リアクション
後日譚
爽やかに晴れ渡った初夏の日。
イルミナス郊外の、気持ち良いグリーンガーデン。
柔らかな若草が風にたなびく緑の庭に、魔鎧たち、そしてその周辺の人々が集まっている。
なだらかな斜面の下に広がる、気持ちのよい草地だ。
「なんだか、結婚式を挙げるようなチャペルの庭みたいね」
卯雪が呟いた。草の斜面の上には小さな石の家も見えるし、テラスやパラソル付のテーブルもあるようだから、ちょっとした屋外パーティでも出来そうな場所では確かにある。
「結婚式……。まぁ多分、それに似たようなものかもしれませんね」
傍らでキオネが言う。卯雪はキオネを見た。――まだなりたてほやほやの契約者コンビだ。
「そうなの?」
「正式な結婚式、ではないかもしれないけど……
“これから2人で生きていく”っていう意思表示のはずだから」
「そうだね」
その2人の近くに立っていたB.Bが頷く。
彼らの他には、カーリアと、彼女に付き添う宵一、そしてヨルディアにリイムとコアトー。さらにドレスを纏った綾瀬もいる。
皆、「招かれた」のだ。
ここにいる魔鎧の「製作者」に。
緑色のなだらかな斜面を下りてくる、2つの人影が見えた。
「瑠璃!」
真っ先に叫んで、駆け出したのはカーリアだった。あ、と隣にいた宵一が止める暇もない。
緑の中をかけていく彼女の赤い髪はとても目を引く。
待ち受けるたおやかな、華奢な美女――千年瑠璃は、その名の如く深い瑠璃色の波打つ長い髪。
白い軽やかそうなドレスを纏い、花嫁がかぶるような薄い白のベールをかぶっている。そのベールを透かして、紫を底に沈めたような青い瞳を細めて、カーリアを見つめている。
その目に見つめられ、彼女の前でカーリアは足を止める。瑠璃も立ち止まる。
瑠璃をエスコートするように、腕を組み、寄り添って歩いてきたのはヒエロだった。その彼も、瑠璃に合わせるように足を止めた。
「……瑠璃、あたし……」
そこまで言って、カーリアは、言葉がのどに詰まったかのように声を切る。
千年瑠璃に、2百年近くも自己凍結で延命しなくてはならないほどの傷を負わせたのは他でもないカーリアである。
そのカーリアに、瑠璃は、夢のように淡く微笑みかけた。
「ただいま、カーリア。また会えて嬉しいわ」
ヒエロの手で、その傷を癒し、ようやく治療を終えてこの日を迎えた。
気付くと斜面の上には、あのモーロア卿――負傷した瑠璃を発見して以来ずっと保護していた骨董趣味の貴族の御仁が立って、遠巻きにこの光景を微笑ましげに見つめているのだった。
細い腕をヒエロから外してふわり、と伸ばし、カーリアを抱き寄せる。
「苦しみを一人背負わせて、一人ぼっちにしてしまって、心苦しかった」
「瑠璃……違う、あたしが……、……ごめんなさい」
「いいの。知ってるわ、貴方がどれだけ私のために力を尽くしてくれたのか」
魂が2つに割れた、その虚しさから生まれた寂しさに駆られ、1つの魂に還りたくて呪いの大剣で瑠璃を刺した。
だが瑠璃は、カーリアのその自分で抱えきれなかった孤独の思いを受け止め、受け入れ、そして洗い流して浄めた。
その心が分かって、カーリアも瑠璃の背に手を回した。
やがて。
「!?」
腕を解き、瑠璃を離れたカーリアの顔には、驚きの表情が浮かんでいた。
その目はまじまじと瑠璃の顔を見ている。――いや。瑠璃の頭を覆う、白いベールを。
その頃には、B.Bやキオネも気付いていた。やはり、カーリアと同じものを見て、驚愕していた。
瑠璃は微笑んでいる。ヒエロもやはり微笑んで、自分の「作品」たちがそれに気付くのを――それは予期していたのだろう――頼もしげに頷き、説明した。
「そう、『ペコラ・ネーラ』だよ。……大分形は変わってしまったけどね」
あのコクビャクとの最後の戦いの時、大樹と親和して幹部を止めるために戦ったペコラは、魂の力を消費し尽くしてほとんど消滅した。辛うじてあの時残ったほんの一握りのエネルギー、それを吸収した卯雪の中の欠片が残っただけだった。
B.Bの助けを得てそれを卯雪の中から取り出したキオネは、ヒエロに託した。
その欠片が今、レース編みのように上品で細やかな、しなやかに薄い絹のベールとなって瑠璃を包んでいる。
――つまりこれは、とても小さな、ささやかなものだが「魔鎧」なのだ。
生まれ変わったペコラ・ネーラの、新たな姿なのだ。
「力はとても微弱なものになってしまったから、人化するかどうかは分からない。
それでも構わない。私と瑠璃がずっと……ずっと、見ていくつもりだ」
ヒエロの言葉に、瑠璃が頷く。
まるで、彼を父に、彼女を母にして。
小さな小さな幼子に還り、ようやく今、あの子は本当に幸せになろうとしているのかもしれない。
その思いが胸に迫り、キオネはそっと目を閉じた。そうであってほしいと願うのだった。
その新たなペコラの姿を見ようと、カーリアだけでなくヒエロ、B.Bも瑠璃に近付き、それぞれに言葉を交わしている。
「――あれが一応、『炎華氷玲』シリーズ勢揃い、ってことになるんだな」
その様子を見ながら、宵一はヨルディアに小声で囁いた。
「そうね。何だか……和やかね」
「家族みたいでふ」
「みゅ〜、あったかそう」
リイムとコアトーも呟く。
製作者が親だとしたら、その同じ作者から作られた魔鎧は兄弟姉妹のようなものかもしれない。
その真ん中で、ホームドラマ調にイマイチ慣れない小生意気な末妹のように、団らんに戸惑う風情のカーリア。
「あ、あの、みんなちょっとっ」
そのカーリアが、両手を振って宵一達を呼んでいる。
「その、あのさっ、瑠璃が、宵一たちと話したいんだってっ」
来てくれないかなっ、と、ちょっとまごまごした顔つきで呼んでいる。
――ホームドラマだったら、大人びた姉が、おきゃんな妹と一緒にいる人たちがどんな人かを知りたがっている、といったところか。
宵一とヨルディアは寸の間、顔を見合わせた。
「いいじゃない、行きましょう」
「……そうだな」
「僕も行きまふ」
「みゅ〜」
この“シリーズ大集合の図”をやはり眺めていた綾瀬の元へ、ヒエロがやってきた。
それに気付いて、綾瀬はにっこり微笑んで軽く腰をかがめて会釈する。
「御機嫌よう、ヒエロ様。お招きありがとうございます」
「いえ、遠いところをはるばるお越しいただき、感謝します」
ヒエロも慇懃に頭を下げる。そうして、綾瀬の身を包むドレスを見た。
ドレスは姿を変えないから、言葉を発しない限りは、傍目には普通の洋服のようだ。しかしヒエロは、語りかける。
「……君には、完成後充分に目をかけることができず……申し訳ないことをした」
「……いえ」
ドレスは短く答える。
本当は、あの頃、これが初めての製作という駆け出しも駆け出しの無名職人は、ただ処罰の一環という形で製作を任されただけであって、その後の「彼」の処遇になど関われるものではなかった。もっと大きな存在や闘争の末端で動かされている一つの駒でしかなかったのだ。「彼」の処遇は、その頃のヒエロなどには計り知れないような権威や責務を持った者によって、最終的には決められたと聞く。
しかし、駆け出しも駆け出しの無名職人であっても、自分の「作品」のその後を知ることができないのは気がかりというより他なかった。
言い訳にはしたくないとばかりに、ヒエロはその詳細には触れない。ドレスにもどこまで分かっているのか、彼女の方から言及する様子はない。綾瀬はただ黙って、2人のやり取りを聞いている。
「きっと私には計り知れない苦労が君にはあっただろう。それでも……
今、君は幸せなようで、正直私は安堵している」
長い長い虚無の時間を過ごした末に綾瀬と巡り合ったドレスは、何も答えなかったが。
「幸せ……とは、どのようなことをいうとお考えですの? ヒエロ様は」
代わりに綾瀬が口を開いた。皮肉でも揶揄でもなく、純粋な問いかけのようだった。
「……そうだな。悩みや、苦しみ、不幸が何もない状態が幸福だとは、私は考えていない」
ゆっくりと、言葉を選びながら、ヒエロは答える。
「私が……うん、私にとっての幸福は、自分の道を行くことに迷いがない、ということだな。
苦しみや、悩みや、思いもかけない不幸があったとしても……
歩いているこの道を信じられる、ということが、幸福だ」
ヒエロの視線が、瑠璃の周りにいる人々の方に向けられる。
いつしか、卯雪もキオネの隣にいて、一同の会話に耳を傾けているようである。
絹で編んだレースのような、しなやかで繊細な滑らかさを持つそのベールの意匠はそういえば、色彩こそ違え、ドレスのそれにどこかに通じるものが感じられる。
「B.Bもそのうち、巡り合いがあるかもしれんな。
ペコラは……残念なことをしてしまったが、これから私と瑠璃で埋め合わせをしてやりたいと思っている」
作品たちを見つめるヒエロの目が、柔らかく細められる。
「だから今日は……私の我儘で皆を呼び寄せたのだが、それでも本当によかった。
皆、それぞれに幸せになっているようだと、感じることができたのだから」
それぞれが歩んでいく、その道を、暗い疑いに囚われ逸れることなく、真っ直ぐに信じていく。
伝説の魔鎧アーティストと呼ばれた男は、その作品たちの幸福を祈り、口を閉じた。
また柔らかな風が吹き、草を優しく揺らしていった。
<【逢魔ヶ丘】・了>
参加してくださいました皆様、お疲れ様でした。
これにて、長かった【逢魔ヶ丘】シリーズは完結しました。
参加してくださった皆様に本当に本当に感謝いたします。
そして、うちのやたら数の膨れ上がった(汗)NPCたちも、落ち着くところに落ち着いたという感じです。
そして、何だか思ったよりもクライマックスがスラップスティックっぽくなってしまった感が(汗)
そもそもコクビャクも、「灰」という強力な兵器……と見せかけて実は相当な諸刃の刃を手にしてしまっただけに、要所要所でマヌケな姿を見せてましたよね;
今回のリアクションをもって、刀姫カーリアは十文字 宵一さん(SFM0039750)と契約しました。
毎回毎回長ったらしく簡潔でないガイドで申し訳ありませんでした(土下座)。
今後、終了まではもっとシンプルで分かり易いガイド作りを心がけようと思います(もっと早く努力しろ)。
それでは、またお会いできれば幸いです。ありがとうございました。