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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:後編

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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:後編

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第12章 旅立ち


 地上では、驚きの声が上がっていた。
「樹が……!!」
 大樹が、光の粉と化して、さらさらと風に流れるように消えていくのだ。





 静けさが支配する地の底の部屋。
 タァは、大転移装置の前に立っていた。
 その目は、あのエネルギー体を見つめている。むき出しの太陽のような、目に痛いほどの眩しさで視界を焼く、そのエネルギー体に。

「とうさま、わたしです。タァメリカです。
 おつかれになったでしょう。もうだいじょうぶです。わたしがきました。
 ……おやくめをといてくださいまし」

 タァの言葉が響き、そしてまた静かになる。
 エネルギー体の光が、徐々に薄れていった……

「これは……!!」
 全員が目を瞠った。

 光が収まった時、その中にあったのは……
 まるで、悪鬼のミイラ。
 茶色く干からびて、目だけが異世界の生命体のようにつりあがって大きく見開いている。


「……これが、あなたのお父さんなの……?」
 ルカルカが尋ねると、
「とうさまは、おのれにじっけんをほどこしたのだ」
 奇妙な答えがタァから帰ってきた。

「まぞくの『げんほんのう』をついきゅうするじっけん。
 そのじっけんをきょくげんまでほどこし、にくたいをこえるほどにぜんかいにしたのだ。
 そのけっかが、このすがた。
 ヴァーチャルシュミレーションででたけっかのとおりのすがただ」

「何故、そんなことを」
「というか……生きているのか?」
 ルカルカとダリルがほぼ同時に問いかけた。


「このからだをのこしたりゆうは……ここにかいてある」
 そう言って、タァはコントロール部の下の辺りに手を滑らせた。
「いままでエネルギーをはなっていたのは、とうさまの……ざんりゅうしねんだ。
 このきかいをまもっていたのだ」
 タァの声は、微かに震えていた。
 それでいて、悲しみに暮れる声ではなかった。

「わたしのよそうはあたっていた。
 とうさまは、ここで、このにくたいをすてて、べつのせかいにたびだったのだ。
 このからだは、ぬけがらなのだ」

「別の世界って?」
 さゆみが尋ねる。

「いせかいだ。てんいそうちをつかってしかいけない、じげんのはざま、ナラカでもないばしょ。
 でもナラカとおなじ、にくたいのいらないせかい。
 そこに、とうさまも……たぶん、かあさまもいる
 ……だから、ナラカであえなかったんだ」



「わたしもいこう。このきかいで」
 そう言って、タァは大転移装置に近付いた。
「どうやって? 場所が分かるの!?」
 ルカルカの問いに、タァは振り返った。ぼんやりとした幼女の姿が、柔らかく薄れた気がした。
「それは、ペンダントがおしえてくれる」
 タァはそう言って、ヒエロから託されたペンダントを外した。

 ――この中には、転移装置の操作記録が暗号化されて入っていた。
 幾つもの操作記録の中に、この大転移装置の記録もあった。
 恐らく、どちらもオーブルによって作られたはずの2つの機械は、時空を越えて同期を取っていたのだろう。
 そのうちの、最後から2つ目の記録。
 これが、オーブルがここから旅立った時の操作記録だ。
 (最後の1つは、バルレヴェギエ家の機械の記録だと分かった)
 ここから割り出される座標をこの機械に入力すれば、オーブルが旅立った場所に自分も行ける。


「わたしもたびだつ。とうさまのいるばしょへ」
 何のためらいもない声だった。
 タァは、薄い布を取り出した。体に纏っていた大きめのストールのようだった。
 それを大きく広げて、例のミイラのような、オーブルの遺骸の上にかける。
 オーブルの元々の体の大きさは知らないが、原本能を全開にして変容したそれは、凝縮したように小さな体だったから、それで綺麗に包まれてしまった。
「もちろんだが……もう、このせかいにはかえらない」

「もうしわけなかった。コクビャクとけったくして、おおきなじけんをおこしたこと。
 すまないとおもっている……」



 しばらくの間、誰も口をきかなかった。
 やがて、ダリルが進み出た。
「プログラミングする係が必要だろう」

「ありがとう」
 タァの声は、今までになく、明るかった。
「それで……めいわくをかけたうえに、たのみごとをするのはこころぐるしいのだが……
 このきかいは、わたしがいったあと、しかるべきしょぶんを」
「分かっている」
「……それと……
 とうさまののこした、このからだを」
「ちゃんと埋葬するわ」
 ルカルカが答えた。

 プログラミングは特に難しいこともなかった。
 タァが渡したペンダントヘッドは、記録用媒体として装置に直接つなぐことができたからだ。あとはモニターを見ながら簡単に操作できた。座標を割り出す作業は、ダリルにとっては特に難しいものではなかった。
 機械が始動した。その先端に立つ奈落人を、光と震動に包んで。


「ありがとう。
 ごめんなさい。
 さようなら」




 タァは消えた。
 声も、姿も残っていなかった。









「!!」
 誰からともなく、驚愕の声が上がった。
 見ると、部屋の中の樹の根が、光の粉となって徐々に消えていこうとしている。
「エズネル!!」
 キオネの悲痛な声が響いた。 
 消えていくのは樹の根だけじゃない、エズネルの生命だ。


「駄目よ、消えたりしたら……!
 皆で、地上に帰るのよ!!」
 叫んだルカルカが、神宝『布留御魂』を掲げ、その力を開放した。
 聖光として放たれる圧倒的な癒しの力が室内に満ち、消えようとする樹の根の姿を懸命におしとどめる。
(命を根底から癒してみせる)
 


 その隙を突いて、動いた影があった。
 灰を奪われて放心状態で崩れていたゼクセス司令官だった。全員が樹の根に気を取られている隙に、その傍をすり抜けて扉へ走ろうとした。
 が。
「やれやれ、最後の最後で典型的な小物の悪党がする真似をしてくれたな。
 でもまぁこれで、伏兵してた甲斐がギリギリあったってもんだぜ」
 影から湧き出るように姿を現した唯斗が、逃走を図るゼクセスの真正面からの【正中一閃突き】で、その動きを完全に制止した。
「ただの一人も犠牲なんて認めない。
 俺は全てを救いたいからよ」

 樹の根が天井から力なく垂れている。だが、光の粉状に化していないのはその一本だけだった。
 唯斗はその先端を掴み、人に対するように熱意を込めて言い募った。
「あんたも、大切な人がいるんだろ!?
 だったら頑張れ! 一緒に帰るんだ!!」

 『布留御魂』の力が部屋の中に漲る。
 それでも、光の粉はきらきらと光り出して、樹の根を元の形に戻すことはない……

 やがて、唯斗の握った、最後の樹の根が強く光を放った。
 そして、部屋に漂う光の粉が、吸い込まれるようにその光の樹の根に集まった。

 気が付くと、樹の根は実体のない、エネルギーの塊になっていた。
「……」
 拳1つ分ほどの大きさの、光り輝くエネルギーの塊。
 それは唯斗の手を離れ、ふわりと空中に浮かび、キオネに寄り添うように立った卯雪の前までやってくると。
 すっ、と、その胸に吸い込まれるように消えた。
 キラキラと輝く余韻を残して。



 何もしなかったら、樹の根と共にエズネルの魂は跡形もなく消えていたはすだった。

(「もともとエズネルの魂は、ペコラ・ネーラになる前から酷く傷ついていたんだ。
 正直、ペコラ・ネーラはその傷だらけの魂を繕い接ぎ合わせた、パッチワークのような魔鎧だったんだ。
 だから、数百年前に欠け落ちてしまったのかもしれない。
 だから……あれだけ残ったのだけでも、奇跡だと思う」)
 後になってキオネは、ルカルカにそう言った。

 『布留御魂』の力によってようやく押しとどめられた、ほんの一握りのエズネルの命は、卯雪の中に残っていた魂の欠片に吸収された。



 樹の根の姿が完全に消えると、急に土くれなどが天井から落ちてくるようになった。
「根が急に消えたから、地面の中に幾つもの空洞ができて、地盤が緩みかけているんだ」
 ダリルの言葉に全員が浮足立った。
「早く脱出しないと埋まるぞ!」
「ちょっと待って、この人たちどうする!?」
 鷹勢が、拘束して部屋に転がしてある幹部たちを指差して叫ぶ。彼らは皆、一様に青ざめている。
「……悪人だからって生き埋めにするってわけにもいかないし……」

「しょうがない、めんどくさいけど運び出すか」
 というわけで、契約者たちで手分けして、幹部たちを運んで遥か地上を目指すことになった。
 ただ急いで階段を駆け上がるのもキツイというのに……と、ほとんどの者が「嫌々ながら」の表情を隠すこともなかった。
 そんな中、弥十郎は、
(あ、暗黒死球に吸い込んで運んだらどうかねぇ……?)
 などと考え、
(やめとけ!)
 と、精神感応で八雲にツッコまれていた。