーヒーカップを受け取って、ベルクは今度はウルディカに視線を移す。
「あいつもあいつで大変そうだなぁ」
 言葉では同情を示しながらも、ベルクは内心楽しくてしょうがなかった。
 ウルディカが想っているのは、スヴェトラーナ・ミロシェヴィッチ(すゔぇとらーな・みろしぇゔぃっち)に間違い無い。今必死に作っているクッキーも、彼女にあげる為のものだろう。
(やべぇ、やっぱ面白すぎる。
 スヴェはジゼル似なのか一見無防備無頓着に見えてアレク並に隙がねぇ感じだし。
 だがまぁ食い物には釣られるだろ。
 ――しかし奇跡の可能性で脈が合ったとしてもだ、父親がアレクと考えただけで死亡フラグしか見えねぇのが……!)
 あのウルディカが!という面白さと、こっち方面の苦労も共感しろよ!という感情が混ざった黒い笑いを漏らすベルクに、ジゼルは彼の真意が分かっているのかどうかふっと息を吐き出している。代わりに口を開いたのは、ハインリヒの方だ。
「彼はスヴェトラーナが好きなの?」
「さあ?」と、ベルクははぐらかすような答えだが、表情はそうは言っていない。
「苦労するだろうね」
 ハインリヒが言っているのも曖昧な言葉だ。表情の方は明らかにウルディカを値踏みしているが――。
「苦労といえばそっちはもう女の苦労は無いんだろ?」
 突然ベルクに振られたハインリヒが顔を横に向けると、ベルクは続けた。
「恋人、女じゃねえし?」
 と、その言葉にハインリヒが固まったのを言い方を間違えたと取ったのか、ベルクは今度は丁寧に言い直す。 
「女じゃねえっつーか『女性型じゃない』か? 機晶姫」
「ん? ベルク会った事あるの?」
 ハインリヒと親しいジゼルは彼の恋人ツライッツ・ディクス(つらいっつ・でぃくす)と何度も面識があった。が、友人同士の繋がりがあるとは知らず、首を傾げる。
「いや。でもパートナーにはこの間のバレンタインデーに会ったぜ」
「それで何で知ってるんだよ――」
 背もたれに体重を預け何処か不服そうに言うハインリヒの肩に、「いいじゃない」と寄りかかって暫く、ジゼルは得心したような顔をする。
「あ。私かも。私フレイに言った、かも。そのヴァレンタイン・デイにクローディスに会いに行くって話聞いた時に――。
 ……じゃなくてアレクだった?」
「さー、どっちだったか」
「成る程ね、身内の犯行か。まぁ別に隠して無いからいいんだけど――」
 長い前髪を払うように頭を振って立ち上がり、ハインリヒはジゼルの唇を指先で挟むと皮肉気な笑顔を落とした。
「おしゃべりな子だな」