リアクション
第21章
「ん……」
アキラ・セイルーンは眼を覚ました。
「……あれ……?」
気がつくと、温泉の岩盤の上で寝そべっていた。
「どうしたんだっけ……あ、そうか。カメリアがお父さんの背中を流すのを見てて……ふああ」
あまりにも広いお父さんの背中を背の低いカメリアが流すのには、当然手間も時間もかかる。
しかし、雪下ろしのお礼じゃからと律儀に背中前面を流そうとするカメリアと、『そう仰るならば』とまた律儀にその気持ちを受けとろうとするお父さん両者が納得したせいで、それがなかなか終わらずに待ちくたびれてしまったのだ。
「そうだった……湯船に浸かると危ないと思って岩盤浴にして良かった……。
もうお父さんも帰ったのかな……起こしてくれればいいのに……」
軽く誰もいない洗い場を見渡したアキラ。一瞬、その脳裏に疑問がよぎる。
カメリアはともかく、お父さんが風呂場で寝ているアキラを放っておいて旅館に戻ってしまうとは考えにくい。
「……っと?」
洗い場には誰もいない。なら浴場には?
と、アキラが視線を移した瞬間。
「ほい、正解じゃ」
突然、湯船に浸かっていたカメリアが至近距離から声を掛けた。
「うわっちゃあ!!」
これにはさすがのアキラも驚いた。
お父さんが先に旅館に戻るとは考えにくい。では、仮に寝ている自分の面倒を見てくれる人がいるなら、どうだろう?
果たしてその通りだった、岩盤浴をしている内に眠ってしまったアキラの面倒を引き受けたカメリアに任せて、お父さんは先に旅館に戻ったのだ。
今後ごろは、アリス・ドロワーズと共に部屋でのんびりしていることだろう。
「――驚いたか」
湯船の中からカメリアは肩口を出してニマニマ笑った。
「――別に」
と言ってはみたものの、先ほど驚きの声を上げてしまったことも事実。
予想通り、カメリアはアキラの言葉を全く信じずに『やってやった』という顔をしていた。
いつもカメリアの予想を外したり、上回ったりしているアキラにとって、これはちょっとだけ面白くない展開だ。
「……ち、何だよ。お父さん帰ったなら、その時起こせば良かったじゃねーか」
ぶちぶちと文句を言うアキラに、カメリアは涼しい顔をして見せた、
「ま、いいじゃろ。結局あちこち回ったが一回しか風呂に入らんかったんでな、せっかくじゃから最後にもう一回入ろうと思ったんじゃ」
「――ふうん」
アキラは上半身を起こして、自分の身体にタオルがかかっていることに気付く。腰に巻いた自前のタオルとは別のものだ。
「――サンキュ」
そっけなくタオルの礼を言うアキラ。この状況では、タオルをかけたのはカメリア以外には考えられないからだ。
「――ん」
カメリアもまた、そっけなく返した。
「……」
なんとなく流れる沈黙。
「……黙っとらんと、お主も入ったらどうじゃ。そのままじゃと外に出た途端に風邪引くぞ」
「……ん、そうだな……」
カメリアの言葉に、のそのそと身体を動かすアキラ。
ふと視線を動かすと、カメリアの脚が視界に入る。
「……?」
何とはなしに違和感を覚える。そして、数秒後にその正体に突き当たった。
――ああ。
カメリアは普段着物姿だから、脚や二の腕を見たことがほとんどない。
ところがここは風呂だから、タオル一枚姿のカメリアに違和感を……ってタオル一枚?
「……おい」
湯船に足を入れた足湯状態で、アキラは呟いた。
「……何じゃ」
対して、長い髪をアップにまとめて後ろを向いたままのカメリアは、振り向きもせず答えた。
白いうなじが、温まって赤く染まっている。
何じゃねぇだろ、とアキラは突っ込みかけた。
何で水着すら着てないのかとか、そもそもここは男湯だとか、それともこれは何かの罠かドッキリかとか――。
「……入らんのか」
まだ振り向きもせず、カメリアは言った。
「――いや、入るよ」
アキラは素直にその場から温泉に入る。いきおい、カメリアと並んで風呂に入るような格好になってしまった。
「……どういうつもりだよ、雪下ろしの礼にしちゃ、サービス過剰じゃねーか?」
からかうようなアキラの言葉に、カメリアはぷい、と横を向いて視線を逸らす。
「……別に。雪下ろしの礼はお父さんの背中流しで終わったじゃろ。あれで貸し借りナシじゃ」
「ふうん……」
じゃあどういうつもりだ、と質問もしたいところだが、アキラはもっと気になることを聞いてみることにした。
「――じゃあ最後にもう一回ってーのは? もう、この温泉やんねーのかよ?」
カメリアはアキラの方を向いて視線を合わせた。
ここ最近にないような、強い瞳をしている。
「ああ、まだおかしな影響が出るかわからんしの。それに……お主がスプリングに言っておったようなことは考えんでもええ」
「……さいで」
湯船から腕を出して、頭をボリボリと掻いた。
温泉施設を残しておけば、それを目当てに客が恒常的に訪れるかもしれない。
そうすれば、永い年月の中でカメリアやウィンターも寂しい思いをしなくてもいいのではないか。
仮に――いつか自分達がいなくなったとしても、だ。
「そりゃ――」
すまなかったな、余計な気を回して。とかアキラが言ってやろうかと思った時。
「ほれ、見てみぃ」
カメリアが声を上げた。いつの間にか満月は姿を消し、そこにはかまくらの窓を通して見える、満天の星空が。
「……おお……」
素直に綺麗だと思ったアキラは、感嘆の声を漏らす。
「……わしらの人生も、あんな星のようなものじゃと、思うようにしたのじゃ」
「……?」
星を見上げたまま、カメリアは続けた。
「足跡も、星も同じじゃな。こうして無数に瞬いて、交じり合って……いくつあるかなど数え切れない――いつ交差して、いつ離れるとも限らんことを……今心配してもまったくの無意味じゃ」
ずいぶんさっぱりとした顔してやがんな、と、アキラは思った。
一方のカメリアも、視線を星空からアキラへと落とした。ぼんやりと横顔を眺めていたアキラと、モロに目と目が合ってしまう。
「……」
「……」
カメリアの脳裏に、ふと永遠のライバルの言葉がよぎる。地祇も人間も関係ない、友達になろうといってくれた友の言葉も。
「じゃからな……そんな星の瞬きと瞬きとの間には、こんな人生も捨てたもんじゃなかろう、と思うことにしたのじゃ」
「ほう、俺らの人生は幕間程度ってか」
「ふん……幕間にでも出してもらえるだけありがたいと思え……じゃがな」
「……?」
再び、カメリアは空を見上げた。そのまま、続ける。
「それでも、儂らのことは……覚えておけ」
「……ああ」
アキラは、ふと紅椿と勿忘草のペンダントのことを思い出した。
いつかのクリスマスに、カメリアがアキラへと贈ったプレゼントだった。
「そっか、ならばいい。……なあに、たかが50年程度よ」
カメリアの呟きに応えるように、ひとつの星が流れて消えた。
そのまま、星を眺めていた。
ずっと、眺めていた。
「……何が50年程度だって?」
アキラが訊ねた。
カメリアは、答えなかった。
「こっちの話じゃよ。……なに、これも人生のちょっとした寄り道ってヤツじゃな」
それではこれにて、閑話休題。
『春もうららの閑話休題』<END>
みなさんこんばんは、まるよしです。
今回は、辛うじて締め切りに間に合わせてみなさんの元へリアクションを送ることができそうです。
ご参加いただきまして、本当にありがとうございました。
抽選漏れになってしまった方には、申し訳ありません。
『春もうららの閑話休題』は私の18本目のシナリオです。執筆に使える時間や労力を勘案して、20人の少人数シナリオとなりましたが、いかがでしたでしょうか。少しでも楽しんでいただけたなら、幸いです。
今回は予想よりも騒動系のアクションが少なく、私が当初考えていたよりもしっとりとした話が多くなったかな、と思っています。
少人数シナリオであることに対して、掲示板のゾロ目の仕掛けが向いていなかった、という部分が私の誤算としてありました。
とはいえ結果的にはそれなりにはっちゃけつつ、それぞれのPC様間で進展や親睦を深める場としてご利用いただけたようで、あまり自分からは進んで書かない方面のアクションも多く、個人的にはこの出来栄えに満足しております。
みなさんにも、ある一定以上の満足感が届いていればいいのですがと、いつもリアクション発表後には戦々恐々とする毎日です。
もしご感想などがあれば掲示板で、口調や性別描写などで問題と思われる点がございましたら、運営様を通じてご連絡ください。
さて、ご存知のとおり『蒼空のフロンティア』のシナリオガイド公開は9月までということで、私個人しても、あと最低一回はシナリオガイドを発表したいと考えているところです。
時期や人数などはまだ考え中ですので、まとまり次第、運営様と協議のうえ皆様にお知らせしたいと思います。
それでは、もしまたお目にかかる機会がありましたなら、どうかよろしくお願いいたします。
改めて、ご参加いただきまして、ありがとうございました。