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パラミタ・イヤー・ゼロ ~愛音羽編~ 

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パラミタ・イヤー・ゼロ ~愛音羽編~ 
パラミタ・イヤー・ゼロ ~愛音羽編~  パラミタ・イヤー・ゼロ ~愛音羽編~ 

リアクション

 まるで皮膚を切り裂いたように、じわりと血に染まっていく空。大気の奥から溢れてくるのは、かつて八紘零の画策によって殺められた者たちの血汐だ。
 生臭い風が建設されたばかりの原子力発電所を撫でる。
 その最上階では、零による赫空の儀式が着々と進められていた。空色を塗り替える赤は徐々に広がっていき、やがてはアトラスの傷跡上空を埋め尽くすだろう。
 禍々しい災厄の訪れと共に――。

 残された時間は少ない。
 契約者たちは赫空の儀式を止めるため、塔のように屹立する発電所へと乗り込んでいく。


一階・蛇(おろち)の間

 契約者たちを出迎えたのは、四肢が欠損したできそこないの熾天使――だるま天使の群れだ。
 部屋をひしめくだるま天使の前に、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が堂々と聳え立った。
「この1階の天使達……我々が相手をしよう! 皆、ここは私達を信じて先に進んでくれ!」
 意気込むハーティオンの背後には、荒々しいフォントのテロップが見えるようだ。
 その身! 正義へと続く道となれ! 零の野望を打ち砕く! の巻――と。
「邪なる技術で作られた天使よ。君達に善悪の判断は無いかも知れぬが……人々を守る為! この場は敵対をさせて頂く! ――我が名は蒼空戦士ハーティオン! 正々堂々、勝負!!」
 ハーティオンの名乗りを聞いた他の契約者たちは、この場を熱血ロボットに託し、次の階へと駆け上っていく。

「はろはろ〜ん♪」
 ラブ・リトル(らぶ・りとる)が、可愛い声で笑顔をふりまいた。
「教導団でもNo.1アイドル(自称)のラブちゃんよ〜♪」
 シャンバラ教導団において彼女の人気がどの程度なのか定かではないが、蒼空学園ではNo.1アイドルで通っているラブ。しかし彼女の鍛えぬかれた営業スマイルは、だるま天使の前で一瞬にして凍りつく。
 八紘零がクローン技術で蘇らせようとした熾天使は、本来の崇高な姿とは程遠かった。全身は骨が浮き上がるほどやせ細り、肌が赤黒く爛れ、体のあちこちに潰れたザクロのような嚢腫ができている。ときおり苦しそうに身をかがめては腐臭のする緑色の粘液を嘔吐した。その際に、眼球をぽろりと落とす者もいる。
 背中から生えた羽は黒ずみ、飛行に耐えうる力などなく、ただ弱々しく震えていた。
「……ナニこいつらっ! 果てしなくキモいわよ!?」

 身震いするラブそのとなりでは、夢宮 ベアード(ゆめみや・べあーど)を頭に乗せた夢宮 未来(ゆめみや・みらい)がミッション成功へむけて意気込んでいた。
「悪い人達を皆で止めよう! おとーさん、がんばろうね!」
「ミライ……ツヨク、大キクナッタナ……! オトーサンハ、ウレシーゾ……!」
「さあ、いっくぞー! とぉりゃーっ!」
 未来が元気よく【アンボーン・テクニック】を放った。時代を先取りしたハイブリッドな格闘術で、だるま天使の首の骨を折る。
 だるま天使は頭を180度反転させ、背中側を向いたままその場に崩れ落ちた。
「この調子で天使さんを止めるぞーっ!」
「ナラバ、ワガハイモ……」
「おおっ! おとーさんもやる気満々だね!」
「……コヤツラニ、正義ノ鉄槌ヲ!」
 ベアードの普段は優しげな一つ目が、キッと見開かれる。
「クラエ! 【サイコキネシス】!」
――効かない。
「【ヒプノシス】!」
――寝ない。
「【ダークビジョン】!」
――すでに部屋は明るい。
 なにひとつ戦果を上げないスキルを無駄撃ちしたベアードは、ひと仕事終えたとばかりに、汗をぬぐう仕草をした。
「フウ……。マタ、ツマラヌ物ヲ斬ッテシマッタ……」

「ちょっと! そんな馬鹿なことしてると、仲間の縁を切るわよ!」
 ラブ・リトルが血相を変えて怒鳴り散らす。
 だるま天使たちのキモさにたじろいでいた彼女は、うっかり足元を掬われてしまったのだ。すてんと尻もちをついたラブに、敵がわらわらと襲いかかる。
「ばかー! こっち来るなー! あっちのポンコツロボット狙いなさいよー!」
 ポンコツ呼ばわりされたハーティオンは、ラブが死角になる場所で『勇心剣』をふるっていた。ばさり、とだるま天使が切り倒される。
「ぎゃーっ! 上に乗るなーっ! ちょっと、助け……」 
「むっ!? 危ない、ラブ!」
 ようやくパートナーの危機に気づいたハーティオン。
 すぐさま【サポートウェポン】を使い、光の槍を取り出した。それは、ハーティオンの心の輝きが込められた『闘心槍』である。
「貫けっ! ファイナルシューティングスタァーッ!」
 部屋を揺るがすほどの咆哮とともに、投擲した闘心槍。恐ろしいスピードで天使を撃ち抜いた。
 眼前をかすめていった槍を横目で見送りながら、ラブはダラダラと脂汗を流す。
「ばっばばばっバカーッ! あああたしに当たったらどーすんのよアホーッ!」
「大丈夫か、ラブ!? ……うむ、無事なようだな!」
 ハーティオンは、彼女の無事を一方的に確認。すぐに残りのだるま天使を蹴散らしにいく。
 すっかり腰が抜けてしまったラブは、ジト目でパートナーを見つめていた。
 ふと、ハーティオンの動きが止まる。
「……むうっ!? この者達、何処かに魔力を送っているのか!」
 活動を停止しただるま天使から、手応えを感じとったハーティオン。すぐに儀式の完了を早めるためだと気づき、【オーバーロード】で供給を妨害する。
「その魔力……この一撃で断ち切る! 勇心剣! 流星一文字斬りぃーっ!
 
 誰もいない場所を真一文字に切りつけるパートナーを、ラブは腰が抜けたまま唖然と見つめていた。
 そんな彼女の背後からは。
 のそりのそりと、だるま天使が近づいている。

「あっ! ラブちゃん、あぶなーい!」
 未来がすかさず【サンダークラップ】で迎撃。
「え、なに……ちょっ!」
 振り返ったラブの眼前を、激しい雷が横切って行く。だるま天使は沈黙し、ラブの前髪が少し焦げた。
「大丈夫、ラブちゃん! うわ、すっごい怖かったんだね! 怒ってるし、涙目になってる」
「……誰のせいだと思ってるのよ」
「本当だよね! もー、天使さん達! あたしも怒ったからね!」
「いや、あなたに言ってんのよ……」
 ぐったりするラブ。
 辟易する彼女に、またしてもだるま天使が這い寄ってきた。
 さすがに今度ばかりは、ラブも敵の接近を感知する。彼女はだるま天使を睨みつけると、全力で【ファイナルレジェンド】を放った。
「あんた達が……あのポンコツに攻撃しないからよーっ!」
 彼女の渾身の一撃により、ついに、だるま天使たちは全滅した。



「まだ戦いは終わっていないぞ! この者達、最上階へ魔力を送っているようだ!」
 ハーティオンに言われ、他のパートナーもすぐに魔力供給の相殺をはじめる。
「よーし。このまま天使さんの魔力を妨害するぞー!」
「あたし達の魔法攻撃力をあわせれば、こんな魔力どうってことないわね」
 だるま天使の魔力は、総じて200程度。対する四人の魔法攻撃力は合計で『1158』だ。
 相殺するには充分な力が備わっている。
 だが。
 なぜかベアードだけは、苦しそうに悶えていた。
「モハヤ、ココ迄カ……」
 未来の頭の上で大げさに倒れこむと、ベアードはその一つしかない瞼をゆっくりと閉じる。
「ミライヨ……。アトハ……頼……ム…………」
「え!? なにか言った、おとーさん?」
 魔力を相殺しながら首をかしげる未来。
 悲しいかな、魔法攻撃力51のベアードが力尽きたところで、他の三人はまったく気がつかないのであった。