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リアクション
■ アルクラント・ジェニアス&シルフィア・レーン
その日、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)はシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)とともに買い物に出かける予定だった。
外出着をはおると階上のシルフィアへ声をかける。
「シルフィア、準備はできたかい? そろそろ出よう」
「はーい」
返事をして。部屋を出る前、シルフィアはもう一度姿見のなかの自分をチェックする。
着て行く服の準備はもう昨日の夜からできていた。ほかの2人にもいろいろと助言をもらって、身支度は超完璧。この格好以外で、今日を過ごすなんてあり得ないってくらい。
今日は2人で指輪を買いに行く日。
アルくんが指輪を買ってくれる。
「あ、だめだわ。顔がにやけちゃう。こんなのアルくんに見せられない」
ほっぺたつねって引っ張って。
(われながら舞い上がってるなぁ……。いつもどおりに振る舞わないと、アルくんに不審がられちゃう)
そんなことを考えながら、階段を降りる。
たぶん、そちらに意識がいってしまっていたからだろう。シルフィアは、突然何もない空間へ踏み込んだ。
「――えっ?」
階段の踏み板があると信じて疑っていなかっただけに、何のリアクションもできないまま、まっすぐ下へ落ちていく。
「えーーっ!? ちょっと!? うそーーっ!?」
「シルフィア! 手を!」
暗闇を落下していくシルフィアに、アルクラントが上から追いついた。
「アルくん! これ、一体何!?」
「さあ、私にも分からない。だがどうやら底が見えてきたようだぞ」
必死にしがみついてきたシルフィアを腕に、アルクラントは下へと目をこらす。徐々に落下スピードは緩まって、何の衝撃を受けることもなく地面に足をつけることができた。
「ここ、どこ……?」
シルフィアは取り乱しかけていた。アルクラントがとなりにいて、彼女に触れてくれてなかったら、きっとそうなっていただろう。
アルクラントはきょろきょろ辺りを見回して状況を把握しようとしている。
ここは完全な暗闇というわけではなかった。アルクラントは自分たちが小さな小さな発光キノコの生えた道の上に立っていることに気づいた。そして道が伸びた先に、小さな一軒家が見える。
「とりあえずあそこへ行ってみよう。だれか人がいて、何か聞けるかもしれない」
2人はキノコの道をたどり、まるでビルのテナントのようなしゃれた店のドアをくぐった。
「イラッシャイマッセー」
キツネ目の店員がショーケースの向こうから愛想よく2人を出迎える。
「すまない。ここはどこだろうか?」
「当店はジュエリーショップ△△△△△△です」
「は?」
「ですから、ジュエリーショップ○○○○○○です」
笑顔ではきはきと答えてくれたが、何を言っているのかどうしても聞き取れない。
2人の前、店員は手元のショーケースを開けて、いそいそとネックレスやペンダントを取り出して並べ始めた。
「いや、私たちは婚約指輪がほしいんだ」
「アルくん、ここで買うの!?」
驚くシルフィアの前、店員はぽんと手を打ち合わせると奥に引っ込む。次に現れたときはハンマーを肩に担いだ、ずんぐりむっくりの小男を後ろに連れていた。
ムスッとした顔で、何かを要求するように手を差し出す。
「こちらはうちで一番腕のいい職人です。まず指輪をはめる手を見せてほしいそーです」
「アルくん……」
「悪い人には見えない。そうしよう」
そう言うと、アルクラントが率先して自分の左手を小男の手に乗せたものだから、シルフィアもそれにならって左手を出した。
2人の手を順に見た小男は、ヒゲにおおわれた口元でぼそぼそとしゃべる。
「おふたりにはダイヤモンドとパールを使ったプラチナリングがお似合いだそーです」
「ふむ。ダイヤモンドとパールか……」
「アルくん、信じるの?」
シルフィアは眉をひそめたが、アルクラントは違った。
「この目、この指。凄腕の彫金師とみた。
お願いします! ぜひこの世に2つとない、私たちの婚約指輪をつくってください!!」
「ええっ!?」
頭を下げるアルクラントに、しかし小男は表情をさらに険しくして、あることを告げたのだった。
「信じられない、材料を調達してこいなんて」
「だけど場所は教えてくれた。あの店のときといい、このキノコが私たちに道を示してくれているんだ」
2人ははぐれないよう手をつなぎ、道なき道を走っていた。
まだうさんくさがっているシルフィアとは対照的に、アルクラントはすっかり彼らを信用しているようである。
「何かの力に導かれて、私たちはただ1つの指輪を手に入れる。それってなかなか運命的で素敵じゃないか。もしかすると指輪が私たちを導いているのかもしれないね」
そう言うアルクラントの表情はいきいきと輝いていて――。
シルフィアはふうっと息を吐き、ほほ笑んだ。
「そうよね、一生分の絆をつなぐ物だもの。なんの苦労もなしに手に入ったりしたら、つまらないわよね!
こうなったらワタシもつきあうわ! 絶対3つの材料を手に入れて、指輪にしましょう!」
ダイヤモンドは永遠の輝き。
ダイヤは時に支配されることなく時空を超えるという。
『それゆえに狙われ、盗まれた』店員は小男の言葉を繰り返す。『相手は時空を超えた犯罪者だ。われわれには追えない。しかし時空を超えて現れたきみたちならば、きっとやつから取り戻せる』
「犯罪と名のつく限り、許してはいけない。時空犯罪者は必ず捕まえる!」
キノコの道がとぎれた先で、アルクラントが叫ぶ。
「どれだけの時を経ても決して切れることのない絆! それはきっと、どのダイヤよりも強く輝き、ワタシたちを導くわ!」
場の勢いとはおそろしいもので、ついついシルフィアも乗っかった。
2人の前、暗闇が両開きの扉のように開いていく。向こう側から漏れる光はやがて2人の元まで届き、2人を飲み込んで別の時空へと誘った。
徐々に光に慣れたアルクラントは、周囲を見渡してつぶやく。
「この世界……空間が歪んでいるのか? 何もかも逆さになっている……」
「ちょ、ちょっとアルくん、そんなことより自分を見て!」
切羽詰まったシルフィアの声に、「え?」とアルクラントは振り向いて彼女を見た。
そこにいたのはシルフィア――ならぬ、性が逆転した男のシルフィアだ。
「シルフィ――うごっ!?」
「ワタシを見ちゃだめーーーッ!!」
下から顎が押し上げられて、アルクラントは舌を噛みそうになる。
「何よこれ!? ワタシ精一杯おしゃれしたのに、だいなしじゃない!!」
涙声で震えるシルフィアの肩に、後ろからそっと手を乗せた。
「シルフィア。たとえきみが男になっても私の気持ちは変わらないよ。
いいじゃないか、アルクラン子にシルフィ夫で。バランスはとれている」
「アルくん……」振り返ったシルフィアは真正面にアルクラントを見て、涙を引っ込めた。「やだ、アルクラン子ちゃん美人」
「シルフィ夫もかっこいいよ」
「ありがとう」
でもなんか悔しい。負けた気がする。
そのとき、ぶつぶつこぼしているシルフィアの肩を掴むアルクラントの手の力が強まった。
「あれは……プラチナか!?」
「えっ?」
アルクラントが見ている先を振り仰いだシルフィアは、そこに銀色に輝く光の元を見つけた。
それと同時に、プラチナに向かって手を伸ばす黒マントの男。
「あれが時空犯罪者だな! ダイヤばかりかプラチナまで奪う気か!」
2人は同時に飛び出した。
「かえせ! それは私たちのダイヤとプラチナだ!!」
「人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて地獄に落ちなさい!!」
2人の殴打と蹴撃は同時に相手にヒットした。
ぐらりと体勢を崩した時空犯罪者の手からアルクラントがダイヤモンドとプラチナを奪い取る。
「おふたりが初めてした共同作業は?」
「犯罪者へのキックとパンチです」
シルフィアは、パールの敷き詰められた地面へ落下していきながら、そう答える自分の声を聞いたような気がした。
次に目を開いたときシルフィアは宝石店にいて、指に嵌めた指輪の具合を見ているところだった。
白昼夢を見ていたのだろうか? しかしここに来るまでの記憶がまったくない。
「どうかな?」
「とてもよくお似合いですよ」
指輪を嵌め終えたアルクラントと店員が反応を待っている。
それは、ダイヤモンドとパールのプラチナリングだった。まるであの気難しい職人が作って届けてくれたような……。
『もしかすると指輪が私たちを導いているのかもしれないね』
今は素直にその言葉が信じられた。
「すごく……ステキ。
ねえアルくん、これにしましょ。ワタシ、これがいい」
シルフィアは満足げに指輪を見つめながらアルクラントにもたれかかると、そっと囁いた。
「大好きよ、アルくん」
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