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ジゼルちゃんのお料理教室

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ジゼルちゃんのお料理教室
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リアクション

「うふふ、料理に火力って大事よね♪
 此れに懲りたら、もう神聖な調理場に踏み込んだら駄目よ、お邪魔虫さん達」
 四季のフラワシ『メラうさちゃん』の燃えるフライパンに殴られて、ドミトリー隊の三人が食堂の入り口まで逃げてくる。
 通りすがりのヴォロドィームィル・ルカシェンコ一等軍曹は、慌てた様子の彼等に眉を顰めて、次々に尻を蹴り出した。
「お客様が居る前でお前達は何をやっているんだ! 騒ぐな恥ずかしい!」
 言い訳をすれば恐ろしい基礎訓練が待っている為、兵士達は仕方なくひりひりと火傷で痛む腕に回復を施しながら、廊下の角まで逃げ込んで行った。
「くっ……あんな援軍が居るなんて」
「ノヴァク軍曹の調べにも無かったのに!」
「兎に角体勢を建て直す。カミル、イェルミースに連絡を」
 上官の命令を受け通信兵が連絡をする中、隊は移動を開始した。
 が――。
「皆さん、待ってください!」
 彼等の前に立ちふさがったのは、魔法少女だった。
「レフさん達の邪魔をするより、もっと楽しい事をしましょうよ」
「え……?」
「まずはこれをどうぞ♪」
 歌菜がパンッと両手を合わせ広げると、食堂の入り口の空いたスペースに、お茶とお菓子がのったテーブルが現れた。
 その様子を離れた位置から見守っているのは、彼女の夫の羽純だ。
「――アルジェントですね?」
 何時の間にか隣に立っていたルカシェンコが困った顔でそう問うのに、羽純が逡巡していると、ルカシェンコは安心させる様に厳しい表情を崩す。
「私は彼女と同じ階級です」
「そうか。なら、大丈夫……だよな?」
 そうして羽純が訳を話すのに、ルカシェンコは長い息を吐き出した。
「人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られてなんとやら、だな。
 歌菜は奴らを話し合いで止めようとしてるみたいだし、まぁ、少し様子を見守るつもりだ」
「兵士達がご迷惑をお掛けし、申し訳有りません。何かあれば直ぐに止めますので」
 ルカシェンコが羽純に謝罪の直後に飛ばしてきた牽制の視線に、兵士達は戸惑ったものの、歌菜に促されるままに席に着く事にしたようだ。
「初めまして、遠野歌菜です」
 礼儀正しく挨拶する彼女だが、兵士達の方は彼女を知っていたようだ。これまでプラヴダの作戦に参加した経験が何度もあるし、なにせ魔法少女アイドルだ。上官のロベルトから知識をひけらかされている彼等が、知らない訳がなかった。
 と言う訳でプラヴダの一部では既に有名になっている彼女にすっかり恐縮しきった様子で、三人の兵士は姿勢を張り、順々に頭を下げる。
「ハンス・メルダースです! 階級は、二等軍曹です!」
「ベラルーシ出身、シュロイメ・レリェス一等兵です!」
「通信兵をしております、カミル・ブリアーネク二等兵であります!」
「ハンスさんと、シュロイメさんと、カミルさんですね。宜しくお願いします。
 さあ、お茶がさめないうちに、たくさん食べてください♪ お腹が空くと怒りっぽくなっちゃいますから」
「……い、頂きます!!」
 少々居心地が悪そうにしながらテーブルのものに手を付ける彼らに、歌菜は緊張を解す雑談を交わすところから始める。
 そして暫くすると、ティーカップをコトリとソーサーへ戻し、もう一度口を開いた。
「――皆さんは、どうしてレフさん達の邪魔をするんですか?
 恋愛に多少の障害はあった方が盛り上がるとは言いますけど……」
「それは……」
 口ごもるハンスに、シュロイメとカミルも顔を合わせている。何故なら『イケメン滅べ!』以外に、彼等の嫌がらせには大した理由以外は無いからだ。しかし歌菜の『会話』は始まったばかりだ。黙っている間に追撃がきてしまう。
「え? そうじゃなかったら、どうしてですか?
 ……邪魔をして……それで、どうなるんです?」
 何の意味も無い。
 邪魔したところでイケメンはイケメンのままだし、奴等がモテる事は覆りようが無い事実だ。
 三人はまたも答える事が出来ず、俯いてしまう。その所為で、歌菜はこんな風に邪推してしまったらしい。
「ハッ! もしかして……三角関係? 辛い恋をしてるんですか?」
「おれそれしってる! テレビでみたよ」
 話題につられてテーブルに飛び乗ってきたのは兄タロウだった。
「あら、兄タロウさん! こんにちは♪」
「カナ、きょうもかわいいな。こいつらがめいわくかけてないか?」
「迷惑だなんてとんでもないです! ……でも」
 会話を止めた歌菜の絶妙な間に兄タロウは興味をひかれ、テーブルに背負っていたクッキーの袋を全て下ろして、腰を落ち着けてしまった。
 すると三人の兵士は直立不動の姿勢になってしまう。
「いいよ、すわんなよ」
「失礼致します!」
 と、そんな風に――。K.O.H.は幼い考えを持った小動物に違いは無いが、隊長を縮めたようなこの生き物に、下級の兵士達はとことん弱いのだ。彼等の重くなった心に、緊張まで追加されてしまう。
「皆さん、辛い恋に悩んでらっしゃるみたいで――」
「ツライコイってほうは、わかんない。ぶき? さかな? ひっさつわざ?」
「ふふっ。違いますよ、恋愛の事です。三角関係のお話です」
「あー……それはかわいそうだな。おれにはにんぎょちゃんがいるし、アレクにはジゼルがいるし、カナにはハスミがいるのに、こいつらはこどくなんだな。
 こどくってひとりぼっちっていみだぞ、しってるか?」
「はい! 知っているであります! 自分はぼっちです!」
 上官――と同じ顔――に、正直に答えたカミルは可哀想に涙目だ。
「想う人に想われない……とっても辛いですよね…………」
「そのおもうひとに、すきになってもらいたいんだな」
「そうですよね、皆さん!」
 勢いとノリで、もう訳が分からなくなった三人はただただ頷くばかりだ。――実際に彼等は片思いなどしてはいないのに。歌菜の勘違い、それを噛み砕く兄タロウの幼い発言、一つ一つの言葉が重く伸し掛ってくる。
「じゃあおまえたちも、おれみたいに、かわいくなればいいんだよ!
 かわいいと、マコトがクッキーくれたりするんだぞ!」
 と、そこで始めてハンスが反論する。
「俺達は可愛くなんてなれません!」
「服とかどんなに努力したって『みてあれー、チョー頑張ってるキモーイププププ」って言われるのが関の山なんですよ!」
 過去に何か辛い思いをしたらしいシュロイメが立ち上がる。
「ちっちゃい大尉殿に俺達ブサメンの心なんて分からないのであります!」
 カミルはもう泣いていた。
「だいじょうぶだよ。だってアレクいってたもん。ブッキョーだと、いっかいしねばてんせいできるって!」
 兄タロウにサムズアップを向けられ、三人の兵士は「ええとそれはつまり……」と聞き直す。
 すると兄タロウは彼等が尊敬して病まない、アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)隊長と同じ顔でこう言った。

いっかいしねば?


 真に貰ったクッキーを家族に運ぶ為、兄タロウは歌菜に手伝われ共にその場を去った。ティータイムの魔法が消え失せた食堂の入り口の隅で、三人の兵士は体育座りになったまま、何時迄も項垂れている。
「……天然の言葉のナイフってヤツだな」
「少尉に唆されて馬鹿な事をしたこいつらの自業自得ですから」
 羽純が呟くとルカシェンコは額を抑えてそう締めくくる。そうして彼は三人の兵士への懲罰訓練のメニューを頭に描くのだった。



「レッドスカル隊が逝ったか……」
「だが奴等は我々の中でも最弱」
「今こそ俺達、グリーンゴブリン隊の力を少尉殿に見せる時!」
いざ!!
 と、登場だけは勢いも怪しさも十二分だったものの、グリーンゴブリン隊を名乗る彼等がターゲットにしたのは、菓子作りに勤しむ男性陣の中でも体形的に一番弱そうな男性――というか少年、千返 ナオ(ちがえ・なお)ノーン・ノート(のーん・のーと)だった。
 スヴァローグ・トリグラフ(すゔぁろーぐ・とりぐらふ)らと一緒に彼等が今作っているのは、パートナーの千返 かつみ(ちがえ・かつみ)にプレゼントする予定のケーキポップである。
「めっ!」
 ペルーンとダジボーグが抑えているボールには溶かされたコーティングチョコレートが入っている。予め形にしておいた棒つきの生地をここへ突っ込んで取り出すと、ノーンが氷術でコーティングをさっと固めた。
 これを手際よく繰り返して行けば、ハートや星や猫の形が完成する。
「まだ完成じゃないのに、もう美味しそう! 素敵に出来てるわね」
「かつみのホワイトデー用を超えてめいっぱい量産し過ぎてる気もするが……」
 ジゼルが様子を見に来たのに、ノーンが心配を吐き出している。けれどナオはトリグラフたちと楽しそうにしながらも真剣に作業を続けているようだ。
「でもとっても楽しそうだわ」
「まぁ害はないし、やらせておくか」
「うん、何かあったら呼んでね。それからこれ、美羽とハインツが買ってきてくれた追加のデコレーション。他の人は使い終わったみたいだから」
「有り難うジゼル、ゆっくり使わせてもらおう」
「頑張ってね」
 テーブルにデコレーション素材を並べ終わると、ジゼルが踵を返して行く。
 彼女が通り過ぎたテーブルの一つ。その下には、迷彩状態のグリーンゴブリン隊が隠れていた。
見ろ。あのデコレーションが重要らしいぞ!
ではこのトリモチでデコレーションをくっつけ、徐々に減らしていくというのはどうだろうか
それ名案だな! ついでに狙うなら同じ色にしようぜ!
 綺麗に作りたい時に一色足りないとかすげーイライラするもんな

 頷いて、グリーンゴブリン隊の三人が割り箸についたトリモチを手に、机の下から出て行こうとした時だ。
「あの……」
 突然目の前に現れた、机の下を覗き込むナオに、三人はテーブルの裏に健か頭をぶつけてしまう。
「大丈夫ですか!?」
 膝をついたナオに、三人の兵士はどぎまぎしながら頷いた。まさか敵に心配されるとは、思っていなかったからだ。
「そうですか、よかったです。
 ……えっと、俺今日お菓子作りしてて、楽くて作り過ぎちゃったんです」
「そ、そうか……?」
「皆さんさっきこっちを見てましたよね。だからもしかして……山羊さん達みたいにお菓子欲しかったら……って」
 お菓子が欲しい訳じゃない。
 まして山羊と一緒にしないで欲しい。
 だがナオの純粋無垢な瞳に、三人の兵士は否定の言葉を飲み込んでしまう。するとナオは小首を傾げてにっこり微笑んだ。
「もうちょっとで出来上がるから、待っててもらえますか?」